Aパート
シットリを惹き付け、時間を稼ぐという任務。
彼と戦えるだけの本気をマジカニートゥは出してみせた。
握る剣の重さにやや振り回されながらも、シットリに対してその剣を向ける。
バヂイイィッ
「いっ!」
粘液を受けないのであれば、シットリの攻撃を避けるのはそう難しくない。戦いつつ避ける。そんな彼女の戦いに呼吸を合わせていくシットリ。粘液で捕えて戦うのが基本だというのに、戦闘慣れがそーいう事も瞬時に対応させるんだろう。
「!逃げろ!マジカニートゥ!」
「へ」
シットリはカウンター狙い。攻撃から回避に移るマジカニートゥのタイミングを合わせ、デカイ尻尾を顔面に定めていた。
バギイイイィィッ
直撃か。
「ちっ、浅かったか」
そーじゃないというシットリの言葉。だが、マジカニートゥは一気に横に吹っ飛んで、建物に激突して止まった。浅いと言っているように直撃じゃなかったが、頭や顔から血を流すほどの威力。
「こ、これが本気じゃないって!?」
「立てるよな!」
マジカニートゥの体感では30分。いや、1時間。それほどの時間を経過している感覚ではあったが、時間稼ぎとしてはまだ
「4分くらいだぞ!」
「正気で言ってる!?レゼン!」
各所で大暴れしている音と光景が伝わっていないわけじゃない、マジカニートゥとレゼン。
その中で最も強いシットリが意外にも静かな戦い。
マジカニートゥにダメージを通しても、周囲を警戒してかゆっくりと向かってくる。彼もまた、アイーガとダイソンの戦いぶりから、キッスがそこにはいない事を勘付いていた。
「くっ……逃げ場なんてないし」
立ち向かってくる。実力差があっても、シットリに立ち向かうことが周りを混乱させないための立ち回りだろう。だが、
「それでも逃げる~~~~!!」
「おおおぉっ!正気か、マジカニートゥ!!」
「無理無理無理!あれともう戦えない!」
マジカニートゥはレゼンの指示などを無視して、逃亡するという手段をとった。すでにここは渡る橋を落とされ、孤島になっている人工島だ。逃げられる範囲に限りがある。
シットリを怒らせようが構わずに逃げる!
「およそ50分か、マジカニートゥはそれまで次の本気は出せない」
シットリがマジカニートゥへの警戒を緩められる状況とも言える。しかし、あの本能的な判断とレゼンの能力と実力。1時間以内に決着をつけるのは当然としたいが、手応えからして
「!ちょっ!あたし達を追って来ないでくださーーーい!」
「あ、当たり前だろ!だって、お前!あと1時間は次の能力が使えないんだぞ!」
「ふざけんな!レゼンのせいじゃん!バーカ!」
「お前、気に入ってる時もあっただろうが!」
今のマジカニートゥを叩く方が賢いと言える。キッスの所在が分からない以上、手の内まで分かってる敵を始末するのも当然とも言える。誤算があるとすれば、マジカニートゥの本気は
「思ったより速い。逃げ足だけは残していたようだな」
命懸けで戦うことを根から極端に恐れており、逃亡という選択肢を常に入れていたこと。
粘液が効かないため、足止めも上手くいかない。
とっ捕まえるのには時間がかかり、図らずもマジカニートゥの行為は時間稼ぎをしっかりとしていた事だった。
「どんなに対策してても決して超えられない壁!!まるで学力テストのような感じだもん!!」
「一緒にすんな!言いたい事は分かるが!」
努力しても無駄だと分かるような感触。一夜漬けしようがしまいが、テストの点は変わらないと諦める学生と同じ感覚だ。多少、楽しみと似た手応えはあったが。三日坊主の如く、逃亡。任務よりも自分の命を優先。
ドバアアァァッ
「うおおぉぉっ」
逃げるマジカニートゥに襲ってくるのは、シットリの粘液だった。効くとか効かないとか関係なしに牽制と誘導が目的。
それに気付いたレゼンはすぐにマジカニートゥに指示する。
「おい!もう少し左に!湾内の方へ目指せ!」
「ええぇぇっ!?」
「アイーガかダイソンのいる方に逃げたら巻き込まれる!それに録路達が危ない!!」
「うえええぇぇっ!?」
「粘液は効かないんだ!突っ切れ!!」
「おおおおぉぉっ!!」
レゼンの指示を信じ、闇雲な逃げから考えた逃げに切り替わる。逃げるのならシットリをなるべく孤立させるべきだ。それを望まないシットリが粘液で誘導を狙うこともできた。それでも、
「こっちに来てるじゃなーい!!バカレゼーーン!」
「五月蝿い!!走れ走れ!!」
マジカニートゥを狙うシットリ。牽制と誘導を思わせて、その上に行く思惑。粘液はマジカニートゥに通じないと思っているからこその虚を狙っていた。
シットリはマジカニートゥを逃し、ナックルカシーか野花を狙いにいってもおかしくはなかったが。
ズズズズズズ
「うわぁっ!行く先に粘液が!でも、突っ切れーーー!」
「行けーーー!」
自分なら効かないのはそうであったが、追いかけつつも貼っておいた粘液を操作して、揺るがす地盤。マジカニートゥがその上を走った瞬間に仕掛ける地雷。
ドゴオオオォォォッ
「!?えええぇぇっ!?」
「じ、地盤を引っくり返しやがった!?粘液を操作して!」
まさかの足場の崩れ。宙に投げ出され、バランスが崩れた状態。そんな隙を追いかけるシットリが逃すわけがない。
ザバアアアアァァァッ
粘液は確かにマジカニートゥに効かない。それは粘つきという効果だけだ。液体として、マジカニートゥの身体全体を覆うように被せ、目暗ましと一定の混乱を作らせる。
「ぐうっ」
自分の状態と足場の状態が不安となれば、逃げ足は止まる。そこに圧し掛かるようにシットリは巨体でダイブを仕掛けてマジカニートゥに震動を流し込む。
ドゴオオオオオォォォォォッッ
島全体を揺らし、周囲に大波を引き起こす。攻撃の余波で周囲に間欠泉のように、水と泥が混じったものが吹き上がる。その泥にまみれつつ、地盤のモロさを確かに実感したシットリ。
「ぶふぅ……」
「いでぇぇっ」
ぶっ潰したマジカニートゥとレゼンの息はまだあった。マジカニートゥの耐性はシットリの攻撃のほとんどに対してできていたんだろう。シットリは対して驚かない。粘液で動けないようにできないため、激しい攻撃を連続で使うにはわずかなタイムラグがあった。
「うわあああぁぁぁっ!!」
恐怖を出している叫びをしながら、マジカニートゥはすぐに起き上がって再び逃走!シットリの次の攻撃を前に逃げ切る!
「ちょっ!今のやばかった!これじゃなかったら、死んでる!死んでた!」
「お、俺もだ!危ねぇっ!」
本能的な逃げがシットリの次の攻撃を止めさせた。
「イライラさせる。どこかのしぶとさを覚える。身に分かるんだがな」
タイプは違えど、このしぶとさにはどこかイライラするのを感じてしまったシットリ。
どこの誰なんだろうと、濁している自分もいる。
ダメージは確かにデカイが、その諦めない姿勢が今の逃亡をしていた。逃げ腰のくせして心を圧し折らないと絶対に屈せず、どんな手段もやってのける。敵に回すと本当に厄介。
「表原麻縫。貴様、思った以上にクズとして逸材だ」
それは妖人としての素質が高いという事でもある。
「いっ!!」
一度逃亡したマジカニートゥであったが、すぐにシットリが仕掛けなかったのはただの足掻きと見抜いたからだ。ヒイロの劣化と考えれば、自分の攻撃を完全に防ぐなど不可能。多少気持ちでカバーできても身体の痛みは残り、動きが鈍ってくる。
隠れたところでシットリがその気になれば辺りをメチャクチャにして、倒すことを選ぶだろう。
「このぉっ!」
「レンジラヴゥの能力の1つ。治癒する力があっても、すぐには回復できないぞ」
シットリがゆっくりと間を詰めるには十分過ぎるもの。未だにキッスの気配を感じさせない周囲。ならば、遠慮なく。
ドゴオオオオオォォォォォッッ
「うああああぁぁぁぁぁっっ」
地に膝をついたマジカニートゥを、シットリがぶっ潰して構わないものだ。
◇ ◇
因心界VSSAF協会。今頃、
「激しく戦ってるだろうねぇ~……」
「寝手。あなたも少しはだらけるのを止めたらどうです?」
「やだ~……」
東京駅に残る寝手とアセアセ。待機組のSAF協会の面々は、シットリ達の帰りを待っていた。
寝転がって寛ぐ寝手。そんな様子に溜め息をついているアセアセ。
「お菓子持って来て」
「しょうがないですね」
東京駅の中を捜して、お菓子を手に入れようとするアセアセ。その光景は我侭な息子を面倒する母親のようだ。ただ違うところはその息子はとても敏感だった事だ。
アセアセがこの場からいなくなって
「……"なにかしてるんだろう"、アセアセ」
そこのところは特に触れるつもりはない。だが、気になっているところではあった。想像はついているが、それは自分だけにあらずと言った感じ。
東京駅内ではルミルミは睡眠期に入って爆睡中。ヒイロは外で粉雪の降らせる吹雪の様子を見るように待機。ジャオウジャンも動きがあるまで、不動のようだ。
「……………」
アセアセはある意味、自由な行動を許された感じだ。それでもある事をしていないから、寝手には勘付かれたといったところだろう。アセアセはそれでも隠しているつもりだ。
そして、残る連中は東京駅の奥深くにて出会っていた。
地下鉄ホームの広い改札口の前で、バチバチと睨み合うほどに。
「なんか用ですか?」
「白岩印。お前を殺しに来た」
「それあたしに負ける人がよく口にする言葉ですよ」
白岩印とトラスト。
そして、トラストの後ろには4体のジャネモンに加えて
「あーあ。だりぃー……女1人じゃんか」
不調な状態とはいえ、ムノウヤまでいるという状況!シットリ達が東京駅から離れた途端に動き始めた、トラスト達。
「ジャオウジャン様のため、お前の存在は邪魔だ」
その言葉をどう受け取るか分からない。しかし、白岩の勘はヒイロの頼みが断たれていると判断できた。こうなることが分かっていて、色んなことを彼が教えてくれた。
それでもあえて、
「止めましょうよ。こんな無駄な争い。あなた達じゃ勝てっこないですよ」
「……どうかな?随分とヒイロから離れているはずだ」
「それであなた達が勝てる理由にはならないし、あたしを殺せる根拠にもならない」
白岩の目線はダルそうにしているムノウヤにも言っている感じだ。粉雪と同等と戦えるという言葉かなんかで誘われて来たというところか。まぁ、分からないしどっちでもいいが。
「ひとまず、あたしはあなた達と戦わないんだから大人しくしてよ!」
「……無理だな」
トラストは知っている上で次のことを、白岩に伝えていた。
「この戦いで因心界は負ける。奴等にシットリを倒せる者がいない」
◇ ◇
同じ頃。
「戦いの舞台は、埋立地の小さな島のようですな」
革新党も因心界VSSAF協会の戦いの情報を逐一入手していた。粉雪が東京駅を牽制していることで限られた戦力にされてはいる。
数の上では有利である。
「網本党首。野花の作戦とキッスの状態から見て、どちらが勝ちますか?」
南空も分かっている上で粉雪に聞いた。願望ではない回答を期待するように
「確実にシットリが勝つ」
味方としての立場を忘れてるんじゃないかと、疑いたくなるような即答をする粉雪。それには当然な要素があって
「あまりに運に頼っている作戦だし、それでひっくり返るシットリじゃない」
肝心のシットリを倒す算段が、上手くいくことが難しいと分かっているからだ。あのしぶとさを考えれば罠を強行突破するくらいは想定できる。
「でしょうな、仕方ありません。野花だけでも無事に戻る事を願いますか」
「ちょっとは違うと言って欲しいんだけどね」
「現実をよく見ておられますよ、網本党首。素晴らしい観察力です」
それでもまだ、浅い読みだと思われる。粉雪はそこに捕捉をした。
「多少の工夫や小細工。成長とかがあっても、予想以上に強いシットリが思い通りにいっているんだからね」
「奴にとっては誤算もないと、……いうわけですな」
◇ ◇
そんな粉雪達の言葉と似たような形で、トラストはシットリが生き残って東京駅に戻ってくると白岩に伝えた。
「クールスノーの雪を我々がどうにかすれば、シットリは東京駅に戻ってこれる。それで完全なゲームオーバー」
シットリ達が東京駅から出るときはスルーした粉雪であるが、戻る時は戦いを挑むだろう。そこをトラスト達が助けるだけのシンプルな考え。その後のやり取りはまた別となるが、予想されることは
「因心界が消えれば、次はお前等の番だろう。お前達が怒り狂ってシットリを消そうとする前に、お前を消した方が良い」
東京駅内で敵と思えるのは、間違いなくヒイロと白岩の2名だけだ。それを除く意味でも、トラストの考えはできていたが。
「は~~~。そーいう事はしないし、シットリも思ってないよ」
白岩は能天気な自分を重ねるように、シットリという妖精を
「義理堅いタイプで良い奴だから」
そーいう評価で自分もそんな手をとらないと伝えた。だが、所詮は人の言葉。トラスト達が「はい、そうですか」と納得するわけもない。
トラストからすれば、ジャオウジャンからの命令も出ている。勝てる勝てない。殺す殺されるなど、権利はないものだ。
「……やるぞ」
白岩印VSトラスト+ムノウヤ。
トラストの声と共に仕掛けに行くジャネモン達。地下構内のバトルを前に、
ズパアァァッ
「お?」
ムノウヤの首が一閃されて吹き飛んだ。トラスト達の後ろから放たれた槍が壁に突き刺さり、白岩やトラスト達がそっちを見た。
タバコを咥えながら、それから得られる快感以上に求めているものに、悦び隠せぬ顔。
「おいおいおい。やっぱり狙うと思ったぜ。困るんだよな」
隠れて付いてきたわけじゃない。任された事と言い訳にして、
「あのクソナメクジも、そのデカおっぱいを殺すのも、この俺だ。勝手な手出しは困るんだよ」
「……此処野くん。そーいう下品な事は言わないの」
「此処野神月。で、今の槍を私達に向けた理由はなんだ?」
「テメェ等を皆殺しにするためだ」
動きの読めぬ男、此処野神月も加わるバトルロワイヤルになるのであった。




