Aパート
ドグシャァッ
それが人が落ちたという音。
冷たいアスファルトに頬を寄せ、傷付く腕をつけること。靴裏が軽く、感触なく。立っているということを否定し、置かれているだけの人間。
青春あれど、そのどれもが明るく、眩いものだろうか。誰しも知らないところで、人一人の青春の全てを明るく染める事無く。"時にと"語るには長いほど辛酸な時期はある。
嫌になって、嫌になって。
出会うとか、見つけるとか。そんな遠くに訪れるのか分からない出来事に、希望は乗せない。
ムダなんだ。希望なんて。
現実に思う、今の夢は。
"こんな現実や想いが無くなってしまう事だ"
表原麻縫。
14歳。女子中学生。梶本中学校、在籍。
現在、学校より飛び降り自殺を敢行。
◇ ◇
ここは妖精の国。
国唯一のお城を囲うように街を築き、多種多様な妖精達が集う世界である。
その種類は人がイメージしたとおりの可愛らしい妖精も当然おり、あるいは……
「サザン様、お呼びでしょうか?」
尖った両耳を持つ、エルフ姿を持つ妖精もいる。
「良くぞ来た、レゼン。腰掛けたまえ……そう言える妖精で嬉しい」
「はっ。どメタな事を……」
妖精の国の統括。
名をサザン。
国の名に相応しい王たる妖精。
神々しいオーラを纏っており、現在は数多くの妖精を纏め上げて国の平穏を作っている。かつて、人間界に降り立ち、生還を果たした数少ない妖精。王たる自由を持つ。
「君を正式に、人間界への召喚を許可する」
サザンの任はこの妖精の国に住まう、妖精達の人間界への通行の監査と決定権である。
十分な能力と適切な判断力、思想を持つ者を選ぶ事が大事。
「ありがたき、幸せ」
妖精。
人は彼等を尊く思う。しかし、妖精達にも現実というものがある。様々な器に意思を育んで生まれる彼等は、集めてくる力を単独では抑え切ることができなかった。
頑強な器であろうと、大きくデカかろうと、例外なく。力の制御に至っていない。
意思とは相反して、力を集め過ぎた事による末路は、死。人間と同じように死が待っている。
それは突然死ではなく、自分の足小指をタンスの角にぶつけるかのように、毎日塩水だけで生きていくかのように、腕がもぎ取れるまで振り回し続けるかのように。そう、死ぬまで死ねない苦痛を味わうこと。
妖精も妖精で。人と同じように生きているのだ。
「人間界に行き、"妖人"となるのだ」
妖精が何もしなければ、その力によって死を迎える。そのカウントダウンは完全には閉められていなかった水道の、ポチャンとした一滴程度の時間でやってくる。水が溢れたら痛みが走るほどの、遠いこと。さらにコップから穴のないプールに器が変わるほど、途方もない先のことであるが、死はあるということ。
この事象から逃れる術は、人間界で自分の適正に合う人間と接触し。その人間に"妖人"と呼ばれる存在になってもらうしかない。器を移すということ。
「というのを以前から話していたな。リハーサルは4度ほど。みんなの前で1度」
「……今回は、本番ですよね?王室でコッソリは2回目ですね」
「その通りだ。本当だ。召喚されていい条件は整っている」
今回。人間界に降り立つ妖精、レゼンはちょっと違っていた。
彼もまたもうじき、その苦痛に迫られる。人間界に降り立たなければいけないのであるが。
「君にはそれと別に、特別な任務を与える。君の才、君の修練。それはかつての私を超えている。それ故にだ」
「事実にしても大袈裟すぎですよ。まだ俺は、サザン様と違い何も成していない」
「ふっ……本題だ。今、妖精の国では不当に、妖精達が人間界へと降り立っている。私を通さずに行ってしまう。私の立場考えてくれよ、ホント」
「では、不正を止めろと?」
「違うな。彼等とて、君と同様に。死を控えているからこその必死さもある。止めるべきは、それを手引きしている者がいるという事だ。これを突き止めねば、意味はない。妖精は妖精の国から人間界に行く事はできても、妖精は人間界から妖精の国へ行く事はできない」
矛盾を言っている。その本人。
答えはすぐに出される。
「私のように"妖人"としての任、全ての力を解放したのならそれらの不自由はない。この事件はそれがなく、完全な不正で行なわれていることが問題なのだ」
「王であるサザン様は自由でしたね」
「王は私1人だ。現在においても、私だけがそれを成している。だから、不正を問う」
「自慢、始まった」
「仕方ないだろう。自慢になっちゃうんだから」
不正の1つを止めるのは難しい事ではない。問題はその不正が当たり前になろうという部分。
ここを抑えなくては妖精の国と、人間界の境界線に影響を与える。秩序の乱れに繫がる。
サザンはそれを強く危惧している。
「私はここに残らないと、妖精の国の秩序に関わる。レゼンには人間界でその不当な輩の調査を願う」
「承知!」
「"妖人"となったのなら、彼等の組織の1つ"因心界"の者と接触せよ。そこには私の息子もいる。彼にもその調査について伝えているから、話はすぐに済むだろう。では、頼むぞ」
「はい!全ては妖精の国、人間界の秩序と平和のため!!」
こうして、妖精の国。きっての天才であるレゼンは。
人間界へと降り立った。
ピュ~~~~~~
光り輝いて行ってしまう、レゼン。
"妖人"化するのは当たり前、その先の。
不正を働く存在の調査に躍起になるだろうとしていた。
本人はそう思っていた。
「……ま、彼にも不安があるんだが」
それを言ったら言ったで、彼が拗ねるから。
言~わない。サザンであった。
◇ ◇
"妖人"
平たく言えば、人間と妖精が互いに契約を結んだ存在。
妖精に選ばれた人間は妖精の力を得て、特別な能力を宿す。
妖精は自らを苦しめる力を分け与える事で、決められた死や苦しみから逃れることができる。
妖精達にとっては、生きるための儀式である。一方で、人間にとっては特別な能力をもらうための、奇跡。
「ひゃっはーー!!」
「オラァッ、金よこせっ!」
「俺達は"キャスティーノ団"だぜ!警察なんざ呼んでもムダだぜっ!」
そんな奇跡に人は正しく遣うだろうか?
そんじょそこらの法に集った力では脆きことだった。
ガツッガツッ
「あーっ……お前等ぁっ。その辺にしとけぇ」
妖精という個人に、その力を制御する力はない。人間という自由の意志がそれらを決める。
死から逃れようとも、生から逃げられないという矛盾。運否天賦な人との出会いがあろうとするのは、全ての生物共通。
コンビニを襲撃した"キャスティーノ団"と呼ばれる者達。
"妖人"の力を使い、我が物顔で暴れ回るギャング団。彼等の団員は悪ぶっている連中ばかりであるが、それは力に従う存在。本当の"妖人"はただ1人。今、金払わずに菓子を食っている男。
「やりがいあんな。ただ高いだけのコンビニの菓子を、無性に食い尽くすってのは……」
「録路さん!金も奪いやしたぜ!!」
「これでパチンコ、タバコ、酒、女だ!ひゅっはーー!!」
見た目、言うまでもなくデブ。前も横も膨れ上がった小太り男。歯も汚くグチャグチャした形、その不健康さが際立った面。悪を語るように刺青というシールをつければ、ちょっとは威厳がついてくる。
「げふぅっ……ゲップ出た。楊枝」
「へいっ!!」
歯に挟まった菓子のカスを取り出す。その最中、録路が発見したのはコンビニを取り囲もうとする、住民に優しき力なき警察官達がこのコンビニを包囲していた。
「警官が来るの、早っ!」
「俺達も名が売れてるって事だぜ、ひゃはーー!!」
「客と店員は無傷で追い出してやってんだがなっ。わかんねぇのかな、警察」
部下達とはテンションと思想が違う録路。
録路は未成年であるため、酒は飲まない。太い腕に缶ビールを4つほど抱えて、酒を飲める成人の皆様にプレゼント。
「職務中の飲酒はご法度だぜ」
それはピッチャーがバッターを抑えるため、キャッチャーなんぞ知らんと全力投球を繰り出す必死さとは異なっていた。観た者達からすると、録路のそれはパス。優しく投げてくれている。
ドゴオオォォッ
「ぐほぉっ」
「ぐえっ!?」
安全に包囲できているガラス、壁、鉄筋。
投げられた缶ビールはそれらの障壁をぶち抜いて、正確に警官達へとぶっかけられ、倒れる。"妖人"となった者達は、これらのような超常的な力を行使するのである。
「ひゃっはー見たかーー!」
「録路さんはテメェ等如きに捕えられないぜ!!」
「"キャスティーノ団"はまだまだ活動するぜーー!」
暴れるだけ、暴れる。
「帰るぞ。おそらく、"因心界"の連中がもう時期来るだろ。面倒だ」
「マジっすか!?いいんすか!?」
「一通り食い尽くしたしな。遊びたきゃ、お前等の持ってる玩具で遊べよ。あげただろ?」
「なんすか、なんすかそれ!?」
「興味ありありですけど」
人も妖精も、生物というのは不思議なものだ。
力を手にしたいという欲求があるという力に対して、力を手にしたという満足感とは違う脱力感。
「はっ……飯は牛丼にするか」
思うが侭、やっていく。それでも変わらない事だった。
録路はキャスティーノ団のアジトに帰っていく。
◇ ◇
私は死んだ。
そう、死んだのだ。
大嫌いだった学校で死んでやった。
ざまぁみろって、一度は誰かに言ってやりたいこと。してやった。誰も聞いていないけれど。
「けど、死んだらどうなるんだろう」
「…………」
「私、そのこと考えた事もなかった」
まるで自分が主人公のように、自分と自分を見つめる可愛いエルフちゃんに照らされているスポットライト。
舞台の上で哀れなお嬢様に救いの手を出そうとするか。いいや、なんで自分が助けなきゃいけないのか。
まだ、エルフちゃんは表原麻縫の事を見ているだけ
「ねぇ、死んだ後の世界ってどーいうとこなの?私、これからどうなるの?」
尋ねられ、答えることは
「あんたはまだ死んでいないぜ」
「え?」
周囲は暗い。自分達だけが浴びている光は?
「俺の簡易妖術だ」
「よ、妖術……?あなた、天使じゃないの?あ、両耳尖ってるからエルフかな?」
「聞いた事ねぇのか?俺は妖精だ!名はレゼン!!君に"妖人"としての高い資質があると見込み、こうして声をかけたんだ!」
あっさりとした自己紹介であったが、彼女は興味なしに立ち歩く
「これが天国?」
「おーい、どこ行く」
ドンッ
「あいったー……ここ!思ったより狭い!うわっ、これが死後の世界?私の住んでるアパートより狭っ!!」
「光っているところにしか移動できない。狭いは余計だ!!そもそも、人間なんか入れないんだぞ!特別に招待しているんだ!ホントにありがたく思えよ、人間!!」
プンスカになっちまうレゼン。小さいとはいえ、自分が上という立ち位置で話す。それほど彼にはある。
「俺の力に適合する者は多くいるけれど、その力を最大限にまで引き出す素質まで持つ者は少ない。その中に君は選ばれた」
「な、なに?」
「先ほども言っただろう!君を"妖人"になってもらいたくて、こうして会いに来たんだ!」
……………
「ねぇ、君。そーいう勧誘はいいから、天国に連れてってください。一日中、ゴロゴロできる何もしない天国で」
「なんだとーーー!?君、ドライ過ぎじゃないか!?というか、せっかくの話を全て無碍にする気かい!?」
それは特別な事である。事実であるが
「なんか怪しい勧誘。そんな外見の未知な生命体に話しかけらた事ないし。危ないじゃん」
「くっ……この女。なんて物分かりに、空気読まないぶり、なんて主人公に向いていない性格をしている!!この端役素質100%の子に、俺は力を貸さなきゃいけないのか!!」
ええい。しかし、しかし。
これほどの逸材にどれだけの確率で出会える事だろうか?
「"妖人"とはな。君達、人間にこの妖精が力を与え、特殊な術を身に付けさせる事ができるのだ。ホントに特別だ。どれくらいの確率で"妖人"になるかと言えば、」
「どれくらいの確率で言えば………」
「なんと1クラスの学級に2,3人はいるレベルだ!!」
「別に大した事ないじゃん!」
「馬鹿者!!『お前、"妖人"なのー!?すげーじゃん』って、毎日クラスで褒められるほどの才能があるという事なんだぞ!」
「それが毎日だったら、馬鹿にされてるとしか思えないんですけど!!」
なんて弱いセールストーク。しかししかし。
「それはあくまで君の年齢に限ってだ。"妖人"にも適正年齢がある。それくらいの確率はある。一般的に10代~20代前半。それを過ぎると途端に狭き門となる。それはつまりだ」
「まるで中二病ですね。私、中学生だけどそれ患った人、退くなぁ……」
「お前、中学生なのかよ!!夢見ろ、馬鹿野郎!!夢育むのが、学生の本分の1つだ!!現実にぶつかってそれでも戦うのが、社会人の本分の1つだ!!」
話しが進まない。
「ともかく。誰にだって、やりようによって。"妖人"にはなれる。なれるが、俺との"妖人"になれる者はそういない。俺と君は、コンビを組むべきなんだ!この天才が、こーお願いしているんだぞ!」
「……頼んでいるの?お願いされてるの?」
こんなお願い。表原の胸中、苦しめる。屈しないんじゃない。
「いい加減にして」
「あ?」
「私、死にたい。天国に行って、幸せに暮らすんです。現実に何にも後悔なんてないから!!」
降りたい。
"自分なり"に懸命に生きてきたけれど、もう嫌だ。
「自殺したでしょ!私は死にたいんです!さっさと天国に行かせてください!!もう、この世はどーでもいいんです!!」
あれこれなんだと、声出してみた。こんなわけわかんない者に目をつけられ、声をかけられりゃ。それほどに堕ちた者って事だろう。
◇ ◇
ブツゥンッ
『イスケ、涙キッス。こちらはサザンだ』
その頃。妖精の国の統括であるサザンは、人間界にある"妖人"を集めた組織の1つ。"因心界"に連絡を入れていた。彼の連絡を受けるのも当然、その組織の統括。
涙キッス。女将と思わせるような、貫禄のある着物姿。和に満ちる女性である。
そして、妖精であり涙キッスの相方のイスケ。
「お久し振りでございます」
『挨拶はその辺にしてだ。今日、レゼンを人間界に召喚させた』
「!……ついに、あの者が人間界に降り立ったと」
「知ってるの?イスケ」
『ふふふ。多少以上に自信家で高飛車だがな。その素質は私だけでなく、お前をも凌駕している、イスケ。そして涙キッス。いかに君でもレゼンの全てを使え切れんだろう。いや、全人類全てで照らし合わせてもだ』
「では、その者と適合した"妖人"を因心界が先に手にしろと」
『それは問題ない。レゼンには伝えてある。だから受け入れの準備はして欲しい。ただな……』
「……………」
「何よ、黙って。教えなさいよ、イスケ。その妖精は凄いの?あなた以上に」
「その。言い辛いんですが。レゼンには致命的な穴があるんです。あまりある才能が突出し過ぎて、彼と適合する人間がおらずでして、」
「それは聞いた」
能力は大きくハナマル付けての合格点である。
しかし、酷い例えでだ。
「人を見る目がないんです。つまるとこ、適合者の人選ミスが多い……という適性検査が出ている」
『変な奴と適合してしまえば、"妖人"の力を全て使い切らなければ契約は切れない。妖精からは人間を制御できず、その力を暴発させようものなら』
「…………この因心界の敵となるわけですか」
天才とは甘美な響きであるが、哀れだなぁって
「はぁっ……。私、思っちゃう」
「負けず嫌いだな、キッス」
『はははは。相変わらず。そーいうところの素が、素晴らしいものだ』
とはいえ、妖精の国の統括が忠告をしに来た。最大限の体勢をとろうとする。
レゼンが適合する"妖人"に対して
「こちらは網本粉雪を、送る事を決めておりました。私が行きたいところですが、本部在住が原則なので」
『うん。そうしてもらえると嬉しい。人間界のゴタゴタに加担されたら、こちらとしては申し訳ないからね』




