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4話

その日の夜。

思わぬ形で懐事情が一変し、約束通りみどりにも肉を振る舞う事が出来た。

1階の酒場内での同伴は断られたが、汚さない事を条件に部屋での食事は許された。


女将さんらが言うには山鹿の肉だそうだ。

この辺りでは肉と言えば山鹿と言われるくらいにポピュラーな肉との事。

みどり用に用意してもらうので、念の為味付け等は過度に加えずにさっと湯通しをお願いしたくらいだった。


それでもみどりは尻尾を右に左に大きく振って山鹿の肉に齧り付いている。

しばらくその姿を見続ける。

受け皿から溢れた小さな肉片を集め、周辺の床を綺麗にした。

ベッドに腰掛け、日本にいた時の子供達のお昼ご飯の時間を少し思い出す。


「あいつらは元気にしてるんだろうか…」


部屋の窓から見える月を眺めながら独り言を呟く。

手はかかるが、可愛い子供達だった。

全てを向こうに置いてきてしまったのだ。

感傷的になるのも仕方ない。


そんな俺を気遣ってか、もしくは単にかまって欲しいだけなのか、みどりが膝に頬ずりをしてくる。


「よしよし…腹いっぱいになったか?」


みどりの首筋を撫で上げ、その美しい毛並みに指を絡ませる。

みどりも目を細めて喜んでいる様に見える。

今の俺はきっと無意識に頬が緩んでいるだろう。

何度も何度も気が済むまでみどりを撫でる事で、こちらの世界に来てからの緊張が少し解けたのか徐々に瞼が重くなってきた。


「あぁ‥疲れた。今日1日で色々起こり過ぎた…。明日はどうするか…」


決して上等な物だと言えないベッドに体を移し、迫る睡魔に身を委ねていく。

ベッドのすぐ下には、みどりが体を丸めて休もうとしている。

その姿を見て、また目を細める。

そしてそのまま、深い眠りへと誘われていった。


……

………


ゆっくりと目を開けると眼前には白い世界が広がっていた。

どうやら眠っている間にこの世界に呼ばれたらしい。

傍らで休んでいるだろうみどりの姿は無く、ここに存在しているは俺と俺を呼んだモノだけだろう。


「いるんだろ?この世界の神さん」


何も無い白い世界。

その中で俺は一点を見つめて問いかける。

直後に淡い光が集まりだし、何かの形に形成されていく。

それは人の様な姿にも感じられるし、獣の様な姿にも思えた。


目の前で知覚出来ているのは光の集合体と言う事だけだが、その光から放たれるオーラと言うかプレッシャーと言うのか、存在としての絶対的な何かを感じる。この感じは元の世界で邂逅した神さんと似ている。


(やぁやぁ!よく来てくれたね!異世界の渡り人!)


随分とフランクな口調で光の集合体が語りかけてくる。

勿論それに口と言う物は無く、そこにいる存在が直接脳にでも語っているのだろう。


「…あんたこの世界の神さん?」


(そーだよそーだよ!いやー君が来てくれて良かっ)


「んじゃとりあえず…逝っとけ!!」


自称この世界の神が話終わる前に、神と名乗ったこの存在に対して思い切り爪を立て、力任せに光の集合体を引き裂いた。


(ギャーーーーー!?ちょっと!何するの!?神様だよ!?この世界の!!)


「む?手応え無しか」


自称神様が抗議の声を上げる。

引き裂いた光の集合体は霧散はしたが、何事も無かった様にまた元の形に戻っていく。

割と本気で潰すつもりで引き裂いたが、やはり神と言う存在なのだろう。

とりあえずしぶとい。


(いやちょっと待って!待って下さいっ!!今完全に神を殺すつもりでしたよね?なんで?怖いわー!異世界人怖いわーー!あーー!怖っ!!)


途中から下手な関西弁みたいになって抗議をするが、そもそもこの神を一発でも殴らないと俺の気が済まないのだ。


「あのな、この世界の神さんよ。俺が何に怒っているかわかってねぇだろ」


怒気を含んだ声で神に問いかける。


(えぇ…!?えーっと、アレかな?色々あって君がこの世界に来る事になった…事?)


慌てながらしどろもどろの口調で話す神。

纏うオーラは変わらないものの、威厳の様なものはその口調からは感じられない。

まぁ最初から無かったのだが。


「それも腹が立っているが、俺が気に食わないのはな、俺を召喚した場所だ」


(…え?場所?)


意外そうな感じで言葉を繰り返す。


「あんたな、あんな暗い洞窟の様な場所で!重てぇ扉で閉ざされて!遭難必至の森に出されて!馬鹿みたいにデカイ狼の群れがいる場所に!『雪子』を喚ぼうとしたんだろうがっ!あいつが本当にこっちに来てたらと思うとあんたを許せる訳がねぇ!」


そうなのだ。

こちらの世界に来る前に、元いた世界の神さんにこう言われたのだ。


『道中彼の地の神と邂逅する事もあるでしょう』


と。

俺はその時を待っていた。

まさか初日になるとは予想もしていなかったのだが。

だからこそ、俺が今日体験した事は、本来なら雪子が体験する筈だった。

想像するだけでもゾっとする、最悪の結末として。


だからこそ許せる筈が無かったのだ。

幼い子供が必ず死に至る様な状況下で召喚する無責任さを。


(ええっ!?違う!違うよっー!?話を聞いて欲しい!そもそもあの幼子と君とでは召喚場所が違うんだよー!!)


「…嘘じゃないだろうな?」


(嘘じゃない!嘘じゃないよー!!この世界を変革しえるだけの素養は確かに幼子にもあるけど、それはあくまで未来の話なんだ。世界に与える影響なんて高が知れてるし、それよりも!本当に大変だったのは君の方なんだよ!)


口なんてものは見えてはいなのだが、随分と早口で捲し立てる。

それにどうやら俺が思っていた事と、この神の言い分には違いがありそうだ。


(君がいた世界とこの世界とでは、そもそも個人の力が何倍もの違いがあるんだ。君の世界の住民1人と戦わせるとしたらこちらの世界の住民が5.6人は必要なくらいに)


「元の世界で普通に暮らしている成人した人間でって事か?」


(そうそう!そうなんだよー!君の世界の普通の成人でさえこっちの世界では怪力と呼べるくらいの力が出ちゃうんだよ。幼子だったらこちらの世界の子供らと違いは無いから、然るべき最も安全な場所で召喚するつもりだったけど、君を喚ぶにあたって『最も被害が少なくて済む場所』にする必要があったんだよー!)


おかしな事を言う。

なぜ俺だと『最も被害の少なくて済む場所』を充てがわれるのか。


「それで?被害が少なくて済む場所があの薄暗い洞窟なのか?」


(そうそう!そうなんだよー!この世界の住人で覚えている人ももう殆どいないと思うんだけど、君を喚んだあの洞窟も、遥か昔にこの世界で悪い事しようとした魔王を封殺した場所で、今でこそ人の手で洞窟にはなっているけど、膨大な力を抑える結界魔法陣が今も根付いていたんだよー!それを利用して君を喚んだ訳さ!)


魔王を封殺した場所ってえらく物騒な響きだ。

それにいたのか、魔王。


「で、その魔王とやらを封殺した場所で喚ばれた俺は、どれほど危険なんだ」


(うんうん!君の事情もある程度はわかっているけど、君が月に返した力ってアレとんでもない力だね。率直に言って、神である私を本当に引き裂いて『痛み』と言うものを知覚させる事が出来るくらいに…。お願いします…バラバラにしないで下さい…)


プルプルと光の集合体が小刻みに揺れている。

出会って即バラバラにされたのがトラウマになっているのだろうか。


「悪かったよ、そっちの事情もわからず引き裂いて」


(ありがとう!ありがとう!!そう言う事で、君の元々の力がデタラメなのに、こちらの世界に来た事で、この世界からしたら、もう訳がわからない位の存在に既になっているので、この世界を停滞させない為に来て貰ったけど、色々と程々にして下さい!お願いします!)


なんだそのお願いは。

力に酔うなんて事は、散々昔にやり尽くした。

今世でも繰り返す程に阿呆ではない。


「責任は持たないが気には止めておく。それと気になっていた事も答えて欲しい」


(なんだい?なんだい?)


「この世界が全くの異世界と言うのは、動植物や住人の姿や生活を見れば否が応でも納得出来たが、言葉までは理解出来るとは思ってもいなかった。勿論俺が話す言葉も都合良く通じるなんてな。あれはどうなっているんだ?」


この世界に来て最初の人間との接触から食事や宿にありつけるまで、実に恙無つつがなさ過ぎたと言うか、最初にて最大の問題である『言葉の壁』を容易く突破出来てしまった。当然その疑問が出てこない訳がない。


(あぁ!あぁ!それはね実に簡単に説明がつくんだけど、一つは私からの贈り物(ギフト)の効果で、この世界に存在する物を何か摂食する事で、この世界に君と言う存在を認識させて、世界と君との縁を紐付けしたんだよ。こちらの住人達が使う言葉は、君が認識出来る言葉として変換されるし、君の言葉にしたって逆もまた然り。と君のいた世界の言葉で言ってみたり』


「便利なもんだな、それは…あれか?翻訳コン…」


(はいはい!いけないけない!それ以上はいけないよー!)


言葉を遮られてしまったが、これはとんでもなく便利な贈り物だ。

ずっと疑問に感じていた事がすっと氷解していくようだ。


(そうだろー!そうだろー?この贈り物(ギフト)はあくまで『言語理解』と言うものだから、この世界の住民と会話する事には困らないさ。それともう一つ、君にはこれを贈ろう)


そう言って光の集合体こと、この世界の神の中から手の平程の小さな光がゆっくりと出てくる。

小さな光は俺の目の前まで来ると動きを止め、次第にその形を変えてゆく。


「これは…瓢箪ひょうたんか?」


既にはっきりと形作られた瓢箪が眼前にはあった。

一見して、色と言い大きさと言い普通の瓢箪にしか見えないのだが。

こっちにもあったんだな瓢箪。


(そうそう!君のいた世界でのヒョータンだねー。こちらでは『ヒョタン』って名前なんだけどね。それでこのヒョタンだけど、まぁ特別な物でね。君が認識した物を収納してくれる『異空間ヒョタン』なんだよ!水に食料、雑貨に家具だって出し入れ出来る優れ物!どうだい?とても便利だろー!ついでに言うと異空間かつ亜空間でもあるから時間の概念は無いに等しいからいつでも収納したままの状態で取り出しも出来るよー!)


「食料に雑貨…明らかにこの瓢箪の容量を超えている物でも本当に可能なのか?」


(うん!うん!!勿論だよー!そういう驚きの表情を最初から見たかったよー!私神様だからねー!この世界に来てくれたんだから、これくらいのオマケは何でもないんだよー。それにそのヒョタンは持ち主にしか使えないから悪用される事もないし、まぁ悪用される様な者が現れたらきっと君に…バラバラにされるだろうし…あぁ嫌だ神を引き裂かないでクダサイ…イタイノハイヤダ…)


なんか変なスイッチが入ったみたいだ。

この瓢箪があれば長期間の旅になっても、事前に水や食料を詰めとけば食糧不足の心配も無い。

う~ん、これは中々…。


「つまりこれはホイポ…」


(はいはい!いけないけない!それ以上は絶対にいけないよー!!)


どこかに行ってしまった意識をこちらに戻した様だ。

またしても被せる様に遮られた。


「あれだな。紫金紅葫蘆しきんこうころのもっと使い勝手の良いやつか」


(シキンコ…??とにかく!とにかく!これらは君への謝罪と期待を込めた贈り物だと思って欲しい。そして最後にこれを君に贈ろう)


先程と同じ様に小さな光が近づいて静止し、程なく形が生まれ出す。


「これは?」


(そうそう!これはね『仮面』だよ。この仮面には別に大した加護も付与もしていなんだけど、強いて言うと恐ろしく頑丈なくらいかな?)


「どう見ても小さな角らしき物があるんだが…」


(おお!おお!よく気づいたねー!君のアイデンティティーにも繋がると思って良いデザインにしておいたよ!かっこいいね!)


白面の仮面上部の左右の端に短めの角が出ていた。

これを俺のアイデンティティーだと言うのか。

なんとも複雑な気持ちになる。


(あれ?あれ?気にいらなかった?でも我慢してね。君の行動は、これからこの世界にとっての波紋が生まれる原点になる。君がどんな選択をしてもだ。今の素顔のまま生きても良いし、その仮面を付けて生きるのも良い。どんな場所に行っても大小の程度はあれ、どうせ有名人になるんだから変装出来る道具の一つでもあった方が便利でしょ!)


「本当に只の仮面なんだな?」


軽薄な口調だが、仮にも神がくれる物だ。

何か特別な力があっても不思議ではない。


(ほんとにほんと!只の仮面だよー!君の力にも耐えうると言う異常な頑強さを備えた只の仮面!安心してほしいなー!神は嘘言わないよー?)


「…わかった。有り難く瓢箪とこの仮面を頂戴する」


(やれやれだよー!神との邂逅はもうちょっと神聖なものなんだけどなー。最初の印象が悪過ぎたね!テヘ!)


最後の語尾に若干イラッとする。


(さてさて…。そろそろお別れの時間だ。大山弥彦。きっかけは神々の理不尽でもあっても、君は自ら選びここに来てくれた。ただの幼子の為に。君の存在は元々が特殊な因子であるけど、それでも今の君と言う善性を見れて私は嬉しい。誰かの為に怒り、行動する優しき鬼の子よ。その目で世界を見、その足で自由に進むが良い)


別に善人でも何でもないんだけどな。

自分の教え子を犠牲にする事が納得出来なかっただけで。

俺はそんな大層な人間じゃない。


光がどんどん強くなっている。

どうやら本当に神との邂逅の時間は終わるらしい。

随分と神妙な口調で引きに入っている。


(幻想の世界を生き、現代を生き、そしてまた、新たに神代の世界を旅する君に…。幸あれ!!っとまぁこんな感じで締めるけど、自由に好きにしてくれたら良いからね~それじゃまたね~…)


そう言い残してこちらの神さんは去っていった。

最後まで軽薄な口調だったが、随分と変わった神もいるもんだ。

視線を下に落とす。

右手には仮面を、左手には瓢箪をその手に収めている。


直様保っている意識が希薄になってゆく。

あぁ、そろそろ本当に眠るんだろう。

起きたらこれからの事を…考えないと…。

そうだな…まず…は…みどりと…あさめしたべよぉ…。


こうして本当の1日が終わったのだった。

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