3話
一人と1匹と、少し賑やかなパーティになった訳だが、この緑毛狼の事をいつまでも『お前』呼ばわりするのも可愛そうなので、名前を付ける事にした。
どんな名前が良いのか思案したが、最初に浮かんだ名前が結局一番しっくりと来たのでそれにした。
「決めた、お前の名前は『みどり』だ。お前の淡い緑毛の毛並みは美しいし、俺のいた国でも美しさを意味する言葉なんだぞ?この名前で良いか?」
「わんっ!」
元気よく返事をしてくれた瞬間、みどりの身体が薄っすらと光が包み込んだ。
嫌な感じのモノでは無かったが、気になったのでみどりの身体を調べてみる。
「みどり、今お前の身体が光ったけど、身体に何か変な所ないか?」
顔を傾かせ、不思議そうな顔をするみどり。
尻尾を全力で振ってくれている。
「なんともないなら良いけど、身体がおかしいと思ったら、絶対に無理をするんじゃないぞ?いいな?」
そう言って、みどりの頭を撫でる。
みどりも目を細めて身体を擦り寄せてくる。
「もう少し進んだら人の住む集落がある、そこに着いたら肉を買ってやる。好きか?肉。俺は好きだぞ」
「わんわん♪」
顔を綻ばせながら歩を進める。
どれくらい進んだのだろうか、木々から差し込んでいた日の光は、いつの間にか辺りには夕日が差し込む
様になっていた。
怪我も完全に治りきってないみどりを連れて行く事にして予定よりも遅れたが
それでももう目と鼻の先まで村が見えて来た。森で野宿する事だけはなさそうだ。
そうこう言っている間に村の入口が見えてきた。
年季の入った柵が村を取り囲んでいる様だ。
槍を肩に預けた守衛らしき人が入り口で目を光らせている。
完全に人の姿で安心したが、同時に不安になってくる。
絶対に言葉の壁が出てくるはずだ。
ゴクリと唾を飲み込み、年配の守衛の人に話かけてみる。
「こんにちは。森で迷子になりようやくこの村まで来れたんだが、村で休ませては貰えないだろうか?」
「…」
言葉を発する事なく、こちらを見定める様に視線を上下する年配の守衛。
そもそも言葉が通じているのかもわからない。
これは駄目かもしれない。
であれば、次は必殺のボディランゲージでコミュニケーションをするしかない。
俺は下げていた両手をゆっくりと持ち上げていく。
「…?何やっておるんじゃ?あんた?」
丁度万歳のポーズの所で声をかけられた。
確かに何をしているんだと言われたら、説明に困るポーズではある。
「て言うか!言葉!!俺の言葉がわかるのか!?」
「なっなんじゃ!?あんた、森で頭でも打ったのか?あんたの声も聞こえているし、ワシの声も聞こえておるじゃろ?村に入ってええから、早く休みなさい。小さな村じゃが酒場も宿もある。ここから向かって中央の広場より西側の建物じゃよ」
「おぉ!ありがたい!ありがとう守衛さんやっと一息付ける事が出来る!!」
そして何よりも言葉が通じて、こちらも相手の言葉を理解出来る事が何よりの嬉しい誤算だ。
こちらは日本語で話しているし、向こうも日本語で返事をしていた。でもここは日本でもない別の異世界だ。そんな都合の良い話がある訳がないのだ。そんなある訳がない都合の良い話がここにあった。
不可解な現実とは、まるで天邪鬼だ。
ひらひらと手を振り、さっさと村へ行けと促す守衛。
みどりに視線を落とし、話しける。
「みどり、村に入るぞ!」
「わん!」
理解してくれているのか、勢い良く返事をしてくれる。
と言うか、小柄ながらきっと狼であるみどりを村に入れても大丈夫なのだろうか?
念の為聞いておくか。
「守衛さん、この子を一緒に村に入れても大丈夫か?」
「なんじゃ変わった犬じゃの、村の迷惑にならんのなら問題はない」
「ありがとう!」
一礼をして村の中に、みどりと一緒に進む。
守衛も言っていたが、村の規模は大きくはないようだ。
それでも、それなりの家屋が並んでおり、人の住む息遣いが感じられた。
家の軒先で涼む人や、農具を運ぶ人、みんな一様にこちらに視線を向けてくるが仕方ない。
普段見慣れない服装の者がいてるのだから。
そんな視線を受けつつ、足を進めた。
「きっとここが村の中央。守衛の話だと、ここから西側に宿が…」
開けたこの場所が村の中央なのだろう。
西側にあると言われた宿へ向かう。
同じ様な木造の家屋を数件超えた先に、宿らしき建物があった。
入り口まで来てみると、洋灯の灯りが煌々と揺らめいでいた。
洋灯がある事にも驚いたが、人は灯りを見ると安心すると言うが
実際の所、本当に安堵している自分がいる。
目の前の木造の扉の奥では、賑やかな声が漏れている。
守衛が言っていた酒場も兼ねているのだろう。
「みどり少しだけここで待っていてくれ、いいな?」
みどりにそう伝えて、少しくたびれた扉を開いた。
みどりは俺が伝えた事を理解している様で、ちゃんと店の前で座っていてこちらに向かって来なかった。
本当に賢い狼だ。いや、守衛も言ってたが今は犬か。
店内は丸テーブル席がいくつか並べられてあり、半分以上が地元の人間であろう村人で埋まっていた。
カウンターにも何人か座っていて、日が沈んだとは言え、酒を飲んでご機嫌になっている人達もいる。
酒場内の視線が突き刺さるが、気にせずカウンターへ向かう。
「こんばんは。宿をお願いしたい」
この酒場や宿を仕切る女将なんだろうか。
カウンターにいた恰幅の良い女性に尋ねる。
「おや!うちに宿の用件だなんて珍しいね。素泊まりなら800Zで朝と夕食の食事付なら900Zだよ」
「では食事付きの方で…あぁぁっ!?」
突然大きな声を出してしまい、周囲の注目を集めてしまう。
眼の前にいる女将も驚いている。
そして俺も驚いている。
何に?何がって?それは勿論、
「か、金…持ってないの忘れてた…」
ボソリと呟く。
女将とカウンターに座っていた連中は目をキョトンとさせていたが、こちらの状況を理解したのか一斉に咲いだし、酒のネタにしていた。女将も苦笑いだ。
「あんた旅の人かい?申し訳ないけど、無一文には宿は貸せないよ。旅して来たならそれなりに用意してるんじゃないのかねぇ?」
「あっはっは!ご尤もで。実はこの村の北西にある森の奥で迷子になってな、動物にも襲われて荷物を落とし、その荷物になけなしの金を入れてたのを今思い出した」
身振り手振りでそれっぽい理由をでっち上げ、オーバーに話す。
「兄ちゃん!あの灰銀の森から来たのか!?」
横で話を聞いていたカウンターの小太りの男が、驚いた様な口調で椅子から立ちあがった。
酔っぱらいの肴を提供してしまったか。
「あの森はグレイウルフ達の縄張りで、あいつらは恐ろしい程に頭が回りやがる。地元の人間でも絶対に森には入らねぇし、国の騎士様達でも何十人と揃えてでしか入れない魔狼の巣窟だぞ!?それを生きて森から出てくるなんて…」
凄い早口で捲し立てる。
あの森はそんなに危険な森だったのか。
男が言う魔獣も、さっき言ってた『灰銀の森』と言うのも、あの灰色狼達の事だ間違いないだろう。銀色と言うよりは、やっぱりグレイウルフと呼ばれている様に灰色がしっくりと来る毛並みだったが。
男のすぐ横で飲んでいる連中も、往々に驚いたり、あーだこーだと話している。
「はぁー…あんた運が良かったんだねぇ…。私らも子供の頃からジジババ様達から口煩く言われていたもんさ。あの森には絶対に入るなってさ。荷物や金まで落として気の毒だけど、こればかりはなんともならないからねぇ」
別に女将さんが悪い訳でもないのに、申し訳ない顔をする。
そんな顔をしないでほしい。
そんな微妙な空気の中、不意に思い出した事があった。
「そうだ、金は無いけどあの森で生っていた果実を少ないけど獲って来たんだ。これなんだけど、どこかでいくらかで売れる事は出来ないか?」
そう言って肩に掛けていた手製の小さな籠をカウンターに置いて、中に入っていたあのピンポン玉くらいの大きさの果実を20個前後と、みどりの回復様に採取した握り拳程の大きさの梨の様な果実2個を並べた。
それを見た女将と客の男の目の色が変わる。
「あんた!これララの実と、オルビスの実じゃないか!!しかもララの実がこんなにも大きいだなんて…!ちょっとアンタ!アンターッ!!手が空いたらこっちに来ておくれよ!」
「兄ちゃん…あんたこんなお宝をどこで?」
女将と飲んだくれの男とのテンションに少し付いていけないが、どうやら良い物らしい。
だったらこれをお金に替えて、夕食と宿にありつきたいのだが。
みどりに肉を約束した手前、うまく行けばこれで肉も手に入るかもしれない。
そんな事を思っていると、カウンターの奥。厨房だろうか、そこから一人の男が現れた。
中々に気難しそうな、いや言葉が悪いか。
実直そうな印象を受ける顔立ちの男が、こちらに視線を向ける。
「少しいいか?」
その問に頷く。
こちらに確認してから実を手に取り調べる。
どうやら女将さんの旦那の様だ。
「…凄いな。これは本物のララの実だ。こんな大きさの物は滅多にお目にかかれない。このオルビスの実もそうだ。形こそ少し歪ではあるが、皮から溢れる豊満な香りは紛れもない本物だ。これを一体どこで?」
そう言って丁寧にカウンターに置く。
「これは北西の森、そこの人が言ってた灰銀の森の奥で見つけた物だ。そんなに貴重な物なのか?こちらの土地の事はわからない事も多くてな。飢えを凌ぐ為に、食べれそうな果実を適当に拝借したんだ。ところでこの果実はお金になるのか?金を森で落としまい、宿に泊まるどころか、夕食にも事欠く状況なんだ」
素直に本当の事を伝える。
灰色狼と一触即発だったのは伏せておこう。
要らぬ疑いを回避する為にも。
「全て俺が買い取る。これだけの大きさは本当に市場に出ないからな。そうか…あの森か。いくらこんな上物が生っていてもあの森に入ろうとする奴は誰もいないだろうよ。命知らずの冒険者か、運の悪い迷子の旅人くらいのもんだ。それにこの果実はな…」
そう言って口角を緩める。
驚きで緊張していたのだろうか、ようやく少し笑ってくれた。
カウンター奥から出てきてからずっと難しい顔をしていたのだ。
普段からこんな感じなのかもしれないが、とにかく良い方向に流てくれた。
話を聞いてみると、森から持って来たララの実とオルビスの実自体は知られた果物らしく、ただ純粋に美味しいと言う事よりも、ララの実は食べた者の身体を回復する効果があり、オルビスの実も食べた者の魔力を回復させる効果があると言う事を知った。その回復量は大きさに比例するとの事で、ここまで大きな物は本当に珍しいのだとか。売ると言ってからすぐに硝子瓶を取り出して来て、何かの液体にララの実を漬け込んでいた。同様にオルビスの実も漬け込まれている。
「はいよ!これ買い取りの代金さ」
そう言って女将さんがカウンターにどちゃっと袋をカウンターに下ろし、貨幣を並べてくれた。
「相場に見合った金は出す。だが今のうちの手持ちでは厳しい。だから半分程度は貨幣でここ渡す。残りはギルドから受け取ってくれ」
そう言ってマスターも女将さんの横に並んだ。
相場がいくらかもわからないが、とりあえず不自然にならないように貰った貨幣の確認をしていく。
「全部で20万Zelだ。神王銀貨30枚、神王鉄貨15枚、神王銅貨20枚、神王青銅貨100ある。これで我慢してくれ、余った金はギルドに相談するといい。この村にもある」
「十分だ、ありがたい」
と言ってもどれ程の価値なのか見当つかないのだが。
言葉も通じているし、万の単位も共通だと言う事はわかったが、後で大体いくらの価値があるのか考えておこう。とりあえずは、自分とみどりの宿泊代を払う事にした。
「実は店の外で、お供の犬を待たせているんだが、一緒の部屋で休ませては貰えないかな?犬の食事込で一泊1000Zelの支払いでどうか?」
「あぁ構わないよ!あんたのおかげでたんまり儲けさせてもらえそうだしね!」
そう言って豪快に笑う女将さん。
「ではここから1000Zelを引いてくれ」
「あいよ、ありがたく頂きますっと」
カウンターに並べられていた丸型貨幣の中から迷わず銅貨2枚を取り引いた。
どうやら銅貨は2枚で1000Zel。つまり1枚500Zelの価値なんだろう。
「ちなみにこの鉄貨で支払えばどうなる?」
「あれ?鉄貨の方が良かったのかい?それなら鉄貨1枚貰って銅貨2枚のお返しだね」
「いや、銅貨2枚での支払いでいい」
「そうかい?遠慮なく好きな貨幣で言っておくれよ」
鉄貨で支払うと2枚の銅貨が返ってくる。
という事は、鉄貨は2000zelの価値があるのか。
しばらくは青銅貨、銅貨、鉄貨の3種類だけで事足りそうな気がしてきた。
「女将さんしばらくこの村に滞在する事になるから、前払いで追加で10日分程支払いたい。ここから更に引いてくれ」
「こんな小さな村に10日も滞在するなんて変わっているねぇ。まぁ旅人なんて皆変わり者か」
はっはっはと豪快に笑う女将さん。
そして更にカウンターに並べられた貨幣の中から、銀貨2枚を差し引いた。
つまり銀貨2枚で10000z程の価値があり、1枚5000z。
オマケで貰った麻の布の様な巾着袋に次々と収められていく貨幣。
紛失しないようにしっかりと握っていよう。
「荷物を全て失ったのは残念だが、幸いにも纏まった金が手に入ったんだ。次の出発まではゆっくりと準備を整えさせてもらうさ」
そう嘯いて肩を竦める。
明日以降の10日間はこの村で滞在する事が決まった。
その間にこの村や所属しているであろう国の情報。
マスターがさっき話していたギルドの事。
オルビスの実の時に話していた魔力と言う概念の事。
考えれば考える程に情報過多だ。
しかし嘆いていても仕方ない。
今は寝床と食事にありつけた事に仏さんに感謝しようではないか。
「女将さん、腹いっぱいになる程の肉を俺とこの子の分を宜しく」
「あいよ!」
女将さんの気前の良い声と共に、ようやく夕食を摂る事が出来た。
幸いにも、みどりに約束した肉も準備出来て内心ホッとしながら、一人と一匹はカウンターの奥から出て来るであろう肉の到着を待つのだった。