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1話

深い静寂の中、とある洞窟内にある祭殿。

その奥には、淡く光り続ける魔法陣があった。

少しずつ光が集まりだし、小さな光の粒がビー玉程の大きな粒へと形を変える。

ビー玉程の粒がまた、他の光の粒と結びつき、拳程の大きさへと変化していく。

魔法陣の周囲に浮遊する光の輝きは更に増す。

とうとう人の大きさほどになった時、光は魔法陣へと吸い込まれ、淡く光るだけだった魔法陣が激しく輝き、刻まれた魔法陣内を光が駆け巡る。


一瞬の間だろうか、それとも誰かの呼吸程の時だろうか。

強い輝きを持ち始めた魔法陣から、それはまるで生物の様な気配を感じさせていた。

一際強く輝きを放った後、魔法陣が描かれた祭殿は一瞬静寂を取り戻し、程なく光は霧散する。


一人の若者の登場によって。



----------------------------------------


日本のとある某所。

その日いつもの様に、親と一緒に園から去る子供達のお見送りを済ます。


『おにいちゃんせんせー!またあしたーー!!』


門を出たところで、左手をママさんに握られた園児が振り返り、その小さな右手を一生懸命に振ってくれる。勿論笑顔は花マル100点満点だ。


「おう!雪子!帰ったらきちんと手洗いとうがいをしっかりすんだぞ!あと、ママさんの作ってくれたお夕飯は好き嫌いしたら駄目だぞ!」


『ゆきちゃんピーマンきらいーー!』


大きな声で苦手な野菜の名を上げていた。

横にいるママさんも苦笑いだ。

でもわかるぞ、雪子。

俺だって出来ればピーマンは刻んでわからない様にしてくれると嬉しいのだから。

ママさんに会釈をして見送る。

どうやら雪子で最後の様だ。


さてと、さっさと片付けをして、今日の報告と園の事務所にて同僚先生達と、2つの長机を重ね次の催し物についてミーティングを行う。


「しかし毎日の事ながら、この歳の子供達は疲れ知らずですね」


長机に突っ伏しながら顔を上げてそう言うのは今年入った新人の男性保育士の松野先生(23)だ。最近では貴重な男性の保育士で、何かと力仕事も多々ある保育園の期待のルーキーでもある。


「まぁねー。私らも研修の時からある程度覚悟していたけど、実際園で子供達と接していると、本当に驚きと反省の繰り返しで、ここに来て数年経っても力不足を感じるよ」


そう言って、頭の裏で両手を組みながら苦笑いをするのは、勤続数年目になる女性保育士の若狭先生だ。

今日もピンクのジャージをビシっと着こなしている。


そんな若狭先生の言葉に賛同する様に、他の先生もうんうんと頷いたり、各々の保育論を語り合ったりしていたが、それもほんのしばらくの間の事だった。


「はい、よろしいですか?では次回の催し物についての意見交換をしたいと思います。どんなに長引いても20時までには終わりたいと思いますので、皆さんの忌憚のない意見や提案をお願い致しますね」


柔らかい物腰と、少し間延びしたテンポで場を仕切り出したのは、この園『にっこり保育園』の園長先生だ。ふくよかな体型の通り、物事にあまり動じず、芯を持って子供や保護者と向き合う姿勢は『不動菩薩』と一部の者達から信仰…もとい尊敬を集めている。


「では去年の催し物ですが、保護者参加型の寸劇会『不思議の国のアリス-この国1番武道会!最強への道-』でしたが、今年は…」


おおよそ二時間程の会議だっただろうか。

次に園で行われる催し物についても白熱した意見交換が出来たと。

帰路に着く頃にはすっかり暗くなっているだろう。薄暗くなりつつある道を、松野先生と自転車を押しながら歩を進める。


お互い園から然程遠くない場所に住んでおり、こうやって途中まで帰る事が多々あった。

自分を除いて初めての男性保育士の先生だ。


「しかしまさか次回の催し物が若狭先生の『どす恋-土俵際の黒星スタート☆-』に決まるなんて思いもしませんでしたよー」


歩きながら今日の会議での一幕を面白そうに話し出す松野先生。

うん、それは俺も思った。

まさか若狭先生があんなに練に練ったプロットを用意してくるとは思わなかった。

おかげで俺が用意した創作劇『不在通知だけを入れる配達員さん』の存在感が薄れてしまった。

なかなかやってくれる、若狭先生。


「大山先輩の考えた劇も、現代的な風刺を取り入れた作品でとても面白そうだったのに、若狭先生の『どす恋』に掻っ攫わられましたね。正直、僕もあんな展開になるとは予想外過ぎて、それでいて最後に涙を誘う展開に、子供達のする劇の範疇を超えているのではないかとさえ感じましたよ!」


拳を強く握りながら熱く語る松野先生。

どうやら『どす恋』に夢中の様だ。

かく言う俺も、若狭先生考案の『どす恋』を、子供達が演じるのを想像すると口元が緩んでしまう。

恐るべし『どす恋』そんな可愛い姿の子供達を想像しながら頬を緩ませていると、松野先生から別の話題をふってきた。


「そう言えば大山先輩って保育園では『お兄ちゃん先生』って子供達から呼ばれていますよね?僕や他の先生は皆名前で先生呼びなのに。正直ちょっと羨ましいですよ、どうすればそんなに懐いてくれるのか」


松野先生はそう言って少し小難しい顔をする。

彼は本当に最近の若者、と言ってしまえば自分が年寄りの様に見えてしまうが、それでも敢えて言わせて貰うと、最近の若者の中でも非常に真面目かつ、仕事と言う括りの中で、子供達や保護者とのコミュニケーションがより良い物になる様に日常的に思案と考察を繰り返している。


「松野先生…真面目かっ!?」


「いや、真面目も真面目!大真面目ですよっ!!」


顔を見合わせて笑い合う。

本当に良い先生が後輩になってくれたと神様仏様に感謝しないといけない。


「ずっと聞きそびれていましたけど、大山先輩ってどうして保育士になったんですか?いや、僕が言えた義理じゃないですけど、他にももっと手取りの良い仕事もあるじゃないですか?」


松野先生はずっと気になっていたであろう疑問をぶつけてきた。


「色々あってこの仕事を俺は選んだのだけれど、きっかけとしては…そうだなぁ。今までとは真逆の事を知りたかったと言うのが1番なのかもしれないな」


「真逆の事??」


松野先生がとても不思議そうな顔で返してくる。


「おう、真逆の事。子供達の笑顔に囲まれ、周りの先生達と切磋琢磨し、間接的ながらもガキ共の人格形成の一端を担うと言うか、俺でも何か与えれるものがあるのかもしれないかもって。難しい言い方だけど『人間を知る』事が出来るかもしれないと思って浮かんだのがこの仕事だったって事だな」


自分でも抽象的な表現だとは思うが、割と嘘偽りのない本心だ。

そんな俺の言葉に松野先生は、やはり頭に?を浮かべている様で、その表情にこちらも少し困ってしまう。


「あー、いや、まぁなんと言うか、結局子供好きなんだよ、俺」


随分と簡素な答えに落ち着いてしまったが、これも嘘偽りのない本心だ。

俺は、少し遠回りをしたかもしれないが、今の生活が好きで、子供達が愛おしいのだ。

少なくとも、今の生活がこのまま続けば良いと思っている。


「なんか難しい話でしたけど、今のはわかります!ははっ、僕もですよ!僕も子供達が好きですよ!」


松野先生の素直な笑顔が微笑ましい。

そんな何時もの帰り道。


のはずだった。


「ん…?おわっ!?」


突如暗闇の中から現れる光の輪。

自分の足元を中心に形成されている。


「せっ!先輩っ!?何ですかソレ!?なんなんですかっ!?」


俺の足元を中心に展開する光の輪。

輝きも更に増して、周囲は現実離れした不穏な雰囲気の様相を呈している。

これは嫌な予感がする。

頬を冷たい汗を流れ、松野先生が叫ぶ声が遠くに聞こえる。


カシャン…。


そんな硝子を割った様な音が聞こえて、視界に映る全ての世界はモノクロに変わり、俺以外の世界が停止した。そしてこの現象には既視感があった。



童子わらしよ…。のぉ?聞こえておるであろう、童子よ』


その声はあらゆる慈愛に満ちた声にも聞こえたし、酷く無遠慮な声にも聞こえた。

そして、いつかの時代に救いを求め、俺を救ってくれたお方そのものだった。


『おや?あまり驚いておらぬな?』


「いや、十分に驚いていますよ、随分とご無沙汰になります神様」


可視化は出来ない姿ではあるが、この方と出会うのは初めてではない。

ずっと昔にお会いして、俺に救いを、全てを生まれ変われる慈悲をくださったお方でもある。


『ふふ…息災でなによりです。ですが童子にとっては久方の刻に思うかもしれませんが、私にとってはつい今しがた程の、瞬き程の時なのですよ?』


その表情を伺う事は出来ないが、目を細め優しく微笑んでくれた様に思えた。


「その…、神様。どの様なご用件でこちらに?」


『刻を止め、童子に直接お話するのも他でもありません。知己の神がいるのですが、その神によって世界渡りに選ばれた者がいる事聞かされたのです。ふふ…どう言う事か、それは童子に近しい者だった様で、ならばと思い気まぐれに童子と言の葉を交わそうと思った次第なのです」


何を仰っているのだろうか。

俺の近しい者がその『世界渡り』と言う物に選ばれたと。

俺と言う存在を覚えていて下さり、気まぐれに声をかけて頂いたと?


「あの、神様。その世界渡りとは存じ上げないのですが、具体的にどう言うものなのか教えてもらえませんか?」


俺の問いかけを、丁寧に説明してくださった。


『童子の疑問、疑念も最もです。ではお話しましょう。それは『世界渡り』。三千世界の中、世界から世界へと渡る事。今の俗世を捨て、新たな俗世に転移する超越の法なのです。先程も言いましたが、私の知己の神々の一つが見守る世界が停滞し、枯渇に瀕しているのです。三千世界のどれもが何度も同じ様な過程を辿り、その都度世界渡りを行い、各世界の進行と潤沢を促して来たのです。童子の今世界にも世界渡りでやって来た人物が、その後歴史上の人物として認知されたりもしているのですよ?』


スケールが予想外過ぎて理解が追いつかない。

それにさっから嫌な感じの動悸が収まらない。


『世界渡りに選ばれた者は今とは異なる世界で生涯を終えます。ただ平々凡々と暮らすも良し、暗愚に生きるも良し。ただ異なる世界で存在するだけで調律が取れるのですよ。小さな波紋が広がり続ける様に…。さて…童子よ。先程言いましたね?童子の近しい者が世界渡りに選ばれたと』


モノクロの色の無い、時が止まった世界だからか、自身の心臓の鼓動がやけに気になる。

無意識に飲んだ唾の音でさえ大きく感じる。


『選ばれたのは『サチノキユキコ』と言う童子です。童子よ…心当たりはありますね?』


心当たりも何も『幸ノ木 雪子』はさっき俺が見送った園児じゃないか。


「すんません…神様。無礼を承知で言いますが…。その世界渡りってやつ、他の今世に嫌気がさしてる大人にでも譲れませんかね…?」


『…童子よ。お前の考えている事はよくわかります。しかしそれは出来ないのです。何も的当てで選定する訳でもない。選ばれるだけの理由がその者にあるのですよ』


この方が言う事に間違いは無いんだろう。

だが、それに納得するかどうかは別問題だ。


「…まだガキなんだよ。両親を困らせて、甘えて、少しづつ成長して特別な人生じゃなくても、あいつの人生は、あいつだけのものなんだよ…神さん」


『…ならば変わりの適正のある童子(わらし)でも充てがいましょう。であれば向こうの神も納得するでしょう』


何を言っているんだ。

雪子が駄目なら他の子供にするだと?

つまりアレか、ようするに別に生贄を選ぶって事か。

どこかの子供の中から。


「あんた…救いの神さんじゃなかったのかよ」


姿無き場所に目を向ける。


『ふふ…懐かしい眼ですね、童子。成る程。あの頃と変わらぬ鋭い眼ですね』


「…神さん?」


神さんがさも想定内とでも言う様な、口調で語りかけてくる。


『私は三千世界の超越者。なに、気まぐれに神に口出しする事も出来る存在なのです…』


「一体何を…」


『童子よ、いや今は大山弥彦オヤマヤヒコと言いましたね?弥彦よ…。お前が世界渡りをしてみるか?ふふ…そもそも異世界の童子を渡らせるよりも、汝の方が些か頼もしいでしょうし』


俺が…世界渡り。

今世を捨て、新世で生きる…。

俺は今のありふれた世界が、社会が、生活が気に入っている。

ソレを捨てて行くには抵抗がある。


抵抗は思う以上にあるのだが、あんな小さな子供を見知らぬ世界へ一人ぼっちで送り出すなんて事も、到底出来る筈もない。


「俺は神さんに一度大きな恩を受けている。神さんが気まぐれで施してくれた慈悲だとしても、それは俺にとっては大恩に違いねぇ…」


大きくため息をつく。

いや、深呼吸と言い換えようか。

覚悟を決めよう。


今まで良い人生を送らせてもらえた。

父や母と呼べる、家族と言う大事な存在を知った。

昔とは違う、友と呼べる者も出来た。

誰かを大切に想う、愛と言うものも理解する事が出来た。


これは、これから雪子が経験して行く事だ。


俺が行く。

それが『お兄ちゃん先生』としての最後の仕事だ。


「だから…」


『案ずるな、お前と言う存在の記憶は全て都合良く挿げ替えされる。それは童子には酷かもしれぬが、残される者達にとっては他の誰かに変るだけの事…誰も悲しまない。誰も傷つかない。ただ童子だけが、覚えている』


ありがたい。

それで充分だ。

俺が忘れない限り、俺は俺の人生そうまんざらでもなかったって訳だ。


『それに今生の別れとも言い切れないですしね』


「それはどう言う意味で?」


『言葉通りですよ。あなたがその役目を終えたのなら、もう一度世界渡りを行いこちらに戻して差し上げましょう…』


完全に片道キップだと思っていた。


『まぁ…それも私と童子が少し特別な縁であるが故の措置なのですが、本来はあり得ません』


「いや、願ったり叶ったりです。正直なところ」


『それは重畳。童子の決意も知り得ましたしね。さぁでは今から赴きなさい…。私自ら彼の地へ送ってさしあげましょう。道中彼の地の神と邂逅する事もあるでしょうが、全ては童子の心のままに…』


神様の姿が徐々に見えなくなる。

最初からその姿は見えてはいないが、その声の方から強い光が迫ってくる。

モノクロの世界から眩い白い世界に塗り替えられてくる。


「ぐっ!?」


あまりの光に強く瞼を閉じる。

それでもなお闇を感じる事はなく、瞼の裏にはただただ、白い世界が広がって行く。

たまらず手で顔を覆う。


『童子よ…。せめてもの餞別です。私からは童子があの時、私に差し出したモノの全てを返しましょう…』


(神さんっ!?今のは!?)


パン。パン。パン。


最後にはっきりと聞こえた優しげな声と不思議な音。

あれは一体何だったのだろうか。


いや、今は考えていても仕方ない。

それにもう瞼を閉じていても、あの強く白い世界は感じる事はなかった。

だったらする事は一つだけだった。

少し息を強く吸い込み、俺はゆっくりと瞼を開いた。

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