婚約破棄まで三か月、お馬鹿な姉を妹の私がサポートします
「あんたは終わりね。せいぜい今の内にチヤホヤされてなさい。ホホホホホホホホ!」
普段であれば負け犬の遠吠えと断じて鼻で笑うところだが、今日の彼女からはどこか違和感を感じる。彼女は今は亡き前妻の娘で全てにおいて私に劣っている姉上様(笑)。幼少期より両親から絶賛され、学校のイケメンたちから求愛を受ける私に対して唯一、正面から立ち向かってくる脳筋のお馬鹿さん。これまでずっと雑魚キャラだと思っていたのに、なぜかここ最近は強気だ。
もしかすると、だけど……
「まさか、貴様も転生者だったのか。」
学園を卒業するまで残り三か月に迫った今頃になってのカミングアウト。通常のネット小説であればいままで不遇だった悪役令嬢が婚約破棄をしてきた王子とビッチをざまあして、隣国の王子や人外のイケメンといった新たなヒーローキャラと婚約してハッピーエンドになるのがデフォだ。
「ええ、そうよ。あなたをざまあする日を楽しみに今日まで悪役をやらせてもらいましたが、ここからは本気を出させてもらうわよ!」
これって試験が終わった後に次は本気を出すと言っている人と同じな気がする。いままで私に勝ったことが一度もないのに、どうやって挽回するのだろうか。もう遅い気がしますけどね。
「そうですか。まあ、お手並みを拝見させてもらいましょうか。」
貴方が絶望して泣き叫ぶ姿を楽しみに待ってますよ、姉上様。
「ホホホホホホ!」
◇◇◇
次の日、学校で私の姉が大きく話題になった。
「おはようございます!ヴィクトール王子!」
「お、おう。ぶふぉ。」
王子がここまで動揺したのを見るのは随分と久しぶりな気がする。まあ、無理もない話だ。
昨日までまな板だった姉の胸が突如バインバインになっていたら誰でも驚くわ。スレンダーな体型をしていた姉の胸にメロンが二つできたのだ。なんて成長の早さだろうか。まるでバトル漫画のインフレだ。
(いくら王子がアレでも、これはちょっと違う気がするよ、姉上様。)
ヴィクトール王子がおっぱい星人であることはこの学園の誰もが知っていることで、彼は女性を見るときは顔ではなく胸を見ている。そんなこともあり、姉はこのような作戦を実行したのだろう。さすがに今回の作戦は王子も驚いているようだ。普段であれば「パッドか、チッ」とか「偽乳には興味がない」とか言うのだが、今回はコメントが全くない。
いくらなんでも本物のメロンを服の中に入れるのはないでしょ、お姉さま。
「じゃ、じゃあな。」
これは驚いた。いままで挨拶されてもシカとしていたヴィクトール王子が姉に対して反応しているぞ。まさか、姉がこんな手に出るとは思わなかった。私の動揺をよそに、姉は横でふふんと笑っていた。
「あと87日ね!貴方はせいぜい神様にでも祈ったらどうかしら?」
姉の狙いは何だ?こんなことを続けられたら公爵家の威信が落ちてしまう。そんなことより、姉が何をやらかすのかとても楽しみなのだがな。
「きゃああ!断罪されちゃう~!」
もっと調子に乗ってくださいよ、お姉さま。
「ホホホホホホホ!」
私は応援していますよ。たとえ世界中が貴方の敵に回ったとしても。
案の定、次の日から姉に対する陰湿ないじめがはじまった。
この学校の生徒が姉の教科書を破いたり、水をかけたり、物を投げつけたりして姉をいじめるようになった。それだけでなく、姉を呼び出して数人の男でレイプしようという画策もなされていた。まあ、これについては私が事前に潰しておいたから姉は全く気づいてはいない。
王子にほとんど愛されていない婚約者であり、成績もいまいちで変な性格をしていたらいじめられるのも当然であろう。いままでのようにボッチで黙っていればいいのに、これでは私の根回しも台無しじゃないか。
「これは俺のせいだろうか。」
放課後、私たちは生徒会室で姉の件について話し合っていた。おっぱい王子、もといヴィクトール王子が本当に久しぶりに私の顔を見て話している。真剣な話をするときは人の顔を見て話すのだが、普段からそうしておけよと言いたい。
「ええ、貴方が女性の胸ばかり見ているせいで姉は傷ついてあんな性格になってしまったのだと思います。あなたがもっと姉と向き合っていればこんなことにはならなかったはずですよ。」
「でも、俺はおっぱいが大きい子じゃなきゃ嫌だ。」
馬鹿な姉だが、おっぱい王子のことは本気で愛している。しかし、屑王子はおっぱいの大きいマリア子爵令嬢やポリン男爵令嬢にばかり声をかけて、ずっと姉をないがしろにしている。だから、私は上手く婚約破棄に持ちこんで姉に新しい相手を見繕ってやろうと頑張ってきたのに、当の本人がいまだに王子の事が大好きなのだ。
人の心は難しいな。
「それで、婚約破棄の件は順調に進んでいますか?」
「ああ、もちろんだ。お前の姉との婚約を破棄して、今度はおっぱいの大きい子と婚約をするつもりだ。父上からは継承権が無くなると脅されているけれど、おっぱいの大きい子を嫁にできるのなら王太子の座は放棄してやる。」
こいつが第一王子とかこの国終わってんな。
「ん?何か失礼なことを考えただろ?」
「いえ、なんでもございません。」
この屑がどんな性癖だろうがどうでもいいことだ。そんなことよりも、私は残り87日で姉を失恋させて、隣国の王子か人外のイケメンとの出会いをセッティングして相思相愛にさせた後、お互いの両親を説得して婚約を締結し、卒業式に婚約破棄と同時に新しい婚約を発表しなくてはならない。
「ところで、お前の姉に宛がう男はどんな奴が候補だったかな?」
おっぱい王子は悪いやつではない。私の姉がいじめられていることに対して心を痛めているし、姉との婚約破棄の際に自分が多少の汚名を被ることも同意している。誤解してほしくないが、こいつと私は付き合っているわけではない。私とは腐れ縁だからこのようにしばしば話すことがあり、お互いに恋愛感情は全くない。私たちはモテモテだから人避けのために二人で行動することが多いだけである。
「今のところは二人考えているわ。一人目はハイエルフのハーフのカーチェス。公爵家の長男で、母親が入エルフだから容姿については折り紙付き。ただ、小さい頃は長い耳を引っ張られたりして虐められたことがあって、それのせいかどうかは分からないけれど不良になっちゃって授業をたまにさぼっては屋上で昼寝をしているわ。」
「ああ、あいつか。たしか小さい頃はお茶会の度にお前ってあいつの耳を引っ張って虐めてたよな。」
「いじめとは人聞きが悪いわね。これは私があえて悪役を買って出ることで二人にとっての共通の敵として私が立ちはだかるための立派な作戦でしたのよ?」
「嘘だ~。」
これはマジである。幼少期からおっぱい王子が姉に全く興味を抱いていないのは明らかであったので、私は姉が他の男の子と仲良くなれるように画策していた。だから、私はわざとカーチェスの耳を引っ張った。彼に意地悪をしてそれを見た姉が彼を助けるという寸法だった。
ところが、王子にしか興味がなかった姉はテーブルに置いてあったリンゴを服の中に入れて王子に向けておっぱいアピールばかりしていたので、一向に彼とのフラグが立たなかった。
「二人目は隣国から留学してきているアレキサンドリア王子。成績優秀で眉目秀麗な優良物件なのに婚約者がいないからこの学校での人気は断トツのナンバーワンね。噂では男色であるとも言われているけれど、まあ、凹凸の乏しい姉ならストライクゾーンに入るんじゃないかしら?」
「ストライクゾーンが何なのかは知らんが、お前、言っていることが最低だな。」
お前にだけは言われたくない。
「そもそも貴方が姉と結婚したくないと駄々をこねるからこんなことになっているのでしょ!結婚するつもりがないのなら姉にはっきりと伝えてきてちょうだい!」
「面倒だから嫌だ。」
「そもそもは貴方が婚約なんてするから悪いんでしょうが!」
「ふざけるな!そもそも俺だって被害者だ!だって数ある婚約者候補の中でもあいつの母親が一番おっぱいが大きかったし、娘も将来的には大きく成長すると思ったんだ!それなのに全然大きくならないし、これはおっぱい詐欺だ!俺は悪くないんだ!」
「そんなことはいいから、早く姉を解放してあげなさい!」
「うるせえ、言われなくともやってやるわ!」
翌日の放課後に、王子は姉を無人の教室に呼び出して、結婚をするつもりがないことを直接彼女に伝えた。
顔から血の気が引いて、蒼白になった姉は一言、「そうですか。」とだけ呟き、その場をあとにしたという。婚約は当事者の問題であるから私はその場にはいなかったので、王子から話を聞いた。
「悪いことをした気分だ。」
王子がふざけたことを抜かしているが、一回でいいから全力でこいつを殴り飛ばしたいと私が思ってしまうのも仕方ないと思う。
「ところで、姉はどちらに向かわれましたか?」
本来は私の仕事ではないが、姉の事を慰めることぐらいなら私にだってできるはずだ。そうだな、ほっぺにチューくらいはしてやるかな。
「ああ、そういえば階段を上って行ってたな。忘れ物かな?」
バキッ
気づいたら私は右こぶしを屑の顔面に向けて叩き込んでいた。
「いてえええ!親にも殴られたことがないのに!」
「この人殺しが!もし、姉が屋上から飛び降りて自殺なんかしたらてめえを殺してやるからな!」
屑が驚いているようだが、こんな奴にかまっている暇はない。
生徒会室を抜けて、急いで廊下を走り抜け、階段を脱兎のごとく駆け上がった。
「おねえちゃん!」
実の母親が幼少期に病死したことから不遇であった私の姉。私の母とは折り合いが悪く、父は姉のことを疎ましく思い、家の中では孤立していった。本当は、私はおねえちゃんと仲良くすることができればそれだけで良かったのだ。なのに、私はひねくれているからお姉ちゃんに自分の気持ちを伝えられないでいた。
目から涙が出てきて視界がぼやけてきていた。こんなことになるのなら、あの屑を殺すか調教するかしておけば良かった。
「おねえちゃ~ん!ごめんなさい!」
屋上に出る扉を開けたところ、私は姉の姿をすぐに見つけることができた。
「ホホホホホホ!お前じゃ私には勝てない!絶対に勝てないわよ!」
「は、その程度では我が皇国拳法を破るなど不可能!貴様に勝機はない!」
なぜか知らないけれど姉はアレキサンドリア王子と殴り合っていた。ついでにカーチェスがぼろ雑巾になって息も絶え絶えで横たわっていた。
「おい、おまえら何をやっている。」
「む、これは学園最強と呼ばれる女帝ではないか!まさか、決闘を申し込みに来たのか?」
「あら、私に何の用かしら?断罪が怖いからといって今さら許しを請いに来たところで許さないわよ。でも、足でも舐めれば許してあげなくはないわよ。」
「……質問には答えようか。」
三秒後、私に制圧された二人は大の字になって倒れていた。
「つ、強い。さすがは次期王妃に最も近い女と目されるだけのことはある。」
「馬鹿な妹ね。私はあえて花を持たせてあげたのよ!調子に乗らないでよね!最強は私よ!」
ガシ
ガシ
「人の話を聞こうか。」
調子に乗っている二人にアイアンクローを食らわせて力の差を思い知らせてやった。
「痛い痛い。話すから許して!」
「姉にこんなことをして許されると思っているの?斬首よ、斬首!」
「とっとと話せよ。」
こうして、彼女たちの口から真実が語られた。なぜ、二人は屋上にいたのか。なぜ、カーチェスがぼろ雑巾になっているのか。
全てが明らかとなった。
◇◇◇
「勝負しなさい。学園ナンバー2のアレキサンドリア王子。」
「え?」
私と彼女が初めて会話したのはちょうど一か月前。学園で遠巻きにされて浮いていた私に勝負を挑んできたのが彼女だった。
「どうしたの?びびっているのかしら?ホホホホホ!」
随分と態度がでかい奴だ。ふざけた野郎だ。仮にも私は王族なんだ。煽り耐性はかなり低い自覚はある。
「それで?私と何の勝負をするつもりなんだ?」
「フフフフ。今日の放課後、校舎裏に一人で来てちょうだい!」
ん?これってもしかして、告白か?でも勝負と言っていたし、私をリンチにするのだろうか?
まあ、どっちでもよいか。
私の皇国拳法で粉砕してくれるわ。
「分かった。では校舎裏で会おう。」
その日の放課後、私は言い付け通りに一人で校舎裏に行った。彼女の姿はなく、手紙が一枚だけ落ちていた。
私は手紙を拾い上げて、読み上げた。
<屋上に来なさい!>
上を見ると、彼女と目が合った。なるほど、一人で来なかった時にはそのまま逃げる魂胆だったのか。
久しぶりのタイマン勝負に私、いや俺はワクワクしてきた。
「勝負だ!」
俺は彼女のいる屋上に向けて叫んだ。
「ホホホホホ!早く階段を上がって屋上まで来なさい!
「そんな必要はねえ!」
俺はジャンプして屋上まで一気に到達した。着地するときに寝ていた男を踏みつけてしまったが、起きないので大丈夫だった。
「す、すごいジャンプ力ね。」
「さあ、始めようか!」
「ええ、どちらがよりヴィクトール様に相応しいか、雌雄を決しましょうか。」
え?どういうこと?
「私がヴィクトール様に会ったのは3歳の頃よ。この年月の差をどのように覆すのかしら?」
よく分からない。こういう時は答えは一つ。
「根性で」
「やるわね。でも、貴方の性別はこういってはなんだけど男よね?どうやってヴィクトール様との夜を乗り越えるのかしら?」
質問の意味がわからない。
「根性で」
「く、流石はヴィクトール様とのカップリングで二番目になるだけの実力はあるみたいね。でも、貴方では残念ながら不可能よ。彼はおっぱいが好きなのよ?貴方は彼を満足させられるの?」
ああ、面倒だな。バトルはどうなった。
「根性で」
次に何か質問されても答えるのはやめだ。バトルを仕掛けてやる。
「負けたわ。」
「え?」
「貴方の思いに今の私では勝てないことを知ったわ。でも、残り4ヶ月で私は貴方や妹を超えて必ずヴィクトール王子のハートをゲットして見せるわ。」
「貴方は何か勘違いしてませんか?ヴィクトール王子のハートって何のこと?」
「え?貴方は私以上に彼を愛しているのよね?彼と契りを交わしたいのでしょう?」
「は?俺がなんで男と契りを交わさなくちゃいけないんだよ?」
「貴方は男色だと専らの噂になっているわよ。」
「嘘!」
ここでようやく二人の誤解は解けた。同時に、私たちは共に学園最強の妹を倒す同士として手を組んだ。
「ところで、あんたは何で留学してきたの?」
シュバババ
「我が皇国拳法が世界最強だと世に知らしめるためだ。そのために王子には何度も決闘を申し込んだのだが、断られている。」
シュバババ
私たちはあの日以来、定期的に拳を交わしている。一流の使い手同士であるため、上記の会話をするのに声帯を震わすことなく、殴りあいの中で語り合った。
シュバババ
「ヴィクトール王子はお箸よりも重いものは持てないお方よ?そんな決闘に応じるわけないじゃない。」
シュバババ
「な、なんだと?では誰を倒せばよいのか。」
シュバババ
「私の妹ね。あの子は王国拳法の史上最強の使い手よ。あの子を倒せば王国を制覇したも同然ね。」
シュバババ
「お主よりも強いのか?」
シュバババ
「ふん、所詮あれは道場の拳法よ。天狗になったあいつよりも私の方が本当は強いはずよ。」
シュバババ
「ふーん。まあ、強ければよいわ。」
シュバババ
私たちは毎日のように語り合い、友情を深めた。無論、男女の色恋というものではない。この屋上には私たち以外にもカーチェスがおり、時折戦いに混ざっては吹っ飛ばされており、二人きりという状況にあったことは一度もない。
「共に最強を目指しましょう。」
シュバババ
「無論だ。」
シュバババ
戦友として、我らは互いに腕を磨いていったのだ。
◇◇◇
(なぜ拳を交わすのかさっぱりわからない。)
それと、二人に巻き込まれてぼこぼこにされているカーチェスに謝っておけ。
「でも、聞いていた以上に妹が強かったのだが。」
ドラゴンを素手で殺せない姉の意見が参考になるわけがないだろ。
「ねえ、もしかして貴方は性別を偽っているの?それとも女装癖でもあるのかしら?とりあえず明日、全校生徒の前で全裸で踊って来てちょうだい。」
姉が今言ったことをそのまま姉に実行させるのも良いが、幼児体型の姉の裸では恥を晒すだけになるからやめておくか。
「貴方たちは何がしたいの?」
「最強になる。」
「貴方を倒す。」
「無理よね。まず、私を倒すのは不可能だし、もっと現実的なプランを考えなさい。」
「では、どうすればよいのだ。」
「自殺してくれるのかしら?」
「最強になるにしても、私を倒すにしても、まずは婚約破棄の回避が最優先でしょう?私が協力してあげるわ。」
「まことか?何をすれば良いのだ?」
「ついに貴方が私にざまあされる日が来たようね。これからは私の時代よ!」
「フフ、脳筋の貴方たちにピッタリのメニューを考えてあげる。」
‐3か月後‐
「まさか逃亡したのか?」
「あの女狐め、まさか婚約破棄を回避するために卒業式をすっぽかすつもりか?」
「あの〜私って本当に必要でしょうか?」
卒業式の当日、騎士団長の息子、宰相の息子、男爵令嬢の三人が本日の婚約破棄のためにスタンバイしていた。
王子と公爵令嬢の婚約破棄には欠かせない配役である。段取りとしては王子が婚約破棄を宣言し、騎士団長の息子が令嬢を押さえつけ、宰相の息子が証拠を提示する。そして、男爵令嬢が目をうるうるさせれば完璧な婚約破棄だ。
だが、肝心な王子が腹痛でトイレに籠っているし、悪役令嬢は不在。このままでは婚約破棄に失敗してしまう。
「全てがシナリオ通りになるわけではないか。」
今日のための予行演習で何度も夜中に学校を脱け出し、町にいた見知らぬ平民の女性を相手に押さえつける訓練をしてきたが、このままではただの痴漢になってしまうではないか。騎士団長の息子はもし両親の耳に入ったらと思うと気が気でない。
「この一週間で作成した膨大な書類がパアになったら私は怒りますよ。」
適当な証拠を書式を整えて用意するのは案外骨が折れた。宰相の息子は父と違って要領が良くないのに、無理をして書類を短期間で揃えたのだ。彼は徹夜でイライラしている。ちなみに、偽造書類なので婚約破棄後は書類は破棄する。
「あの〜、私っていらないですよね?」
ポリン男爵令嬢はなぜか偽証をすることを強いられており、犯罪の片棒を担いだ挙げ句に次期王妃をこれからは自称しなくてはならない。無論、身分が違いすぎて妾になるのが関の山である。今回の婚約破棄に協力したらもう結婚できないのではないか、彼女はとっくに泣き目である。会話するときにおっぱいしか見ない変態王子の妾は嫌であった。
バタン
突如、パーティー会場のドアが開け放たれ、凄まじいオーラが溢れ出して会場の中にいた人々が失神していった。
「待たせたわね。」
身長が2メートルに届かんばかりの戦士が立っていた。誰だったか思い出せないが、その戦士の横にいる顔には見覚えがある。
「妹にアレキサンドリア王子!この3か月の間、どこにいたのですか?まさか、この2メートル女は悪役令嬢なのか?」
騎士団長の息子は悪役令嬢の妹の名前が出てこなかったからそのまま妹と呼んだ。
「なるほど、真新しい婚約破棄の布陣ね。肝心の王子がいないのに、よく勝てると思ったわね。」
「師匠、あんな雑魚のために私はあの地獄を乗り越えたのでしょうか?はっきり言って悔しいですし、あの腑抜けどもには心底怒りが湧きます。」
二人は失望していた。婚約破棄を打ち破るのは神殺しを超える試練だと思っていたのだが、ここまで低レベルだとは思いもしなかったのだ。
「おい!話を聞け!もう、いいわ。作戦を実行してやる!」
騎士団長の息子は悪役令嬢に押さえつけようと飛びかかった。
ところが、彼女の体に触れた次の瞬間、顔面に拳が突き刺さり、騎士団長の息子はパーティー会場から場外にぶっとばされた。
ガッチャーン!
「ひいいいいいい。」
ブブブ
あまりの恐怖に宰相の息子は糞を漏らして辺りを臭くした。
「はあ!」
悪役令嬢は敵が弱った瞬間を見逃さない。即座に気を放った。
バサバサ
すると、悪役令嬢の気合いに押された軟弱な宰相の息子は作成した書類から手を離し、床に証拠が散らばった。
「うわあああ!」
ビリビリ
それらの証拠を発狂した宰相の息子が自分から破り、証拠を破棄した。
悪役令嬢は雑魚に構うことなく、男爵令嬢へと歩を進めた。
「待って。私は無理やりこの場に連れて……」
男爵令嬢はこの場を離れようとした。だが、そうは問屋は卸さない。
「どちらがヴィクトール王子に相応しいか、タイマンで決めましょう。」
「私の敗けです!」
恐怖した男爵令嬢は即座に土下座し、降参した。
「あとは王子だけね。ホホホホホ!」
生徒たちの記憶に生涯残る鮮烈な卒業パーティーとなった。
◇◇◇
「紙がない。」
王子は尻を拭く紙がないことに戦慄した。本日は卒業式。誰も来てくれない。なんてことだ。
すると、外から足音が聞こえてきた。
「誰か、紙を持ってきてくれ。」
王子の指示が伝わり、天井とドアの隙間から紙が投げ入れられた。
「ありがとう。」
王子は尻を拭いた後にトイレの水を流し、いよいよ決心がついた。
(俺は決めたぞ。)
ガタン
王子は自らと外界を隔てるトイレのドアを開け放った。
そして、ドアを開けるとそこには二メートルほどの巨人が立っていた。
少しだけ驚いたが、王子は巨人に言うことがあった。
「紙をありがとう。」
ありがとうをちゃんと言えるのが王子の良いところだ。
そんな王子の声に反応して、巨人は頬を赤らめる。そして、この仕草に王子は見覚えがあった。
「まさか、お前は!」
凄まじいカルチャーショック。王子はあまりの衝撃に固まってしまった。それまでどのような決心をしたかも忘れて、目の前の彼女を食い入るように見た。
「私と結婚してください。」
変わり果てた彼女からの愛の告白。
あまりのショック。だが、王子の答えはとっくに決まっていた。
「ああ、結婚しよう。」
王子は彼女を愛していた。三か月前に妹に殴られたときにようやく王子は自覚したのだ。彼女の死を想像したとき、王子は生きた心地がしなかった。それほど、彼女の存在は王子の中で大きかったのだ。
彼は思い出した。そもそも、おっぱいを好きになったのは彼女の顔を見るときの目線がちょうど他の女性のおっぱいの位置と同じであったからだ。最初はおっぱいではなく、彼女だったのだ。
(俺は馬鹿だな。)
大きくなったことにショックを受けたが、姿が変わろうと、彼女を愛することを王子は誓ったのだ。何だかんだで彼は一途であった。
二人の思いが通じると、彼女がピカッと光った。
(ま、眩しい)
目を開けると、目の前にいた戦士はいつもの彼女の姿に戻った。鬼気迫るオーラが二メートルの戦士の幻影を作り出したのだ。
王子の前には天使と見紛うばかりの彼女が彼を上目遣いで見上げていた。
いつも通りの愛らしい姿に、王子は蕩けるように笑いかけた。
「俺はお前が好きだ。結婚してほしい。」
こうして、二人は結婚したとさ。めでたしめでたし
◇◇◇
卒業式より数ヵ月後、ついに最後の戦いが始まった。
「師匠、俺と勝負です。」
アレキサンドリア王子と妹の一騎討ちである。
そして、開始から5秒で妹はアレキサンドリア王子を下した。
「ま、修業をもっと積みなさい。じゃあね。」
「師匠!」
姉を王妃に導くための戦いは終わったのだ。
誰かのための戦いは終わった。そして、次は彼女の戦いが始まる。
「じゃあ、元気でね。」
悪役令嬢の妹の伝説はこうして始まった……
to be continued