回復
治療の描写はすっ飛ばし。
「んおっ?」
コルオンは目を覚ました。
それと同時に周囲を確認する。
ここは昨夜入った宿屋の廊下。
なぜか部屋には泊まらずに廊下で寝ていたようだ。
隣には同じように座りながら寝るサリアの姿があった。
「どうなったんだっけか……」
確か昨日はテトラが買った奴隷を運び、この宿屋に運び込んで治療をしていた。
だがそれから直ぐに記憶がぷっつりと途切れている。
「ふぁ……コルオン、起きた?」
「なぁサリア。この状況は何がどうなっているんだ? おれは治療の手伝いをしようとしていたはずだが……」
「あぁ……記憶ぶっ飛んでるのね……」
自分に何が起こったのか理解できずに狼狽するコルオンにあくびを漏らしながら起きたサリアが呆れたように言う。
「えっ!? 記憶が? 俺に一体何があったんだ……?」
「あー……そうね、疲れていたのよ」
「疲れてた……? まぁ野宿でちゃんと寝られてなかったけど……うぅん?」
サリアの言葉を信じたコルオンは「そんなに疲れたか……? いやでも気づかぬうちに疲れがたまってたってこともあるか……」と自問自答を繰り返してそうだったと思い込もうとする。
(これは黙っていた方がよさそうね……)
真実を知っている者からしたらその姿は滑稽で本当のことを言えば落ち込むことは必至であり、教える事は憚られた。
なのでここは勘違いさせたままそういうことにしておこうと決めた。
「ところでテトラさんは中か?」
「えぇ。そう言えば全然物音しないわね……もう終わったのかしら?」
「生きてるのか死んでるのか……」
閉じられた部屋の中からは物音ひとつ聞こえない。
昨晩はコルオンがダウンした後も一晩中押し殺した悲鳴などが響いていたのに。
「取り敢えず入ってみよ?」
「そうだな」
「……テトラちゃーん、入ってもいい?」
「どうぞ」
ノックをしてから扉の向こうに呼びかけるとすぐに返事が返ってきた。
寝てないのか早起きなのか既にテトラは起きていたようだ。
「じゃ、入るよ」
この先に待つのは血まみれの惨劇の後か小鳥の歌が聞こえるような穏やかな朝の風景か。
彼らは意を決して部屋の中へと足を踏み入れた。
「お?」
覚悟をして入ったそこには机に向かって何やらいじっているテトラとベッドに綺麗な肌をした五体満足の少女が一人、静かな寝息を立てて横たわっていた。
彼女は昨日見た時よりも格段に健康的な肌の色をしていて、その本来の姿はテトラより少し年上と言ったくらいの栗毛の可愛らしい容姿をしていた。
どうやら身体の再生は成功したようだ。
あの状態からよくここまで戻せたものだと感心する。
コルオンの時と違い今回はほぼ全身だ。
そのうち死者蘇生もできるのではないかと思えてしまうほどの所業である。
「何とか成功しました」
「テトラちゃんならやってくれるって信じてたわ」
「思い通りに事が運んで怖いくらいですよ」
根拠もなくテトラなら何とかしてくれるであろうと言う彼らの期待を裏切らずやり遂げた。
「だけどこれ、教会とかにばれたらやばいよな」
「やばいわね」
「そんなにまずいんですか?」
人を治療できるのなら教会だって願ったりかなったりだろう。
テトラはそう考えていたようだがその考えは間違っていた。
「教会ってのは生殺与奪の権利があるからでかい顔をしてられる。金も集まる。だからその唯一のお株が奪われて黙っちゃいないだろうよ」
「そう言うもんですかね」
「そう言うもんだ」
金と権力と言うのは人々を歪ませる。
それが例え聖職に就く人であっても同じだ。
なぜなら彼らも人なのだから。
「神も仏もありませんね」
テトラは呆れて神父が聞いたら激怒しそうな台詞を呟くのだった。
そんな雑談をしていたからだろうか。
「んぅ……」
ベッドで寝ていた奴隷の子が目じりを擦りながら起きだした。
そして周囲を見渡してから両手を見て四肢を動かすと首をかしげる。
「あれ? ここどこっすか? てかなんで体がちゃんとあるんすか!? あっ、ここが噂に聞く天国ってとこ? なるほどっす」
自問自答を繰り返してひとりでに納得する彼女はひどく混乱しているようだった。
無理もない。
つい昨日まで死にかけていたのに元気になっていたら死後の世界に来たとしか思えないだろうから。
「まずは自己紹介からかな。私は――」
テトラはいじっていたスライムをメッセンジャーバッグの中にしまうと彼女に向かってこれまでの経緯を話し始めた。
「なるほど……あなた様――テトラ様が私を救ってくださった方でありご主人様っすね!」
奴隷の子は姿勢を正して説明を聞き終えると憧れを抱いた子どものように瞳を大きく見開いて身を乗り出した。
それを邪魔だと言わんばかりに押し退けたテトラは続ける。
「そう。君は私の奴隷だ」
「よろしくっす! ご主人!」
「……それで名前は?」
奴隷から想起される鬱々たるイメージとは違いやけに元気な奴隷に辟易しながら尋ねると彼女は首をかしげた。
「名前っすか?」
「このまま奴隷と呼ぶわけにもいかないから」
「自由に呼んで下さって大丈夫っすよ?」
「えぇ……そう言われても困るな……元々の名前は?」
「ミュッコっす」
「じゃあミューで」
「了解っす!」
名前と言うよりはあだ名で呼ぶような響きが気に入ったのか彼女は笑顔で大きく頷いた。
「にしても元気ね……」
「治った事も直ぐに信じたし凄いな君は」
「自分、馬鹿っすから!」
サリアとコルオンの誉め言葉にミューは自虐的ではなく快活に答えた。
「だから魔獣の中に飛び出して死にかけたんすよね。助けていただいて本当にありがたいっす」
「まぁ、ただみたいなもんだったしね」
その馬鹿さ加減が奴隷と言う最低の身分に落ちながらも底抜けに明るい要因の一つなのだろう。
そしてそれは奴隷において最大の利点となり得る。
何故なら不幸を全面に出したような陰鬱な奴隷であったらこちらまでその雰囲気に飲まれて気分が沈んでしまう。
それだけでなく他人から見られた時に「あの奴隷は沈んだ表情をしている。つまりあいつの内面は厳しく嫌なやつだ」と言う印象を抱かせるからだ。
そんな奴隷を欲しがる者は偽善者気取りの限られた物好きだろう。
「でもどうやって治したんすか? 確か手も足も千切れたような気がしたんすけど」
ミューは不思議そうに自分の二の腕を揉む。
「スライムで代用したんだ」
「スライムってあの?」
「そう。このスライム」
と、テトラは机の上で弄っていたスライムを手のひらの上に置く。
ミューがそれをつつくとスライムはぷるんと揺れた。
「私の体もほぼほぼスライムでできてる。だからミューの足りない部位は私の体を千切って分け与えた」
「はぇー……そんなことできるんすか……ご主人が身を削って……不思議なもんすね」
「言っておくけど他言無用だからね」
「わかったっす!」
「真似できるとも思えんがな……」
コルオンの横やりの通りこんな滅茶苦茶な治療は今のところテトラしかできない。
しかしそれは今に限った話である。
(扱いやすそうで良かった……これで護衛用の駒が一つ手に入った)
この世界に体の半分以上をスライムに侵食されたスライム人間がもう一人出来上がったことは造った当の本人しか知らなかった。
そう、つまり登場人物が増えるんです。
管理しきれるんでしょうか?




