お約束
ゲロ吐くとしばらく鼻に酸っぱい臭い残って嫌ですよね。
「ちょちょちょ! 何してんの!?」
「うっ……ふぅ……スライムを吐きました」
吐いてすっきりした顔のテトラは口をぬぐう。
「スライム食べてたの!?」
「最近の主食ですね」
「うえぇ……」
ぬるぬるうねうねのスライムを口に運ぶのを想像してサリアは気分が悪くなる。
あんなものを食べるなんてやはり正気の沙汰ではない。
「待っててねコルオン。今拭いてあげるから……」
とりあえずこの半分とけたスライム入りの酸っぱい匂いがする物を拭いてやろうとそこら辺のぼろ布で拭こうとする。
「待てサリア。そのままでいい」
「えっ?」
だがまたしてもコルオンはサリアを止めた。
今回ばかりはどこからどう見てもただのゲロだ。
医療行為の欠片もない。
止められる理由など皆無であった。
「汚いわよ?」
「女の子の口から出たものが汚いはずないじゃないか!」
コルオンはくわっと目を見開いて言った。
「うわっ……コルオンあなた……そういう趣味だったの? ごめんなさいね気づけなくて……」
「さすがの私も引きますねそれは……」
彼の告白を受けた女性二人はドン引きで3歩ほど引き下がった。
その言動から彼女たちがどんな勘違いをしているのか察したコルオンは慌てて早口で否定する。
「え? いや! 違う! 違うぞ!? 誤解しないでくれ! 俺は真面目にこれも治療のひとつだと思って傷つけまいと――」
「わかった。わかったから……。もういいのよコルオン」
「だから違うんだぁぁぁ!」
コルオンの悲痛な叫びは誰の耳に届くこともなく納屋のなかに響いた。
「さて、そろそろどうですか?」
「どうって? 俺は心に大きな傷を受けたよ……」
「腕の具合です。腕の」
「え? 腕? うわっ! なんだこれ!?」
「ひぃっ……」
テトラに指摘されて手を持ち上げると右手はともかく左手の感覚がちゃんとあった。
そして無くしたはずの左腕は根元を粘性の液体で補強された女性の細腕となっている。
その補強は現在進行形の様でじわじわと指の先まで粘液が這いあがってきていた。
まるで粘菌が伸びて行くかのような気持ちの悪い光景にコルオン本人に加えサリアも背筋に悪寒が走った。
「な、なぁ……これ、大丈夫なのか?」
「大丈夫です! ……たぶん」
「こんな気持ち悪いのが大丈夫なはずないわ! 待っててコルオン! 今すぐ切り落としてあげる!」
「待て待て待て! 感覚はあるんだ! もしかしたらもしかするかもしれん!」
「いいえ切りましょう。今すぐ切りましょう」
直剣をスラリと引き抜くサリアの目は本気だった。
虫を心底嫌いな人が家の中に見かけた虫を半狂乱で殺そうとする時の目だ。
このままではせっかく狩り縫合した腕を本当に切り落とされかねないと感じたテトラは上着の裾をめくって腹を露わにした。
「この人今度こそ本気っぽいですし、ちょっと大人しくしていてもらいましょう。スゥ! 出番です!」
「あいあいさー」
するとテトラの体の中で大人しくしていたスゥがぬるりと抜け出してきた。
そのサイズは両手に収まる程度のサイズで普通のスライムと同じ形をしていた。
「ふんっ! いまさらそんな小さなスライム程度どうってことないわ!」
相対するサリアはこれまでの狩人として自信から微塵もその小さなスライムに脅威を抱かずに直剣を振り上げる。
だがその認識は間違っていたと瞬時悟ることとなった。
「やっ……! 何こいつ!? ちょっ! どこ入ってんのよっ!? あっ! そこはだめっ……!」
出てきたスゥは瞬時に跳ねるとサリアの服の隙間から中に入り込み、皮膚の薄い部分をくすぐったり這いまわったりして彼女を翻弄させた。
スライムのぬめぬめが嫌いな彼女にとってそれは生き地獄にも等しい所業。
たかだかスライムにここまでしてやられたサリアは身体を縮こまらせて悔しいやら恥ずかしいやらくすぐったいやらで顔がゆでダコのように真っ赤になる。
なんせスゥは知能を持ったスライム。
しかもテトラと思考を共有することによって人の弱いところは熟知しており対人戦闘はお手の物だった。
けしてテトラの脳内にあった薄い本の情報を基にした攻撃ではないと明言しておこう。
スライムと言ったらこれ!
お約束ですね。




