第8話 休日
「おや、レイン君にマイじゃないか。こんなところで会うとは奇遇だね」
「檜さん、俺たちの拠点に来て、奇遇は無いんじゃないんですか?」
レイン達の拠点、今ここにいるのは明らかに嫌そうな顔をしているマイ、彼女が嫌そうにしているのは言うまでもない。レインの許可があったとはいえ、檜が入ってきたからである。彼女としては自分たちのテリトリーが檜の侵入によって侵されているという感覚があってしょうがないのだ。
少し間違えば檜に対して、剣を刺す勢いをしてそうな目つきなので、本当にしないか内心ヒヤヒヤしているレインである。
「奇遇もなにも、私達の拠点に軽々来ないで頂戴。万が一よ、敵に居場所がばれたら、どうするのよ」
レインから見ても嫌そうな顔で檜を見ているマイに対して『ははは』と笑っている檜。この魔術師はなにを考えているかわからない。こんなにも飄々とした性格の裏にはいろいろ隠れているんじゃないかと錯覚さえしてしまいそうだ。
「いやいや、その辺はご心配なく、僕も足跡をつけられないように細工をしているからね。そして、まあ来た理由としてはマイ、君の体質に合うような魔術道具をプレゼントしに来たんだ」
……待って、この残念魔術師。今、なんて言った?
なんか嫌な言葉が聞こえたような……
レインの考えていることを無視するかのようにマイと檜、二人の会話が続く。
「あ、礼はいらないよ? なにせ魔術道具の製作の副産物にこんなのが出来上がってしまったんだ」
「あら、いいわねこれ。あんたみたいな残念魔術師でも気が利くじゃない」
それを受け取らないで……レインの直感が、マイがそれを受け取ってはならないと警告を物凄くならしている。
だが現実は非情である。謎の金属みたいな魔術道具を受け取ったマイは、早速レインを餌食にする。
マイの手からスルスルと離れた金属で出来たようなそうでないような魔術道具はレインに不自然な伸び方で巻き付くなりギリギリと締め上げ、レインは身動きがとれなくなっていた。
「待ってなにこれ!? 痛い痛い痛い!?」
「おっと……これは、なんとかプレイというやつだっけ?」
隣でただ笑う檜。なんでよくわからない道具ごときでこんなにも痛いし、身動きがとれなくなるのかわからない。
この痛みからして金属か……だが、ただの金属がこんな布みたいに伸び縮みなどするのだろうか。どういう原理かはわからないが、伸び縮みする道具を作るなど、彼は本当は何を作ったのだろうか……副産物ということはこの変な道具は、ついでに出来たというものなのだろう。
取り敢えず一つわかることは、この光景をマイが上気している表情で見つめていることだ。
「ああいいわ、レイン。もっと鳴いていいのよ」
「!?」
この少女はとんでもない加虐体質でも持っているのだろうか。声を押し殺しているレインの頬を触るマイ。上気している顔が突如近い位置になり、自分が今いる状況にも関わらず顔を背けるレイン。
「あら? ふふふ、声を押し殺さなくてもいいのに、でも押し殺しているからこそ今の苦痛の表情があるのね。でも、ありのままの悲鳴も私は好きよ?」
追加しよう、この少女怖い。とんでもない子だ。加虐体質にプラスして、悲鳴フェチ……つまり生粋のサディストだ。
今明かされる衝撃の真実、どうしてこんな人物と契約をしてしまったのだろうかとも思えるこの時間。こんなの明らかに過激で危険な少女……
「痛っ!?」
締め上げられる力が強くなり、思わず声をあげるレイン。これ以上は思うな……という事だろうか。手や足、なにもかも拘束された状態では拘束解除の術式……というか魔術全般が使えない。結局、この金属のような道具の拘束時間が消えるまでレインは何もできないでいた。
「ははは、お疲れだねレイン君」
「……はぁ」
誰のせいだと思っているんだ。あとで絶対殺す。檜死すべし慈悲はない。そんな体の奥底からくる邪悪な念は片隅においておこう。だがあんな道具をあげた檜にはいつか絶対責任を取ってもらう。とりあえずまず初めに、レインは心の奥底で檜を呪う。
「で、なんで檜さんはここに?」
「ああ、忘れてた。マイに道具を渡して満足したから、このまま帰ってしまうところだったよ。なんだって、今日は君達と『連携』の許可をとろうかと思ってね」
マイは檜の道具に喜んだようだ。もう自分のものかのように自由自在に金属のような道具を操っている。これからあれはマイの持ち物になるのか……となるとあれはもうずっとマイの手元にあるということ。
……考えるだけで頭をかかえたくなる。
とりあえず檜の話に集中しよう。考えてみれば彼はなかなかいい案を出してくれているではないか。
「連携?」
とりあえず檜の話を聞こうとレインは檜を見つめる。どうやら彼はマイと繋花の連携の許可を取るために来たようだ。
「ああ、連携さ。いくら同盟相手とはいえ、連携がとれなければ意味がないと思ってね」
確かに檜の言うとおりだ。その件については、レインは賛成だ。いずれ敵対する者になるが、今は協力関係を結んでいる。加えてレインはいくら魔術師とはいえど、新米の分類だ。
……騎士との戦いや今までの戦い、それで正直に、思ったことなのだが、恐らくマイは全力を出し切れていない。魔術師の力によってその使い魔の強さは変わる。檜から教わったことだ。
それがマイにも影響されている。自分が新米だから、マイが全力を出し切れていない。
だから、今を生き残るためにも自分を強くしなければならない。だがその最中に、あの時、檜の映像によって見ることができた、二人組みたいな陣営に遭遇してしまっては命がない。
一人は実際に遭遇しているのだが、相手にならなかったぐらいだ。だからこそ、今は、連携が最も重要なものであろうとレインは考えている。
「マイ?」
だが、話を聞いたマイは不服そうな表情を浮かべている。連携という言葉を聞いてから不機嫌そうなマイにレインは首をかしげる。
「私が人間と協力? ふざけないで、それなら私は今からでも同盟を切るわ」
「おおっと……これは面倒なことになったなぁ」
マイの返答に対して檜が『おやおや』といった顔をする。
「マイ、これは俺とマイが生き残るためでもあるんだ。だからまずはやってみないと……」
「いやよ」
堅い。なぜ『人間』という言葉に対してあの吐き捨てたような言葉をしたのだろうか、ともあれ、これは相当のようだ。どうしたものか……
無理矢理、了承を得ようとすればマイに刺されるのは言われるまでもない。このままデッドエンドルートなんて御免だ。
「レイン君、ちょっと時間いいかい?」
「え、あ、はい」
檜に言われ、マイから離れる檜とレイン。マイに聞こえないようにひそひそとした声でレインに耳打ちする檜。
「とりあえず時間を置く。できれば君からマイに説得してほしいんだけど」
「説得ですか……」
彼が頼むのは説得であった。どうやら彼が言うには、この一日でマイを説得させ、うまく連携へと誘いたいという事だった。しかもそれはレインにしかできないとかなんとか……
そこまで彼が言うのだ。正直自信はないが、まあやらない後悔よりやって後悔だろう。彼の話に頷くレイン。
でもなぜだろうか、なんだかうまく丸め込まれた感じがすごいするのだ。
「頼むよ。多分、君にしかできないから、さ。とりあえずこういう時は、なんとか彼女の好きなものとかを聞き出して与えるとか」
「それ餌付けじゃないですか」
檜に言われるままになぜか話は纏まってしまった。とりあえず頑張ってマイを説得、あんな加虐体質悲鳴フェチな少女をどうやって説得するかレインは悩む。
戦闘……いやあきらかに無理だ。レインとマイが戦えば明らかにマイが圧勝するであろう。となると別の方法しかない。
「では今日のところはこれで終わりにしよう。付き合わせて悪かったね」
手を振り、自分達の拠点から出て、どこかに行く檜。去っていく檜に対し、手を振るレン。そして残ったのは、レインと相変わらず機嫌を損ねているマイ。
「それで、どういう話になったのかしら? 嘘言ったら、お腹に剣……突き刺すわよ」
「……頑張って説得しろだってさ」
うまく、ごまかそうとも考えたがそれが失敗して本当に戦いで見せた、剣で自分のお腹に刺されても困るので正直に話した。
一通り聞いたマイは、ニヤリと笑みを浮かべ、そのままレインへ背を向けてしまう。
「そ、まあ、レイン程度でできるかしら、精々頑張りなさい」
何か含んだ言い方をするマイ。いや、あれは『やれるものならやってみろ』といった挑戦的な意味での言い方だ。
正直、右も左もわからない、数日だったのだ。今日ぐらい自分もマイも羽を伸ばしてもいいだろう。マイの説得はその中で考えればいい。
そう思いながら今まで気になっていた部屋の充実のために、いろんな店に向かうことにした。
部屋の充実なんて今まで考えたことがなかったのだが、実は、マイがこの拠点に来たときに彼女が独り言のように『……殺風景な部屋ね』といわれたのは覚えている。その時はなにも思わなかったのだが、なんだか、それがレインの心の奥底に住み着いてしまったらしい。
それが、いつのまにか、時間をみつけて部屋を充実させたいという思考に変えていったのかもしれない。
幸い、お金に関しては余裕があったから、いろいろな物は買えた。
「こんなもんかな」
ある程度、揃った物を見ながら、レインはさりげなく口にする。とりあえずこれでマイから『また殺風景な部屋ね』とは言われないようにできたはずだ。彼が買ったのは手ごろなインテリアや生活にあったら困らない物等、いろいろと買い揃えてみた。
さて、これを拠点に飾ろう。と、歩き出そうとしたレインだが、ふと隣に目をやると、近くにいたはずのマイがいない。
周りを見渡せば少し離れた場所に彼女はいた。だが彼女の視線はレインではなく……
「マイ……?」
レインの視線がマイに向かって向けると、彼女自身はレインに視線を向けておらず、ある一点へとそれが向けられている。その視線の先には……
―――ずらりと並べられたかわいらしい人形の数々
それを手にとっては、微笑み、やさしく人形達を撫でているマイの姿がレインの視界に写った。
それを見て、微笑んだレインがマイの近くへと足を進める。
「マイ、人形好きなのか?」
「えっ!? レイン、いつの間に!?」
マイの隣まで歩み寄り、肩を叩くレインに対して、まるで見てはいけない物を見てしまったような顔をして後ずさるマイ。よほど驚いたのか口をパクパクさせている。
レインに歩み寄りに対して気づくことのなかったマイ、よほど人形を可愛がっていたらしい。
「あ、いや、これは、違うのよ!? ちょっとかわいいなぁって、思っただけで私が過度なドールマニアとかではないわ、ええ! わかったかしら!?」
「……まだお金に余裕あるから、それ買ってもいいんだけど」
レインのその一言にマイそわそわとしていた動きを止める。正直にいうと、この一連の流れでマイの印象ががらりと変わったのは言うまでもない。
彼女は人形……というか、かわいいもの全般が好きなのだろう。ふとしたところで、まさかマイが年頃の少女らしい好みを発見できたのは嬉しかった。
今まで感じたマイとがらりと違うギャップに驚きつつもそんなことを思うレイン。
「……いいのね」
「まあ、少しなら」
少し顔を赤面ながらレインに問うマイ。それに対して了承するレイン。だが、その発言は後程、レインが言わなければよかったと後悔するのはこの数分後の出来事……




