第6話 共闘関係2
「はい、レインさんでしたっけ。これどうぞ」
「あ、え……うん」
まず聞く。どうしてこうなった。気が付けば見事に言いくるめられたレインとカグラがセラと共に焚き火を囲いながら座っており、焼き魚を渡されているところだ。
まず状況を整理しよう。自分たちはカグラと言われた青年と交戦、だがあの斬り抜け攻撃によってマイは戦闘不能、絶体絶命な状態となった。
そこにセラと呼ばれた少女が割って入り、レインとカグラは言いくるめられる。その後、セラがマイを治療。そしてセラの流されるままにみんなの自己紹介があり……気づけば焚き火を囲っている感じになった。
そして今、レインはセラから焼き魚を渡されている状況。本当は断ろうと思ったのだが、小さな女の子を困らせるのは気が引けるから黙って焼き魚を貰うことにした。
そして木に立ったまま、もたれ掛っているマイにセラが近づく。彼女だけは、かたくなに人の近くには近づきたく無いようだ。少し不機嫌そうなマイに焼き魚を差し出すセラ。
「はい、どうぞ」
「……別に渡さなくてもいいじゃないの」
「駄目です。おいしいんですよ?」
「……」
ため息をつき、焼き魚を手に取るマイ。焼き魚を受け取ったマイを見て、ニコニコしているセラ。まさか敵陣営からこうやって食べ物をもらう事は考えてなかった。
カグラとセラの間に流れる魔力、それによって二人もまた魔術大戦の参加者というのをマイは知っている。
さりげなくマイは、セラがふと目を離した隙に、食べ物を見つめているレインとマイ、二人の焼き魚に鑑定の魔術をかける。当然、魚以外に何か入ってないかの確認だ。
だが反応は無し。本当にセラは善意で食べ物を二人に渡したのだ。
「あなた、本当に戦う気がないの?」
「はい、今、こうやってカグラさんと契約してしまっているのも事故ですから……」
振り向いてマイに歩み寄るセラに聞くマイ。さりげない質問であったが思わぬことを聞いた。事故、そのようなこともあるのかとマイは思う。
確かにマイとレインの契約も事故に近いのではないかとマイ自身が思っていた事だが、他の魔術大戦の参加者は全員がちゃんと手順を踏んでいると思っていた。
となると、この少女が剣聖カグラの魔術師。だがその魔術師がこの性格ならば、おそらくセラさえ狙わなければあのカグラは襲ってこない。
「ところで、二人はなぜここで野宿を?」
「……私達は迂闊に街には入れない。セラの魔力という問題がある」
今まで口を開いてなかったカグラが、レインの質問で口を開く。セラの魔力……先程見せたマイを一瞬で直したあの治癒力。その時に感じた彼女の中の膨大な魔力、しかも杖のような補助具を持たずにだ。確かにあんな魔力を他の人が見たら誰だって欲しがる。
だからそれをカグラは避けているのだ。魔術大戦と共にそのような問題もカグラ側の陣営は抱えているらしい。
「……質問していいか?」
カグラの言葉にレインは頷く。野宿の理由を聞いてしまったら、偶然にも魔力問題を聞いてしまったんだ。こっちもカグラの質問に答える理由はあるだろう。
「なんでもいい、君達の戦ってきた中で、特殊な魔力を持つ刀を見てないか?」
「刀……そんなものは……」
いや、ある。一つだけレインの心当たりがあった。
それは初めてレインが殺されそうになったとき、漆黒、まるで芸術的にも最高峰の物であるといってもいいのではないかといった大太刀であった。
五尺五寸の長さを持つあの大太刀。さらにはあの太刀から感じた魔力、檜の映像で見た黒い服の少女の剣にも魔力はありそうだが、そんなものではない。もっと禍々しいあの大太刀の魔力。レインはそれをカグラに説明する。
それを聞き、顎に手を当て、顔をしかめるカグラ。どうやらその大太刀には心当たりがあるかもしれない。
「まさか『天牙』……? だがあれは極地において封印されたはず、だが明らかに……そのはずがないと思うが、いや、ありえるか……?」
一人でぶつぶつというカグラ。どうやら同じ感じの物が前に見たことがあるのかもしれないようだ。もし心当たりがあれば、うまくいけば少しはあの大太刀の情報を引き出せるかもしれない。疑問に思ったレインが『刀に心当たりが?』と質問する。
「まあな。確証は持てないが、恐らくだがそれは私が追っている大太刀だ。魔術大戦に参加して妙な魔力があると思った正体は当たっていたか……」
顔をしかめながらそのようなことをいうカグラ。剣聖と言われているカグラがその大太刀を追っている。あまり考えたくないが、もしかしたらあの大太刀はとてつもなくやばいものなのかもしれない。
ここまで話してレインは少しばかり理解してきた。セラとカグラ、この二人はパンドラの箱を追っていない。もっと別の問題に動いているのだ。
「少し話は聞かせてもらったわ。私、あいつに用があるの」
木から背を離し、マイがこちらに歩いて来る。なにやら彼女は何か思いついたようだ。マイが焚き火のところへ歩いてくるのをレインとカグラの二人は見つめる。
「その大太刀を持っている黒ローブの男をとくにかくシバき倒したいのよ私は。少しばかり共闘関係にならない? あなたはその大太刀。私は黒ローブの男。利害は一致していると思わなくて?」
彼女が持ち出したのは自分達とセラ達の共闘関係であった。確かにこの陣営の存在による脅威は少しばかりでも減らしたい。もし交戦となったら間違いなくレインとマイはやられる。先ほどの攻撃で勝敗がもう決まっているようなものも当然だ。
もし、あの時、補助魔術を練っていなければ、マイはあの場面で大きく切り裂かれていたはずだ。
「だそうだ。どうするセラ?」
「はむ?」
焼き魚を頬張っているセラに聞くカグラ。質問が自分に来ていることに気付いたセラは慌てて食べている魚を飲み込もうとするも、あまりにも急いで食べ過ぎたせいか、むせるセラ。
「……慌てて食べるんじゃない」
「けほ……」
悶えているセラの背中をさするカグラ。なんというか、こうやって見ているとまるでカグラとセラが子供と親のような関係にも見える。もっともその場合、親がカグラなわけだが……
そして、体調を取り戻したらしいセラがレインとマイを見つめる。その海のように深い瞳の視線は真剣そのものだ。
返答次第では、カグラ達と戦うリスクが減る。今の実力のレイン達には願ったりなことだ。
「私は出来るだけ戦いたくないので、もし戦える回数が少なくなれば、いいと思います」
「なら、共闘関係は成立かしら?」
マイの言葉にセラは頷く。それを見て口元をニヤリとさせるマイ。今までのカグラの動きからして、魔術師であるセラさえ狙わなければ、カグラは襲いかかってこない。
正直、賭けに等しい条件であった。こっちが共闘関係を持ち出しても、あちらが完全に信用するとは正直、考えにくい。今でも、本来ならカグラ陣営は自分達の陣営を警戒をするはずだ。
だが、一応の了承を得られたのは、セラが戦いを好まない性格であること、あとはカグラの化け物じみた反応速度があってこそだろうか……
「あとは、黒い服の奴らか……」
だが、ひとまずカグラ達は驚異ではなくなった。次にレインが考えるのは、二刀流の黒い服の少女と恐らく、その魔術師である制服を着た少女。その陣営がわかれば、全員の実力把握はできる。
これで、マイから聞いた魔術大戦の陣営は全て把握出来たということになるが、なにか引っ掛かる。
なぜだろうか、それで全ての気がしないのだ。檜が言ってた通り、無駄なことは考えてもしょうがないが、なぜかレインはなにかほかにないのか考えてしまう。
この引っ掛かりが解消すればいいが……
「誰……!」
「誰だ……!」
その考えは、同時に太刀を構えたカグラと剣を構えたマイによって掻き消される。マイとカグラが見据える先は一点の草むら、どうやら魔力の気配を感じ取ったらしい。
「レイン、なにかくるわ。あなたもあらかじめ魔術を練っておきなさい」
「マイ、頼む」
「セラ、下がっておけ、周りのやつは私が片付ける」
それぞれに指示を言う、マイとカグラ。そして同時に草むらが斬り裂かれ、なにかが飛び出す。
顔はフルフェイスの兜をしており見えない。現れる全体像は全身を鎧で包んだ、まるで中世の騎士のような感じだ。どこの陣営かはわからない、となればレイン達が知らない陣営の使い魔だろうか。
「あら、私達になにか用かしら? 用がないならお引き取り願いたいんだけど、覇気がない騎士さん?」
マイが挑発にもとれる言葉をいうが、それは騎士には通用しないらしい。
巨大な剣を構える騎士に、戦闘体勢をとる二人。
だがレインはそれに違和感を覚える、状況的に明らかにあの騎士が不利だ。いくら共闘関係を結んだ関係とはいえ、いきなり4人に向けて敵意を向けるのは自殺行為とも思える。あるいはそれ自体が戦略の一つとして考えられているのか……
「マイ、あの騎士。様子が変だ。戦って気づいたことがあれば教えてほしい」
「……あなたの眼は確からしいからね、いいわ。わかったら教えてあげる」
マイはそう言うと、騎士に再び向き直る。そしてマイとカグラ、二人が騎士に向かって走る。
開戦の一撃は、マイの攻撃であった。彼女の剣の一振りを、騎士は巨大な剣で防ぐ。
「…………」
レインはそれを見つめる。やはりおかしい、あの巨大な剣の動きでわかる。あの動き、自分で動いているような感じがしないのだ。それは、まるでなにかに操られた糸人形のように……
「カグラ!」
「閃殺……!」
マイの言葉がけにカグラはマイの前へと躍り出て、自身の技を放つ。さきほど、マイを吹き飛ばした攻撃である、あの斬り抜けだ。
大きく鎧が斬り裂かれる騎士。確かにあの威力ならマイを吹き飛ばせる威力なのも納得がいく。騎士の鎧を斬り裂いたのだ、威力が高くないわけがない。
数歩、後ずさる騎士、だが相手側の攻撃の手は緩みそうにない。振るわれる巨大な剣をマイは自身の剣で受け流す。
「……つまんない、そんな傷を作っておきながら悲鳴一つもあげないなんて」
まるで剣の軌道がわかっているかのように、攻撃を軽々とかわし、騎士の傷を増やしていき、正面に一撃を叩き込むマイ、その一撃は軽いが直後に騎士の背後に移動、そしてさらに一撃を加える。隙の少ない一撃を連続して叩き込むことにより一撃は少ないが絶対かつ確実に防御をさせない連撃。
「マイ!」
あの騎士は防御を捨てたのだろうか、巨大な剣を攻撃へと使用、マイへと攻撃が吸い込まれそうな剣を、レインが投げた短刀によって僅かにその軌道をずらし、マイの回避を容易にする。その行動に微笑むマイ、彼のおかげで難なく騎士の攻撃を回避する。
今こそ、投刃以外の魔術を試す機会。今使える魔術を応用したレインの編み出した魔術。彼の手に作り出すのは、光り輝く玉のようなもの。
「これでも、くらえ!」
だがその光り輝く玉には威力はほとんど込められていない。使い魔に対して魔術師が有効な決定打を出すには、強力な魔力が必要だが、レインにはそんなものは作りだせない。精々使い魔の足を止めるくらいが限界だろう。だからこの魔術は主に、使い魔の足を少しでも止めれる用に『拘束』をメインに置いている魔術。
レインが放った光り輝く玉は騎士に直撃するとその動きが少しの間、止まる。予想通りだ。戦場において行動が拘束されることは、相手側の逆転に一手に繋がる事だってある、僅かな可能性がある限りレインは諦めない。
「マイ、いまだ!」
「結局、声を上げずに散るのね。つまらない、さようなら」
マイの無慈悲な一撃がカグラによって作り出された、鎧の空いた空間へと放たれる。それはまるで流れるような一撃であり、マイの剣が刺さった騎士は、引き抜かれると同時に、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
それを見下ろすマイ。完全に倒したのだろう。レインがマイの隣まで歩み寄り、膝をつく。
少し確かめたいことがあったのだ。これで騎士の体を確認する。鎧にレインの手が触れてもその騎士が動くことはない。一通り確認し終えた後、目を細めるレイン。
……正直、予想したくなかった。先ほどまでの戦いを思い返し、一つの仮説を立てたが、今の調べでそれが全て当たってしまっている。認めたくない、だけど間違いなくこれは……
「……死んでる。しかも今のマイの攻撃じゃない、ずっと前からだ」
「え……!?」
レインの言葉に後ずさるセラ。こんな小さな子なのだ。驚くのも無理はない。
そう、この騎士はレイン達を襲撃するころには既に息絶えている。つまり死体がマイ達を襲っていたということなのだ。
そんなの、どっかのモンスターパニックのようなゾンビ映画じゃないはずなのだが、目の前で事実を突きつけられている以上、否定しようがない。
「……なんらかの魔術で操られていたって事か?」
「ああ、そうなる」
カグラの問いに対して、レインが返答する。死んだ人が独りでに、動き出すゾンビ映画じゃなければ、こちらの世界で考えられることとしては、何らかの魔術的要因で死体が操られていたということ。
だがそんな魔術となれば、呪術系統か何かが使われているはずだ。この騎士が動いていた理由はそれしか考えられない。
「……まずい、レイン、向こうの方で戦闘が始まっている。多分、この魔力からすると繋花だわ」
レイン達から視線を離し、どこか別の場所を見つめるマイ。呪術系統で操っていたと言われても、遠くの距離で操ることは難しいはずだ。つまり、今倒れ伏している、死んでいた騎士……これを操っていた人物がいる可能性もある。
「マイ、行こう」
「お供しよう、私も確かめたいことがある」
カグラの発言に『ありがとう』と返答するレイン。セラ達含めた4人は、マイが感じ取った魔力の乱れの元へ走り出す。




