第3話 剣聖
「おや、いらっしゃい。今ちょうど準備が終わって一区切りがついたところなの」
このアッシア地方にも酒場というものは存在する。しかも酒場にはたまに依頼というものが張り出されることがある。その依頼を受けて、外の世界に飛び出すのが『冒険者』と呼ばれるものだ。現在は魔術大戦の影響か、その『冒険者』と呼ばれるものは少ないが、たまに情報収集のために酒場を利用するものも存在する。そしてまだ酒場が開店していない頃、一人の男性がこの酒場に入ってきた。
この世界にしては珍しい、黒い長髪に紅い瞳、ゆったりとした着物を身に纏っている、その姿はまるでよく聞く和風のような格好をした青年だ。
「とはいっても、私はちょっと聞きたいことがあって来たのだが……マスター、ここら辺で『四天刀』という言葉を聞いたことがないか?」
「四天刀? うーむ、残念だけどその言葉は聞いたことがないね」
少し考えたのち、そのような言葉を聞いたことが無いというマスター。赤い瞳の青年はその言葉に対し『そうか』と頷く。
「やはり簡単にはいかないな。ありがとう」
「こちらこそすまないね。力になれなくて」
マスターの言葉に『そんなことはないさ』と言い、微笑む青年。そして酒場の扉をくぐり、外へと出ると、その青年を待っているらしい、青い修道服のようなローブに、透き通るような白髪は腰まで届いて、その青い瞳は海の様に深い少女がいた。
「あ……『カグラ』さん。四天刀の情報は……」
「駄目だ、やはり物事は上手く行かないものだな。『セラ』、とりあえず今日は戻るぞ」
首を横に振るカグラと呼ばれた着物を着た青年。それに対して『むぅー』と頬をふくらませるセラと呼ばれた少女。
これでも二人は魔術大戦の参加者である。いや、彼女たちは事故で契約してしまったといってもいいだろう。
セラの魔力は、その体には大きすぎるほどの魔力が込められており、杖などの武器がなくともどんな傷でも簡単に治癒させることができるほどの魔力が込められている。
そんな、魔力を持っているためにセラ本人は自覚がないが多くの者から狙われており、セラが何者かによって襲撃を受けた際、突如、彼女の中の魔力が、強引にカグラを召喚、そのまま契約を結びつけたらしいのだ。
「……待て」
カグラとセラが歩き、少しした場所でカグラは不意に止まり辺りを見回す。
彼は生まれながらの体質的な問題で、一切の魔術が使えないのだが、セラとの契約を交わした際、魔力のパスがカグラにも流れた影響で、わずかながら魔力を彼は読み取ることができるようになっていたのだ。
僅かながらの魔力を張り巡らせ、周囲を見渡すカグラ。だが周囲には誰もいない。セラも辺りを見ているが、どこにいるかは見当もつかない。
ふと動く音を察知し、カグラは刀身が黒く変色している、三尺の刀の柄を手に持つ。直後、飛んでくる黒い一閃、それを彼は勢いよく刀を引き抜き応戦。刃がぶつかり合い火花が飛び散る。
「へへ、やるじゃねえか、こちとら正々堂々をかなぐり捨ててアンブッシュしたのによお」
現れるのは、中世的な顔立ちをした黒のショートカット、その髪で右目を隠し、黒い服に黒いコートを着ており、遠くから見れば男性にも女性にも見える少女。その手に持つのは二本の剣、右手に持つのは黒い剣、左手に持つのは白く透き通った剣だ。
その話し方から見るに、この少女は喜怒哀楽はっきりしているであろう雰囲気を持つ。
「……魔術大戦の参加者か?」
「ああ、そうさ。見る限り、てめえらも魔術大戦の参加者に見えるんだけどなぁ」
カグラの質問に対し、そう返す少女。2本の剣を構えるその姿は、少女の姿とはいえ、只者ならぬ気配を感じる。その気配に目を細めるカグラ。
「綾香、交戦許可、出してくれねえか?」
「いいでしょう。許可しますよノワール」
ノワールと呼ばれた少女の後ろから現れる、腰まで届くかぐらいの黒い髪に、よくみる標準的な女子制服を着ており、眼鏡をかけた少女『空野綾香』。その綾香と呼ばれた少女が交戦許可を出すと、口元をニヤリとさせるノワール。
「交戦許可か……セラ、戦いは苦手だろう? だからここで見てるといい」
「え……あ、わかりました」
セラが後ずさりするように少し離れると、カグラはノワール達の方向への視線を戻す。少なくともあちら側は交戦する気があるようだ。カグラのやることは二つ。
魔術師であるセラを守り通す事、そして、この状況をなんとか打破することだ。
「そんじゃあお言葉に甘えて、くたばりやがれ!!」
その刹那、まるでジェットエンジンの轟音と共にカグラへと接近するノワール。そのまま黒い剣を振るうも、カグラは得意とする居合いで、それを打ち払う。
だが終わりではない、ノワールと言われた少女の『二刀流』はここぞの場面で発揮される。白の剣がコンマ1 秒遅れでカグラに襲い掛かる。
「甘い……!」
直後、カグラの姿が消える。白の剣を空振りしたノワールは、即座に上に、黒い剣を振るう。彼女が上に振るうと同時に、黒い剣と刀同士がぶつかり合う。
カグラの技の一つ『刹那』。ただの上空からの叩き切りであるが、彼の真価はその自身の持つ気配にある。
彼は気配を常に殺しており、存在がかなり希薄である為、近くに居れば分かるが少しでも距離が遠いと、何処に居るのか分からなくなるほどである。それはまるで暗殺者のごとく、気配を殺して居る為、彼が上空に飛び上れば、格下相手では消えた様に見えるのだ。
だが、そのノワールの応戦にカグラは感心する。二刀流とは手数が増えて範囲角度が広がることがメリットだが、逆に腕のパワーやスピードが半分になるはずだ。片腕だけで自分の技を受けきったということは、何らかの魔力で自分を補助しているのだろう。
「てめえ、忍者の末裔か何かか?」
「あいにく、忍者の末裔ではないな。私は草原の民の一人だ」
ノワールの早すぎるといってもいい動きをカグラは軽く受け流す。彼の三尺、つまり約90cmという長い刀はノワールの剣の届く位置を軽く上回っている。狙うはノワールの首。
常人では気が遠くなるほどの鍛錬を超えた先、まさにカグラの動きは人間のあこがれる理想。人間の限界を超えたその先にある境地。まさに彼の動きは『剣聖』と言われる動きをカグラは体現していた。
「でぇりりゃあぁぁ!!」
「ふっ……!!」
相手より早く動かんと、二人は斬り合う。この魔術大戦の中で最も高い敏捷性を持った二人であろう。もっと早く……もっと早く……
ふと、カグラの手が緩んだのをノワールは逃さなかった。それを好機とばかりに、剣を大きく振りかぶる
「くらいやがれ!!」
「ノワール!! 駄目!!」
「『閃殺』……!!」
手が少し緩んだのは、技を放つため。カグラはこの斬り合いの中、ノワールの隙を伺っていた。そして同時にノワールの性質を見ていた。そしてカグラは見出した。
ノワールの中には膨大な魔力が宿っている、そしてそれは攻撃魔法などにも適している性質だが、本人はこれを身体強化に全てを使っている。
だからこそのノワールのこの速度だ。人間とは思えない恐ろしい反応速度をもっており、しかも足元から魔力を放出しながら移動すればどこぞの、立体機動のごとく移動することも可能。
だがその使い方をすれば体は持たないしスタミナ切れが早い。だからこそ、その反応速度をフルに生かした短期決戦を得意とする。つまり殺られる前に殺るタイプ。
あんな極限状態でこちらが一瞬でも手を緩めれば、ノワールはすかさずそれに食いつくだろう。そしてその隙を突き、最も好きの少ない技で応戦する。
カグラの技の一つ『閃殺』。いわゆる一瞬で相手に詰め寄る初歩的な切り抜けだが、カグラは常に気配を殺して居る為、格下相手では気が付いたら斬られていたというのが多い。
手ごたえはあった、だが違うものだ。盾のような魔力でノワールの体が守られている、恐らく後ろの魔術師が防御魔術をノワールに対して打ったのだろう。
「……くそったれ」
一っ跳びで一定の距離を離れるとノワールは斬り合っているカグラの方を睨む。
「てめえの動き方、癪に障るぜ。なんでてめえが剣聖と呼ばれる動きしてやがるんだよ」
「剣聖という名前は知らないな。私の名前はカグラだ」
その名前にノワールは目を更に細める。彼女は一つの話を知っていた。様々な国を渡り歩く放浪の剣士であり、ひたすら剣の道に生き、23歳という若さでその道の頂点へと辿り着いた剣聖『カグラ』。その名は大陸の隅々まで轟かせ剣の道を目指す者は彼が目標とするものも多い。
かくいうノワールも、その呼び名は知っていた。彼女もまたその本当か嘘かわからない伝説を聞いてはそんな奴なんていないと心の中で言っていたものだ。
だがそれは目の前で崩された。現に目の前に存在するのはまさに剣聖カグラ。眼を閉じ、やれやれと笑うノワール。
「やれやれ、まさか初戦が剣聖様なんて、アタシは運がいいんだが悪いんだが」
「私はそんな称号に誇りなどないんだがな」
「よく言うぜ剣聖さんよぉ……」
剣を構え直すノワール、試合は始まったばかり、苦笑しながらもノワールは構え直す。相手は剣聖だ。一瞬の油断が命取りになる、現に綾香の補助魔術がなかったら、今頃ノワールは大きく斬り裂かれていただろう。
「まあいいや、そんじゃ、仕切り直しと行こうか!!」
再戦の開幕を告げたのは、ノワールの一閃だった。地面をえぐるかのような一閃、先ほどよりも威力は高い。まだこれほどの力が残っていたのかとカグラは感心する。
迫る一閃を目で追うカグラ、常人では追う事は困難であろう一閃を見据える。そして得物である刀を抜刀、一閃と再びぶつかり合う。
「補助します!!」
カグラとノワール以外による補助、間違いなく綾香だ。カグラの足元から彼に纏わりつこうと迫る黒い茨。厄介なものだとカグラは内心思う。
纏わりつこうとする、勢いよく延びる黒い茨をカグラはその刀で斬り裂き、同時に襲いかかる黒い一閃を受け流す。
「……ほう」
だが、この戦闘で変わったことがある。それはノワールの動きだ、彼女の動きが綾香とのコンビネーションを考えての動きへと変わっている。
どれほど苛烈な戦場でも目線一つで互いの行動を把握、最適な行動を取る。
魔術大戦が始まって間もない……だが、これほどの短期間でそれを使えるようにするとは、彼女達の絆はそう簡単に断ち切れはしないだろうとカグラは思う。
「ふっ!」
その場から、あまり動かずに応戦をしてきたカグラが、ここで動く。
先程使った技『閃殺』を応用した移動、格下の人間がみればそれこそ瞬間移動しているようにも見えるだろう。
「『秘剣・荒風』……!」
刀を振るうカグラ……技の一つ『秘剣・荒風』……神速の居合いを放ち、そこから発せられる鎌鼬と共に攻撃する技。神速の居合いを防いでも、風属性を纏った次なる一撃を防御しなければ完全防御とはいかない。
「『グランド……クロス』!!」
カグラの居合いを剣で弾くノワール。力任せの弾きではない、そのまま流れるように2本の剣で虚空に十字を切り、その斬撃を飛ばす。
虚空の空間で弾かれる鎌鼬と十字の斬撃、弾かれ激しい音が響きあい、火花すらも散る。
「甘いな……」
だがカグラの狙いは、ノワールではない。彼のやることは、魔術師であるセラを守り通す事、そして、この状況をなんとか打破することだ。
そしてこの状況を打破できる準備は今、整った。
「『秘剣・疾風』……!!」
技の一つ『秘剣・疾風』。刀を鞘に納め、居合の構えから不可視の居合切りを放つ。実際は彼の振るう速さが尋常ではない為、不可視に見えるだけである。
そしてカグラはこの技を放つとき、力を込める。この技のもう一つの特性、込めた力によっては衝撃波を飛ばすことだ。
鎌鼬と斬撃がぶつかり合った直後にぶつかる、更なる衝撃は、同じ場所の衝撃を受け続け、ついに地面が大きな音を立て、崩れ始める。
「ノワール!!」
それをいち早く察知した綾香が、転移呪文をノワールにかける。体が強く、引き戻される感覚を残しながら、ノワールは綾香の近くへと引き戻される。
「おいおい……まじかよ」
大きく引き裂かれた大地を見ながら、唖然とするノワール。そして離れた距離にいるのは、カグラとセラ。こうなってしまえば、彼女たちが攻撃を仕掛けることもできない。
「くっそ、変な終わりにさせやがって」
「ノワール、きっと彼らは私たちを倒そうとする意思がなかったのでしょう」
こちらを見て、背中を向けるカグラとセラ。それを綾香は見つめ続ける。
綾香はノワールとの戦いの中、薄々と感じ取っていた。カグラの放った技の数々。あれはただノワールを迎撃するためのものであったのだ。防御のための攻撃であり、ノワール、そして綾香を倒すための攻撃ではない。
あくまで彼の目的は、この戦線の離脱と、恐らく彼の魔術師である少女『セラ』を守る事。それらに彼の攻撃は全てを置かれていた。
「ここは退きましょう。試合は次で決着を……」
「……しょうがねえなぁ」
彼女たちもまた、転移魔法で自分たちの拠点へと帰還する。巨大な亀裂ができた場所は先程までとは嘘だったように静寂と、時折吹く風のみとなっていた。




