第21話 最後の日
最後の日、今日で何もかもが全て終わる。明日はきっとこの夜空は自分は見ることはできないだろう。
レインはベッドの上で目を覚ました。隣にはマイが眠っている。近くで見る彼女の顔は、改めて見れば彼女の好きな無垢な人形のように愛らしい。
そんな姿を見ながらレインは思う。今日の夜の時間となる部分、そこでブラックとの戦い、そこでどうなるかはわからない、だが誰もかけることなく終われば同盟関係が終わったそのまま檜達との戦闘。
そして勝ち残ったものがパンドラの箱へと通じる道を進める。となると、今日でマイと過ごす日は今日で最後になるかもしれない。
だがやることは変わらない。ブラックとの戦いに備え、やるべきことをするのがマイの魔術師としての役割であるだろう。
ブラックの今ある情報を整理する。
まず第一に彼の纏っていた魔力、あれは前に洞窟で纏っていた魔力ではない。加えてあれには、赤くどす黒く輝く力のような物さえ感じられた。
間違いなくあれが今の彼の力の源なのだろう。憎しみのみを糧にし動く復讐の鬼。他から見ればきっとそれは悲しい事なのだろう。
だが、傷を負わせ今はこちらが有利と言えど、完全に有利ではない。それでも正に完璧な力を振るい、繋花とマイを一薙ぎした。圧倒的能力で4人の前に立ちふさがったのだ。
それでも、こちらには切り札がある。
マイとレインの想いが鍵となる術式である『結ばれしキトリとバジル』
そして前に檜達が決戦兵器として何かを準備していた。
きっと、この二つが勝利を与えてくれる。
あと信じるのはマイ、そして檜と繋花……
レインとマイ、檜と繋花。そしてブラック。
この戦いで誰が勝つのかが、全てが分かる。だけど負けるつもりはない。最後まで絶対に諦めるわけにはいかないのだ。
「んん……」
マイが目覚めようとしている。起床が近いのだろう。
だけどレインには一つ心残りがあった。
この戦いにおいて、レインとマイはほぼずっと特訓などをしていた。
だけどマイが求めていたのは戦いではない、本当の人の愛。
一度でもいいから、彼女は普通の女の子として振る舞いたかった。
彼女は天使であっても、一人の少女だ。今日には全てが終わってしまう。
マイと一緒にいられるのも今日までなのだ。だから最後の日ぐらいレインはマイに対して何か感謝の事でもしようとは考えたが……
果たしてそれをマイが承諾するかどうか……
レインがマイに伝えようとしていることは、全然戦いとは関係ない。
そのようなことなので、マイは戦いと関係ないと切り捨てるかもしれないが、それでも玉砕覚悟でレインは伝えてみようと思った。
「ふふ、すてきじゃない」
夜空に輝く星、まだ時間的には朝だと思うが、少人数ながらすれ違う人々にも新鮮味を感じながら、彼女は微笑んだ。
レインとマイは、街を歩いていた。
石畳の並木道を、軽やかな足取りで歩くマイ。まるで舞っているようだとレインは心の中で思う。
レインがマイに伝えたことは、最後の日なのだから、二人でどっかに出かけないかという事だった。初めは、マイに『関係ない』と切り捨てられるかもしれないという不安もあったが、なんと彼女は微笑みながらそれを了承してくれた。曰く『レインがそうしたいなら、私も付き合うわ』とは言っているが、あのはしゃいでいる姿を見ると、自分もやりたかったことではないのかとすら思う。
戦いとは関係なく、どっかを見に行ったり、どっかで何かを食べたり普通の子達がするような普通の事。
それをレインもマイも経験したことが無かった。
その普通の子達ができるようなことをマイに経験してほしかった。生まれてから戦いしか知らなかった少女。少しの間ぐらい戦いを忘れて欲しかったというのもある。
街を歩けばいろんな店がある、色とりどりの服、きらきらと輝くネックレスや指輪。
靴やバッグ、それも様々なデザインや色をしているものだ。
「なんで私を誘おうなんて思ったのかしら?」
くるくると回りながらレインに問うマイ。腰に手を当て、前かがみでこちらを見る姿はいつものマイとは考えられない可愛さがあり、レインは若干顔を赤くしてしまう。
「やっぱり、一度でいいからこんな時もいいんじゃないかなって……」
「そうね、ありがとうレイン、とても楽しいわ」
くるりと、回ってまた前を向いて歩きだすマイ、黒いコート、黒いポニーテールが月の光を浴びてまた違った美しさを奏でる。
この時間は新しい発見の連続だった。どれも鮮やかで美しい、まるですべてが宝物ではないかと錯覚するほどにだ。
可愛く、それでいてきれいな街の光景。レインとマイが、二人で感激の声を上げた所もあった。
それほどまでにこの世界は広く美しい。まだ知らない世界がいっぱいある。それを改めて、街をまわると思い知らされる。
「あら、これかわいいじゃない」
「……欲しいのか?」
「ば……そういうわけじゃないわよ!」
かわいらしいものを見つけては、マイが歓喜の声を上げ、そのような会話をしながら足を進める二人。しばらく歩いていると中々にしゃれたカフェがあった。
少し休もうかと声を掛けるとマイもそれに了承してくれた。
人間ではないからか、お腹とかは空かないが、やはりカフェから漂ういい匂いに誘われてしまっては、何かを食べてもいいのではないかと思ってしまう。
だが目の前のマイは天使だ。言われればレインもまた同じような存在なのだが……
マイにこういう食べ物とかを食べても大丈夫かと聞いたところ
「ふふ、むかつくけど檜の技術を甘く見ないで頂戴。あいつ今でもぶっ飛ばしたいけど、人間と同じように食べる事もできるし、寝ることもできるようにしてくれたのは感謝しているのよ。でもレイン、世の中にはゴミを燃料にする超時空タイムマシンが存在するのよ? それがあるなら天使が物を食べることが出来たって当然じゃない?」
それはどっかのテレビとかの架空の話ではないだろうか。ともかくそういうのは、マイは大丈夫らしい。とれなば自分も大丈夫だろうとレインは思う。
そして何を食べようか、何を頼もうか、メニューを眺めては目移りしているマイがそこにあった。
「マイ、何頼むか決まった?」
「待ちなさい」
マイは真剣な眼差しでメニューを見ている。
「レインは何にするのよ」
「なんか、期間限定って書いてあるし、桃のミルクレープとか、どうかなって思うんだけど」
「……なかなか女の子っぽいもの選ぶじゃない」
「別にいいよね!?」
こんな他愛もない会話。これすらもなかなかに新鮮味があるなと二人で笑いあう。
カフェでのんびりとお茶をし、時刻もどんどん過ぎていき、いろんな場所を歩いた二人はある海に来ていた。
もうこうやって二人で戦いを忘れられる時間も少なくなってきた。
夜に近い時間となればブラックとの戦いが待っている。
こんな時間がずっと続けばいいのにとも思うが、時間がそれを許さない。
「レイン、私と踊ってみない?」
海を歩いていたときに、ふとマイから声がかかる。踊りなんてやったことないことをマイに伝えるが彼女はそんなことを気にせず『大丈夫、私がリードしてあげるから!!』と言い、聞かない始末。
夜空が一段と暗くなり、波の静かな月明りの中、凪いだ海が夜空を静かに映す。そんな暗い闇の海で男女は踊り始めた。
あれは繋花と戦った夜の時だった。見れるものならマイが普通に日常で踊りをやっている姿も見てみたいものだと思ったのは。
ダンスにも見える美しく舞っているような攻撃をしていたマイ、思わず戦いの最中であったのにも関らず見とれてしまったあの光景。
願っていたことが目の前で起こっている。レインこそはぎこちない動きであったものの、彼女がリードしてくれているおかげでそれとなく形にはなっていた。
彼女への愛おしい想いと伝えるかのようにレインはマイの体を支える。
一度、マイはレインから離れ、踊る。なにかの舞台のダンスなのだろうか。それほどまでにマイの姿は力強く、そして美しかった。
激しく一通り踊ったあと、勢いよくレインの胸に飛び込むマイ。離れていてもずっと一緒との想いすら込められているような……
「レイン、私に、人の恋を教えてくれてありがとう」
満足そうに、そして幸せそうに微笑むと、それにつられてレインも微笑む。マイの手がレインの肩にまわる。満面の笑みがレインの目の前に写ったとき、彼は耐え切れずに彼女の唇に自分の唇を合わせる。
あと、きっと数時間で二人は引き裂かれる。だけどそれまでにマイに人としての思い出を与えたい。
唇を合わせている二人を、海から奏でる波の音は、彼らを静かに祝福していた……
「……来たんだね」
洞窟の中へと姿を現すレインとマイ。その姿を見た檜は静かにその言葉を口にする。彼らの後ろには魔力が貯えられた魔法陣が光り輝き、その魔力の解放を待っているようにも感じられた。
陣作成はどうやら無事に終わったらしい。繋花の隣には、彼女に隠れるように身を隠すセラもいた。
「今さら、ここに来て逃げるレインと私ではないわ」
「……そうか、ならここで言おう。僕と繋花、そしてレインと君、今はまだ味方同士だ。どうか死なないように頑張ろうじゃないか」
先に待っていた檜と繋花。檜が最終確認を言うと、レインとマイは頷く。向かうはこの先、ブラックがレイン達を待っているという場所だ。
ここから先はもう引き返せない。彼ら4人は歩き出す。彼が待つ場所へ続く魔法陣へと。
「ちょっと待ちな」
だがその歩みは聞き覚えのある声によってその足は止まる。ああ、なんてときに……振り向いた先にはかつてレイン達と交戦した相手が立っていた。
中世的な顔立ちをした黒のショートカット、その髪で右目を隠し、黒い服に黒いコートを着ており、遠くから見れば男性にも女性にも見える少女。その背中の鞘に収めるのは二本の剣、黒い剣と白く透き通った剣だ。
間違いない、かつてレイン達を追い詰めたノワールその人であった。
「……ここで決着をつけるのかい?」
「いや、アタシはもう部外者だ。用があるのはそこの魔術師野郎だ」
檜の発言に対して真っ向から否定するノワール。言われてみれば、ノワールから魔力の繋がりが完全に途絶えているのがわかった。恐らく彼女は、この魔術大戦のどこかで敗北したのだろう。
檜もレインも彼女達を倒せなかった。となると彼女を倒したのはブラックで間違いないだろう。
レインが警戒している間にも、ノワールはレインへとゆっくり歩みを進める。そして目の前に止まると、背中の黒いほうの剣をレインへ差し出す。
「あの野郎を止めに行くんだろ? だったらこいつを持ってきな」
差し出される剣に警戒感を出さないわけにはいかないだろうとノワールにはわかっていた。剣に対して鑑定の魔術をかけるレイン。反応はなし、困惑しながらもその剣を受け取るレイン。
だがその剣から感じる想いはレインにも伝わってきた。『ブラックを止めて欲しい』。言葉には出さずとも、この剣にはその想いが込められている事を感じる。
彼女と彼の間に何があったのかはわからない。だがこれを受け取った以上、彼女の願いをなんとでも成し遂げてあげたいと感じた。
「……期待に応えられるように努力する」
「アタシからはそうだな。後悔だけはするな、後悔は生涯ずっと引きずっちまうからな」
レインの言葉に笑いながら答えるノワール。背を向け歩き出すレイン達をノワールはただずっと見つめていた。
洞窟内が魔法陣の光によって輝きに満たされる。その光が収まるころには洞窟内にはノワール、そしてそれを見届けた一人の魔術師のみとなった。
「よかったのノワール? あれ、貴方の大事な剣でしょ?」
やってきた綾香の言葉に対して『そうだな』としか言わないノワール。彼女の心の中で何を思ったのかはわからない。ただ結晶のようにキラキラと輝く光が洞窟内を照らしていただけであった。




