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お爺ちゃんの憂鬱☆

 ぬけるような青い空

 真夏日和とはまさにこのことだろう

 このスカッとした空とはうらはらに、ワシの心は憂鬱の真っ只中だった


 当年とって68歳!!

 家内には先に他界されたが身体は至って健康そのもの

 ワシの日常は部屋で静かに本を読む事と、たまに訪ねにきてくれる孫娘との会話

 いつもは気難しい顔をしているワシだが、5歳になる孫娘が来るときだけはついついデレっとした顔を見せてしまう

 うむ、孫というもののなんと愛くるしいものか!!

 孫のためならワシは何でもしてやれる!!

 そう思ってやまない事もしばしばだった


 ある日の事

 孫娘がいつもの様にやってきては、おじいちゃんおじいちゃんと屈託のない笑顔を見せる

 ワシは縁側に座り孫娘に絵本を読んで聞かせてやっていた

 ワシの横にちょこんと座り、本の内容にあわせて一喜一憂する孫娘のかわいい事かわいい事!

 うむ!! ワシは死ねる!!

 お国のために神風特攻は出来ぬとも孫のためなら死ねる!!

 そんな至福の時間を過ごしていたとき、唐突に孫娘が


「ねぇねぇおじいちゃん、ハルカねー聞きたい事があるのー」


 とワシの顔を覗き込んで訪ねてきた

 ちなみに孫娘の名前はハルカである。

 春の香りとかいて『春香』

 うぅぅむう、なんとなんと雅で愛おしい響きの名前であろうか!!

 それはさておき、ハルカはよくワシに色んな質問をぶつけてくる

 好奇心旺盛、興味津々なお年頃なのである

 子供独特の他愛もない質問ばかりではあるが、そんな質問にワシはいつも親身になって答えてやる

 そうすると


『おじいちゃんなんでも知ってるんだねー。すごいーすごいー』


 と、尊敬のまなざしでワシを見つめてくれるのだ

 もうこの時!! この瞬間!! まさに至福!!

 これほどの幸せを感じる瞬間があっただろうか!!

 いや、無い!! あろうはずがない!!

 ワシはハルカのためならどんな難解な数式であろうとも解き放ってくれようぞ!!

 B29だとて竹やりで落とすことも可能ぞ!!


 まぁそれはさておき、今日もまたハルカの質問タイムが始まろうとしていた

 待ってましたとばかりに待ち受けるワシ

 ワシはどんな質問が来てもいいように、日々子供に人気な物のリサーチなどはかかしておらぬのだ!!


「ねぇねぇおじいちゃん〜」


 さぁて、いつものハルカの質問の始まりだ。

 待ってました!! どんとこい!!

 ワシは何でも答えて見せるぞ!!


「ねぇおじいちゃん  びいえる ってなあに?」


 小首を傾けてワシを見つめるこの仕草!!

 うううううむ、かわいい!!

 抱きしめてほお擦りしたいほどにかわいいらしいぞ!!


 しかし・・・・・・びいえる

 びいえる・・・・・・

 びいえるとは一体何ぞや!!

 わからない、全く持って見当すらつかぬ

 びいえむだぶりゅーであるならば車などの類であろう

 しかして、びいえる・・・・・・

 あれか、ビールのことを幼児特有の発音のせいで びいえる  と言っておるのだろうか

 よし、まずはそれで行ってみよう


「あれかな、飲み物の・・・・・・」


 と言いかけた刹那


「近所のお姉さんが言ってたんだよー、びいえる本すごいおもしろいーって。

 どんなご本かおじいちゃんしってるー?」


 あ、危ない!! あやうくビールと間違えてしまうところだった

 寸でのところで言葉をさえぎる事に成功したワシ偉い!!

 とは言うものの事態は何ら好転してはおらぬ


 びいえるは本であるのか?!

 近所のお姉ちゃんが凄い面白いと言う本・・・・・・

 そうすると若者に流行の小説かなんかであろうか・・・・・・


 うーむ、どうにもこうにもわからぬ。

 しかし可愛いハルカはワシが何でも知っている物知りおじいちゃんである事を誇りに思ってくれておる

 ワシは孫娘にとっては、何でも知っている存在でなくてはいけないのだ


「おお、あれだな、あれ関係の本だな びいえる は!! うんうん、ワシも昔はよく読んだもんじゃよ、わっはっはっは」


 ワシは笑ってごまかすと言う戦法をとった


「へぇ〜おじいちゃんも びいえる 好きなんだ〜今度びいえるのご本読んでね〜」


 おお、いつものハルカのワシに対する尊敬のまなざし

 だがしかし、ワシのハルカに向ける笑顔は引きつっていた

 なぜならご本を読んであげるも何も、びいえるなぞ、知りもせんのだから!!


「わかったわかった。おっと今日はもう遅いからそろそろお帰り、今度着たときにご本読んであげるからね」


「は〜い」


と、素直な返事をして孫娘は岐路に着いた


 さて・・・・・・

 どうする!! どうするワシ!!

 今度孫娘がくるまでに『びいえる』 とやらに詳しくなっておかなければならぬ

 まぁ、いくら『びいえる』がわからないと言えど、書物の類であると言う事はわかっておるのだ。ならば答えは簡単である


 本屋に言って聞けばいいのだ!!


 ふふふふ、何らあせる必要などないのだ

 それどころか、今日の非常事態をうまく切り抜けたワシの機転を褒めていいくらいなのだ

 ならば善は急げだ!!

 もしかすれば明日にもハルカはうちに遊びに来るやも知れぬのだから

 

 ふぅ。

 真夏の猛暑と言うのだろうか、暑い日差しを浴びながらワシはいつもの行きつけの書店へと辿り着いた


 店内に入った途端にクーラーの冷気がワシの身体を覆いつくす

 背中の汗がスーッと引いて心地が良い

 いかんいかん、そんな事を考えている暇などない

 ワシは 『びいえる』 とやらの本を手に入れねばならぬのだ

 

 店内に入ってすぐ


「あ、おじいちゃんいらっしゃいませ〜」


 との若い女性店員からの声が耳に届く


「ああ、今日も来たよ、お店の中は涼しくていいねぇ」


 などと日常会話を交わしてみせる

 

 ワシは趣味が読書であるゆえに、ここの本屋は馴染みであるのだ

 とくにこの若い女性店員さんはワシに良くしてくれる

 今頃の若者にしてはよく出来た娘さんなのである

 

 さてさて、とにもかくにもワシは早く目的のものを手に入れねばならぬ

 しかしだ、その 『びいえる』 とやらをまるで知らないと言う風に訪ねるのもしゃくである

 ワシは大量の本を読破しておる物知りおじいさんで通っているのだから!!

 この女性店員に『そんな本も知らないんですか〜』的な目で見られるのは耐えられぬ!!


 「すまぬが、びいえる本のコーナーがどこにあるのかわからなくてのぉ、最新のやつをもってきてもらえぬかな」


  うむ、これなら びいえる を知っていて新しいのを買いに着たように思われるに違いない!!


 これならば

『おじいちゃん びいえる もしってるんですか〜お若くていらっしゃいますね〜』

 などと、むしろ感嘆されるやも知れぬ!!


 しかし、女性店員の反応は予想に反したものであった


「び、びいえる・・・・・・で、ですか」


 女性店員はあきらかに狼狽の色を隠せないでいる様子だった

 なぜだ、なぜなのだ


「ど、どのような びいえる本を、お、お、おさがしなんですか?」


 狼狽しつつもきちんとした笑顔での接客は見事なものだと思った

 なぜか笑顔が引きつっているのが謎ではあったが


 うむ、ここでも 『びいえる』 を知らないと思われるのはしゃくである、ならばこう言うのが正しかろうて


「うむ、ワシも びいえる にはちとうるさくてのぉ。やはりこう濃厚でこってりした感じでいて、正統派な びいえる本がいいかのぉ」


 うむ、これなら びいえる通と思われてもおかしくない。問題のない返答といえようぞ


「の、濃厚・・・・・・」


 なぜだかしらぬが、女性店員は頬を赤らめだしていた

 どうしたと言うのだろうか、これだけクーラーが効いている店内だというのに、暑さでにやられてしまったのだろうか


「し、少々お待ちくださいませ」


 そう言葉を残すと女性店員はピューっと足早に消えていった

 びいえる本を取りにいってくれたのだろう

 しかし、なぜだろうか

 先ほどから店内にいるほかの客のワシを見る目が少しおかしいように思えるのは・・・・・・

 どう表現して良いのかわからぬのだが、ワシの顔をコソコソ見ては小声で何か話しておるではないか・・・・・・

 ふふふ、このような爺が今若者に流行の びいえるを読む事に驚いているに違いない!!

 若返ったような気持ちになれて悪い気はしなかった


「お、お待たせしました、こ、こちらがご希望にそった本になると思うのですけれど・・・・・・」


 女性店員が手に本を持って戻ってきた

 さらっとその本に目を通すと、なにやら漫画のような絵が表紙に描いてある

 うむ、びいえるとは漫画のような小説なのだろうか


「うむ、これじゃよ。こういうびいえるがほしくてのぉ、はっはっは」


 ワシはさも知ってるかのように振舞って見せた

 その振る舞いを見た女性店員は、無言でいそいそと本を包装し始めた

 う〜む、なぜだろか。女性店員もいつもとあまりに様子が違う

 まぁ細かい事は気にしないでおこう、とにもかくにもこれで孫への顔が立つというものなのだ

 ワシは書店をあとにした

 なぜだかわからぬが、女性店員はワシと目を合わそうとしないで下ばかり向いておった

 う〜む、いつもは


『またいらしてくださいね、おじいちゃん』


 などと言ってくれるというのに

 まぁ女心は複雑だというし、細かい事を気にしていては長生きなどできぬ

 ワシはまた暑い日差しの中を家に向かって歩いた


 家に着くやいなや、紙袋から本を取り出してみた

 う〜む、ガリガリの髪の短い女の子二人の漫画の絵が表紙である

 よくわからぬが、若者むけの恋愛小説か何かなのだろうか

 ともかく案ずるより生むがやすしである

 今度孫が来るまでに びいえる とやらに詳しくなっておかねばならぬのだ!!


 

 ・・・・・・

 ・・・・・・

 本を読み終えたワシは、魂が抜けたかのような表情になっておった・・・・・・

 家のものが見たら救急車を呼ばれておったかもしれない

 

 まさか・・・・・・

 まさか・・・・・・

 びいえるとは・・・・・・・

 若い男同士が淫らな行為にふけることであったとは!!

 おぞましい!!

 こんなものの事をあの愛くるしい孫娘は口に出していたと言うのか!!

 ま、まったくもって汚らわしい!!

 というか、こんなものを教えた近所のお姉ちゃんとは一体何者なのだ!

 腐っておる!! まったくもってその女子は腐っておる!!


 ともかく気持ちを落ち着けよう

 いつもの時代劇でも見ようとテレビをつけた

 テレビには水戸黄門が映し出される

 水戸黄門・・・・・・肛門・・・・・・

 まさか、肛門にあんな使い道があろうとは・・・・・・

 うおおおおおおお、ワ、ワシは一体なにを思い浮かべておるのだ!!


 ともかく、今度孫娘が来たときワシはどうすればいいのだ


 そして、もうあの本屋には二度と行けぬ・・・・・・


 ワシの憂鬱は続く・・・・・・




 おしまい☆


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― 新着の感想 ―
[一言] お話し読ませて頂きました。おじいちゃんがケナゲなのに(泣けるのに)思いっきり笑わせて頂きました。
[一言] 読ませていただきました。 お爺ちゃんが孫のために奮闘する姿には笑いました。 文章が少し見にくいように感じたので、そこを直すといいかと思いました。
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