Film.007 マジック
──鳳龍の大宮殿、140階層──
ミルド カリリスは鳳龍の大宮殿に3週間程滞在してから今日の朝、帝都に戻った。帰る間際にハドルド ブラウンに怯えていたがデイヴィッドの知ったことではなかった。
それはそうとこの3週間、デイヴィッドはご機嫌に過ごしていた。
ミルドはデイヴィッドを子供扱いせずにまるで友達のように接し、デイヴィッドとよく遊んだ。
箱庭というボードゲームをやったり魔法の使い方をひたすら教えてもらったり、デイヴィッドにとってはなかなか充実した日々だった。
5日前にリネラ リーバスタビオが戻り、シグレナリア フォーが一昨日帰ってきた。
2人はミルドを終始かわいがっていた。
リネラは可愛がると言うよりはイジっているように見えたし、シグレナリアは弟に世話焼くしっかり者のお姉さんのようだったがかわいがっていたのは間違いなかった。
ミルドがいなくなりリネラとシグレナリアが戻ったことでデイヴィッドからすれば日常が戻った訳だが、現実はそうもいかなかった。
デイヴィッドはお喋りなリネラから、今回の2人がしていた仕事の結果、ダンジョンに住んでるデイヴィッドたちにとって都合の悪いことが起きてるという旨の話を聞いたのだ。
具体的な内容については便利キャラのミルドと違い教えてもらうことができなかったが。リネラのお喋りは基本無駄話なのだ。
デイヴィッドは最近、【鳳龍】オリンクルシャが忙しそうにあちらこちらを駆け回っているので一緒にいることが少なくなっていた。
リネラもデイヴィッドが泣けばすぐに駆けつけてくるが普段はどこか別の場所にいるらしかった。それはシグレナリアも同様だ。
そういう訳でデイヴィッドは最近1人でいる時間が多く、今も部屋に1人きりだった。
普通の子供の年頃なら心細く寂しいものだが、精神年齢20歳のデイヴィッドには苦でもなんでもない。
以前ならば1人の場合、やることがなくつまらないという欠点はあったが、今はある〝修行〟が出来るため1人でいることに問題はないのだ。
その修行とは、もちろん魔法のことである。
今までもデイヴィッドはひそかに源髄から魔力を取り出す修行をしていた。
デイヴィッドは源髄が神経のようなモノだと解釈した。
源髄は身体中に張り巡らされており、魔力という信号を送り込む。そうして魔力を送った先で魔法を発動させる。
例えば魔力を右手に送り込むと右手から魔法を出せるようになるのだ。
この世界では源髄をひとくくりに考えられているようだが、デイヴィッドは源髄を2種類に分類した。
1つ目は魔力の精製と維持の役目を担うもの。
2つ目は魔力を身体全に行き渡らせ、特定の場所に魔力を届ける回路の役目を果たすものだ。
デイヴィッドはこれを、中枢神経系と末梢神経系になぞり中枢源髄と末梢源髄と名付けた。
中枢源髄が魔力精製などを担う源髄を指し、脳の位置に存在する。
デイヴィッドは精製された魔力は通常この中枢源髄で維持され、この維持できる最大量をその個人がもてる最大魔力量と解釈した。つまりRPGでいうところのMPはこの中枢源髄にあたるというワケだ。
末梢源髄は魔力流動などを担う源髄を指し、脊髄を中心に身体中に広がっている。
末梢源髄は意識的に中枢源髄から魔力を流動する時のみに使用するので普段は使われていない。
今では源髄の役割を分類化する程に把握しているデイヴィッドだが、源髄について知った最初の頃はそもそも源髄の存在さえ感じ取らなかった。
しかし3週間、毎日のように意識を神経系に集めることでなんとか魔力を中枢源髄から末梢源髄に流すことが出来きるようになった。
これは感覚の話だが、源髄を感じ取り魔力を流すのは、心拍数を意図的に変化させようとするのと同じようなものだ。普通ならば無意識下で行われる行動を意識的に行うような感覚。
デイヴィッドはこの3週間、永延とこの感覚を探っていた。
だがそこから先、魔法を実際に発動させる試みはまだしてないかった。
この前までは常にデイヴィッドの近くに誰かがいた。
だから発動できるかどうか不確かながら、できた場合面倒なことになるかもしれないと思い試さなかったのだ。
そして誰もいないこのタイミングはデイヴィッドにとって魔法を使う絶好のチャンスだった。
デイヴィッドはまず中枢源髄から魔力を取り出し末梢源髄へと流した。
身体の中の筋のような細い管を、液体とも気体とも言えはない不思議な脈動が流れていく。
デイヴィッドは今回、指先から水の塊でも出そうかと思っていた。火は危険だし、土は地味だし風は見えないので分かりづらいからだ。
ただこの世界の魔法は火、水、土、風の4元素だけという訳ではないので4元素に縛られる必要はないのだが、デイヴィッドは魔法と言えばやはり4元素系の魔法だと思っていた。
魔法を発動させるにはイメージが必要だ。
なぜならイメージがなければ魔力はただ雲散し、魔法という現象を発動させることはできないからだ。
魔法においてイメージはつまるところ設計図で、魔力は魔法を作るエネルギーや材料だと言えるだろう。
大抵はイメージの代わりに鍵が使われるのだが、デイヴィッドは鍵を1つも知らないので仕方なくイメージだけで試した。
デイヴィッドは指先に魔力を集め、イメージを固めた。
指先に水の球体が浮いている情景を出来る限り鮮明に、その現象が起こるプロセスを明確に思い浮かべる。
するとデイヴィッドの指先に浮遊する水球が現れた。
指先から少し離れたところ、直径1センチ程の。
「あ、あおぉ〜」
初めての魔法。それは正直なところショボかった。
そしてデイヴィッドは思いの外簡単に魔法が発動でき少し拍子抜けしたが、それでもやはり嬉しかった。
今はこの程度の魔法だが、デイヴィッドはそのうち魔法を使って無双なんかをしたいと思っていた。
それがいつになるかはわからないがなるべく早い方がよかった。
だからデイヴィッドはこれからも試行錯誤をしながら修行を続けるだろうと思った。
初魔法行使でやるべきことも分かった。
まずは魔法発動までの速度。
仮に戦闘になった場合、魔法発動速度は魔法使いにとっての生命線だ。
魔法を1度も使えずに倒されてしまえば、どれだけ強力な魔法が使えても意味がないからだ。
次に魔力量。
これはデイヴィッド自身、自分が現在どれ程の魔力量なのか、そもそも明確な数値があるかどうかも知らないかった。
ゆえに魔力量に関しては多いに越したことはない、というようなレベルの考えだった。
ネットノベルのテンプレ通り、毎日気絶するまで魔力を使えば増えてくるとデイヴィッドは信じていた。
最後は威力だ。
今のところデイヴィッドができるのは水の球を空中にプカプカ浮かべさせるだけで殺傷能力はゼロだ。
デイヴィッドは前世の知識を活かした魔法の構想だけなら色々あったのでいずれ試してみようと思っていた。
まだまだ分からないことも多いが、この3つの目標の達成を目指し修行しようとデイヴィッドは思った。
そうと決まれば早速修行を開始するべきだ。
デイヴィッドは最初、魔法発動速度向上のために魔力流動速度を速くすることを考えた。途中で魔力が枯渇すれば2番目の目標も達成なのでどちらにしてもいい。
最後の威力については、前の2つの目標をある程度達成し、魔法が使いやすくなってから修行しようとデイヴィッドは思った。
なので当分魔法は使わず、魔力流動の修行に集中することにした。
そしてデイヴィッドは魔力流動速度を速くする修行を開始した。
デイヴィッドはいつもどおり中枢源髄の魔力を感じ取るところから始めた。
魔力を感じ取るのに1秒かかった。
それから全身の末梢源髄に魔力を流してみた。身体の隅々にまで行き渡るのに大体20秒かかった。遅すぎだ。
しかもすこし集中を切らしただけで魔力は霧散して消えてしまった。
末梢源髄に流した魔力を維持は難しかった。
そもそも魔力の維持が可能なのは中枢源髄のみで末梢源髄に魔力を維持する機能はない。
流動をつかさどる末梢源髄で魔力を維持する方法としては、中枢源髄から常に末梢源髄へと魔力を送り込み続け、かつ流動速度の絶妙なコントロールが必要なのだ。
そして途切れることなく中枢源髄から末梢源髄に魔力を流すのにも集中力の継続が必要で、集中が切れた瞬間中枢源髄からの魔力の供給はなくなり末梢源髄の魔力は消え失せる。
しかし何事も繰り返しが肝心だとデイヴィッドは自分を励ました。
何度もやっていればそのうち慣れるだろうと思い、デイヴィッドは結局その日、50回以上魔力流動の修行を行った。
時々、末梢源髄1本1本に流す魔力の量を増やしたり、魔眼になるかなという淡い期待を込めて眼に魔力を集めたりもしていた。
ちなみに魔眼の実験はなにも起こらなかった。
考えてみれば当たり前なのだ。魔力を流したところでそれはただ末梢源髄に魔力を流動させただけのこと。変化があるワケがない。
末梢源髄1本に対しての魔力流動量を増やす試みは、出来ないことはなかったが集中力と忍耐力が通常の比じゃなく難しかった。
しかしその分、デイヴィッドは心なし力が漲る気がした。
魔力は思っていたより減らなかった。
デイヴィッドの感覚的には半分くらい減っていたのだが、やはり魔力流動程度では魔力などほとんど使われないのだろかとデイヴィッドは思った。
末梢源髄に魔力を送り続けている間は常に魔力は霧散して体外のどこか、大気中に消えているのだが。それでも1日では使い切らなかったらしい。
そうなれば魔法を使うしかなかった。でなければ魔力が枯渇しそうにないからだ。
デイヴィッドは早速人生計画を変更し、魔法の練習も今から始めることにした。
デイヴィッドは自分が魔法を使えることは既に確認済みだ。
今度は後始末の簡単な風属性の魔法でも使おうとデイヴィッドは決めた。
そうしてデイヴィッドは残りの魔力を使い風魔法を使っていた。
1つの魔法に込める魔力量を変えて風速をコントロールしたり、イメージを変えて小規模な台風やカマイタチを起こしてみたりと実験もした。
そうして修行をしているうちに判明したことがあった。
魔法はより複雑なイメージの時程魔力を使うということだ。
例えば、そよ風を吹かせるのと風の刃を作るのでは必要な魔力量が大きく変わってくるのだ。
当たり前といえば当たり前だがここで重要なのはイメージの複雑さによって必要な魔力量が変わるということだ。
仮に高威力な魔法でもイメージが単純ならば必要な魔力量は少なく済み、逆に低威力でもイメージが複雑ならば魔力量は大量に必要になるということだ。
ようするに、魔法は効率よく使えということ。
それに同じ魔法でも使う魔力量を増やせば威力に差が出た。
そうしてデイヴィッドはようやく全ての魔力を使い切った。
倦怠感と空腹感はあるが気絶はしなかった。デイヴィッドはてっきり魔力を全て使えば気絶するのではと心配してたが杞憂だったらしい。
「ふぅ〜! 仕事終わったぁ。ダンジョンイジったの久々だったけど楽しかったなぁ」
デイヴィッドが魔力を使いきり暇しているとオリンクルシャが部屋に入ってきた。
デイヴィッドは今日の朝、ミルドを見送りをしてからオリンクルシャの姿を見てなかったが、どうやらダンジョンを改築していたらしい。
さすがはダンジョンマスターだなとデイヴィッドは思った。
とにかくデイヴィッドにとっていい時にオリンクルシャが来た。
デイヴィッドは修行のおかげで腹がどうしようもないくらい減っていたのだ。
お疲れのところ悪いなと罪悪感を抱きながらもデイヴィッドは食事をするため大声で泣き、腹減りアピールをした。
オリンクルシャはすぐにデイヴィッドのもとに来て、結構な時間もたついてから授乳させた。
デイヴィッドは最早乳を飲んでると落ち着く局地まで来ていた。
この調子でへんな性癖に目覚めないか若干心配になった。
だがそんな心配も、満腹になった瞬間襲ってきた睡魔によって深く考えることが出来ず、デイヴィッドは眠りに落ちていった。