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デザイナーズ  作者: やなぎ
第1章 激動の兆し
5/35

Film.005 リターン

 


──10分前 イール大森林──



 太陽が燦々(さんさん)と輝く午後の日和。

 巨大な樹木から差しこむ木漏れ日に照らされ歩く1人の青年がいた。

 黒い癖毛は少し長く、一見女性のようにも見える。

 彼は久しぶりに見た景色におもわず微笑みが漏れた。

 彼の名前はミルド カリリス。

 なよなよしく頼りなさげだが治安維持局のナンバー2の地位を持った権力者。ハドルド ブラウンの秘書。

 しかしそれも実のところ表の顔で、ミルドの正体は別にあった。

 ミルドはある場所にたどり着くと歩を止めて感慨深げにつぶやいた。


「ふぅ……やっと着いた、鳳龍の大宮殿。懐かしいなぁ」


 鬱蒼(うっそう)とした森の中に突如として現れた切り立った崖。

 そのふもとに掘られた洞窟は装飾が施され、奥へ奥へとつづいている。

 カルカ峰に存在するダンジョン、鳳龍の大宮殿だ。


 ミルドの正体、それはこのダンジョンの支配者であり竜系統の頂点である〝朧龍種(ドラゴニア)〟が1つ、【鳳龍】オリンクルシャの眷属だった。

 ミルドは弱気で自信がなさげで、いつもオドオドしてる自覚があった。

 しかしミルドはハドルドの秘書であることと、オリンクルシャの眷属であることだけは誇りに思っていた。

 そしてミルドはハドルドを尊敬しているし秘書であることを誇りにしてはいたが、それでもオリンクルシャに呼び出されれば仕事を休んででもオリンクルシャの元に来た。

 ただし仕事を休んだ罪悪感はミルドに重くのしかかり、ミルドは心の中でハドルドにさんざん謝っていたが。

 ミルドはハドルドが怒っていないことを切に願った。次に出向いた時、いったいどんなペナルティがあるかわからなかいからだ。

 ただ、例えいくらハドルドが怖かろうがミルドはやはりオリンクルシャの用事を優先した。

 ミルドはハドルドに対する罪悪感を必死で振りほどいてダンジョンへと踏みこんだ。


「ミ、ミルド カリリス……! 番号は1169、5335、2754」


 出入り口付近で暗証番号を言うと見えていた景色が急変した。

 この暗証番号をオリンクルシャの眷属がダンジョン内部で唱えれば、オリンクルシャが普段いる140階層まで転移魔法によって瞬間移動することができる。

 暗証番号は眷属により異なるのでリネラ リーバスタビオやシグレナリア フォーがミルドの暗証番号を使おうが転移は出来ない。また眷属でない者が唱えても同様。

 ただし眷属の体の一部に触れていた場合、眷属と共に転移ができる。

 それにしても12桁はちょっと多いとミルドは思った。

 さきほどのも間違っていないか心配で、問題はなかったと知りミルドはホッと胸をなでおろした。

 そして一息ついてから、ミルドは目の前のドーム天井部屋に続く扉を開けオリンクルシャにただいまを言おうとした。


「た、ただいまです……ってうわあぁああ! マ、マスターなななななっ、なんで服着てないんですかぁ⁈」


 ミルドは目を疑った。

 なぜならオリンクルシャが服を着てないかったからだ。

 ミルドは錯乱した。

 なぜオリンクルシャが上半身裸になっているのか理解できなかった。

 ミルドの顔は一瞬で真っ赤になり目を両手で隠した。

 そんなミルドの様子に構わずオリンクルシャはのんきに答える。


「あ、おかえりミルド。悪いんだけど服を着せてくれない? 自分じゃなかなか着れなくて……」

「ふぅええぇぇええ! ぼ、僕はお、男ですからムリですぅ! そ、それと自分で着れないならなんで服脱いだんですかぁあ‼︎」


 ただでさえオリンクルシャの裸のせいでトマトのような顔になっているミルドにとって、オリンクルシャの注文はどんな無理難題よりも困難に思えた。

 しかしオリンクルシャは頭のパンクしそうになっているミルドに対し、さらなる爆弾を投下した。


「この子にご飯あげてたのよ。あ、ミルドは始めましてだったわね。この子はデイヴィッド、私の子供よ」

「こ、こここ子供ぉお⁈ そ、そんにゃあ〜……」


 寝耳に水な情報。

 それはミルドの許容範囲を大きく超えるのに十分で、結果ミルドは気絶した。

 それからミルドが意識を取り戻したのは数分後。


「う、うぅ……こ、ここはどこ?」

「やっと起きたわねミルド。いきなり倒れたから心配したわ。でも大丈夫そうで何よりね」


 ボヤける記憶と定まらない思考でミルドは頭を抱えた。

 ノロノロと記憶をたどる。

 やがてミルドが自身の倒れた記憶にたどり着き、ハッと表情を驚愕に染めた。

 それに気づいたオリンクルシャが再び騒がれてはたまらないと思い慌てて声をかけた。


「ミルド、多分あたなは誤解してるわ」


 オリンクルシャはそう前置きしてミルドにことの経緯を説明した。

 話の最中、ミルドは相変わらず慌てたり動揺したりを繰り返していたが、最終的には自分の勘違いに気付いた。


「マスター! へ、変な誤解しちゃってゴメンなさい‼︎ ぼ、僕てっきり……」

「いいのよミルド。でもミルドのその、すぐに考えが飛躍するクセも変わってないのね。私はそんなあなたの反応も好きだけど」


 オリンクルシャは笑いながらそう言った。

 オリンクルシャにからかわれたと思いミルドは再び顔がほてり赤くなる。

 ミルドは確かに考え過ぎて泥沼にふことも多かったがこればっかりは性格の問題で仕方がないと思っていた。


「そ、それにしてもマスター。僕に頼みたいことがあるってなんですか? リネラさんとシグレ先輩の姿が見えないんですけどそれと何か関係が?」


 ミルドは普段いるはずの2人が見当たらないことに気が付いた。

 シグレナリアがいないのはともかくとして、リネラまでもがいないのは珍しかった。


「そうなの。シグレナリアは大亜連合へ。リネラはカーヤイドに。それぞれ私が頼んだ仕事をやってもらってるわ」


 ジクレナリアは、いわばオリンクルシャの〝矛と盾〟だ。ダンジョン内外を問わずオリンクルシャの敵を排除する武力。

 だからミルドにもシグレナリアの仕事内容はなんとなく想像がついた。

 しかしリネラに関しては推測の域を出なかった。

 リネラはただのメイドではないし、3人の眷属の中でも、オリンクルシャにとって少し特別(・・)な存在だからだ。

 それはそうと2人の仕事の詮索は無意味だとミルドはそう考えた。

 シグレナリアが不在の時にリネラにまでダンジョン外の仕事を与えたのはその必要があったということだし、それはミルドが考えるようなことではない。

 そう結論付けて、そこで新たな推測が生まれた。

 2人がいなくなったからこそミルドが必要になった理由。


「そ、それじゃあ、もしかして僕への頼みって……」

「そうよ、私とデヴィの世話をして欲しいの。頼めるわよね?」




 ◆




 ミルドは子供が苦手だった。

 何を考えてるいるかわからない。何をやらかすかわからない。少しも目を離せない。泣いたらどうやって泣き止ませたらいいかわからない。どう接したらいいかわからない……

 苦手な理由を挙げればきりがなかった。

 だからミルドは今、目の前に座っているデイヴィッドの世話をするなんてことは絶対に出来ないと思った。

 そもそもミルドにとってはオリンクルシャの世話もたいへんなのだが……

 ミルドはオリンクルシャの着替えを手伝うことを考えただけでキャパを超える。

 だがオリンクルシャの場合は意思疎通が可能なぶんまだマシだろうと思った。多分、おそらく、きっと。


 とにかくオリンクルシャの世話と比べてみてもデイヴィッドの世話は大変だということだ。

 ミルドはデイヴィッドと何をしたらいいのかさえ悩んでいた。

 オリンクルシャが寝てからミルドはまだ言葉も通じないであろう赤子相手に緊張しっぱなしで、なにやら気まずい雰囲気になっていた。

 この空気をどうにか変えようとミルドはどうしようかと考えた。

 しばらく悩んだ挙句、思い浮かんだのは挨拶をする、という到底解決策にはならないであろう結論。

 しかしパニック気味で狭まった思考のミルドには、それ以外のコミュニケーションは思い浮かばず、ミルドはデイヴィッドに精一杯の笑顔で手を振り挨拶をした。


「こ、ここんにちわデイヴィッドくん。ぼ、僕はミルドって言うんだ。よろしくね」

「…………」


 デイヴィッドは当然何も言わず、ミルドの笑顔が引きつった。

 やがて挨拶をしても赤子に伝わるわけがないと気づき、ミルドは自傷気味なため息を吐いて挙げていた手を下ろした。


 デイヴィッドはというとそんなミルドをジーっと眺め続けていた。

 そのことに気がつき、ミルドは気恥ずかしさと焦りを覚えて、デイヴィッドから視線をそらした。

 そして自分が冷静さを失っていることに気づき、一旦心を落ち着かせることにした。

 なにも赤子に緊張する必要などないと自分に言い聞かせた。

 なにも焦ることはない、と。

 そうして段々落ち着きを取り戻したミルドは改めてデイヴィッドをよく見てみた。


 そこでミルドはデイヴィッドが、やけに大人しいことに気がついた。

 ミルドが見ていた限り、デイヴィッドが泣いたり動き回ったりしたことはなかった。

 ミルドの顔を見つめ続けるだけ。

 しかしそれほどの間ずっと見つめられると照れてくるし、やっぱり何故か気まずくなった。


 その時、ミルドの頭になんの前触れもなくあるアイディアが浮かび上がった。

 それは昔どこかで聞いた話。恐らく職場にいた子供持ちの男性職員が言っていた言葉。

 それは子供はみんな魔法が好きだ、というものだった。

 だからミルドは、自分も魔法をデイヴィッドに見せれば喜んでくれるだろうし、この気不味い感じもなくなるはずだと思い至った。

 ミルドはこのアイディアの素晴らしさに一瞬、喜ぶがそれは長く続かなかった。


 この計画の重大な落とし穴。自分が魔法などほとんど使えないことを思い出したからだ。

 ミルドは再び落ち込んだ。ミルドは魔法が得意でなく、使えても身体強化系統で派手さに欠けた。

 ミルドはさらに考えた。前回のアイディアは根本的な欠陥があったものの魔法という発想はいいと思った。

 デイヴィットはどうやら激しく動いたりするタイプではない。

 だからミルドはふと、単純な魔法理論を説明すれば喜ぶのではないかと考えた。

 しかしその考えは脳内会議の結果すぐに却下された。

 魔法理論など子供は喜ばないと自分でも分かりきっていたからだ。子供の魔法が好きというのはの、あくまで分かりやすく不思議で、派手な光景のことである。

 しかしミルドは、このまま気まずく過ごすより、何か喋ってた方がまだ気がまぎれる上に、なんなら子守唄の代わりになって寝てくれるかもしれないという希望的推測から、デイヴィッドに魔法理論について語ることにした。


「ね、ねぇねぇデイヴィッドくん。魔法のお話聞きたい?」

「──っ⁈ あうぱうばぃ!」


 ミルドがそう言うとデイヴィッドは急に目を爛々と輝かせながらミルドの方によってきて、その予想外な食いつきにミルドは思わず仰け反ってしまた。

 デイヴィッドはまるで話を急かすように服をグイグイと引っ張った。

 そんな様子を見てミルドは驚きながらも感心していた。それはミルドにとってそれは嬉しい誤算だった。


 ミルドはデイビッドを近くに座らせると、興味津々にミルドを覗き込んでくるデイヴィッドに魔法理論の基礎を教え始めた。


「じゃ、説明するね。そそもそも、魔法とはこの世界に原則的に存在するあらゆる法則や事象を覆し、新しい法則や事象を発生させることを言うんだ。ようするに、普通は出来ないことが出来ちゃうってことかな。でもそれをするには凄いエネルギーが必要なんだ。

 で、そのエネルギーっていうのが魔素(マナ)っていう物質だね。この魔素(マナ)はつまりとっても()っさくて凄いパワーを持った粒なんだ。この魔素(マナ)の塊っていうか、集合体が魔力と呼ばれる、魔法を発生させる力なんだ。フォースとか代償、通貨なんて言ってるヒトもいるね。

 魔力は僕たち人類……リネラさんみたいな獣人種(ビーストシー)、シグレ先輩みたいな森艶種(エルフ)、僕みたいな人間種(アンスロポス)なんかだと個体差はあるけど全員使えるんだ。

 それで魔法の使い方だけど、〝源髄〟って呼ばれる、脳と背骨を軸にして広がる器官から魔力を取り出して、起こしたい事象をイメージして魔力を使うんだ。他にもスゴい魔法を使うには色々注意しなきゃいけないところもあるんだけど、でも基本的にはこれで魔法は発動するよ。

 魔法を使うにあたって最初の難関がこの源髄から魔力を取り出すことなんだけど……1回コツを掴んだら次からは結構スムーズになるね。

 でその次が魔法を起こすイメージなんだけど、これも難しい。そこで活躍するのが〝鍵〟なんだ。鍵はイメージ補助装置みたいなもので色々あるね。メジャーなのは言霊を媒体にする詠唱とか、特定の動作をすると予め決めておいた魔法が発動する反射発動(アダナクラスィ)とか、魔導具(ベクヴェーム)とかとか。

 詠唱(アリア)は小難しい文章が多いから、慣れないと変な魔法が出たり発動まで時間がかかったりするけど、慣れれば安定して色々な魔法が使えるから大抵の人は詠唱(アリア)を覚える。

 でも軍の人は反射発動(アダナクラスィ)をよく使ってるね。威力の高い魔法を指パッチンとか舌打ちとかウインクとかっていう短時間の動作で発動出来るから。でも反射発動(アダナクラスィ)は決まった動作1つにつき決まった魔法1つしか使えないのと、習得まで相当な時間と修行が必要って欠点があるけど。

 それと最後の魔導具(ベクヴェーム)。これも反射発動(アダナクラスィ)と似てるかな? これはイメージなしで魔力さえ流せば元々決められた魔法が発動するって装置で……杖とか魔剣、あとは冒険者ギルドが発行するカードなんかだね。誰でも魔力さえあれば使えるって利点と、複雑な造りで数が少なく、高価って欠点がある。

 そうそう、魔法には段階があって下級(ロー)中級(ノーマル)上級(ハイ)超級(エクセル)覇王級(オーバー)神霊級(アブソルート)と難易度が分かれてるんだ。用途や個人の魔力量で変動するけどね。

 っと、だいぶ喋ったけど、デイヴィッドくん飽きてない?」


 ミルドはついつい熱が入り専門的になった自分の説明に、デイヴィッドが飽きてるんじゃないかなと思いデイヴィッドの方を見た。

 するとデイヴィッドは飽きるでも寝るでもなく、確かな知性を宿したその幼き瞳で静かにミルドの話を聞いていた。


 ミルドはこの時から、デイヴィッドが普通とは少し違う変わった子だと気付いていた。

 そしてそれは、この幼き賢者に惹かれ始めたきっかけなのかもしれなかった。




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