Film.003 ネーミング
──鳳龍の大宮殿、140階層──
ドーム天井から吊り下がったシャンデリアに灯されるこの部屋で現在、【鳳龍】オリンクルシャとリネラ リーバスタビオ、シグレナリア フォーが円卓を囲み座っていた。
オリンクルシャの手には昨日リネラによって拾われ、オリンクルシャの養子となった赤子が抱えられていた。
「2人とも、集まってくれてありがとう。今日はこの子の名前をつけようと思うわ」
口火を切ったのはオリンクルシャ。
穏やかな口調と柔和な笑みを浮かべたその様子は慈愛に溢れ、かつ威厳があった。
「そうですね。名無しだと何かと不便ですし」
「そう? ほら別に今も名無しで伝わったしいいんじゃん」
オリンクルシャの意見にシグレナリアはすぐさま賛同の意を示し、リネラはかなり適当な返答をした。
リネラの返答にシグレナリアはムッと表情をこわばらせ、リネラに名前の重要だと説いた。
「そういう問題ではありません。名前とはとても重要です。名とは他との区別に必要不可欠なものですしアイデンティティーの形成において根本となるものです。また精神的側面以外にも、社会的な──」
「あーはいはいそーだよね。それでマスター、その件とアタシ達が呼ばれたのって関係あるの?」
シグレナリアの講義が長くなると察したリネラはシグレナリアの説明を遮り、リネラはオリンクルシャに問いかけた。
「ええ、実はあなた達に名前を考えるの手伝ってもらおうかなぁって思ったの」
「へぇー、いいの? アタシ達がマスターの子供の名前つけて」
オリンクルシャの回答はリネラにとって少し意外だった。
「もちろんよ。私はあなた達なら名付け親にしてもいいと思ってるもの」
「マスターにそんなふうにいっていただけるなんて! 私は嬉しいです!」
「よ〜し! それじゃ早速名前考えようよ!」
シグレナリアは自身がオリンクルシャの子供の名前を任せられる程信頼されていることを嬉しく思った。
リネラも軽いノリではあるがシグレナリアと同じくオリンクルシャの信頼に応えようと頑張ることを決意する。
「じゃ私からねー。この子は将来きっと騎士になる! だから高貴な名前がいいね、リチャードとかアーサーなんかどう?」
リネラはとりあえずといったふうに思いついた名前を言ってみた。
しかしその意見をシグレナリアはすぐさま否定した。
「却下です。この子には口ばかりで戦ったこともなさそうな、へなちょこ貴族騎士みたいな名前は似合いません。この子は恐らく研究者として名を馳せるでしょう。ソウメイなんてのはどうですか?」
シグレナリアが自信満々にそう告げた。
シグレナリアはどうしてもマスターであるオリンクルシャの子供の名付け親になりたいと考えていた。
しかしその熱意が今回ばかりは仇となった。
あまりに即行で自分の意見が否定されたリネラが少しキレたのだ。
リネラは仕返しとばかりにシグレナリアの意見をバカにする。
「ソウメイ? なにそれ全然頭よさそうじゃない。シグレのいた国の名前? 全然ダサい」
「なっ! 大亜連合の悪口ですか⁈ いくらリネラでも許しません!」
オリンクルシャはなにやら雲行きの怪しくなってきた話し合いに苦笑いを浮かべた。
「だいたいシグレナリアって名前も正直意味わかんないし。大亜とラテリアのハーフだからって両方の名前引っ付けるって欲張りか!」
大亜連合とラテリアは隣国で、シグレナリアは大亜連合で産まれたが父親がラテリア出身だった。
だからシグレナリアは両方の名前を無理くり繋げたような名前になったのだ。
愛国心の強いシグレナリアはリネラの大亜連合を馬鹿にする発言に怒り心頭で、更には親のネーミングセンスまで否定されたことで最早目に涙を浮かべブチ切れ寸前だった。
それを止めたのはオリンクルシャ。
「ま、まぁまぁ、2人とも落ち着いて。このままじゃ話が逸れてどこかに行っちゃいそうだわ。それにシグレナリア、あなたの名前私は好きよ。リネラ、私の為に名前を考えてくれるのは嬉しいけど、私はシグレナリアとあなたが協力して名前を考えて欲しいの。わかった?」
オリンクルシャの言葉に少し冷静になる2人。
「ごめん、マスター」
「私も……その、すみませんでした」
2人はオリンクルシャを慕っていたし忠誠を誓っていた。
だからオリンクルシャには喜んでいて欲しいし笑っていて欲しかった。
そう考え、2人は落ち着くことにした。
オリンクルシャはその様子を満足げに眺めて、仕切り直しとばかりにオリンクルシャが考えた名前を発表することにした。
「それじゃあ再開ね。そうね……天翔る銀線の星屑、と書いてシルベスターなんて──」
「却下です!」
「絶対ナシ‼︎」
オリンクルシャが言い終わる前にスッパリと否定する2人
「マスターバカじゃないの? てかバカ。それならまだ名無しのほうがマシだよ! どういう神経で自分の子供にその名前つけようとしたの⁈」
「そもそもそれは名前ではありません。カッコよさげな単語を繋げただけの、全く意味がわからない文章です。しかもそんなオサレな意味して、読み方がジャングルでサバイバルしてそうな名前って、全然合ってませんよ!」
「えぇー……斬新でカッコイイと思ったんだけどぉ」
取りつくシマが1ミリもない完全否定。
先程のオリンクルシャを喜ばす云々は完全に2人の頭から離れていた。
「斬新って……確かに斬新ですけれど斬新過ぎて常識はずれです」
「はぁ〜……なんかヤな予感してたんだよね。マスターのセンスとか趣味ってなにかと変だし。それじゃシグレ、私達2人で考えよ」
「そうですね。マスターには任せられません」
最早オリンクルシャは完全に蚊帳の外。
協力するらしい2人を見て良かったと思う反面、自分が考えた渾身の名前を真っ向から否定された結果団結したと思うと複雑だった。
2人は真剣に討論しており、オリンクルシャが話に入り込む余地はなさそうだった。
そうして暇を持て余したオリンクルシャ。
抱きかかえた、今まさに名前を思案中の我が子が自然と目に入った。
血の繋がりがないにも関わらず、オリンクルシャにソックリのプラチナブロンドが煌めく、本当に可愛らしい小さな命。
スヤスヤと寝息を立てるその儚く脆く、それでいて愛おしいその寝顔をみて、オリンクルシャの心は満たされた。
「あなたは私の息子。それはどんな名前でも変わらない……」
それは決意にも満ちた呟きで、確かに名前なんてものは些細なことだと思った。
それに名前をつけるのはリネラとシグレナリア。
2人が考え決めた名前ならどんな名前でも気にしなかった。
「マスター、決まったよー」
リネラが満足げな表情を浮かべながらオリンクルシャにそう言った。
「本当? どんな名前になったの?」
「ふふ〜ん、とってもいい名前だよ!」
「はい、きっと気に入ってくださるかと。この子の名前は──……」
◆
彼はオリンクルシャのベットのすぐ隣に置かれたベビーベッドで仰向けになりながら、シャンデリアをなんとなしに眺めていた。
彼が拾われてから数日経った。
1度も外出したことがなく、彼がいるドーム天井の部屋には窓が1つもないため正確な日数はわからなかったがおそらく3日以上は経っただろう。
そもそも赤子の生活サイクルでは何回夜が来たかなど分からなかった。
好きな時に好きなだけ寝る。なんて快適な生活なんだと彼は思った。
それはそうとここ数日、やっと彼は自身の置かれた状況をハッキリ把握しだしていた。
まだ分からないことも沢山あるのだが、それでも3つ程、確証を得たことがあった。
まずここは彼のいた世界とは違う異世界だということだ。
根拠としては色々あったが、特にリネラとシグレナリアが最もわかりやす主な要因となった。
コスプレでもなんでもなくナチュラルにケモミミがはえていて、シグレナリアのどう見ても染めていない、地で青色をした髪から元の世界とは明らかに違うと判断したのだ。
しかしこれは結局のところ前々から彼が推測していたことであり、それ程気にすることではなかった。
重要なのはもう1つの方にあった。
彼はオリンクルシャの養子になったことに気付いた。
オリンクルシャは不器用ながらも彼のおしめを変えたり、授乳してくれたりしたので、そうなのではと判断したのだ。
身の回りの世話は時々リネラがやったりもした。
彼はリネラが、オリンクルシャに雇われた家政婦のようなものだと判断した。
メイド服からもその点においては確実だろうと思っている。
シグレナリアは時々、他の2人がいない時に彼のところに来てはなにかと可愛がった。
だが彼としては頬っぺた突っつくのはやめて欲しかった。
とても癒される笑顔を浮かべるのであんまり不機嫌な顔は出来なかったが。
それはそうと彼は今、オリンクルシャに抱かれながら食事をしていた。
つまり授乳を受けているのだ。
最初の頃は慣れなかったし気まずさがあったが、身体が赤子だからか性欲が全くなく、今ではただの食事にしか感じなくなっていた。
そして授乳をうけるとなぜか身体がとても温かくなりすぐ眠くなった。
そして彼が最近わかった最後の1つ。
彼にはこの世界の言葉は未だに謎言語なままだ。
頑張って覚えようとはしているが、今のところは英語っぽい発音だなと思う程度だった。
そんな中で唯一、彼が確実に分かった単語があった。
彼の名前はデイヴィッドらしかった。
オリンクルシャなどはデヴィと愛称で呼んでいるが、とにかくその単語だけは単体でやたら連呼されたので彼も比較的早く覚えた。
この世界でもそうかなのかデイヴィッドには判断がつかなかったが、デイヴィッドという名前の由来は〝愛されしもの〟だったと記憶していた。
デイヴィッドは当初、捨て子であるデイヴィッドを皮肉ったのかと歪んで解釈していたがおそらく違うだろうと判断した。
デイヴィッドがここに来てまだ数日しか経過していないが、デイヴィッドは3人に愛されいると思った。
もちろん、事実としてはこの世界でデイヴィッドという名前に愛されしものという意味は存在しないし、デイヴィッドの邪推は見当はずれだ。
しかし3人がデイヴィッドを愛しているという点においていえば、それはその通りなのだ。
オリンクルシャの考えているように、それはどんな名前でも変わらなかった。
そしてデイヴィッドも3人に対し、どことも知らない場所で餓死しそうなところを拾って貰い、さらには世話までしてくれていることに感謝していた。
いつか恩に報いるようなことがしたいなとも思っていた。
だが今のままでは何も出来なかった。
前世の記憶を持ち越ししたのだから、そのアドバンテージを十分に発揮して3人に恩返ししようと思っていた。
そのためにまずは言語理解が必要だと思った。言葉がわからなければ何も出来ないからだ。
そう決心し、デイヴィッドはその日からこの世界の言葉を覚えるための訓練を開始した。