Film.029 ワイアプラ
「シスター・ロロがスパイ?」
シグレナリア フォーが信じられないといった面持ちでアグネダスにそう訊ねた。
対するアグネダスは面倒臭そうにシグレナリアを睨みながら答えた。
「そう言っただろがよ。異端審問官だ。ノヴルヘイムの諜報機関が監視してた敵の1人だ」
ノヴルヘイムの諜報機関は吸血種(ヴァンピールの優れた聴覚を生かして遠方で交わされる会話や行動音を盗聴して情報を収集する。
特に仮想敵の1つであるカルラ教、それに関わる人物の調査は入念に行われている。
ロロの身元が判明するのも時間の問題だったのだ。
「ヴァローチェ様のご命令でこいつの身柄はお前らに引き渡すが、わかってるよな? 落とし前はつけるべきだ」
知らなかったとはいえロロを連れてきたのはリネラ リーバスタビオ達だ。
異端審問官はノヴルヘイムの敵。
それを連れてきた以上ヴァローチェが身柄をリネラ達に身柄を引き渡したとしても、やはり何1つ処分を下さないのは筋が通らないというものだ。
「わかってるよ」
リネラがそう言うと全身が縛られて動けないロロをひょいと担いで受け取り、2人は王宮を出て人通りの少ない路地裏へと入っていった。
そしてリネラはそこでロロを地面に放り投げた。
ロロは満足に受身も取れず地面に跳ねる。
苦痛に顔を歪ませたが猿ぐつわをされていて声はくぐもってそれほど聞こえなかった。
「シスター・ロロ、残念です。あなたが異端審問官である以上、私たちはあなたを殺さなければいけません」
ヴァローチェがロロの身柄をリネラ達に渡したのは善意からではない。
ロロの扱いでリネラ達を信用するかどうか見極めるためだ。
ロロを殺さなければリネラ達は信用されない。
ロロはシグレナリアの宣言を聞きバタバタと身をねじり暴れる。
そして自力で猿ぐつわは外すとリネラ達に訴えた。
「わ、私はスパイなんかじゃないです! あんな吸血鬼どもの言うコトを信じるのかですか⁈」
ロロが異端審問官であるかどうか、その根拠はアグネダスの言だけだ。
確たる証拠などリネラ達は持っていない。
ロロはそこを突けば現状を抜け出せるのではと考えた。
しかしそんな淡い期待を、次のリネラの言葉はにべもなく打ち砕いた。
「でもアグネダスがそんなウソ、言うメリットがない。それにこの際、異端審問官かどうかなんてことはもう関係ないんだよ、ロロちゃん。あたし達が信用されるには殺すしか選択肢がないんだから」
「──っ!」
ロロは取り付く島がないことに気がついた。
リネラ達にとってロロが異端審問官であるかどうかの真偽は最早どうでもいいのだとわかったからだ。
事実がどうだろうが、リネラ達のするべきことは変わらず、ズバリそれはロロにとっての絶望だった。
ロロはどうしようもなくなった。
任務も遂行できず、足掻くすべもない。
ただ死を受け入れるしかなかった。
リネラがアイテムボックスから2本の大ぶりなナイフを取り出して、ロロの首元にあてがう。
ロロを見るリネラの目は暗く沈んでいた。
ロロの脳裏に、リネラの言葉が思い起こされた。
リネラは人殺しに罪悪感を抱くと言っていた。
しかしこの目は違うロロは思った。
これは罪の意識を抱くヒトの眼ではない。リネラは罪悪感など感じていない。
ただヒトを殺す自分を嫌悪しているだけだ。ヒトを殺すこと自体には何も感じていないのだ、とリネラは直感した。
ロロはリネラの暗い眼がどうしようもなく恐ろしく見えた。
「──っバ、バケモノ……お前らは化物だです」
ロロはそう言った瞬間、自分の中にあった恐怖心が、燃えるような憤怒に変わったのを感じた。
ロロは絶叫した。
〈お、お前らはイカれた殺人鬼だ! ヒト殺しをなんとも思わないクズ以下のアバズレだ‼︎ 神も敬わないお前らは必ず地獄に堕ちる、這いずり回ってのたうち回って苦痛に蝕まれてヘドロみたいに死ぬに決まってる! 私はお前らなど恐れない‼︎ 私は──っ!〉
怒りに歪んだ表情でまくしたてるロロ。
リネラがナイフを振り上げる。
〈私は恐れない! 主よ、カナロノクよ、我に救いを──!〉
リネラがナイフを振り下ろし、銀色の閃光が煌めいた。
〈──全ては、我らの主のために‼︎〉
最期の絶叫が辺り一帯に響き渡り。
金属の擦れる音がした。
何かが事切れ、地に落ちる音がして、噴き出る液体の音の後にはただの静寂が訪れた。
◆
──ダラの街──
朝焼けが白く積もった雪に反射し輝いていた。
その光景は幻想的で、ともすればすぐさま消え去りそうなほどもろく見えた。
雪を煌めかしている太陽の陽はやがて教会の窓を突きさし祭壇を照らした。
そこには1人の女性が地面に膝をつき、目を瞑り祈りを捧げる姿があった。
それは彼女の幼い頃からの習慣だった。
彼女は5歳の頃に母親を病で亡くした。
幼かった彼女には途轍もなく大きなショックだった。
それから彼女は心を閉ざしてしまった。
しかしそんな彼女にある日、救いの手が差し伸ばされた。
その日、信心深い彼女の父親は心を閉ざした彼女をいたたまれなく思い、教会へと連れて行った。
それは朝方で、ちょうど今みたく陽の光が祭壇を照らしていた。
彼女はその神秘的な光景に目を奪われた。
そして彼女は声を聞いた気がした。
それは母親の形をしていた。
声は幸せそうだった。
そこで彼女は悟った。
ああ、母親は〝先〟へと旅立ったのだと。
それを知った彼女の心は救われた。
それから彼女はカルラ教の信者となった。
それまでふさぎこんでいた彼女の態度は一変し、明るく生き生きとしたものになった。
父親の店も手伝い始めた。
勿論カルラ教への信仰心が消えることはなく、それどころか更にのめり込んでいった。
ある時、彼女は父親が時々不自然に出かけることに気がついた。
最初の頃はあまり気にしないようにしていたが、丸一日帰って来ず、やがてようやく帰ってきたかと思えば大怪我をしていた時にたまらず質問した。
父親はしばらく返答を渋っていたがやがてポツポツと話し出した。
なんでも彼女の父親はカルラ教の異端審問会という諜報機関の一員で、ひそかにカルラ教の敵を消しているのだと言った。
彼女は驚いた。しかしそれ以上に神の敵に果敢に挑んでいた父親のことを尊敬した。
彼女はすぐさま異端審問官になることを決意した。
さいわいにも彼女には才能があった。
父親の店の手伝いで人と接することに慣れていたのも理由の1つだった。
とにかく彼女は異端審問官として働き始めた。
表の顔として父親の店の手伝いも続けた。
やがて父親が膝を壊してからは店も彼女が仕切るようになった。
異端審問官として時には非人道的で残酷な行いを指揮することもあったが、全ては神のためだった。
彼女は今日も祈り続けた。
神のために。
母親のために。
そして今日は、天に召されたもう1人のために……
いったいどれ程祈っていたかわからない。
おそらく1時間以上はそうしていただろう。
とにかく長い時間の祈りを終え、彼女が目を開け立ち上がろうとした丁度その瞬間、教会の扉が開かれた。
そこには3人の人影が立っていた。見覚えのある人物だった。
彼女は3人が来るのを知っていた。
だから落ち着いて挨拶をした。
「おはようございます。いつかのお客さんたち。ノヴルヘイムには着きましたか?」
3人の真ん中、獣人種の女性が答えた。
「うん、おかげさまでね」
その答えに、モネク ウリンフィリィー……通称【アルコホリカー】は微笑んだ。
◆
ロロの殺害後、リネラ リーバスタビオとシグレナリア フォーはミルド カリリスのいる宿に急いで向かった。
「ミーくん! お願いだから死んでないでね‼︎」
勢いよく宿に飛び込み2人。
受付にいた吸血種の女性に鬼気迫る表情で訊ねた。
「すみません! さっき人間種の青年が部屋撮りませんでしたか⁈」
「──っ、うるさいわね。森艶種なんて下等な種族が、吠えないで欲しいのだけど?」
受付嬢のは心底めんどくさそうにシグレナリアを見下しながらそう言った。
するとリネラが目にも留まらぬ速さでアイテムボックスからナイフを取り出し受付嬢の首元にあてがって脅すように言った。
「……このナイフは銀製だよ、首吹っ飛ばされたくなかったらさっさと質問に答えろ」
受付嬢は首元の焼けるような感覚にハッタリでないことを知り、怯えながらもすぐさまミルドの部屋を教えた。
ミルドの部屋は2階にあり、2人は階段を駆け上ると勢いよくドアを開けた。
中にはミルドがイスに座りピクリとも動かない。
「ミーくん‼︎」
リネラがミルドに駆け寄り肩を掴むと乱暴に前後にゆすり、その度にミルドの首がカクカクと揺れた。
「……ぅう、な、なにゅんだぁ〜?」
するとろれつの回らないが声が聞こえ、確かに生きていることが判明した。
「よかった〜! 殺されたんじゃないかと心配したよ‼︎」
リネラがミルドに抱きつき、ミルドは困惑した。
「どどど、どうしたのリネラさん⁈ こ、殺されたって誰がなんで?」
そんな状況を把握できていないミルドにリネラがコトの顛末を説明した。
話を聞くうちにミルドの表情は暗く落ち込んで行った。
そして全てを聞き終えた後、ミルドは悲しげな顔を浮かべならがも1つの疑問を抱いていた。
「そうだったんだ……でも、それじゃなんで僕はなんで生きてるんだろう」
ミルドはそんな、誰に言うでもない疑問を口に出した。
ロロを殺した以上その答えを知る事は不可能だった。
とにかくノヴルヘイムへの用を済ました一行は帰路につくこととなったが、シグレナリアはロロの残していった荷物からあるものを見つけていた。
それは日記だった。
ロロは異端審問官として暗躍する上で、時には一般的なカルラ教の教義に反する任務もこなさなければいけなかった。
しかし神のために行っている任務であるコトを理解していた。
そんなジレンマをロロはいつも抱えて悩んでいた。
その誰にも言えない悩みを、日記という形で解消していたのだ。
日記には【アルコホリカー】のことも書かれており、リネラ達がダラの街で最初に出会ったパブの店員がロロの上司であることを知った。
そして時は流れ、今に至る。
「……シスター・ロロは、どうしましたか?」
「殺したよ」
「そうですか……彼女はしくじりましたか」
モネクは特に驚くこともなく、わずかな憐憫の表情をのぞかせただけだった。
そんなモネクにシグレナリアが訊ねた。
「道中の武装集団……アレはあなたが送り込んだ刺客ですか?」
「さぁ? なんのことでしょう」
モネクは白々しくもそう言った。
モネクも相手が情報を得ていることなど百も承知。
この質疑応答は尋問ではなくコトの確認でしかない。
モネクがどう答えようと事実は決まっており逃れようなどない。
しかしそれでもモネクはあくまでシラを切り続けた。
それはモネクの、異端審問官として矜持。
隠す必要がなくなっていたとしても決して自らしゃべり秘密を明かすことはしないと誓っていた。
また言い換えればそれはたんなる意地だった。
「なるほど、分かりました。それならそれでいいのです。結果的に問題はありませんでしたので」
「それは、良いことです」
シグレナリアもモネクも演技を続けた。
どちらも裏で行われていたことについて切り出そうとはしなかった。
「私たちはこれから国に帰ります。用事は全て終わらせたので」
「そうですか。それではまたお越しくださることを願います」
「はい、また必ず来るでしょう。その時は……あの焼き鳥を食べに行きます」
そうして会話を切り上げると、シグレナリアを先頭に3人は教会を出て行った。
互いに最後まで本心を出さないままだった。
1人教会に残ったモネクはそして誰かに語りかけるよう1人つぶやいた。
〈はぁ……お父さん。これからどうなるのかな……〉
それはつまりこれからのダラの街についてだった。
聖戦は避けられなかった。
近いうちにダラの街は戦場となり街の人々は怪我をするだろう。
罪なき善人が死ぬだろう。
家が潰され家族は引き裂かれ悲鳴が飛び交うだろう。
この教会も潰れるかもしれない。
平穏など2度とやってこないかもしれない。
得るものはなく失うばかりの戦争が続くのだろう。
膝を壊してもなお、カルラ教のために戦うことを辞めず、特殊な弓矢と地雷の魔法で戦ってきた父親ももういない。
モネクは1人になったのだ。
1人では、モネクは何もできない。
だから戦争をモネクにはどうすることもできないだろう。
モネクは先ほどまでとは打って変わり、唇を噛み締め、溢れ出る悔しさと悲しさの涙をこらえようとしていた。
しかし涙は止まらず、モネクは嗚咽を漏らしながら泣き出した。
〈パパ、ママ……ぅ、ひっく、うぅぅ〉
ステンドグラスの鮮やかな光に包まれる教会の中で、モネクは1人泣き続けた。




