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剣のけいこ

 翌日の稽古はザックさんが直々に稽古をつけてくれることになった。

「今日は魔法なしで来い。とにかく、剣を当てればいい」

 そう言われて僕はビビった。

 なにしろ剣道と違いもっているのがごつい木の武器なのだ。

 防具をつけているとはいえ、当たったら痛いじゃ済まないだろう。骨が折れる。

「心配するな。骨が折れん程度には加減する」

 そう言われて打ちこんでいく。

 ことごとく剣で払われるか、かわされるかする。百年やっても当たる気がしない。

 隙が出来るたびに木剣で打ち込まれる。防具のある場所もない場所も、関係なしにだ。

 首筋だったり、脛だったり、背中だったり。

 剣道では有効打にならない部位ばかりだが、実戦なら狙って当然なのだろう。

 でも教え方がうまい。

 ただひたすら打ちのめすわけでもなく、かといって甘いわけでもない。

 僕の打ち込みを導くようなやりかたなのだ。

 数十分打ち合っていると隙がわかってくる。わざと隙を作っているのはわかるけど。

 そこに打ち込むと、ザックさんは合わせて打たれてくれるのだ。

 その瞬間がすごくうれしい。

 なんというか、自然な流れの中で打てているのだ。運動音痴の僕がやると、なにをやってもリズムがむちゃくちゃというかぎこちないので、自分でもダメなのが分かるうえにクラスメイトからはからかわれる。

 それが続いて運動全般が嫌になった。

 でもザックさんは、僕の悪癖を修正してくれる。決して笑わずに真剣に向き合ってくれている。それがすごく嬉しい。

 一時間ほどの稽古が終わると、体中が青痣だらけになったけど、心地よい疲れと痛みだった。

 ちなみにザックさんは何度も僕の攻撃を食らったはずなのに、痣一つできていない。稽古中、当てた時に「やっちゃった」と思ったけど痛そうな顔もしなかったのでそのまま続行したのだ。防御魔法でも使っているのかと思い理由を尋ねると、

「体のさばきで衝撃を吸収した」

だそうだ。化けものだ。

「これで貴様の分を終わる。動きを忘れんようにな」

「はい! ありがとうございました」

 それから動きを思い出しながら一人で剣を振ったり、ザックさんが付いていない男子と打ち合ったりした。

 ザックさんの動きに慣れたせいか他の男子の動きにも対応できるようになってきたが、やはり幼いころから武器を扱っている子たちにはなかなか勝てない。

 十本やって一本取れるかどうかだ。

 それでもかなり動けるようになってきた。

 はじめから彼らとやっていたらコテンパンにされて二度と剣なんて振るもんか、って思っただろう。

 エルマーともやった。ハンマーと言う重量級の武器のせいか、ハンマーを振った後の隙に剣を当てれば当たったが、やはり地力が違う。

 こちらの動きを正確に見きられると勝てなかった。

「いてて……」

 僕は打たれた肩をさすりながら。痛みに耐えていた。

 エルマーも打ち込みの際加減はしてくれているが、痛いものは痛い。それにザックさんほど加減がうまくないのか、痛みや腫れが引かない。

「大丈夫か?」

 エルマーが心配そうに尋ねてくる。

「なんとかね。でも悔しいな」

 結局、僕の攻撃は初めの一撃以外当たらなかった。

「そりゃそうだろう。魔法使いに武器でも負けたら戦士の意味がないぜ」

「それもそうか」

 僕は努めて明るく笑った。いつか勝ちたいと思いながら。



 昼飯を軽く食べた後仮眠をとり、午後からはマルガリータの作りだした疑似モンスターとの稽古だ。痛みは大分引き、動きに支障はなくなった。

はじめはゴブリンからだった。

 ゴブリンはMMORPGでもおなじみの魔物だ。とんがり帽をかぶって、小学生くらいの小さい体躯。牙が口からはみ出して耳がとんがって不気味だ。

 土でできているとは思えないほどリアルな造形で、フィギアでも作ったら売れるんじゃないだろうかって思うくらいの出来だ。

 僕のほうに向かってくるが、動きがひどくのろい。なんなくかわし、木剣を一撃当てて倒せた。

「僕用に弱くしてるんですか?」

 そう聞いたが、

「いや、ゴブリンはそういうものだ。駆け出しの冒険者の相手としてはちょうどいい。だが奴らは群れる。数がそろうと厄介だ。一体を相手にしている隙に後ろから、と言うこともありうる」

「そ・う・いうこと。これからが本番よ」

 今度は十体くらいの土ゴブリンが群れで襲いかかってきた。

 いっぺんにこれだけの数を相手にするのは生まれて初めてだ。スピードはさっきと変らないのに、どうすればいいかわからずパニックになる。木剣をどれに向けたらいいのかもわからず、切っ先が定まらない。

 ふと、一対一で相当の訓練をこなしてきたキックボクシングの猛者が、道場で数人を相手にしたら今までの技が全く使えずパニックになったというのを思い出した。

「うりゃっー!」

 しょうがなく木剣をめちゃくちゃに振りまわして突っ込むが、二体倒したところで後ろから攻撃を食らってやられた。

 背中を打たれたので、じんじんと痛む。

「訓練で良かったな。実戦なら死んでいるぞ」

 ザックさんの言葉に、背筋が凍る。

 ワイルドボアに襲われた時のことを思い出した。

「どうすればいいんですか?」

「……近づかせなければいい」

 近くで数体の土ゴブリンと対峙していたグレーテルがロッドを振りかざすと、氷の矢が十本近く先端に生まれた。

「……アイスアローズ」

 グレーテルの透き通った声と共に、氷の矢が一斉にはじかれたかのように射出され、土の土ゴブリン達の腕に、足に、頭に、突きささっていく。

 七体の土ゴブリンが一斉に倒れて地面に還っていくが、一体だけはまだ動いていた。

「……まだまだ精度が甘い」

 グレーテルは唇を噛むがすかさずもう一本氷の矢を作り出して当て、とどめを刺した。

 見ていてわかったが、グレーテルは魔法を発動させるのが僕よりかなり早い。

「さすがだな」

 ザックさんが感嘆する。

 僕も真似してみるが、一本しか作りだせない。おまけに魔法に集中した隙を突かれて、一体倒したところでやられてしまった。

 また呪文が頭に思い浮かんでくるかと期待したけど、浮かんでこなかった。どうすれば浮かんでくるんだろうか。

「多数を相手にするときは囲まれないことだ。そのためには動き続けるか、一体を素早く仕留めて盾にするかだ」

 再び数体の土ゴブリンと対峙する。

 剣に不慣れの僕が素早く仕留めるのは無理そうだ。動きながらの方をやってみよう。

 今度は示現流のように肩に担いでみる。正眼に構えてもやりにくいのはさっきわかった。

「うりゃー!」

 自分でも気の抜けた掛け声とともに、土ゴブリンの群れへ突っ込んでいく。

 まず袈裟懸けに一体。うまい具合にこめかみから脇まで一刀両断にして、土ゴブリンが土に帰っていく。さらに近くにいたやつにもう一回振り下ろすが、今度は当たらなかった。だが止まれないので、後ろが気になりながらも三体目に振り下ろす。今度は二の腕を斬り飛ばした。

 動きがのろいので、囲まれなければ大丈夫そうだ。

 土ゴブリンの群れを駆け抜け、前方にはもう彼らはいなくなった。そのまま百八十度回転して再び土ゴブリンの群れに向き直る。それを何度か繰り返して、七体の土ゴブリンを全滅させた。

「よし。その要領でいい。後は繰り返しだ」

 そのまま僕は延々と土ゴブリンの群れに突っ込んでは剣を振るのを繰り返す。

 だが二十回超えたところで木剣を持つ腕が上がらなくなった。

「休憩、して、いいですか?」

 僕は息も絶え絶えにそう聞くが、

「だ・め・よ」

 却下された。

「その状態でも剣を振るえるように、戦えるようにしておきなさい。疲れたからといって手加減してくれるモンスターなんていな・い・わ」

 マルガリータが無慈悲にロッドを振る。

 訓練場の地面が隆起し、土ゴブリンの数がさらに増えた。

 僕はフラフラになりながらも突っ込んでゆく。

「ウララー!」

 テンションがおかしいのか、お気に入りのネットゲームのキャラの声が出て来た。ヴェール○イ、元気かな? ああ、レベリングがしたい。

 土ゴブリンをやっつけたら、次は土ワイルドボアだ。以前寝ている最中に襲われた、猪に似たモンスター。

ワイルドボアは以前戦ったけど、正面きっての戦いは初めてだ。

とにかく突進が怖い。

オートバイが自分目がけて突っ込んでくる感じだ。

ただまっすぐ突進しかしてこないので、左右にかわすと同時に剣で急所を切るか、カウンターでファイアアローを当てると倒せた。

近づくのが怖いのでファイアハンドは使いづらい。

「こいつらが厄介なのは奇襲だ。特に山や森、見通しの悪い場所で死角から突っ込んで来られるとかわすのが難しいし、魔法を当てるのも困難だ」

 最後のデビルラットはでかいドブネズミみたいなやつで、土でできていると言っても毛の生えた尻尾が気持ち悪い。ドラ○もんが苦手な理由がわかる気がする。こっちの頭を越えてくるジャンプ力とすばしっこいフットワークが厄介で、剣もファイアアローも当たらない。

気持ち悪かったけどファイアハンドを帯びた手で直接捕まえて燃やした。

前の二体より強いと思ったけどザックさん曰く。

「こいつらは不気味だが攻撃力は低い。目でもかじられん限り重症になることもない。ただ病気を媒介するから、噛まれたらすぐ解毒剤を飲め」

 解毒剤はモンスターごとに違うらしく、ドラ○エのように毒消し草一発っていうわけにはいかないそうだ。



「よし、休憩」

 ザックさんの声で僕は地面に身体を投げ出すように倒れた。

 疲れきって、指一本たりとも動かしたくない。

でもなんだか楽しくなってきた。僕ってマゾだったのか?

というか、限界まで練習するっていうのがすごく楽しい。徹夜でゲームするときの感覚にも似てるけど、これがいわゆるランナーズ・ハイか。

「……私も疲れた」

 グレーテルが僕の隣に座り込んだ。僕と違い魔法による戦闘をメインにしていたグレーテルは、息を切らし、足元がおぼつかない。魔法力切れの症状だ。

 汗だくで頬が紅潮しているのが妙に色っぽい。

 彼女の方を見ていると目が合ってしまい、下心を見抜かれるような気がして僕は目を反らした。

「……訓練は、楽しい?」

「きついけど、楽しいかな?」

 グレーテルの質問の意図がわからなかったけど、僕は正直に答えた。

「……よかった」

 どういうことだろう?

「……あなたを始めて見た時、慣れない場所に来て戸惑っている感じがしたから。戦いの素人だったし。逃げ出すんじゃないかと思ってた」

 そんな風に思われてたのか。ぱっと見、強そうな外見じゃないとはいえ地味にショックだ。

「……でも、ちゃんと訓練についてきている。ほっとした。このメンバーの中では私とあなただけがEランクだから、いなくなると寂しい」

 二人だけだったのか。ということは、エルマーはFランクということか。

「……あなたの火魔法は、なかなかのもの。ファイアハンドを使える人は珍しい。どこで習った?」

「それは…… えっと……」

 まずい。神様にこの世界に飛ばされて、時々頭の中で呪文が浮かんできて、その通りに詠唱すると魔法が使える、なんて言うわけにもいかない。嘘を突くのも苦手だし、咄嗟に上手い言い訳が浮かんでこない。あらかじめ決めておけばよかった。

「……家を飛び出した貴族の息子? だったっけ。言いにくいこともある。ごめんなさい」

 言いよどむ僕の態度を見てグレーテルは勘違いしたのか、そう言って頭を下げた。

「いいよそんなの。気にしないで。それよりグレーテルはどうやって覚えたの?」

「……私は、魔法使いの家系だから、親から直接習った。得意系統は違うけど、魔法は基本的な使い方のコツは同じだから。ある程度使えるようになると私の家系は武者修行と言うか、冒険者修業に行くのが家訓」

「ずっと同じ人について修行するとかしないの?」

 確か職人の徒弟制度では物心つくころから弟子入りして、何十年もその人のところで働いてやっと一人前だったはずだ。

 だが僕の言葉にグレーテルは不思議そうに首をかしげた。

「……魔法について、あまり詳しくは習ってない? 新たな魔法は、追い詰められて必死になった時に使えるようになることが多い。魔力の出し方だけは習う必要があるけど。だから、ずっと人について修行していても意味がない」

 そうか。だからワイルドボアに襲われた時、使えるようになったのか。僕だけがチートじゃなかったらしい。

ファイアだけは初めから使えたけど、あれはブラック神様からの贈り物なのか。

 すこしは神様らしいことをしてくれるじゃないか。いや、この世界に放り込んだ時点でろくでなし神様だ。危うくだまされるところだった。

 だがその手にはのらん! これは孔明の罠だ!

「……追いつめられると、血液の質が変質する。血液は肉体に必要な力と、魔力を運ぶ。新たな魔法をひらめくのは、一時的に変質した魔力が原因と言われている」

 なんだか、ストレスがかかった時にアドレナリンが放出されるみたいだな。

「……私の実家は、ずっと北の方。ジャガイモと豚肉の腸詰が美味しいところだけど、冬は寒くて森が多い」

 それからも、色々と他愛ない話しをした。家族のこと、小さいころのこと。彼女には兄が1人と妹が1人いるらしく、兄は跡取りとして育てられているため家の近くで修業しており、妹はまだ小さく冒険者修業に出るには後二、三年かかるらしい。

 僕の妹の話を日本のことは曖昧にしながら、人物像だけを話すように伝えた。妹がもう一人欲しかったらしく、どちらかと言えば活発な僕の妹、呉羽に興味を持ったようだ。


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