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訓練開始

それから戦闘服に着替えた。

戦闘服として受け取ったのは他の人と同じ革製の鎧とブーツ、それに小手。胴体と前腕、足から脛までは覆ったことになる。腰から木剣を差していた。

 独特の匂いと体を締め付けるフィット感。防具に守られてるって感じがする。

 腰の剣も剣道の木刀と違い、ソードっぽい形でずっしりと重い。

 これぞファンタジー。

命がかかってる状況が始まるって言うのに…… なんだかわくわくしてきた。

オラやるぜ。

それからギルドの訓練場に呼び集められた。僕のほかに数人、訓練を受ける人たちが集まっている。僕を見ると睨んだり(いや普通に見られただけかもしれないが、僕が臆病なせいでそう見えるのか)、一瞥したり、「おっす」と手を振る人がいた。

 年齢は大体僕と同じくらいだが、体格が違う。柔道部かって感じのゴリラみたいな体格の子からサッカーか野球部みたいに身体が締まった子までいる。

 一人を除いて全員男子だ。ちなみに一人だけの女子はグレーテルだった。グレーテルは革製の防具でなく、昨日着ていた水色のローブを着用している。

「……私は純粋な魔法使いだから、魔力を高める効果のあるローブを着ている。魔力による加護もあるから、革のジャケット程度の物理防御力はある」

「カッコいいな。僕もローブがほしかった。せっかく魔法が使えるのに……」

「これは自前。ローブは革鎧と比べて高めだけど、ヒロシも報酬がたまったら買うといい」

 報酬か。今はすっからかんだけど、どれくらいでたまるかな?

 やがて訓練場に設置された木製の壇上に、教官らしき人が登った。

 やせた背の高い人で、年齢は三~四十歳くらいだろうか。ザックさんと違いごつくはないが、強い人独特のビリビリとしたオーラがある。

 グレーテルと同じくローブをまとっているが、グレーテルと違って無地ではなく絵画のような絵がローブの後ろに描かれている。

 彼はおもむろに口を開いた。

「わたくしがこのギルド、『銅の出る森』の幹部が一人、マルガリータよ。ランクはCランク、よろしくね~ん」

 皆ずっこけた。

 なんだこのオカマ教官は。

「私があなた方を冒険者の卵にしてあげるわ。今のあなた方は卵ですらない、モンスターの餌よ~ん。よって、わ・た・しの命令には絶対服従よ。私の命令に服従することによってのみ、あなた方は餌から人となれる・の・よ」

 口調はともかく、言っていることは厳しい現実だ。

 実際、僕は昨日のワイルドベアに殺されかけたし、ザックさんとの戦闘では手も足も出なかった。

「まずは訓練場を百周! もちろん装備を持ったまま! これが出来なければモンスター―を追いかけることも、逃げることもできないわ! ではは・じ・め! アースゴーレム!」

 マルガリータ教官がローブの中から出した杖を一振りすると、訓練場の土が盛り上がり身長五メートルほどのゴーレムになった。

「……なかなかの土魔法の使い手。こんな巨大な魔法を、易々と……」

 グレーテルが呟くが、僕はポカンと口を開けて見ることしかできなかった。他の男子たちも似たような反応をしている。

 ゴーレムがゆっくりと足を持ちあげる。ゴーレムの影が実際の動き以上に大きく動いた。

 足を僕たちの方へ向かって踏み出し、下ろす。大地が揺れて震動が僕の体に伝わった。

「メアリーちゃんに踏みつぶされないように、がんばって走りな・さ・い(はあと)」

 言われる前に、僕たち全員ゴーレムと反対方向に駈け出した。

 僕より明らかにガタイのいい男子も、いつもクールなグレーテルも走り出している。

 僕は集団の中ほどにいたのでほぼ全員の顔を見ることができたが、みな必死の形相で逃げ惑っていた。グレーテルでさえ。

 駆ける、駆ける、駆ける。

 腰の剣が骨盤に食い込み、頑丈なブーツが体育の授業より余計に体力を奪う。

ゴーレムが足を踏み出すたびに地面が揺れ、足を取られそうになった。

「やってられるかあ!」

 一番ごついゴリラみたいな体格の男子が、集団とは別の方向に逃げようとした。

 でもまっさきに逃げる人って真っ先にやられるのがお約束だ。フラグっぽい何かを感じて、僕は思わず苦笑する。 

 そして突如、背後から異様な気配を感じた。

今までの人生で一度も感じたことのない気配。

全身の毛が総毛立つような、背骨に無茶苦茶冷たいツララを突っ込まれたような、そんな感じ。

地面を揺らす振動の代わりに、大気を切り裂く轟音がした。

つづけて、ゴリラ男子の前方に斜め上から岩が降ってきて、さっきまでとは比べ物にならない轟音と震動が僕たちを襲う。

鼓膜ではなく全身を直接震わせるような轟音と、地面が盛り上がったんじゃないかって思うほどの地を伝わる衝撃。

全員が足を止め、体重の一番軽そうなグレーテルに至っては地面にしりもちをついていた。

ローブの裾が長かったので、パンツが見えなかったのは少し、いやかなり残念だ。

ゴリラ男子が後方へ吹き飛んでいることと、ゴリラ男子の前方に人が入るくらいの大穴が開いていたことからみると岩石が投げつけられたらしい。

「あ、コースから外れるとメアリーちゃんが岩石投げつけてくるから、気をつけてねえん。で・も、訓練から逃げたければ逃げてもいいのよん。自己申告なさい。退くことも勇気のうちだからねん。た・だ・し、これをクリアしないと冒険者としては働けないわ」

 その言葉に、いまにも逃げ出そうとしていた男子たちがコースへ戻った。グレーテルはもういつもの無表情に戻って、男子たちと一緒に走りだしている。

 僕は、グレーテルたちを見て、一緒に戻ろうとした。

 けれど、足がついていかない。

 臆病者の性根が僕を引き留めて、甘い言葉をささやいてくる。

逃げてもいい?

 だったら、逃げればいいじゃないか。

 こんな死ぬような思いをしなくても、日雇いの労働者で食べていけばいい。飢え死ぬことはないだろう。

 僕みたいな臆病者が冒険者になろうなんて思ったのが間違いだったんだ。

 ファンタジー世界の空気にのまれて、魔法が使えるようになっていい気になってたんだ。

 所詮僕くらいの力じゃかなわない相手ばっかりだ。ザックさんも、マルガリータもそうだ。

 迷って、足を止めた僕と駈け出したグレーテルたちとの距離がどんどん開いていく。後ろから来る、ゴーレムの足音が大きくなってきた。

 あと一歩で、踏みつぶされるだろう。

 そろそろ、逃げないと。

 手をあげてマルガリータのほうを見る。

「もう、逃げ……」

 そこまで言いかけた時、グレーテルと眼が合った。

 やっぱり、すごく可愛い。流れるような銀髪に、彫りの深い顔立ち。吸い込まれるような碧眼。クーデレ。

 二次元の理想を、そのまま三次元に持ち込んだようだ。

 僕の属性ど真ん中ストライク。

グレーテルだけが冒険者になったら、もうあんまり会えなくなるのかな。

 


 そう思った時。

 自分の中に、強い感情が流れ込んできた。

 いやだ。

 いやだ。

 そんなのは、絶対に嫌だ。

 もっと近くで、眺めていたい。

 彼女の声を、もっと聞きたい。

 彼女と一緒に、冒険してみたい。

 あわよくば、あんなこととかそんなこととか。

 そう思った時、僕は全速力で駆けだして、たちまち追いつき、グレーテルの隣で並走していた。



「……大丈夫? さっき、動きが止まってた。そして急に元気を取り戻した」

 グレーテルがサファイアのような碧眼で、僕の顔を心配そうにのぞきこんでくる。

「うん、大丈夫だから」

 僕は気恥ずかしくて、グレーテルから眼を逸らす。

 まさかオタク心全開で君を見て、元気を取り戻したなんて言えない。

 同時に、彼女にこんなことで心配をかけてしまったことが心苦しくもある。



 ゴーレムレース(仮)も無事終わった。

 鎧が肩に食い込み、腰の木剣が食い込んで痛いけど、脱落せずにすんだ。

 小さい頃よく山に連れて行かれたせいか、持久力はそこそこで長距離走だけは自信があった。その経験が活きたらしい。

 逆にグレーテルがへたりこんで、地面に手をついている。息も荒く苦しそうだ。クーデレで表情があまり変わらない子だと思っていたけど、やっぱり女の子だし魔法使いだし、体力があまりないのだろう。

「大丈夫?」

 僕は地面に座り込んでいたグレーテルに手を貸し、引っ張った。

 ローブ首元の裾が少しずれて、上から彼女を見ている僕の眼だけに、鎖骨からおっぱいの谷間が少しだけ見えた。おっぱいは手や顔以上に白く、ミルクのような肌だった。肌そのものにもおっぱいにもハリがあって、極上の果実を思わせた。

 ローブの上からでは分からなかったけど、意外とある。

 たぶん高校二年のクラスでは一、ニを争う大きさではなかろうか。

 ふおおおおおおおおおおおおおおおおおお。

 やっと来たぞラッキースケベ! 

脳内で手を合わせ、受験の時しか祈ったことのない神様に、心からの祈りを捧げる。

「……どうしたの?」

 グレーテルが心配そうに僕の顔をのぞきこんできたので、ますます見える面積が増した。

 


 一時間ほどの休憩の後、次の訓練になった。

 休憩中は他の男子とも色々と話した。共に視線をくぐりぬけたせいか、大分打ち解けられたと思う。

 ちなみに真っ先に逃げ出したゴリラみたいな男子はエルマーといって、腰に掲げたハンマーを使って戦うらしい。

 日本刀で言う小太刀くらいの長さのハンマーで、先端に棘がついていた。僕は重くて持ち上げるだけで精いっぱいだったが、エルマーは軽々と振りまわして、いくつか形を見せてくれた。

 僕もファイアハンドを使って見せると、感心された。

「おお、魔法使いか。珍しいな」

 聞いたところではこの世界では魔法使いは百人に一人くらいしかいないらしく、若いうちに冒険者として稼いで、年をとったら後進の育成やインフラ整備などの安全な仕事につくのが一般的らしい。

 そうこうしているうちに、次の訓練がやってくる。

「はあ~い、次は戦闘訓練よん。アースパペット」

 マルガリータが地面に向かって杖を振ると、土が隆起し、人の形をとった。さっきのゴーレムと違って、人と同じくらいの大きさだ。訓練に参加する人数と同じ数がいて、石でできた剣や槍など様々な武器を持っている。

「このパペットを倒しな・さ・い。まずは一対一よん」

他の参加者たちは緊張と少しだけ嬉しさがまじりあった表情になって、腰や背中の武器を構えた。

 やっぱり冒険者になろうと言うだけあって、リアルのバトルが好きなんだろう。

 俺の右手が真っ赤に燃えるう! 勝利をつかめと嘆き叫ぶ!

 って感じの顔だ。

 グレーテルもローブから取り出したロッドを構えた。マルガリータより短くて細く、剣道の形で使う小太刀くらいの大きさだ。

 マルガリータの合図で訓練場にバラバラになって散らばり、各自一体ずつパペットと対峙する。

 僕には剣を持ったパペット、グレーテルには弓を持ったパペットがついた。

 僕も腰の木剣を抜いて剣道で言う正眼に構えた。

「は・じ・め」

 マルガリータの合図と共に、パペットが一斉に動き出した。

 僕は木剣から片手を離し、パペットに向ける。

「ファイアアロー!」

 矢羽のない火の矢が、一直線にパペットに向かい飛んでいく。

 パペットは身を捻ってかわしたが、完全にはかわしきれずに左手にあたった。

 グレイさんと比べて動きが鈍い。そう思うと、妙に落ち着いてきた。

パペットの左手が火に包まれ、土が崩れ落ちていくがパペットはうめき声一つあげない。

というか、口も目もない。顔ものっぺらぼうの土の塊だ。

 懐に入られ剣を撃ちこまれる。木剣を横にして受け止めた。

 木剣に刃が食い込むが、頑丈な木なのか切断されない。

 つばぜり合いになる。目の前に刃があって、自分の木剣ごしとはいえ迫ってくるのはすごく怖い。

「くそっ!」

 僕はパペットの胴体に前蹴りをいれて突き飛ばし、距離をとる。

 再び間合いが開き、僕は正眼になって構え直した。

 いじめられていた時、一度だけ本気になってやり返したことがある。こちらは一人で、相手は数人だったから殴り返されたけど、その時の経験が活きた。

 後は漫画の見よう見まねで突きとか蹴りとかは自分の部屋で一人さびしく練習していた。シャドーボクシングっぽいのとか脳内稽古とかはかなりやったと思う。近頃映画化もした有名な剣豪の漫画もみて、父親の木刀をこっそり持ち出して一人で素振りだけは時々やっていた。

部活や道場に入るのは、自分がいじめられていた時と似た雰囲気なので怖かった。

場になじめずに一人を強いられ、周囲の視線が全て苦痛に思えてくる、あの感覚がよみがえるから。

 でも一人稽古は欠かさなかった。妄想の中でしか、相手を倒せなかったけど。でもそのおかげか、今はなんとか動けている。

「中二病も真面目にすれば意外と役に立つもんだな、っ!」

 再びパペットが人形独特の妙な足づかいで接近してくる。また同じようにつばぜり合いになるが、

「ファイアハンド!」

 片手を柄から離して魔法を発動させる。パペットの打ち込みに力負けして剣が僕の頭に迫ってくる。

 しかし押し負ける一瞬前に、パペットの腹にファイアハンドを纏った拳が当たった。

 一人で押し入れの布団をサンドバック代わりにして練習した右ストレートが炸裂……とまではいかないが、パペットの腹が砕ける。

 ファイアハンドで突いたせいか、もろくなった紙粘土を叩き割るような感触だった。

 同時にパペットの剣から力が抜けて、本体も崩れて土に返っていった。

 緊張の糸が切れて僕はその場に膝を突く。

「か、勝てた……」

 パペット相手とはいえ、一対一で戦って初めて勝てた。ケンカでもスポーツでも、負けたことしかなかったけど、勝負して勝つのはこんなにも気持ちのいいものだったんだ。

 隣を見ると、グレーテルはロッドの先から生み出した氷のボールを弓を持ったパペットにぶつけていた。パペットの首が胴体から千切れ飛び、吹っ飛んだ首と胴体が分かれたまま土に返っていく。

 氷魔法ってあんなに威力があるのか…… こええ。

 グレーテルは絶対怒らせないようにしよう。

「お疲れ。凄かったね」

「……ん。ありがとう」

 グレーテルはロッドをローブの中にしまいながら、お礼を言った。

「……でもあなたも凄い。拳でパペットを粉砕してた」

 口数も少ないし、表情も変化に乏しいからわかりにくいけど、彼女が純粋にほめてくれている気持ちだけは伝わってきた。

「グレーテルはできないの?」

「……魔法は個人によって特性がある。付与タイプは私は使えない」

 そう零す彼女の表情は、ちょっとだけ悔しそうだった。いや、本心はもっと悔しいのかもしれない。


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