銀髪美少女
目を覚ますと、再び知らない場所だった。
見たことのない木目の天井で、映画でしか見たことのないようなランプがつりさげられている。今は昼のせいか、火が入っていない。
僕はどうやらベッドの中にいるらしい。首をめぐらせて左右を見ると小さな部屋で、机が一つと棚が一つ以外は何もない。
「目を覚ましたか!」
ザックさんが心配そうに駆け寄り、僕の手を握ってくる。ごつくて剣ダコのすごい、鍛え抜かれた手だった。
「……やりすぎ」
訓練場にいた水色のローブを着た女の子が、呟くように咎める。
「しかたねえだろう。まさかあの状態で反撃してくるなんて思わなかったんだ。ファイアハンドを使える奴なんてめったにいねえからな」
「それで、僕は冒険者としてやっていけるでしょうか?」
あっさりやられてしまったので、僕は不安になりながら尋ねた。
もし駄目なら、非正規労働者的な扱いで生きていかなくてはならない。
「当たり前だ! 他の誰が文句言っても俺が認める」
僕の質問をザックさんは親指を突きたてて肯定した。口元から見える歯は、もともと歯が白いと言われる白人っぽいのにかなり黄色い。
ちゃんと磨いているんだろうか? 冒険者っていうくらいだから、そこらは無頓着なのかもしれない。
「……新米で、見た感じ戦闘の素人なのにCランクに一矢報いた。あの状態になっても諦めない精神力は驚嘆に値する」
水色ローブの女の子は、表情をほとんど変えずに褒めてくる。
ケンカとかほとんどやったことないし、スポーツもあまり得意じゃなかったから、こうして体を動かして褒められるのがすごく嬉しくて、胸のあたりがくすぐったくなる。
「といっても、まずはFランクからだ」
聞くところによると、冒険者のランクはSからFまであり、最上級のSは国賓扱いで、一人で魔神とかドラゴンを相手取れる強さと、国難から国を救ったという人にのみ贈られる伝説的な称号で、この国、ミストランドでも数人しかいないとか。Cランクは中堅どころで、小規模な討伐クエストで部隊長を任せられるレベルらしい。
Fランクとは見習い的な位置で、先輩に同行するクエストしか受けられないらしい。経験を積むとEランクになって先輩の同行が必要なくなる。
「っつ……」
僕はザックさんに殴られた両腕に痛みを覚えて目を向けると、いつの間にか小さめの氷嚢が乗っていた。ちなみにきれいに殴られたせいか、あごは全然痛くない。
「……回復魔法の使い手は出払ってたから、応急処置。ちゃんと治療してもらった方が良い」
僕はベッドで横になったまま少女の顔を見る。
北欧で見かけそうな、綺麗な銀色の髪が長くのばされていてローブの中に入っている。どれくらいの長さかはわからないけど、かなり長そうだ。
青い目はぱっちりとしていて、鼻も高く、彫りが深い顔立ちだ。昔の本でロシア人に初めて出会った日本人が天女のようだったって書いていたけど、僕も彼女にそんな印象を抱いた。
それでいて少女の面立ちを色濃く残している、絶世の美少女だった。
こっちの世界にコミケとかあったら、きっと大人気だろうなあ。
「……私はグレーテル・ヘルツ。氷魔法の使い手。私もあなたと同じ、初めからEランク。あなたの氷嚢の氷は、私が氷魔法で出した」
そうか、こっちの世界じゃ冷凍庫なんてないだろうしな。っていうか、この子もEランクか。経験があるのかな?
後で聞いたところ、氷を作るには氷室みたいに山から切り出すか、魔法で作るしかないらしい。
「僕は加賀ヒロシ。よろしく」
「……変わった名前」
まあ、みんな西洋風だしなあ。偽名でも用意しておいたほうがいいかもしれない。
「……ところで、あなたは貴族? 格好が、貴族のに近い」
グレーテルが、白い指で僕のブレザーをぺたぺたと触ってくる。
「……でもこんなデザインや、材質は見たことがない。光沢があるのは絹に似てるけど、明らかに違う。どこの出身?」
「こら、グレーテル。人の過去は詮索するもんじゃないぜ。それに元貴族とかは色々辛いことがあるもんだ」
どうやら、グレーテルと言う子は僕のブレザーを見て貴族と勘違いしたらしい。この世界では、士農工商時代の日本のように、格好が身分をあらわすそうだ。
この世界では家督を継げない貴族の次男坊、三男坊辺りが冒険者になることもよくあるとか。ボロボロの格好なのも、持ち物がほとんどないのも、着の身着のまま飛び出し、そのままモンスターに襲われて同じような目に遭うのが時々いるらしく、それと同類だと思われたらしい。
そういった者たちに対しては過去を詮索しないのが暗黙の了解であるらしく、僕のこともさらりと流してくれたそうだ。
否定するのも色々面倒なことになりそうなので、そのままにしておいた。
服を盗んだのか、とか思われるかもしれない。
「目立ちたくないならその格好はまずいな。ギルドにある古着をいくつかやるから、それを着た方が良い」
ザックさんが部屋を出て、すぐにいくつか着る物を持ってきてくれたので、それに着替える。大分汚れているし、所々に繕いがあるけどブレザーよりは丈夫そうで、普段着には問題なさそうだ。
ブレザーはしまって取っておくことにした。貴族の着る服に近いというなら、いずれ使えるかもしれない。イノシシもどきやザックさんとの戦いで所々破れてしまっているけれど、どこかで治してもらって一張羅として取っておこう。
魔法で直せるのかな?
と思ったけど、物を直す魔法はないらしい。
まあ、クレイジー・ダイ○モンドみたいな魔法がそこらじゅうにあったら、鍛冶屋や服屋は商売できないだろうしね。
魔法がこの世界でどういう位置をしめているのかはまだ詳しくわからないけど、ストレートに聞いたら怪しまれそうだ。ひとまず町中でぶっ放すとか傷害や器物破損的なことをしなければ大丈夫だろう。
その日、僕はギルドの戦士候補ということで、宿舎があてがわれた。
大規模なクエストの前など、大勢がギルドに集まって、作戦などを打ち合わせた後そのまま泊まることもあるのでこのような設備があるらしい。ギルドランクが上の人や、他の町のギルド幹部などにはスイートルームのようないい部屋があるそうだが、もちろん僕は泊まれない。
でも、野外で横になっていた身には布団の感触が心地いい。ちょっと埃っぽかったけど、気にする間もなく眠りに落ちた。
その日の夜は、家族の夢を見た。
幼い頃、まだ幸せだった時代。
少し成長して、家が荒れていた時。
中学に入って、落ち着いた頃。
昨日寝る前にあいさつした時の両親と妹の顔。
記憶は消しておいたってブラック神様が言っていたけど、心配していないか、気になって仕方なかった。
朝、聞いたことのない小鳥のさえずりで目をさました。雀っぽいけど、鳩にも似ている。
今日の予定を聞いていないのでどうすればいいかわからない。ひとまず顔を洗う場所を探して部屋を出る。
部屋を出て、木の廊下を少し歩く。窓は斜め上に開くタイプで、下からつっかえ棒で支えているだけの作りになっていた。
廊下の一角の洗面所のようなところにグレーテルがいた。数人が並んで水を扱える日本の学校の水場と同じようなつくりだが、水道がなくたらいに入った水で顔を洗っている。
「おはよう」
ひとまず手を振って挨拶する。
「……おはよう」
朝でもテンションは変わらないようだ。
頬の傷は治癒の魔法使いに診てもらうまでもなく、一晩で痛みも腫れもひいていた。
それから食堂でパンと、スープの朝食を取りながら今日の予定について教えてもらった。
パンは黒っぽくてやや酸っぱい。ライ麦パンに似ている。
スープは豚肉っぽい肉と、玉ねぎとジャガイモが入っていた。
まずギルド認定証をもらい、それから簡単な装備を揃えて訓練だそうだ。
今は無一文だからすぐ金を稼ぎたかったんだけど、
「……素人がいきなり実戦に出たらモンスターの餌を増やすだけ」
だそうだ。
ギルドの宿泊施設には一週間いられるそうなので、新米冒険者に合わせたプログラムを消化するらしい。
それからギルド受付の、ルーシーさんのところへ行った。
「あ、ヒロシさん! ギルド認定書はできてますよ」
一枚の、羊皮紙っぽい紙の左上に大きくアルファベットのEに似た文字が描かれ、その右に僕にそっくりな似顔絵と名前があり、真中から下にかけてはこまごまと書きこんである。
なんだか日本の履歴書とそっくりだ。
ちなみに海外では写真を履歴書に貼らないところもあるらしい。人種差別で、写真で偏見を持つ人が珍しくないそうだからだ。
職歴や学歴を書くところには、昨日の僕の戦闘経過や使った魔法が大まかに書かれてある。クエストをこなし報酬を受け取るたびに更新され、ギルド認定書の情報は各ギルド支部共通のデータベースのようなところに蓄積されていくようだ。
それをもとに、冒険者ギルドがクエストを割り振ったりもするらしい。
それから、アイテムボックスを授与される。
ポケットに入るくらいの小さな金属製の箱で、教えてもらったキーワードを唱えると僕の胸に吸い込まれるようにして消えていった。
それからもう一度出し、ギルド認定書をしまって再び消す。
「入る容量はギルドランクや実力で変わります。でも初期は大きめの背負い袋程度です」
それ以上の荷物は手にもつしかないけど、モンスターのドロップアイテムや武器、冒険の必需品を落とすことがほぼなくなるので冒険者にとっては必須のアイテムらしい。
でもギルドランクが上がるごとに収容力が増えていくらしく、ザックさんはちょっとした物置くらいの量が入るそうだ。それくらい大きくないと、ブラッドタイガ―とかキングベアとかの大型の魔物の肉や牙は収納できないらしい。
ちなみにSランクだと、小さめの城程度の容積があるとか。土地不足の国にとっては、喉から手が出るほど欲しい技術だろうな。