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新しい魔法

 町が目の前に見えてきた。

 西洋中世っぽく堀をめぐらした城壁があって、城門に続く跳ね橋が堀にかけられ、そこを通行人が行き来している。

 通行人は様々で、マントをはおって剣を背負ったいかにも冒険者らしい人もいれば、家庭の主婦らしき叔母さん、商人っぽい人まで様々だ。

なぜだか僕を見て視線を感じる。

ブレザーが珍しいんだろうか?

良く見ると、僕みたいな服装の人は一人もいない。

めちゃくちゃ目立ってるんですけど!

神様カッコカリは服装くらいなんとかしてくれなかったのか! とことん放任主義な神様だ。

ひとまず人の流れに乗って町へ入ろうとすると、槍を持った衛兵らしき人に呼び止められた。

「見かけない顔だな。どこから来た?」

 僕より背が高く、体格ががっしりしている。

 槍を持っていることもあり、僕は情けなくびびってしまった。

「旅の者で…… えっと、関東地方の……」

 この世界の国名が分からない。 ついでに地方名もわからない。

 出所不明とかなると、収容所送りか?

 妄想をたくましくしていると、衛兵さんから声がかかった。

「旅の者か。聞かない地名だが。何か特別な職業か?」

 僕が首を横に振ると、衛兵さんが案内してくれた。

「一時的な滞在許可書ならあっちの詰所だ」

 木造の詰所は公共施設の入り口にあるものと同じくらいの広さだった。そこに木製の机と羽ペンが一つと材質がよくわからない紙の束がいくつか。

 衛兵さんは立ったまま羽ペンで書類を作成し、僕から名前を聞いて書きこみ、手渡す。

 文字はアルファベットみたいな文字が並んでいたけど、普通に読めた。

 試しに指で言葉を書いてみるけど、どう書けばよいかわかる。手が覚えている感じだ。神様カッコカリのサービスだろう。

「それで一週間は滞在できる。旅の途中に寄ったなら、宿は門をくぐって左に行った区画だ。右は冒険者やら、職人街、武器や道具なんかの店だ」

 衛兵さんに別れを告げて僕は門の中に入る。

 門の中は、異世界転生ものでよく見るヨーロッパ中世っぽい感じとほぼ同じだった。

 土がむき出しの地面と石造りや煉瓦の家、それに所々に見える煙突。

 それに歴史の教科書や映画、ラノベでしか見たことのない人々の服装。

 異世界へやってきた、という感じがわいてくる。

 同時にどきどきとわくわくが止まらない。

 この世界を楽しんでみよう、僕は純粋にそう思った。



 どうやら僕の格好は貴族の格好に近いらしい。

 町中でじろじろと見られていたが、馬車の中の人やお付きを連れて歩いている人はネクタイとかスーツとかに近い装いをしている。ブレザーっぽい人もいた。

ブレザーは制服だが、以前公共放送で見た英国貴族ドラマで、貴族が着ていた服と似てる気もする。

 しかしこの格好で一人で歩いていると金を持っていると思われて、強盗かスリにやられそうだ。

 早いところ目立たない服装に着替えたい。

でも、その前にお腹がすいた。腹ごしらえしよう。

 ポケットから銅貨を全部出し、露店で焼いた肉の串を打っている人に聞いてみる。

「おじさん、これでどれくらい食べられる?」

「はいよ」

焼いた串を銅貨と同じ数だけ差しだされた。

僕の手にはお腹を満たせるだけの焼き肉が残り、無一文になった。

 神様カッコカリは初期ドラ○エの王さまよりひどい。

 装備もなく、金もなく、放り出すなんて。

 ブラック神様とこれからは呼ぼう。

 とりあえず、今の僕は無一文なわけだ。当座の金を稼がないと。まず金を稼ぐ方法だ。

 異世界だけど、バイトでもあるかな? 

 いやね、せっかくファンタジー世界に来たんだ。冒険者になるべきとは思う。せっかく魔法も覚えたし。

 けどね、僕は安定志向なんだ。将来の夢は公務員って小学校の作文に書いたくらい。

 わざわざ命かける必要もないと思うんだ。

 ぶっちゃけ、イノシシもどきを相手にした時かなり怖かったしね。

 魔法を使った職業でもあるといいんだけど……



 道行く人数人に聞き込みを続け、僕は冒険者ギルドに向かっていた。

「なんでこんなことに……」

 僕は愚痴りながら道を歩く。

コネもない旅人がすぐ金をかせぐには冒険者しかないらしい。

 普通の高校生だから、技術も持ってない。僕の使える火魔法くらいじゃ稼げない。だからできる仕事もない。

持っていても職人ギルドや商人ギルドは閉鎖的でよそ者が商売なんてまず無理らしいし。変なとこで中世ヨーロッパ的だな。

幸い冒険者ギルドに行けばすぐ手続きをしてくれ、健康な体があれば飢え死にしないくらいの金は稼げるらしい。

 ちなみにこの世界の冒険者と言うのは「モンスター」を相手にする専門の職業らしい。モンスターは目が赤いのが特徴的な、人や家畜を襲う化け物の総称で、これらをやっつけるのが主な仕事で、冒険者ギルドは冒険者の管理育成や依頼の仲介、処罰を担う組織になっているそうだ。

 冒険者ギルドは木製の建物で、これまで見て来た町の建物と基本的には作りが変わらない。二階建てで、遠目にもわかるようにか、屋根の上にギルドをあらわす看板がある。

 ただしこれはこの町がそれほど大きくないためだからで、もっと大きな都市やギルドの活動が活発な地域へ行けば違うそうだ。

 扉の前に立つ。取っ手に手をかけたところで、躊躇する。

 開けようとする。また躊躇する。

 だってね? 見知らぬ土地で、見知らぬ建物ってなんだか怖い。

 そう思っていると、身の丈ほどもあるごつい革製の鞘の剣を背負った人が僕の後ろから来た。

「坊主。そんなところに突っ立ってると、邪魔だぞ?」

 目が合った。僕より頭一つ分は高い。身長は二メートルくらいだろうか、傷の入った属の鎧を身にまとったおじさんがいた。

「依頼か?」

「いえ…… 旅の身で、一文無しに近いので、稼げるところを聞いたら、冒険者が一番手っ取り早いって……」

 僕はしどろもどろになりながらも、なんとか返事する。こういう場合は相手を怒らせてはいけない。緊張のあまりぼそぼそ言って、声が聞こえなかったらまず間違いなくこういう手合いはキレる。緊張しててもゆっくり、はっきり、相手の目を見て話すのがコツだ。

「なんだ、そうか。それなら早く入れ」

 おじさんは自分で扉を開け、僕を促してくれた。

 見た目と違って意外と親切な人らしい。


「おい、ルーシー!」

 おじさんは入口近くのカウンターに座っていた女の子を呼んだ。

「どうしたんですか、ザックさん?」

 どうやらあのごつい人はザックというらしい。

「こいつが冒険者になりたいそうだ。案内を頼む」

「かしこまりましたー」

 僕は椅子をすすめられて腰掛けた。

 木製で、電車の椅子と違いクッションはないから長く座っていると尻が痛くなりそうだ。

でもルーシーさんはずっとそこにいたはずなのに、涼しい顔をして座っている。

 ルーシーさんは十代半ばくらいの子で、外人っぽい金髪にそばかすがある。海外の小説ならモブキャラになりそうだ。

「こんにちは、ギルド『銅の出る森』へようこそ! どういった御用件でしょうか?」

 ファミレスの店員みたいに笑顔を浮かべて定型句っぽい台詞を言ってくる。

「えーと、旅の者で、お金もなくなったので稼ぐために冒険者になろうかと……」

「はは、世知辛い理由ですねー。では、戦闘スキルはいかほど? 戦闘スキルに自信がなければ、労働者としてあちこち渡り歩くことになりますが」

 どうやら、冒険者ギルドと言うのは商人ギルドや職人ギルドでは扱わない仕事全般を扱うらしく、ドラゴン退治とかゴブリン退治だけでなく、肉体労働とか兵士が足りなくなった時の傭兵のようなものもやっているらしい。

 正直、戦うのは怖い。

 だけど、労働者は今聞く限りでは派遣労働者みたいな感じだろう。冒険者の方が収入が安定してそうだ。

「戦闘スキルは、火魔法を少し……」

「じゃあ、どのくらい戦えるか、見せてもらおう」

 僕の後ろから、さっき僕を案内してくれたザックという人が声をかけてきた。



 ギルドの裏に訓練場があった。

 人型や動物型をした木の模型、弓道で使う的のようなもの、起伏に富んだ地形を模したスペースなどがある。

 その訓練場で僕とザックさんが五、六メートルの距離を開けて対峙している。訓練場の隅では見物人が何人かいた。

 ほとんどがザックさんと同じごつい男の人だけど、一人だけ水色のローブをまとった女の子がいる。

「わしに魔法を撃ってこい。あと、とにかく攻撃して来い。本気でやって構わん」

 ザックさんは背中の剣を抜かずに素手のまま、自然体で立っている。

 にもかかわらず隙がない。武術の達人は何も構えず自然にただ立つ、っていうけどまさにそんな感じだ。

「どうした? かかってこんのか?」

 ザックさんは明らかに格下である僕をバカにする感じもなく、自然とそう言った。

 周囲の目が痛い。早く始めろ、と目が訴えている。

 僕はやけくそになって手をザックさんの方に突きだし、詠唱した。

「ファイアアロー!」

 矢羽のない炎の矢が一直線にザックさんの方へ飛んでいくが、ザックさんは顔をすっと横に動かしただけでそれをかわしてしまう。

 周囲が少しどよめいた。

「あいつ、魔法使いか?」

 だがザックさんはにやりと余裕のこもった笑みを浮かべただけだ。

「ほほう、素人にしか見えなかったが、ファイアアローを使えるとは。だがもう終わりか? これでは冒険者としてはやっていけんな」

「まだですよ!」

 僕は走っていって、再び前に手を突きだしてファイアアローを撃つ。

 さっきより接近しているが、それでもかわされた。

 みたところ弓道の矢くらいのスピードがあるから、時速二百キロ近く出ているはずだが、それでもかわされてしまう。

「では、次はこちらから行くぞ」

 ザックさんが地を蹴らない、古武術的な動きで一瞬で間合いを詰めて僕の腹にパンチを放ってくる。僕は咄嗟に腕を交差させてガードしたが、腕が折れたんじゃないかっていう衝撃と共に後ろに吹き飛ばされる。

 背中をしたたかに打ちつけ、全身に痛みが走った。

「くっ……」

 だがザックさんの攻撃は終わらない。そのまま僕に馬乗りになって、両手で首を絞めて来た。

「ぐげっ……」

 情けない、カエルをつぶしたかのような声が漏れる。

「どうした? ダウンすればそこで終わりと思ったか? これがモンスターなら喉を噛みちぎられるぞ」

 ザックさんはそう言いながらも、手の力は緩めない。

 ここで終わるくらいなら、冒険者として戦えないっていうことだろう。

 馬乗りになって首を絞められ、昔いじめられていた記憶がよみがえる。

 あの時は、こうやって顔面タコ殴りにされたなあ……

 異世界に来ても、同じ目に遭うのか。魔法が使えても、駄目なのか。

 「」

 またこめかみに痛みが走ると同時に、頭の中で何かが浮かんでくる。

 今度はどういう魔法か、どんなふうに使えばいいのかまでがわかった。

 でも両手が足で押さえつけられていて、ザックさんの方へ向けられない。

 意識が遠のいてきた。

 でも、やるだけやってみよう。一方的にやられるのだけは、もういやだ。

「ファイアハンド」

 僕の両掌に血が集まる感覚と共に、両腕に火が宿るのを感じた。

 手だけでなく、肘辺りまで火が覆っているらしくザックさんの靴が燃えだす。

 ザックさんが初めて驚いたような顔を見せ、僕の顎に切れ味鋭いストレートを放つ。

 意識が一瞬で刈り取られた。

同時に、両腕に感じていた炎の熱が消える。


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