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8. ヘタレの突撃と毒舌の口撃と侍女の砲撃

「待ってって言ったのに…」


「アリー様が全く気づいていないので、そろそろ誰かが教えて差し上げなければと」


「だから創世神の絵本なんか持ってきたの」


「はい。化身と呼ばれるものの本体を知っていたほうがいいと思いまして」


「本体…って!私はオブシディアンの化身なんかじゃないからね!?それこそ神に誓って違うと言い切れる!」


黒髪黒目なだけで神扱いされるなんて真っ平ごめんだ。

ちくしょう、髪を染めてカラコンしとくんだったな。


昨今の黒髪ブームに乗っかって、一年前の私は黒髪ボブだった。

今はセミロング程度まで伸びた髪をハーフアップにしている。


「勿論、創世神の化身などと私も思ってはおりません。アリー様が神っ、プッ」


「ちょっとルチル!今吹いたよね。でも、私が神とかあり得なすぎて…」


「はい。ですから、一部の信仰の厚い貴族や、そういうことにしておいた方が都合のいい人間の間で、広まっている噂です」


「都合のいい人間てもしや…」





その時だった。

私の部屋の扉が蹴破られるかのようにバーンと開かれて、ヘタレと毒舌がずかずか乗り込んで来る。


「アリー!頭が痛くて吐き気が止まらず高熱が下がらなくて寝込んでいると聞いたぞ!大丈夫なのかっ!」


おいおい誰がそんなことを言った。

勝手に重症患者にすんなや!


「ヘリオ、どうみてもこの珍獣はピンピンしているようですが」


珍獣…鳥から一気にランク落ちたんだか上がったんだか。

そもそも、なぜ国のワンツーがここにいる。


ルチルに至っては予想していたかのように、早々に頭を下げたまま、壁際で空気と化している。

見えないけど絶対に口元が笑っているだろう。


「陛下、宰相様、見ての通り具合が悪いわけではなく、少し疲れが溜まっていたので、一日休ませてもらっただけです」


今また新たな心労が怒涛の如くやってきたがな。

これだけで寝込みそうだよ。


「アリー、やはり仕事などせずに王宮でゆっくり記憶を戻していくほうがいいのではないか?なっ、なんだったら俺の特別な客として迎えてもいいんだが…」


はにかむんじゃない!特別な客ってなんだ!

かなり言葉を濁した言い方したけど、遠回しに嫁に来いって言っただろ。


ハッキリと言えないのは、王としての立場を考えているだけではない事を、私は知っている。

お前はただの根性なしだ!


「ヘリオ、あまり軽率な事は言わないように。ここにいる珍獣が勘違いしたらどうするんです。せっかく、これでも特技が役に立っているんですから馬車馬のように働かせばよいのです」


馬車馬…ブレないなーこいつも。

早く帰れ、今すぐ帰れ、お世話にはなっているが二度と会いたくないぞ!


「それで、お二人はお仕事の最中だったんでは?」


「ああ、アリーの容態が気になって仕事が手につかなくてな…」


「珍獣の癖に病にかかったと聞いたもので。どれ程くたばっているのか、見に来たんですよ」


ほう、そうか。

珍獣の心配をする程度にはこの国は平和のようだ。


「でしたら、見ての通り大丈夫ですのでお仕事にお戻り下さい。お気遣いありがとうございました」


深く、ふかーくお辞儀をして今出来る全力の出ていけオーラを出す。

そしてルチル空気よ、早くこの二人を見送って差し上げろ。


「差し出がましいことを申しますが…アリー様は、昨夜とても心が揺さぶられる事があったそうで。それが頭から離れず、仕事どころではなかったようなのです」


えぇえぇぇえ!?

ルーチールー、そんな援護射撃いらぬ!!


昨夜の事を聞いてこないからホッとしてたのに…。

ここでそれを出す!?


「い、いえ、それは…」


「アリー、やはり俺があんな事を言ったから…」


「おや、あの程度で逆上せあがるとは…」


今すぐ目の前から消えて欲しいツートップが、同時に呟いた。

どっちかってーと今すぐ消えたいのは、この私だ。


「ユーク、あの程度とは一体お前はアリーに何をした」


「何を、と言われましても。ただ頬を撫でただけですが。それよりもヘリオは何を言ったんでしょう」


「俺の話はいい!ユーク!!貴様俺のアリーの頬を撫でるなど、何て事を!俺はまだ一度足りとも直にアリーに触れていないというのに!」


「アリーはヘリオのものではありませんよ。指一本触れてもいない相手を自分のものだと言う勘違いは、やめて頂きたいですね」


「なんだと!?お前は誰に向かって口をきいているんだ!」


「好いた女を目の前にして何も出来ないというのに、八つ当たりをされる筋合いはありません」


「ぐっ…そ、それは私の立場というものもあるからで!もちろんアリーの気持ちを考えればこそだ!」


「では私が何をしようと、ヘリオには関係がないでしょう。あなたはあなたの考えで行動すればよろしい。私は私の考えで動いているまでです」


「ユーク!」


ダメだ~。

陛下と宰相様じゃあ、陛下に勝ち目はなさそうだな。


完全に口で負けている。

陛下は優しすぎるんだろうけど、立場的に陛下よりも少し自由がきく宰相様に軍配が上がるな。


っておい、ルチル。

すでに笑いを堪えきれずに、肩で笑っているのが見えているんですけど。


これが私が一切関係ない話だったら、そりゃ笑えてくるさ。

い っ さ い 関 係 な け れ ば な!


「お二人とも、いい加減にしてください。大きな声を出すから、護衛達が何事かと剣に手をかけて、こちらを睨んでいますよ」


陛下がでっかい声を出し始めたあたりから、二人の護衛の騎士達が扉を開けてこちらの様子を伺っていた。

陛下の大声が廊下中に響いたんだろう。


「声を張り上げたのはヘリオですよ。事実を突き付けられたからって感情をあらわにするのは、王として良くありませんね」


「ユークが俺を怒らせるような事を言い出したからだろう!」




「シャラーップ!!!!!!」


「ア、アリー様…?」


「黙って聞いていれば勝手なことばかり!お二人は、一国を任されている立場ある人間なんですよ!?あなた達が何万人の生活を、命を預かっていることを忘れましたか!それなのに人の部屋でやいのやいのと子供みたいな言い合いを始めるなんて、言語道断です!もうこれ以上ご心配も気遣いも結構です!金輪際、私に関わらないで下さい!!」


ついに言ってしまったが、こうなったらもう止める事は出来ない。

当の二人は呆然としてこちらを見ている。


「この際だから言わせて頂きますが、陛下」


「あ、ああ、何だ」


「私をオブシディアンの化身だなんて噂を流すのはやめてもらえませんか。私は神なんかではありません。言葉が人より少し堪能な、普通の人間です。黒髪黒目なのはただの偶然ですし、特別な力もないので今すぐにその噂を信じている人に真実を告げてください」


「なぜ俺が流していると知ったのだ…」


私が神の化身だなんていう話が一番都合のいい人間は、陛下以外おるまい。

噂が広まっているんだから、私の耳にも入ることぐらいわかるだろうよ。


「それから宰相様」


「…何でしょう」


「影を私に付けよと、陛下に進言しているのはあなたですね。一年前まではどこから来たのかも分からない、怪しい人間だったとは思うので仕方ないと思いますが…今はもう間者ではないことが分かりましたよね?今さら私に影を付ける理由が見当たりません。完全に個人の人権を否定するような行為に当たりますので、一刻も早く私を見張らせることはやめてください」


「しかし…」


「それともこの国では、私のような者には人としての権利がないと仰りますか?でしたら今すぐにこの国から出て行きますので、後の事はよろしくお願いします」


「待ちなさい…分かりました。今この時をもって、影を付けることはやめにしましょう」


「ありがとうございます。では私からの話は以上になりますので、どうぞお引き取りください」


陛下はまだ何か言いたそうにしながらも、護衛に連れられ、がっくりと肩を落として部屋を後にした。

宰相様は綺麗にお辞儀をして、一秒ほど私の目を見たあとに出て行ってくれた。





さっきまでの大騒ぎが嘘のように静まり返った部屋で、はぁ、とようやく息を吐き出す。

どうやら今まで言えなかった分、溜まりに溜まった鬱憤が爆発してしまった。


「…アリー様、お見事でした」


「あんたねー!ルチルが二人にあんな事言わなかったら、こんな事にはならなかったんだよ!」


そうだそうだ!

しかも心が揺れたんじゃない、心が疲れたんだよ!


「ですが、今まで一日も欠かさずあった影の気配が、綺麗サッパリ無くなりましたよ」


「え?そうなの?私じゃ気配とか分からなかったから嬉しいな…って話をそらすんじゃない!」


「これで、いつでもどこでも裸になれますね」


「人を裸族のように言わないでくれる?」


「でもアリー様、すっきりしたお顔をされていますね」


「…うん、言った事にこれっぽっちも後悔はしていないよ」


神なんかじゃないのに、自分の知らない所で勝手に恐れられたり崇められたりするのは、気分が悪いなんてもんじゃない。

一年たっても信用されずにこっそりと監視させられているなんて、それなりに信頼関係を築いてきたと思ったのに悲しくなる。


「アリー様のお心が少しでも軽くなったのなら、私はこんなにも嬉しいことはありません」


「ルチル…」


「しばらくは静かな暮らしが出来ると思いますよ。ただ、あの方達は一筋縄ではいかないと思いますので…」


「うん、ほとぼりが冷めたらまたやってくるんだろうね」


「アリー様、辛いことや嫌なことは口に出して言っていただかないと、誰も分かりません。ですから、これからはもっと言いたいことを言っていただいて構わないんですよ」


相手は王様だから、宰相だから、保護してもらったから。

自分が口に出して言えないことを、相手に理由をつけて逃げていただけだ。


たとえそれが無意識にやっていた自己防衛だったとしても、相手からすれば何を考えているのかわからなくて不安になる。

その人を好意的に思っていれば尚更だ。


私はもう、この世界の人間なんだ。

帰りたいと言う気持ちを無くすことはできないけれどそれでも、今いるこの世界を受け入れて、見つめていかなきゃならない。


いつか帰る時が来る日まで、もっと現実と向き合っていこう。

ゆっくりでもいいからこの世界のことをもっとちゃんと知ろう。


オブシディアン、人間が面白いのは本当だったみたいだよ。

私の感情も、面白いと思ってもらえるのかな。





「ところでアリー様」


「ん?あぁ、分かってるって!わざと私の気持ちを吐き出させてくれるようにしむけたんでしょ?ありがとう。やっぱり私にはルチルが居なきゃダメだって思ったし、その、改まって言うのはちょっと恥ずかしいんだけどさ…私もルチルが大す…」


「しゃらっぷ、とはどういう意味なんですか?」


これだけ色々あった中で。

すごい量の色々があった中で。


「つっこむのそこー!?」


「ふふっ。アリー様、これからもお側に置いてくださいね。誠心誠意、勤めさせていただきます」


「私の方こそ、これからもよろしくね。だけどあんなぶっこみは、もう二度とごめんです…」


こうして。

疲れをとるためのズル休みは疲れを取るどころか、精神的ダメージがオーバーキルにて終わっていった。



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