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7. 創世神オブシディアン

『アデュレリア創世記』



昔、この世界には神がいた。


その神の名をオブシディアンという。


どんな色も交わらない黒い髪に、どんな色も映さない深い黒の瞳。


山のように大きな男神で、他の世界の神々とも一切の関わりをもたない孤独な神だった。


それを憂いた神々の中でも一番古い神の一人が、人間を造ったらどうかと提案した。


自身のように真っ暗な闇しかない世界に海を作り、大地を作り、森を作り、生き物を作り、その世界で人間と共に暮らしてみてはどうかと。


孤独なオブシディアンは、それの何が楽しいのかわからなかった。


しかし古い神は言った。


人間とは一人一人感情があり、時代、生活、性別によって様々な姿を見せてくれると。


その人間達を間近で見ていると飽きないと教えてくれた。


数えきれない時間を一人だけで過ごしてきたオブシディアンは、そろそろ孤独な日々に飽き飽きしていた。


そして古い神の言う通りに、まずは海を作った。


そこへ四つの大地と小さい島の集まりを作り、木を植えて動物を作り上げた。


四つの大地には色とりどりな髪や瞳を持つ鮮やかな人間を。


小さい島の集まりには自身と同じ黒髪や深い青や濃い茶色の瞳を持つ人間を。


それぞれ自分の子供達として見守った。


人間達は、それぞれ思い思いに行動していた。


時には人間同士争うこともあった。


時には助け合う人間達を見た。


人間に化けて街へ行けば、皆オブシディアンの事を人として暖かく迎えてくれた。


小さい島の一つにオブシディアンの祠を作って奉ってくれた。


オブシディアンは生まれて初めて幸せを感じた。


神である自分に様々な感情があることを知った。


人間とはとても面白い生き物だと知った。


そして、この世界を愛するようになった。


オブシディアンは孤独な神ではなくなった。



*******




「おぶしでぃあんんん!良かったね!孤独って辛いよ。私はわかるよ…うん!本当によかった!」


「アリー様。お顔が大変壊れておりますが」


「ちょっとルチル!顔が壊れてるってなんじゃい!」


「創世神オブシディアンもびっくりなお顔に」


「うっさいわ!だってさ~想像してみてごらんよ!ずーっとひとりでいたんだよ?そんでコッソリかどうかは知らないけれど人間に混じってみたら、みんな優しくてさ。孤独な心に人の優しさって染みるよね…」


「…アリー様過去に何かございました?記憶が戻ったんですか?」


「うっ。いや、それは物の例えと言うかだね」


昨夜からの疲労が朝になっても抜けなく、今日は急ぎの仕事も無かった為ズル休みを決め込んだ私は、朝から侍女のルチルとお菓子パーリーだ。

私の部屋に二人だけでいる時には、ルチルにも同席でお茶をしてもらっている。


休むんなら本でも読むかって事でルチルに適当に持ってきてもらった本の一冊が、この世界の成り立ちを簡単に綴った絵本だった。

この世界の子供達は必ず一度は読むらしい。


「そもそも、それは子供向けの創世記ですよ?多少は話を変えていると思いますけれど」


「それでも、大筋は間違ってないんでしょ?私こういう王道な話って好きだな。ありがちな感じが実は一番深かったりするよね」


「創世神オブシディアンはこの世界の共通の神ですし、皆子供の頃には悪いことをするとオブシディアンが見ていて罰を下されるって教えられるんです」


「ああ、成る程ね!」


鬼が来るぞーってやつか。

子持ちの友達が子供が言うこと聞かないときには鬼から電話来るよ!て着信ボイスでビビらせてたな。


「だから小さい頃は、親に叱られるとオブシディアンがどこかで見ているような気がして、怖かったんですよ」


「実際に天罰というか神からの何かがあったの?」


「いいえ、所詮言い伝えですし、親が子供を叱る時の決まり文句ですね。でも…」


「でも?」


「三百年ほど前に起きた大きな戦争では、争いが十年続いたある日突然空が割れて、三日三晩経験したことがないほどの大雨と風が吹き荒れたそうです」


「それで戦争が終わった…?」


「ええ、争っていた四大陸のうち南のジンカイト国王が、神の怒りを買ったと恐れ始めたのがまわりの国にも伝染して、戦争どころじゃなくなったようですよ」


「うーん、空が割れて嵐が来たって神っぽい。でも大なり小なり災害もあるよね?」


この世界へ来て一年、日本と同じように四季がある。

春の一の月から三の月、夏の一の月から三の月…と、四つの季節が三ヶ月ごとに別れている。


ここ北にあるアイオライト王国は、夏が短く冬が長い。

反対に南のジンカイト王国は、夏が長くて冬が短い。


だから同じ春の一の月でも、北はまだ雪が残っていて、東や西は春の兆しが見えているらしい。

そして、南はすでに暖かくなっているそうだ。


「はい、我が国では何年か一度に家の入口が埋まるほどの雪が積もることもありますし、南のジンカイト王国では、夏の暑さが厳しすぎて死者が出ることもあるそうです」


「そう考えると、三日三晩の嵐もあり得るかな?」


「そうですね…三百年前のことですし、本当かどうかもわかりませんけれど」


「まぁね。歴史って改ざんしようと思えば、いくらでも変えることが出来ちゃうもんね」


「けれど、オブシディアンだけは皆本当に何処かにいるのだと信じていますよ。これは子供頃からの刷り込みもありますけれど、五つの国が他国を奪い合うことなく大災害も起きず平穏に暮らしていけるのは、創世神が見守っていてくれているからだと」


そう言ったルチルはとても優しい顔をしていて、この世界の人間であることを誇りに思っているようだった。

そう言う私も、日本のことが大好きだった。


同じように過去に大きな戦争を経験していたり、災害だって少なくない。

それでも思いやりの精神を持った日本人であることを、心のどこかで誇りにしていたように思う。


もちろん地球だって行ったことがない場所だらけだけど、テレビで見る限りでは美しかった。

なんちゃって仏教なわが家も、仏様には手を合わせていたな。


明るい所もあれば暗い所もあるけれど。

少なくとも、私自身は毎日幸せだった。


田舎の両親になかなか会えなくても。

彼氏が何年もいなくても。


おや、彼氏がいなかったのだけは少し悲しいな。

同世代では子供が何人かいても、おかしくはなかったし。


そんなことを考えていたら、ますます地球へ帰りたくなってしまう。

毎日、目を開けたらアパートの天井が見えないかと思うけれど、やっぱりアデュレリアのままで。


こちらへ来てしばらくは、いつか帰れる!と根拠も無いのに信じていた。

けれど一年たった今、もしかしたらもう二度と地球へは帰れないんじゃないかと、絶望に変わってきてしまった。


諦めたくはないけど、ある日突然やって来てしまった私には、ここへ来た理由が足りな過ぎる。

強いて言えば言葉がわかる程度だが、私じゃなきゃいけない理由が見当たらない。


結局は、何もわからない、という堂々巡りをしているだけだ。

長くいればいるほど、住めば都じゃないけど今いる場所が心地よくなってくる。


最近では帰りたいという自分と、もう無理だという自分とが交互に訪れては自身を惑わせていく。

この世界、この国は私には甘すぎた。


日々大切なものが増えていくのが苦しくなる。

これ以上ここで大切な何かを増やしたくなかった。





「アリー様?やはりまだお疲れのようですね。お昼にはまだ早いですし、少しお休みになってはいかがでしょうか?」


「あのさ、ルチル…もし今私が居なくなったら、ルチルはどう思う?」


「それは半年前に失踪された事ですか?」


「ううん。本当に、この世界からいなくなるの。この国にも他の国のどこにもいないんだ」


「…アリー様、私には兄弟がたくさんいて貴族とは名ばかりの貧乏一家なのはお話しましたよね」


「ん?うん、聞いた」


「侍女の仕事に就いた時、私の他に妹達は四人おりました。弟たちは皆結婚していて長男以外は家を離れておりましたが、妹達はまだ家にいたんです」


ルチルが紅茶を新しく入れ直してくれる。

私の好きな種類の紅茶だ。


「しかし家からの支度金が整わず、私の婚姻はおろか、残った妹達の準備も出来なかったんです。だから長女である私が、王宮の侍女という高給な仕事に就く他、道はありませんでした」


「家族のために働いているって言ってたけど…そういう理由だったんだね」


「はい。ですが、決して仲が悪かったわけではなくて両親弟妹、皆私が仕事に出ることを反対してくれていたんです。私も家族が大好きで、離れるのは辛く何度も辞めて帰ろうって思いました」


「それでも妹達が幸せな婚姻を結べるのならと、十九歳になる歳から今まで無心で働いてきたのです。行儀見習い程度で侍女になる者が多いなか、お金を稼ぐためだけに働いている私を、バカにする人間のほうが多かったんです。そうしてまで貴族としての地位を守りたいのか、見苦しいって」


「そんなことを言う奴がいたんだ…」


「けれど、一年前にアリー様の専属侍女として勤めよと辞令がありました。趣味程度ですが武術も出来、アリー様と歳が近いと言うのが理由だったようですけれど、私自身にもこれまでの二倍の給金が頂けるようになったんです」


影を締め上げる実力が趣味程度て。

つくづくかっけーなルチル。


「アリー様、あなたはここへ来たとき、まだこの世界もこの国の事も、何もかもの記憶を失っておられて。右も左もわからぬ見知らぬ土地で、家族も友人もいない中、あなたは毎日笑っておりました」


「泣いたり取り乱したりもせず、ただ目の前にある現実を受け止めて必死で学び、前だけを向いているように見えたんです。私は、そんなアリー様が大好きになったんです」


違うルチル、私は一年たった今も受け止めてなんかいない。

前を向いてなんかいないよ。


「ですからどうか、急に居なくなったりなんかしないでください。あなたを必要としている人間は、アリー様が思っている以上に多いんですよ」


「ルチル…」


「言葉が堪能ということだけでなく、アリー様は平民、貴族関係なく接しておられるでしょう。そんなアリー様自身を慕っている者も多いんですから」


「それは、私自身が偉くもなんともないからだし…」


「それと…アリー様が慕われている理由がもう1つあるのをご存知ですか?」


「えっ?まず慕ってもらえてたこと自体が初耳だよ」


「陛下からの夕食の誘いを受けることを良く思わない貴族から、ラリマー様だけが庇うことが出来ると思いますか?」


待て。


「出生の分からない女性を、王宮やそれに連なる棟へ入れることを許したのは、陛下やラリマー様の力だけでは不可能な事を知っていますか?」


待て待て。


「先程読んだ本の一節にあったオブシディアンの姿を覚えておりますか」


待て待て待て…!嫌な予感がする…!


「オブシディアンは、黒髪黒目の神だったとされています。ですからアリー様は…」


「ちょっと待って!そこから先は言わないでっ…!」


「創世神オブシディアンの化身、と」


言った…。

ついに異世界あるある、神に関わりを持ってしまった。


せっかく疲れを取るためにズル休みをした私だったが、やはりズルをすると天罰が下るらしい。

こうして疲れが取れるどころか三割増しで蓄積されていくのを感じた。





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