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5. 宰相との攻防

「ユークレースさん自ら来ることないんじゃないですか?」


アイオライト王国宰相であり、王の幼馴染みでもあるこの人。

水色の髪に青い瞳、少し長めの髪を横で結んでいるけれど決して女っぽくなくて、線の細い男の人って感じ。


黙っていれば優しそうで中性的な顔してるから、年上のお姉さんとかにモテそう。

これで三十五歳だというから驚いた。


「今回は王から直々に頼まれましてね。私も仕事じゃなければ、貴方を迎えに行くなど死んでもごめんですよ」


そう、黙っていれば。

優しそうな見た目に騙されて近づいたが最後、この歯に衣を着せぬ毒舌に涙を流して退散することになる。


「成る程、パシリにされたんですね」


「パシリとはおおよそ検討がつきましたが貴方の国の言葉は、下品な物言いがあるから気を付けなさいと言ったことを忘れましたか?ああ、鳥よりも物覚えが悪いんでしたね」


あーイラつくなー!

得体の知れない私のことは特に気に入らないようで、顔を合わせばコテンパンにやられる。


だけどまさか国のナンバー2に口ごたえするわけにはいかないから、必死で大人の対応を心がけている。

心がけてはいるが余りにも嫌われ過ぎて、最近はなるべく会わないようにしていたのに。


「はぁ、すいませんね。では用が無ければ帰ってもいいですかね?」


「ヘリオから夕食の誘いを受けたでしょう。これ以上鳥頭と話をしたくないので黙ってついてくるように」


あーあーイラつく!

私が何をしたってんだ!!




この一年、私の事を怪しんだり奇妙な物を見るような目をされることもあった。

けれどその都度ラリマーさんがフォローしてくれて、五か国語が堪能な才女を全面に押し出してくれたおかげで、それなりに信用されるようになった。


それでも一部の貴族からはやっかみがあるらしいけれど、それもラリマーさんが上手いこと握りつぶしてくれている。

ラリマーさんの人柄や立場も大きいだろう。


この国の貴族は階級があるわけじゃなくて、各部署の要所についている人間ほど立場が上になるようだ。

ラリマーさんが部長を勤めている外交部自体も、他国との橋渡しをするという意味では上のほうみたい。


一番は国の治安を守る公安部。

公安部とは別に王国直属の騎士団もあるけれど、ここは基本的には子供の頃から騎士としての英才教育を受けた者だけがつくことが出来るらしい。


だから必然と金のある貴族が中心になるわけだけど。

どの世界も、世の中は金なのね。


ちなみに私の給料は月に日本円で五十万円くらい。

基本給と通訳の腕が買われて、下っぱの下っぱのくせに、破格の待遇だ。


さらに王宮の敷地内にある外交部がある棟の一室と、ラリマーさんのお屋敷から少し離れた所にある別邸を貸してもらっている。

でもラリマーさんに与えられた別邸では光熱費と食費はタダだし、洋服や装飾品は奥様のベリルさんがちょこちょこ買ってくれる。


安いアパートみたいなのを借りるって言ったけど、治安を理由に許されなかった。

さすがにおんぶに抱っこはいかん!と思って、給料から相応な額を引いて欲しいと言えば、水くさいと断られ。


水くさいって、私本当に得体の知れない奴だと思うんですけど…

ラリマーさんいい人すぎるやろー!


仕方なく外交に行く度にお土産を買ったり、使用人の数を最低限にしてもらったり、いざって時のために給料のほとんどを貯金にまわしている。

そもそもこちらの世界の娯楽にさほど興味がないのも事実だけど…


貴族のお嬢さん達は高価なドレスや宝石や化粧品なんかにつぎ込むらしいし、坊っちゃん達は能力の高い馬や、貴族御用達の賭博なんかにお金を遣うようだ。

勿論、夜のお店も人気があるらしい。


日本では当たり前にあった電子機器なんてもちろんないし、平民は家のために働くばっかりだそうだし。

そりゃ婚期が早まるわけだ。


暇だーすることないーってなったら、やることってそっちよね…

私は今のところ外交やら翻訳やら、仕事を生き甲斐にしているから、ご縁がないけれど。


何よりどれより地球へ帰るために、古い文献なども調べさせてもらっている。

王宮の国立図書館にある司書部にもお世話になりっぱなしだ。


そこで歴史や古文書なんかの解読を研究している部長さんに頼んで、ちょこちょこ通っている。

そう、私は言葉だけでなく文字も際限なく読むことが出来た。


文字も、言葉と同じように日本語で書かれているように頭のなかで処理される。

だからこちらの文字を書く時も、書きたい言語を意識するだけでその国の文字に、自動的に変換される。


ただし、古文書に関しては読むことは出来ても内容が難しすぎたり暗号だったりして、純粋に読むことだけしか出来なかった。

それでもこんな便利な翻訳人間は他にいないらしく、司書部の部長さんには感謝されている。


古文書を読めることは、王、宰相、ラリマーさんと司書部長さんだけの秘密だけど。

もし他の国にこの事実が広まったら、私の奪い合いになる様な話をされて血の気が引いた。


国同士は仲が悪いわけではないらしいが、昔は戦争もやっていたらしいし、各王族が代替わりした時に、ダメな王だって中にはいるみたいだ。

そういう理由もあって、余計な混乱や争いを生まないためにも破格の給料をくれている。


他の国に取られちゃなんねー的なことだよね。

文書の翻訳に関しては、何故だろ~記憶喪失の時に勉強したのか…ダメ!思い出そうとすると頭がっ!あぁ!


で、白々しくはぐらかしてやった。

だって本当にわからないんだもん。


これが噂に聞く異世界トリップ補正ね~なんて思っていたけど、実際に当事者になってみるとややこしいことこの上ない。

どうせだったらピチピチの十代まで若返ったり、魔法が使えてチートとか欲しかった…


あわよくば金髪碧眼の絶世の美女になってるとかね!

胸はFカップで~ウエストがキュッとくびれてて~お尻は南米系の小尻で!


現実は三十路そのままでギりCカップの寸胴ですわ。

いくら元の世界で不細工では無かったとしても、こちらの世界にはアジア系の顔なんてほとんどいないんだから、みんな基本的には美男美女ばっかりだし。


しかも最近重力には逆らえなくなってきたもんな。

早寝早起きで添加物のない食生活を送っているおかげか、肌のつやは一年前よりも良くなった気がするけれど。


そういやこの宰相も三十五歳とは思えない皺のなさと肌艶だよね。

何か特別なお手入れとかしてんのかな?


こんな眉間に皺を寄せて肌の張りを意識しながら化粧水~乳液~美容液~最後のクリームは欠かせない!

オールインワンなんてダメ、お手入れは文字通り手を入れてやらないと!


なーんてやってんのかもっププッ!

やだ心の中の仕返し超楽しい。



「…私の事を心の中で侮辱するのはやめていただきたいですね」


「えっ!?声に出してました!?」


「いいえ。やはり侮辱するような事を考えていたんですね?」


クッソ…かまかけられた…思わず下を向いて小さく舌打ちする。

こいつ読心術でもあんのかな。


「心を読むことは出来ませんがこれでも国の中枢を任されているので、人の表情には敏感なんですよ」


ギャー!私が答えてないのに勝手に会話し出した…

本格的にこの人と関わらないように根回しせねば。


「そ、そうですか。以後気をつけますね」


「私は鳥の表情には明るくないはずなんですがね?ついにわかるようになったとは、疲れているんですねぇ」


そう言って全力で作ったであろう笑顔の後ろに般若が見える。

口に出してバカにしたわけじゃないのに、心底ムカついてるのがわかる。


この人、とにかく私のことが大っ嫌いなんだろうな。

嫌われた所で痛くも痒くもないがな!


「なら新しい特技が出来ましたね!鳥と会話が出来る宰相なんて、世の女性達にはさぞ素敵にうつりますね~!」


「…どうやら貴方は、余程私を怒らせたいようですね。いいですか、へリオと外交部長の後ろ楯があるから貴方はここに居ることが出来るのです。そうでなければこんな得体の知れない人間など、誰が関わりますか」


「あれ?私は鳥ではないんでしたっけ?ついに物忘れまでしてきたんでしょうか。さっさと帰ってゆっくり休んだほうがいいですよ、宰相様」


「このっ…!」


ユークレース様の垂れぎみだった眉が上を向き、拳に力が入っているのが見えた。

とっさに両手で顔を覆ったけど、予想していた暴力的なものはいくら待っても来なかった。


仕方なく、恐る恐る目を開けた瞬間、私は言葉を失ってしまう。

ユークレース様の力の入っていたであろう手の先が、私の頬を柔らかに撫でていったのだ。


それは大嫌いな相手にするような仕草ではなく、まるで愛しい人にするかのような撫で方で。

混乱したままユークレース様の目を見ると、さっきまでの応酬が無かったかのように、熱のこもった目で射ぬかれた。


「あなたは知らなすぎる。この世界のことも、国のことも、王のことも、わた……いいえ、これからへリオとの夕食です。言葉遣いには十分に気を付けなさい。いいですね?」


「はい、って、え?ユークレース様?」


頭の中が大混乱しすぎて全く機能しない。

だって!今の触り方は何!?顔は熱いし、背筋がぞわってなったよ!


あの触れ方はアレだよね!?情事の最中みたいだったんですけど!?

悪いけど伊達に歳くってないからAからCまで、果てはHくらいまでわかっちゃうよ!?


は?古い?そんなことわかってるわ!

だがしかし、中学生の時はクラスの友達がBまでしてたら英雄になってたんだからな!


Cは逆にちょっと不良っぽい扱いになるから、相手の男の寸止めが出来たのか、させられたのか未だに気になる!

ってほら!思考がおかしな方向に…


私がとんちんかんな事を考えている間も、ユークレース様は外交部の棟から王宮にある王の居室へと続く、長い廊下をぐんぐん進んでいく。

半年前から時間の都合がつく日の夜は、夕食に誘われるようになった。


それも、王のプライベートルームでの二人きりの食事だ。

初めは宰相の猛反対で食事どころか顔を合わすことすら許されなかったけど、私が間者だとか害を成さない人間だとわかってからは、この国の勉強も兼ねて、夕食を共にさせてもらっている。


させてもらっているっていうより、王から呼びつけられるんだから、行くしかないんだけど。

断る権利はないし、勉強にもなるから九割仕方なく。


残りの一割は、普段食べることが出来ない豪華な食事を唯一の楽しみにしている。

二人きりというのも、私が気兼ねなく話が出来るだろうという王の心遣い…という勘違いをされているけど。


だって仮にも、って仮じゃなくて本当に一国の王その人と二人だけの食事なんて、むしろ緊張するだろう。

一応は箝口令が敷かれていても、周りの目だってある。


私のなかではただのヘタレにしか見えないからいいけど、人の考えがわからなすぎる王様もどうかと思う。

全てわかった上での計算だったら、どんだけ腹黒…


やだやだ怖っ。

そんなことより、さっきのユークレース様は何だったんだ?


話しかけるなオーラを出しまくって、黙々と歩いているけど。

まぁ考えた所でわかるはずもないし、聞く勇気もないから無かったことにしよう。


うん、それがいい。

私の気のせいだったんだ、あれは頬に糸屑ついてたんだ~なんだ~びびって損したぜ!



「さ、着きましたよ。へリオからは扉の前までで良いと言われているので私はこれで」


「あ?ああ、はい。どうもありがとうございました」


そう言って、踵を返して去ろうとしていたユークレース様が、ふと立ち止まった。

そしてゆっくりと振り返り、私の心に爆弾を落としていった。




「あなたは、見た目よりも経験があるんですね?次に私に口答えをしたら、先ほどより顔を赤くさせますから肝に命じておくように。では」


腹黒眼鏡宰相キター!!

と、某王国の十六世紀にタイムスリップ乙女ゲーにドハマりしていた、眼鏡を外したら美人テンプレの友人が、後ろで叫んだ気がした。





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