表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/53

小話. ヘタレ王の婚約その一

5話同日投稿の三つ目です。陛下のその後です。

「いいですか、くれぐれも笑顔を絶やさないように」


「…分かっている」


「貴方様の真顔は、冷たく見られるのですよ」


「だから、分かっている」


「では参ります」


「……ああ」


新しく宰相の地位に立った、司書部部長アゲットが俺を急かす。

行きたくないが、行かなければならない。


「全く…早く宰相を見つけて下さいよ。私はあくまでも、仮の宰相ですからね」


「それも分かっている…」


「何だって宰相になれと命を受けてすぐに、この様な大役を任されねばならないんですか…はぁ」


「だから、すまないと言っただろう!ようやく戦の後始末が終わったんだ、祝い事が必要だと言ったのはお前だ!」


「言いましたけどね。老体には堪えますよ」


「老体って…そこまででは無いだろうに」


「陛下も六十を過ぎてご覧なさいな。あちこち悲鳴を上げますよ。私は余生を本に費やすつもりでおりましたのに…」


「では聞くが、何故お前の見た目が俺の幼い頃から変わっていないんだ?」


「さ!マラカイトの姫様がお待ちです。きびきび参りましょう!」


やはりはぐらかされたか…

このアゲットと言う男、俺が産まれる前から司書部の部長を勤めているのだが、何故か衰えない。


本人は六十を過ぎたと言っているが、見た目は三十そこそこにしか見えない。

特別、何かをしている訳では無いらしいが、怪しいことこの上ない。


しかし、さすが長年司書部を取り仕切っているだけあって、知識の量はこの国で右にでる者はいないだろう。

幼い頃の私の教育係でもあった。


その頭脳を買って、宰相として司書部部長と兼任して欲しいと頼んだ時のアゲットの、嫌そうな顔といったらなかった。

さも面倒くさい事を頼まれたもんだとばかりに、大きな溜め息を吐いて、是との返事を貰ったのだ。


今日はこれから婚姻に向けての、マラカイト王国第二王女との顔合わせが待っている。

こうなったのも、国民にとって最大の喜びは王の婚姻だと、アゲットがしつこく進言してきたからだ。


それなのに、この嫌々やってる雰囲気は何故だ。

急な誘いにも快く返事をくれたマラカイトの王には、頭が下がる。


とにもかくにも、いずれ婚姻を結ばなければならないのだから、相手が誰であろうと失敗する訳にはいかない。

ひきつる顔をさすりながら、最大級の客人を迎える為の部屋へと足を運んだ。





「お待たせして申し訳ありません。アイオライト王国国王、ヘリオドール様にございます」


「お初にお目にかかる、東の王女よ。我がアイオライト王国へようこそ」


「……」


客間へ着いてすぐに、起立したまま待っていた王女、王女付きの侍女、護衛騎士数人と挨拶を交わす。

仲介人として、マラカイトの外交部長が同席しているのだが何やら皆、顔色が悪い。


マラカイト王とは何度か顔を合わせているが、王女とは今日が初めてだ。

十八歳だと聞いたが妙に色気があり、少しつり上がっている目と薄い唇で、もう少し年上に見えるな。


それにしても、王女はアイオライトの言葉も分かると聞いていたのだが、やはり難しかったのだろうか?

王女以外の人間が部屋の隅に引いた所で、改めてマラカイトの言葉で話しかけてみる。


『シエナ王女、遠路をよく来てくれた。私がアイオライト王国国王、ヘリオドールだ。さあ、立ち話とはいかない。座ってくれないか?』


『…結構です』


『…え?』


『私は貴方と婚姻は結びません。話はそれだけです』


『シエナ様っ!!』


『王女殿下っ…国王陛下の話は了承されたのでしょう?何を言い出すのです!』


『あなた達は黙っていなさい!私は父上より、アイオライト王国へ行って来なさいとしか言われておりません。目的は達成されましたわ。失礼致します』


『お待ちください、シエナ様っ…』


陽の光が降り注ぐ暖かな昼下がりに、この部屋だけ極寒のように冷えきっている。

どうやらこちらの姫は、私との婚姻を了承せずに来たらしい。


そういえば、最初に婚姻をとの話があったのは、姉である第一王女だったな。

けれど体が弱く床に伏せってばかりだと聞き、マラカイト王から第二王女のシエナをと提案してくれたのだ。


しかし、この現状はいかがなものか。

マラカイト王家は緑色の髪を持つ人間が多いと聞いたが、シエナ姫は鮮やかな赤の髪と黄金の瞳で、まるで全身から怒りをぶつけられている様に感じてしまう。


「…陛下、シエナ姫はやや緊張している様ですね。外交部長殿、部屋を用意してあります。そちらでしばらく休まれては如何ですかね?」


「はっはい、そうさせていただけると…」


『私は帰るわ!!そこをどきなさい!!』


赤い髪を逆立てながら、拳がフルフルと震えている。

これは、取りつく島もないか…。


王という立場上、この場では私の方に権限があるのだが、怒りに支配されていては話すものも話せまい。

先程からマラカイト側の侍女や騎士達が、真っ青な顔をして立ち尽くしているのも可哀想だ。


この婚姻を持ち掛けたのは我が国だし、意に沿えない事もあったんだろう。

だったら、先に言っておいて欲しいとは思うが。


マラカイト王とは友好な関係ではあるが、あの狸親父、何を考えている?

どうも昔から、あの人の考えている事は読めない。


仕方がないが、とりあえずは王宮に滞在してもらおう。

すっかり表情を無くした俺に、アゲットがどうにかしろと、目で訴えて来た。


『ああ、何やら不手際があったようだな。シエナ王女、どうか怒りを鎮めてくれないか?今からアイオライトを出たとしても、すぐに日が暮れてしまう。貴女の為に部屋を用意してあるから、何か欲しいものがあれば遠慮なく言って欲しい。父上であるマラカイト王へは、私から連絡をしよう』


フーフーと威嚇をしている猫の様になっているシエナ姫を、外交部長達がどうにかなだめて部屋を出ていく。

廊下に待機させていた俺の護衛達に客間への案内を頼むが、その間もじっと俺を睨み付けて必死で抵抗していた。




シエナ姫が廊下の向こうへと消えたのを見てから、ふぅと溜め息をつく。

そこですぐに、アゲットから冷めた目を向けられる。


「…陛下、何をしたんです」


「俺は何もしていないだろう!」


「そうですか?全く、どういう事ですかね」


「お前…信じてないな。とりあえず、マラカイト王へ早馬を出せ。あの王が何を考えてシエナ王女を寄越したのかが知りたい」


「畏まりました。しかし、どうするんです?」


「どうするとは何をだ?」


「姫様ですよ。夜には晩餐会も予定しておりますよ?あのままでは、部屋から出てくるのかも分かりません」


「…そうだな。俺が気付かぬ内に何かをしてしまったのかもしれないな」


「やはり…」


「だから、あの短い時間に何が出来ると言うんだ!しかし、穏やかな顔を作ったつもりなのだが…怖かったのだろうか」


「とにかくマラカイト王に聞いてみましょう。すぐに早馬を出したとしても、あちらへ着くのは二日後です。それから返事を頂けても…とりあえず一週間程度は滞在してもらわねばなりません。その間に、何とかしてくださいね」


「おい、俺が一人でどうにかするのか!?」


「貴方様の姫君ですからね」


「……まだ俺のものではないが」


小走りで去っていったアゲットを見送り、執務室へと戻る。

夜の晩餐会までは執務も無い為、奥の私室へ向かい、ソファへ乱暴に座った。


ああ、あの王女をどうにかする自身が無い。

…どうにも出来ない自信はあるが。


そのまま目を瞑り、しばしあれやこれやと考えを巡らせていたら、晩餐会の準備をと侍女達がやって来てさっさと正装に着替えさせられる。

一向に顔を出さないアゲットはどうしたのかと不安になったが、重い体を持ち上げて、会場へと向かった。





今夜の晩餐会には、我が国の外交部長ラリマーと、マラカイト出身の奥方、騎士団総団長コランダム、宰相のアゲットと、最低限の人間だけを集めている。

俺の両親である先王陛下と王太后殿下には、婚姻の話が纏まるまでは、引っ込んでいてもらう事にした。


父上はいいにしても、母上はさぞ舞い上がるだろうから、婚姻が決まるまでは大人しくしていただこう。

そう考えての事だったが、シエナ王女の様子からは、そう決めて良かったと心から思う。


どうやら半ば無理矢理に連れて来られた王女は、昼の格好のまま、ムスッとした顔を崩さずに横を向いたままだ。

晩餐会が始まり、ラリマーの奥方が必死で話しかけてはいるが、一言二言で終わってしまっている。


これは手強そうだと、思わず眉間に指を持って行きかけた時、一人の騎士が慌てた様子で近づいてくる。

緊急の便りが、との話に耳を傾けると、驚く事を話し出した。


「…返品不可、だと?」


「は、はい…どうか宜しく頼む、と、それだけの文でした…」


「それは真にマラカイト王からの文か?早馬を出したのは、昼前の話だぞ」


「マラカイト王国の正式な使者が持って参りましたので、間違いありません」


「使者はどうしている?」


「文を渡したらすぐ戻るようにと言われていたそうで…既に王都を出ているかと」


返品不可、とは…シエナ王女の事だろうな。

しかし、一体何故こんなに早く文を寄越したんだ。


「陛下、マラカイト王は、姫様がこうなる事を予測されていたんでしょう」


「……アゲット、どう考える?」


「今はまだなんとも…影を送りますか?」


「いいや、まずはシエナ王女と話をするべきだろう。今夜は難しいだろうから、明日の夜にでも話をしたいと、伝えておいてくれ」


「畏まりました」


俺の右にいるアゲットと小さな声で話をしていると、反対側に座って酒を飲んでいたコランダムが、何やら面白いものを見つけたような顔をして覗きこんできた。

美人を前に酒が飲めると、意気揚々と入ってきた割には大人しいなと不気味に思っていたが…やはり黙ってはいないか。


「なんだコランダム。何か言いたい事があるか」


「いいや?見てくださいよ、お姫さんが退屈そうだ。坊っちゃんの出番じゃありませんか?」


「公の場で坊っちゃんはやめろ。俺も分かってはいるんだが…」


横長の食事台の向かい側にいるシエナ王女は、遂に誰とも話をしなくなっている。

食事にもあまり手をつけていないようで、両側に座っているラリマーと奥方が、お手上げだとこちらを見つめていた。


同郷の奥方ならば少しは楽にしてもらえるだろうとの思いがあったが、これは想定外の事態だ。

これ以上は意味がないと判断して、簡単に挨拶を交わしてお開きとする。


形だけ頭を下げて出ていった王女の代わりに、外交部長が平謝りして来るが、謝られてもどうしようもない。

苦笑いをしながらゆっくり休めと声を掛け、コランダムとラリマーと共に、俺も会場を後にした。





「陛下、お役に立てずに申し訳ありませんでしたわ…せっかくマラカイト出身という事で呼んで頂きましたのに」


「ああ、それは気にするな。私もこの様な事になるとは…奥方には申し訳ないことをした」


「いいえ、とんでもございません!ですが王女殿下は、この婚姻に反対なのですね。私はてっきり、心細いだけなのかと思っておりましたけれど…」


「ああ、マラカイト王と何か考えの違いがあったようだな」


「陛下、明日にでも私がマラカイトへ参りますかね?陛下からの文があれば、王と話も出来ましょう」


「ありがとうラリマー、既にマラカイト王へと早馬を出した。とりあえずは私が、シエナ王女と話をする……コランダム、笑うなら声を出して笑えばいい」


「ブハッ!!陛下はつくづく女運がありませんなぁ!アリーちゃんにフラれ、他国の姫さんからも門前払いとは…ククッ」


「このっ…!」


「総団長、奥様から余計な事を言う前に馬車に乗せろと、言付けをもらいましたよ。さっさと王宮から出なさいな」


「ヒッ…じゃ、じゃあな陛下、アゲット!ラリマーと嫁さんもまたな!!」


一気に青い顔になったコランダムは、大きな体に似合わない早さで去って行った。

あの巨体も、奥方には逆らえない何かがあるのだな…よし、これまで散々言われっぱなしだったが、次からはこの手を使わせてもらおう。


「では陛下、私達もこれにて失礼致します。何か力になれる事が御座いましたら、お呼び下さい」


「あ、ああ…ラリマー、アリーは元気か?」


「……ええ、もうすぐ孤児院を開くんだそうで。病にもかかっていない様子で、元気にしていると定期的に手紙をくれておりますねぇ」


「孤児院…そうか…」


では、と踵を返して行ったラリマー達とは反対方向にある自室へと、アゲットと共に歩いていく。

今度はアゲットが何か言いたそうにしているが、それを聞いてやれる力は、残念ながら残っていない。


おおよそ、そんな顔をする位ならアリーをつなぎ止めていれば良かったのに…とでも思っているんだろう。

実際、アリーがこの国を出ると聞いて、心底がっかりしていたのがアゲットだった。


主に翻訳の事なんだろうが、ゆくゆくは後継者にしたいと考えていたんだろう。

アリー自身は、全く興味が無かったようだが。


「ここで構わない。お前も、もう休め」


「休んでいられる時間は無いんですけどね。分かりました、これで失礼致しますよ」


「老体なんだろう?」


「…陛下、貴方様の最大の武器は、優しさですよ。けれど時にそれが、自身の邪魔をするでしょうね」


「何が言いたい」


「さて?では、また明日に」


きっちりと頭を下げて去って行ったアゲットに、心の中で舌打ちをする。

自室へ戻った後も、すぐに侍女達を下がらせて寝台へ倒れこむ。


俺の部下は、揃いも揃って俺に優しくないんだな。

こんな時、アリーならば何と声を掛けてくれるだろうか。


あの吸い込まれる様な漆黒の瞳で、今の俺を見てどう思うのだろう。

十も年下の、一国の王女にすら振り回され、手も足も出ないなんて。


それが他国の王への態度かと、声を上げれば良かったのか?

子供の様な我が儘を言うなと、叱れば良かったか?


頼りの無い王だと思われたのだろうな。

こんな俺を見たところで、アリーだってうんざりするに決まっている。


アイオライトの国民を幸せにしたい、その一心で決めた婚姻だったが。

俺はまた、間違ってしまったのか…?


答えの出ない思いが巡って、その夜は一睡も出来ずに朝を迎えてしまった。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ