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小話. 遠い地より

5話同日投稿の二つ目です。アリーのその後の話ですが、やや下ネタに走っているのでお気をつけ下さい。

やれば出来る。

それは誰にでも当てはまる事であって。




「……もう二ヶ月来ないのかぁ」


「いかがしました、アリサ?」


「いえ、独り言です」


「ディアン様はどちらへ?」


「さぁ?」


「…」


「あ、赤ちゃん用の布団が、もう二組ほど譲っていただける事になりましたよ。これを干し終えたら、取りに行ってきますね」


「赤ちゃん…はっ!、あ、分かりました」


「あの…すみません、ラシャ様。神官長様にこんな雑用をさせてしまって…」


「ああ、いいえ。それは構いません。孤児院を増やさねばと思っていた所ですので」


「私一人じゃ何も出来なかったので、正直助かります。ありがとうございます」


「貴女にはディアン様がいらっしゃるでしょう?」


「…あの人に、人間のアレコレはちょっと」


「まあ、そうでしょうが…」


「これで最後ですね。じゃあ、行ってきます」


干し終わった布団をパンパン、と叩いて背伸びをする。

今日も絶好の布団干し日和だね!


「えっ!どこへ!?」


「町ですけど…?」


「お一人でですか?」


「いいえ、スフェーンと」


「まさかっ、馬に乗るんですか!?」


「…そうですけど」


「歩いて行った方が…いいえ、ディアン様をお待ちになりませんか!」


「どこへ行ったのかも分からないですし、取りに行ったらすぐ帰りますから。ラシャ様、どうしたんですか?なんか変ですけど」


「…いや、その…あの…くれぐれもお気をつけて」


「はい。スフェーン!一緒に行こう!」


私の呼び掛けに、庭でのんびりしていたスフェーンが、嬉しそうに駆け寄って来る。

厩舎へ回り鞍を着けた後、孤児院(予定)を出て、町へと向かった。




ここ群島諸国フローライトは、海に囲まれた小さな島がいくつも集まっていて、王族や軍隊を持たない、世界で唯一の永久中立国だ。

国民性も穏やかで、争い事を嫌う人がほとんどだった。


海の男が集まる港でも、荒っぽい気性ではなく、寡黙な人達が多い。

夜の酒場になれば、それなりに賑やかにはなるが、暴れて騒いで、と言う人も見た事が無かった。


北の国、アイオライト王国を出発してしばらくの後、私はフローライトを人生の永住地に決めた。

ディアンの本拠地と言うこともあったが、何より惹かれたのは、そういった国の過ごしやすさだ。


けれど、他国との関わりが少ない分、余所者に対しては見る目が厳しくなる。

私の場合は、黒髪黒目が好印象を与えたようだけど、孤児院を開くことを決めてから、ようやく打ち解けてもらえるようになった気がする。


今は、神官長ラシャ様のお宅で居候させてもらいながら、開院と共にそっちへ移る事が出来るよう、準備の真っ最中だ。

ラシャ様の知り合いの夫婦、と言う設定で、ディアンと一緒にお世話になっている。





孤児院のある丘を下った所にある小さな町に着き、一軒の家の前でスフェーンから降りた。

ここで待っていて、と優しく首を撫でて、扉を叩いた。


「マヤおばさん、アリサです」


「いらっしゃい!さあさ、入っておくれ」


「こんにちは、お邪魔しますね」


中から出てきたのは、白髪が混じった焦げ茶の髪に薄いグレーの瞳のお婆さんで、この町で一番の物知りでもある。

息子夫婦を海の事故で亡くし、幼い孫達を一人で育て上げた方だ。


その孫達も数年前に成人を迎えて、毎日漁に出るようになった。

そこで、要らない布団があると、昨日連絡をくれたのだ。


「マヤおばさん、今朝は足の具合はどうですか?」


「ああ、やっぱり歳には勝てないねぇ…歩く分には問題ないが、曲げるとどうしても痛んでしまうよ」


「そうですか…即効性はありませんが、魚や鶏の皮を焼いた物や、骨と軟骨を煮込んだ物を積極的に食べるといいですよ」


説明は出来ないが、コラーゲンが確か膝に効くはず。

お肌にも良くて、サプリなんかを飲んでいた事もあるけど、この世界にそんな便利な物は無い。


幸い、魚を手に入れる事が容易なフローライトなら、毎日でも食べる事が出来るよね。

少しでも痛みが和らぐといいんだけど…。


「アリサは時々、医者の様な事を言うねぇ。ありがとうよ、魚なら孫達が毎日届けてくれるよ」


「お医者様ほど専門的な事は分かりませんが…後は、膝を固定して支えるようにすると、少しは違うかもしれないですね」


マヤおばさんが入れてくれたお茶を飲んで、ホッと一息ついた。

おばさんの裏庭で採れたハーブを使ったお茶は、優しい味がして落ち着く。


前に貰った種を植えてあるから、早く芽を出さないかな。

ハーブティーなら、子供でも飲めるもんね。


「ご馳走様でした、それでこの布団、本当にいただいていいんですか?新品みたいに綺麗ですけど…」


「外側の布を替えただけだからね、中身は孫二人が散々使った物だよ」


「そうでしたか。新しくしていただいて、ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね!」


「そうしてくれると嬉しいねぇ。魚を少し持っていくかい?ラシャ様にも差し上げておくれ」


そう言って、桶に入った沢山の魚を持たせてくれる。

外に居たスフェーンに布団をくくりつけて、私は桶を抱えながらマヤおばさんにお礼をする。


「ありがとうございます、マヤおばさん。また近々会いに来ますね」


「ああ、昼間は一人で海を眺めるだけだからねぇ、アリサが来てくれると、話し相手が出来て私も嬉しいんだよ。いつでもおいで」


「はい!」


もう一度、頭を下げてお礼をし、丘の上の孤児院へと足を運ぶ。

季節的に、魚がすぐに傷む訳ではないが、早めに内蔵を取ってしまいたい。


スフェーンと一緒に早足で戻り、孤児院が見えたその時。

門の前に、黒髪黒目のディアンが立っていた。




「ちょっとディアン!髪と目が真っ黒になってるよ!誰かに見られたらどうすんの」


「ああ」


相変わらず一言だけそう呟いて、瞳を閉じたディアンは、目を開けるとすぐに濃い青の髪と瞳になっていた。

危ない…ディアンが神だって事を知っているのは、私とラシャ様だけだ。


例え誰かに見られたとしても、神だと信じる人がいるかどうかは微妙だけど。

いや、この国なら、そうだったのか~で終わりそうな気もするな。


「ただいま、マヤおばさんから布団貰って来たんだ。あとお魚も。早速捌きたいんだけど、頼める?」


「分かった」


「お願いします。じゃあ私は布団を干してくるね」


「…いや、それも私が」


「え?それなら魚は私がやるよ」


貸して、とディアンに渡した魚の入った桶に手を伸ばせば、ヒョイッとかわされてしまう。

何よ、何なのよ。


「ディアン?」


「アリサは何もしなくていい」


「は?何で?」


「体を冷やしてはならない。すぐに寝台へ」


「はぁ?寝るには早すぎるでしょ…って、ちょっと、引っ張らないで!!」


訳が分からない事を言い出したディアンが、私の腕を取って、ぐいぐいと引っ張って行く。

孤児院の門を通りすぎて、町とは反対側を下った所にあるラシャ様のお家の前で、ようやく手を振りほどく事が出来た。


「ディアン!意味が分からないから説明してってば!スフェーンだって困ってるじゃない!」


私以上に訳が分からないであろうスフェーンが、やや首をかしげながら、私達の後を付いてきていた。

慌てて、乗せっぱなしだった布団を下ろしてあげる。


本当は孤児院の庭に干そうと思っていたのに…。

一体全体、なんだってんだ。


「布団はそこへ置け。早く中へ」


「…だから、何があったのよ!」


「子が」


「こが?」


「腹の子に障る」


「………なんだって?」


「妊娠初期は動いてはいけない」


妊娠初期って…誰が?

まさか私が?なんで?


「私は妊娠なんかしてないけど」


「…ラシャが言っていた」


「えぇ?どういう事…?」


「この世界で宿った命ならば、感じる事が出来ると思ったが…分からなかった」


「妊娠なんかしてないんだから、どっちにしろ何も感じないでしょ…それよりも、ラシャ様は中に居るの?」


ああ、と頷いたディアンにため息を返し、スフェーンの鞍を外して、少し遊んでおいでと首を撫でる。

やや不安げな顔をしながらも、分かったと言うように頷いて、丘の向こうへ駆けていった。


鞍を玄関先に置いて、布団と桶を抱えると言う神業を繰り出したディアンと、中へ入る。

なんだか訳の分からない事になったが、とりあえず魚を先に片付けるか。


布団を庭に干すようディアンに頼んで、私は台所へ向かい、早速魚の内蔵を取り除く作業に取りかかる。

フローライトへ来るまで魚を捌いたことなんて無かったけど、もうすっかり罪悪感も無く独特な感触にも慣れた。


さっさと処理し、簡易貯蔵庫へと入れておく。

魚の臭みを取る薬草で手を洗っていたら、ラシャ様が息を切らして、台所にまでやって来た。


おうおう、神官長さんよ、誰が妊婦だ。

チンピラの様にやさぐれた心のまま、ラシャ様を見る。


「アリサ…子が出来たのではないですか!?」


「…出来る訳がないですよ。一体誰がそんな事言ったんですか?」


ぜぇぜぇ肩で息をしているラシャ様の横をすり抜けて、いつも三人で団らんをしているリビングまで向かう。

ディアンもすぐに来るだろう。




神官長のラシャ様は、フローライトにある大神殿のトップであり、神の姿のままのディアンと話が出来る、唯一の人だ。

ここへ来てから、試しに人間から神の姿になってもらったけれど、こればっかりは私でも出来なかった。


私より少し歳上の、黒の髪に金色の瞳の黒猫みたいな人だ。

この世界で黒髪は初めて見たから、親近感が湧きっぱなしだったけど…今は不信感でいっぱいだ。




「で、どうしてそんな事を?」


私達がリビングのソファへ腰掛けると同時にやって来たディアンと、三人で顔を見合わせる。

もう、とにかく説明が欲しい。


「いえ…朝に、アリサが何かが来ない、と。そして、赤ちゃんがどうの…と言っていたので、もしやと思いまして…」


「赤ちゃん用の布団が貰えるって話しましたよね?何かが来ないって言うのは…ああ、ルチルの事ですか!」


ついこの間と届いたルチルからの手紙に、生理が二ヶ月程来ていない…と書いてあった。

多分きっと絶対、相手はネリー君だと思うけど。


まだ婚約中になるのに、どうしたらいいかと、手紙の中で延々とぼやいていた。

毎月、規則正しく来ていた様だから、心当たりがあるなら妊娠の可能性はあるよ、と返事をしたんだよね。


絶対に妊娠はあり得ないとは言っていないから、おそらくネリー君とそういう関係になってるんだな。

九割ネリー君のごり押し、一割が愛情…かな?


最近の手紙では、ネリー君の話ばっかりだったもんね。

ルチルはどこか堅い所があるから、少し強引なくらいが丁度いいのかも。


それにしても、ルチルがお母さんか。

今からなら、年内に生まれそうだね。


「アリサ、侍女がどうかしたのか」


「あっ、うん…もしかしたら、ルチルに子供が出来たのかも?」


「ルチルとは、定期的に手紙をくれる方ですね。そうでしたか…ご友人が…」


「ラシャ様、私は子供を作る気はありませんよ。ディアンも納得してくれていますし」


「納得はしていない」


「…あっそ」


「し、しかし…寝所はお一つですよね?」


「えっと…まあ、同じ寝台で寝ていますけど…もう、この話は止めましょう!」


「アリサは避妊薬を飲み始めた」


ぎゃっ!!

ラシャ様の顔がみるみる内に赤くなっていく。


確かに、最近になって避妊の効果がある薬草を飲み始めたけど。

つまりはそう言う事だが、どうか察していただきたい。


だって最後まではしないにしても、必ず何か仕掛けてくるんだよね。

いい加減、こっちが欲求不満になるわ!ってキレたら、どこからか避妊薬を調達してきた。


普段は能面な癖に、夜になると嬉々として色々やられる私の身にもなって欲しい。

結局は夫婦だ、の一言で何も言えなくなるんだよね。


「ラシャ様、子供を作る気は、この先も一切ありませんからね。一応、相手は神様ですし」


「…いえ、それは…」


「孤児院で皆のお母さんになれれば、それが一番幸せですよ。なので、夫婦のアレコレは忘れて下さい…」


「……」


「ラシャ、その感情は何だ」


「えっ!?」


「嫉妬…いや、羨望か?」


「オブシディアン様!どうか心を読み取るのはお止め下さい!」


「強い感情がダダ漏れだ」


「へっ…!」


「…ラシャ様、誰がいい人はいないんですか?神官だからって、婚姻を結んだり子供を産んだりしてはいけない訳じゃないですよね?」


「あっ、いや、そうですが…すみません、私は女性とお付き合いした事がないもので…つい、その…夫婦というものの想像を…」


想像!?まさか私とディアンでしたんじゃないだろうな。

そしてそれは、想像じゃなくて妄想なんじゃあ…


「…もしかしてラシャ様、夜の声とか…聞こえてました?」


「っ!!」


今日一番に真っ赤な顔をしたラシャ様が、ついに口ごもって俯いてしまう。

嘘…だろ…


「ディアン!!音を消して欲しいって言ったじゃない!!」


「神の力は使うなと」


「そうだけど!いくら部屋が離れてるからって、同じ家にいたら、どうしても聞こえちゃうでしょ!そんな時ぐらい使ってくれても良くない!?」


「アリサの声が大きい」


「何それ!私が悪い訳!?ディアンがしつこいのがいけないんじゃない!」


「止まらない」


「知らんがな!じゃあ金輪際、私に触らないでよ。ラシャ様、今日からは客間で寝させてもらいますから。居候の身で、本当にすみませんでした…」


「いっいえ、そこまで大きな声では無いですし…初めは猫が鳴いているのかと思った位で…」


余計に恥ずかしいわ!!

あーもう、あの声が聞こえてたとか嘘でしょ…


……って、さっきラシャ様なんて言った?

付き合った事が無いって言ってたよね。


三十過ぎて…どうて…

おおう、妖精だか魔法使いだか……いやいや、神官長様をバカにするんじゃない、私!!


それにしても、もったいな…見た目からして、さぞモテるだろうに。

見た目は肉食、中身は草食…うん、今すぐルチルと語り合いたいものだ。


「今夜からは音を消そう」


「もう黙れバカ神!」





その日から別々の部屋に寝ることにしたのだが、結局は夜中にディアンの襲撃を受けて、朝まで鳴かされた事は一生の恥だ。

どうやら音は消してくれていたみたいだけど、孤児院へと、早々に住まいを移すはめになった。


そしてルチルの妊娠が確定し、子供が産まれてから婚姻の式をすると、手紙が届いた。

アイオライトの一番過ごしやすい季節、夏の始まりには、会いに行けるだろう。


その頃には、孤児院も開いるかな。

やれば出来るのが世の常なのだろうが、私が絶対に子供を作らない理由は、ただ一つ。


いつか、元の世界に帰る日が来たとき。

ディアンと子供を置いて、帰る選択は絶対に選べない。


いい加減に諦めろと、誰かに言われそうなのは百も承知だけど…

私の命が尽きるその日まで、諦めたくはないんだよね。


意地っ張りで臆病な性格は、中々直らないみたいだ。

でも…ディアンとフローライトで暮らすようになってから、随分と吹っ切れたような気もする。


ルチルじゃないけど、私もディアンにほだされているのかもしれない。

言葉が少ないディアンなりに、私を大切に想ってくれているのが伝わって、どうにか同じ想いを返したくなる。


ま、相手が人間じゃないのが悩み所でもあるけれど。

神に仕えるラシャ様が寛大な人で、本当に良かった。


ああ、今日も絶好の洗濯日和だ。

庭で遊んでいたスフェーンが近づいてきて、朝の挨拶をしてくれる。


こうやって、何でもない毎日を過ごすことが出来ることに感謝の気持ちを忘れずに、生きていこう。

大切な人達がいる、この世界で。
















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