4. ラリマーさんと私
「アリー、今日は陛下と夕食を共にすると聞いたんだが」
「えぇ。どうやら…」
「…陛下も飽きないもんだねぇ」
「毛色が違う人間が珍しいんでしょう。私はこの国にもこの世界にも、縁もゆかりもないんですから」
牢屋から出してもらったあと、私はラリマーさんの遠い遠い親戚、ということにしてもらったのだが。
いかんせん、わからないことや知らないことが多すぎた。
それなのに所作が平民とは違い、手荒れもないし髪も艶がある。
かといって見た目はフローライトの人間だが、その国には王族や貴族という階級がないから、どうやら違うようで。
フローライトの人間と婚姻を結んだ貴族がいるのかもしれないが、それにしても黒髪黒目が生まれることはまずない。
記憶喪失で片付けるには、不自然なことが多々あった。
そんなわけで、遠ーーーい親戚で訳あってフローライトで暮らしていた、というやや強引な設定になった。
だから唯一ラリマーさんだけが本当のことを知っている。
過去に違う世界からやってきたなんて事例もないようだし、そんなことを言いふらしていたら頭がおかしくなったと思われかねないしね。
心から信じてくれているのかどうかはわからないけれど。
「ラリマーさんこそ、今更ですけどこんな奇特な人間を親戚扱いして大丈夫だったんですか」
「私の家は代々外交部の勤めだったからね。過去にフローライトで妻を見つけてもおかしくはないよ」
「そういえば奥様はアイオライトではなく東のマラカイトの出身なんでしたっけ」
「あぁ、初めての外交で一目惚れしてね!緑色の髪に黄色の瞳でそれはそれは可愛いかったんだよ」
「…ちなみにその時奥様は何歳で…?」
「…ベリルは幼い頃母親を亡くしていたから、家事が得意でね!十歳の女の子が作るとは思えない料理をふるまってもらって感激したんだ」
「じゅっ…犯罪…」
「手を出したわけじゃない!きちんと五年待ってから求婚をしたよ」
この国の法律では男女共に十五歳で婚姻が認められるらしい。
ただし、王族は婚期が遅くなる傾向で三十歳過ぎてから結婚する人も少なくないようだ。
東のマラカイトでも十五歳で婚姻が出来るようだったから、奥様のベリルさんも違和感なく嫁いでくれたらしい。
しかし当時二十二歳の男が十歳の女の子に一目惚れってどーなの。
いくら美少女だったとしても月にかわってお仕置きされてもおかしくない。
私の中ではラリマーさんはロリコン認定だ。
「確かにベリルさん、今も四十歳には見えませんよね。最初に会った時は歳の離れた妹さんかと思いましたもん」
「あれでも二児の母なんだけどねぇ」
「息子さん達に会ったことがないのでわかりませんけど、ベリルさんそっくりなんですよね?さぞ美形な兄弟なんでしょうね!」
「子供達が男だったから良かったものの、もし女の子が産まれていたら求婚してきた奴を片っ端から消していくことになったよ」
…うん、ロリコンもここまでくると逆にすがすがしいな!
息子さん達よ!年下美少女だけは嫁に連れてきたらアカン!
「ベリルが会いたがっていたよ?最近は本邸に顔を出さないだろう」
「いや、うん、はい、あーええ…」
顔を出したら最後、ベリルさんの着せ替え人形になり精も魂も尽き果てる羽目になるから行きたくない。
とは言えないが、ガッカリさせてしまっていることも心苦しいのでここは日本人奥義!曖昧に返事をして相手の出方をみよう、でも行きたくないんだよな~察して!空気読んで~!でどうだ!
「ベリルは女の子が欲しくて仕方なかったから。産ませてあげられなかった私も悪いんだが、ここはひとつ私の顔を立てると思って、次の休みにでも来てくれないか?」
ぎゃふん。
曖昧な返事をしてしまったがために、私の次の休みの予定が決まってしまった。
この奥義は同じ日本人にしか通用しないって改めて思い知ったわ。
この国の人間はハッキリ言うもんな~
ラリマーさんに至ってはロリコンだから仕方ない。
ベタぼれ奥様に褒めて貰いたいだけだからな。
「はぁ、はい。風邪を引かなかったら行きます」
「…別邸の使用人に風邪を引いている者がいたら解雇しようか」
「すみませんごめんなさい申し訳ございませんでした。行かせて頂きます!」
恐い~ラリマーさんの目が笑ってないよ。
本当にこの妻ラブはどうにかなんないかな。
「もうそろそろ上の息子が留学から帰ってくる。その話もしたいんだろう」
確か二年ほど前からベリルさんの故郷であるマラカイトに留学をしていると聞いた。
今年二十歳になるというから外交部に入ってくるのかな?
アイオライトでは十三歳から十八歳までは学校に行くことが出来る。
出来るが行くのは貴族かお金のある商家の子供達だけのようだ。
平民の子供達は十三歳で昔の日本でいう元服をすますらしいから、十五歳で結婚して母になるということもあるらしい。
十三歳て中学生だよ…私なんか二十九歳で結婚どころかお付き合いすら遠い記憶なのに。
あ、こっちで一年たったから三十路になったのか。
はぁ…どっちの世界でも恋愛に向いてないんだな…
「そろそろ時間か。アリー、迎えが来ているよ」
「え?迎え?」
そう言って扉の方へ顔だけ向けると、この国の宰相であるユークレースさんが眉間に皺を寄せて立っていた。
相も変わらず仏頂面している。
「地獄へ旅立つことをお許し下さい。ベリルさんによろしくお願いします」
「あ、あぁ…本邸へ来る日にはアリーの好物を用意させるからね」
ため息を飲み込んで、書類を片付けて出口へ向かう。
これが地球へ通じる扉だったらどんなにいいか。
待っているのは忠犬よろしくなヘタレ王との夕食。
私の本当の願いは誰も理解してはくれないらしい。