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46.旅立ち

「アリー、月に一度は必ず便りを頂戴ね?体が辛くなったら、無理をせず休むのよ?ああ、無理だと思ったら、すぐに戻ってきて構わないわ!」


「そうだよ、スフェーンが一緒だとしても、フローライトは遠いからねぇ。アリーの屋敷を造っておくから、いつでも帰ってきなさい」


「いや 、本当に屋敷はいりませんって!ほら、ラリマーさんとベリルさんがいる家の方が安心出来るというか…」


「あら!それなら、一室をアリー専用にしておくわね。ねぇ、あなた、いっその事フローライトへ邸を建てたらどうかしら?」


「それはいいね!資金を上乗せするから、二人で好きなように建てたらいい」


そうだそうだと、ラリマーさんが本邸の中へと走り去って行き、ベリルさんがまでもが一緒に引っ込んでしまった。

ちょ、待って…という私の叫びは一切届かないとはこれいかに。


私とスフェーンの横には、旅装束に身を包んだディアン、どこからか出したであろう黒い立派な馬、そして私達の目の前にネリー君とルチル、本邸の執事であるコーラルさんと侍女頭のアンバーさん、別邸の執事のシトリンさんが並んでいる。

みんな、主の行動を微笑ましく眺めていた。


「姉さん、父さん達の好きにさせてあげて?予想以上に不安みたいだから」


「旅の仕度もほとんどやってくれたし…何だか申し訳ないんだけど…」


「いいんだよ、姉さんは唯一の娘なんだから」


「うん…」


「僕にとっても、たった一人の姉さんだよ。まだまだ話したい事もたくさんあるし、いつでも帰ってきて。もちろん、外交にも行くから」


ネリー君が私の目の前に立ち、両手を握りしめてくれる。

後ろにいるルチルは、ぐっと唇を噛み締めて俯いたままだ。


何かを話さなければ、とは思うけど、なんだか言葉が出てこないまま、ネリー君の手を離す。

それを見たシトリンさんが、苦笑いをしながら側に来てくれる。


「アリーお嬢様、お体を大事になさってください」


「シトリンさん、ありがとうございます。あの…」


「短剣でしたらお持ちになって下さい。魚を捌くには必要でしょう。よく切れるのではないでしょうか」


今日は腰に着けていた短剣をそっと手で撫でた。

魚を捌くって…これは家宝みたいなもんなんじゃあ…。


「シトリン…!?まさかそれは我が家に代々受け継がれている『サラマンダーの涙』か!?」


「ええ、そうですが?受け継ぐとは名ばかりで、私が貰った時には錆び付いて鞘から抜けませんでしたよ。ですから、本来の使い方をなされるお嬢様にお譲りしようと思いまして。何か問題でも?」


「魚を捌くのが本来の使い方ではないぞ!?」


「父上、これから、あれの主はアリーお嬢様です」


サラマンダーの涙って、いきなり厨二くさい単語が出てきたな…。

コーラルさんが、うんうん唸りだしてしまい、どうしたら良いのか…。


「アリーお嬢様、よく切れるのならお髪をすく時にも使えますよ!あとはそうですねぇ…肉の解体や野菜も大丈夫ですし、使い方に気を付けて、産毛の処理なんかもいけそうですわね!」


「アンバー!だからそれは代々伝わる物だとっ…」


「アリーお嬢様、共に行けない私達の代わりに、それはお持ち下さい。そして使う際には私達を思い出して下さい。どうかお幸せに」


「…はぁ、そうですな。お嬢様『サラマンダーの涙』には、強力な魔除けの呪いがかかっていると言われておりましてな。新しい土地では、必ずやお嬢様と婚約者様の力となるでしょう」


やれやれ、といった風ににっこりと微笑んだコーラルさん、アンバーさんと握手を交わす。

シトリンさんとも、しっかりと手を握った。


「…コーラルさん、シトリンさんありがとうございます。でも…この短剣はあくまでも借りておきます。いつか必ず返しに来ますね!」


強力な魔除けと言うならば、横に突っ立っているディアンそのものが魔除けみたいなもんだしね。

みんなの事を想う時には、この短剣を使おう。


「アリー!少し額が大きいが、大丈夫だろうか?」


「あなた、心配いらないわよ。アリーの護衛にとウィスタリアの影に頼んでいるのでしょう?」


「だがなぁ…アリー、もし何かあった時には、金などくれてやりなさい。無くした分はすぐに送らせよう」


再び邸の中から出てきたラリマーさんとベリルさんだが、何やら話がとっちらかっている気がする。

まずウィスタリアの影が護衛って今初めて聞いたし、襲われたら金をくれてやるまでは百歩譲って理解出来るけど、追加するとか…。


「ラリマーさん、こんなにいただく訳にはいきませんって!それに、護衛もディアンがいるので大丈夫ですよ?これでも結構強いんですよ」


「…アリサ、私を愛してくれたのか…?」


「え?何で?」


「強い、と」


「いや、護衛になる位には強いよね?」


「女が男に求めるものは強さと財力なのだろう。それさえあれば、大抵の女は愛を捧げてくれると…」


「酒場のオヤジ話はいい加減に記憶から消してってば!」


「では財力が足りないか」


「だから!私はディアンだから付いて行くの!強さは有り難いけど財力はどっちでもいいよ。私が稼げばいいんだからさぁ」


「アリサ…」


やめろやめろ!

熱っぽい視線で見つめてくるんじゃない!


あら早速痴話喧嘩なのね~って目で見られてる!

勘弁してよ、このバカ神めっ!!


「ではせめて、国を出るまでは護衛を付けさせてくれ。金はあるに越したことはないんだから、それは持って行きなさい。二人の家を建てるなり、旅の資金にするなり、好きに遣うといいよ。親からの、嫁ぐ娘への贈り物だと思って欲しい」


贈り物って額には随分な重さの皮袋を手に握らされ、小心者な私は、やや冷や汗が出てくる。

旅の間は、節約の為に野宿も辞さない構えだったけれど、これだけあれば毎回ランクの高い宿でも泊まれそうだ。


困惑気味な私の肩を、ニッコリ笑顔のままポンポン、と叩いたラリマーさんの顔には、絶対に持って行けと書いてある。

こうなったら引かない事も承知の上なので、心からのお礼を言い、ディアンに預けた。




「…アリー様が稼ぐなんて、とんでもないですよ。今まで仕事ばかりで苦労されてたんです。そこの婚約者様に一生楽をさせてもらえばいいんです!」


「ル、ルチル…?」


「どうやら腕も立つ様ですし?神官様がどの程度の収入かは知りませんが、アリー様を養えないのなら、婚姻を結ぶ事は私は反対です」


「えーっと、私は仕事してるのが好きだしさ?さっきのは言葉の綾というか…」


「ルチル、やめなさい」


ラリマーさんが困った様な顔をしながらも、珍しくルチルを咎め、下がるよう肩を引く。

けれど、ルチルは目に涙を溜めながら、それを振りほどいて、私の前に立った。


「私だって!アリー様をお守りし、養うことぐらい出来ます!」


「…」


「お好きな物も、苦手な物も知っていますし、好きな色も、服も、髪型も、私なら分かります!同性だから出来る話だってありますし、お買い物へも、お食事にも、いつでも一緒に行きます!婚約者様に、それら全てが出来ますか!?この世界でアリー様の残りの人生を、本当に幸せに出来るんですかっ!!」


「ルチル…」


「好き嫌いはこれから把握していく。性別の違いはどうにもならないが、買い物へも食事にも、何処へでも共に行く。アリサの命が尽きるまで、生涯大切にすると誓う。」


「……でも、でもっ…」


「ルチル、姉さんが決めた人なんだよ」


「わかっております!!けれどっ!」


一生、私の側でお守りします、と言ってくれたルチルを置いていく事を決めたのは私だ。

ルチルは私の専属侍女だったとしても、雇い主はラリマーさんになる。


ラリマーさんからは、ルチルを連れて行って構わないとは言われたけれど…。

昨日まで一緒に行かせて欲しいと言っていたルチルを置いて、一人で行くことに決めたのには理由がある。


大きく頭を振って泣き出してしまったルチルの側に立つ。

私より少し背が高いルチルの体を抱き締めて、なるべく感情を出さないように、口を開いた。


「ねぇルチル、フローライトは遠いよね。家族にも、友達にも、中々会えなくなるよ」


「わかっています!それでも、アリー様と共に…」


「私は今でも、産んでくれた母さんと父さんに会いたいよ。友達や職場の同僚にも…会いたい人がたくさんいる」


私が違う世界から来たことは、少し前にここに居る全員に話をした。

信じてもらえるのか不安だったけれど、皆私の違和感に気づいていたらしく、とりあえずは納得してもらえた。


この世界での家族や友人も、勿論大好きだし、離れるのは辛い。

ただ、同じ世界にいるのなら、生きていればまた会うことができる。


けれど…この世界の命は儚い。

今日元気だった人間が、明日どうなるかの保証が、私のいた世界に比べて低すぎる。


生きてさえいれば、と言う事が簡単じゃないというのを、今回の戦で思い知った。

人口に比べると少ない被害で済んだみたいだけど、それでも人は死んだ。


アイオライトには、ルチルの大切な人がいる。

ルチルを大切に思う人達がたくさんいる。


私だけが、ルチルの残りの人生を独占する訳にはいかない。

それが、私の出した答えだ。


「今でも、両親やあの世界の夢を見るよ。会いたくて仕方ない。だから帰る方法を探して生きていきたい。その中で、ルチルが側に居てくれたらどんなに心強いかとも思ってる。でも、それじゃ駄目なんだよ。私はこの世界で生きていく。だからこそ、甘えてばかりじゃいられないよ。いい歳して、それは恥ずかしいしね!」


ルチルと顔を見合わせて、笑う。

ようやく、ルチルの涙が止まった。


「生まれ育った場所を、大切に生きて。私からのお願い」


「…アリー様」


今あるものが、当たり前にある毎日では、大切さを忘れてしまいがちだ。

けれど、いつまでもそれが続くとは限らない。


身をもって経験した私の言葉は、きっと正しくルチルに伝わったと思う。

ま、私の場合はレア過ぎて逆に大袈裟に聞こえるかも知れないけどさ。


「婚姻が決まったら教えてね。どこにいても、すぐに会いに行くから」


「それは…」


「姉さん、専用の運び屋を雇うから、それで手紙のやり取りをして。ルチルは僕に任せてね」


とびっきりの天使スマイルで、ネリー君が小首を傾けた。

この笑顔の裏では、ルチルを絶対に離すもんかと、闘志に燃えているんだろう。


ラリマーさんとベリルさんも、ニコニコと微笑んでいるし、これならセレスト家の後継ぎが産まれるのも時間の問題かな。

二人の子供なら、どっちに似ても可愛いだろう。


「じゃあ、行きます。皆さん、短い間でしたが本当にお世話になりました」


全員の顔を見ながら、深くお辞儀をする。

二年間の様々な思い出が蘇って、思わず目頭が熱くなる。


中々顔を上げられない私の背中を、ディアンが優しく擦ってくれた。

ようやく顔を上げた時、ラリマーさんにぎゅうっと抱き締められる。


「アリサ…と言う名前が、本当の名前だったね。それを奪ってしまい、申し訳なかったね。だが、私達のたった一人の娘は、私の中ではアリーなんだよ。これからも、アリーと呼んでも構わないかね?」


「勿論です。お父様がつけて下さった、私の名前です。大切にしますね」


ラリマーさん、と呼ぶ度に少しだけ寂しそうな顔をしていたのに、お父様なんて恥ずかしくて滅多に呼べなかった。

でも今は、素直に父と呼ぶことが出来て、心の中のつっかえが取れた気がする。


私にとって、ラリマーさんはとっくにお父さんだったんだ。

ラリマーさんと体を離して、ベリルさんにも抱きつく。


「お母様、必ず便りを出します。美味しいと言っていたフローライトの食べ物も、たくさん送りますね!」


「ええアリー、楽しみに待っているわ。貴女は私の大事な娘よ。何かあれば、いつでも帰ってらっしゃい」


ベリルさんの母の匂いが、私を安心させる。

いつまでもこうしていたい程、ベリルさんもお母さんだ。


守られていた二年間を糧に、これからは新しい世界へ旅立つ。

遅すぎる巣立ちだけれど 、改めてお腹に力を入れて、ベリルさんから体を離した。


「皆さん、体に気を付けてお元気でいて下さい。必ずまた、ここへ来ます」


黒い馬に乗ったディアンに並んで、私もスフェーンに跨がった。

馬上から、みんなに笑顔でもう一度頭を下げた。


行くか、と呟いたディアンに一つ頷いて、王都の正門へとスフェーンを促す。

泣くな、今泣いたら、今までの決心が鈍ってしまう。


必死で上を向いて、ギリッと音がなるくらいにキツく歯を食い縛り、無理矢理に笑顔を作って手を振った。

この世界での父と母が、眉尻を下げながらも手を振り返してくれる。


眩しい位の笑顔で、姉と呼んでくれた弟が大きく手を振ってくれる。

私の世話をしてくれた邸の皆が頭を下げて見送ってくれる。


そして…大好きな友が、泣き崩れたのが遠くに見えた。

ルチル、置いて行ってごめん…絶対に、また会いに来るよ。


正門を目にした瞬間、私も涙がこらえられなくなり、その様子にスフェーンが足を止めてしまった。

ディアンに馬から降りるよう手を差し伸べられて、ヨロヨロと地面へ降りた。


「ディ、アンっ…ごめっ、ごめんっ」


「いい。通行証を門番へ見せてくる。待てるか?」


「うんっ、ありがとう」


人が増え始めた王都の入口で、人目も憚らずにおいおいと泣いている私を、何人かが心配そうにうかがってくれる。

そんな優しさまでもが、余計に涙を増やしている。


その時だった。

大きな袋を持った人物が、私の目の前に立った。



「こんな所でぶっ細工な泣き方しないでくれる?」


「おい、早々に夫婦喧嘩でもしたか?嬢ちゃん」


「ジャスパー!コランダムさん!」


騎士服に身を包んだ二人が、私の前に立っていた。

ジャスパーに至っては、私の背くらいの細長い袋を両手に抱えている。


「うっわ…鼻水垂れてるんだけど。いい歳してこの泣き方ってどうなの?」


「ジャスパー、俺は今から嬢ちゃんの旦那を殴りに行ってくるぜ!」


「いやいやいやっ!コランダムさん、まだ旦那じゃないですし、喧嘩した訳でもありませんから!それよりも二人が何故ここに…?」


「スピネル坊っちゃんから連絡をもらってなぁ。この時間に正門に行くだろうから、見送りを頼むってな」


「そうだったんですか…ありがとうございます。でも、大変見苦しい所をお見せしちゃいまして…」


ずずっと鼻をすすって、ハンカチを取り出そうとスカートのポケットへ手を伸ばす。

すると、私の鼻を摘まむように、ジャスパーが真っ白なハンカチを押し付けてきた。


慌ててお礼を言って涙を拭っていたら、さも汚ない物を触ってしまったかの様に、ジャスパーが片手を払った。

おい、無理矢理押し付けておいて、それはないぞ。


「見苦しいのはいつもの事でしょ。それよりも、ほら」


そう言って、今度は大きな袋を私に抱えさせる。

それを持った瞬間、中身がスフェーンの干し草だと、匂いで分かった。


「もしかして、マラカイト産の?」


「うん、フローライトまでは足りないけど。あとこれも。お気に入りのブラシと蹄の替えと干し葡萄」


「私だって全部用意したよ?」


「ブラシはこれの方がいいから。蹄はスフェーンに合った物は何個でも必要だし、干し葡萄も日保ちするんだから構わないよね」


なぁ、スフェーン?と、名残惜しそうに首を撫で始めた。

成る程、見送りに来たのは私じゃなくてスフェーンの為か。


「分かった、ありがたく貰って行くね」


「アリサ、通るぞ」


大きな袋と小さい袋をスフェーンにくくりつけた時、ディアンが戻ってきて、二人に会釈をした。

これでしばらくは、この国ともお別れか…。


「よぉ旦那!アリーちゃんを宜しく頼むぜ!」


「ああ」


「コランダムさん、来てくれてありがとうございました。奥様と娘さん達にもよろしく伝えてください。手紙も送りますね」


「わかった!式には嫁さんも娘達も連れて行くからな!」


「ジャスパーも、来てくれて嬉しかった。あ…ハンカチ…」


「そんな鼻水だらけの物は返さなくていいから。くれぐれも、スフェーンに無理をさせないでよ。あんたは適当に幸せになれば」


適当に幸せにって…本当に最後の最後まで素直じゃないんだな。

でも、この憎まれ口もしばらく聞けなくなると思うと…


「っ…ジャスパーぁっ…」


思わずジャスパーの元へ駆け寄り、いつものつなぎでは無い、第三騎士団の証であるグレーの騎士服にしがみついた。

お日様の匂いがいっぱいの、見た目よりも広い胸にしっかりと抱き込められる。


「色々、ありがとねっ…友達になってくれてありがとう、一緒にご飯食べてくれて、いつも助けてくれて…ありがとうっ!」


「あんたは危なっかしい所だらけだったから、仕方なかっただけだよ。これからは、僕もラリマー様もルチルもいないんだから、婚約者に迷惑かけないように精々頑張ったら」


「うん、うん、頑張る」


言葉とは裏腹に、抱き締める力が緩むことはなくて、全身から応援してくれている気持ちが伝わってくる。

ジャスパーはこう見えても寂しがり屋だし、こんな不器用な性格を全て受け入れてくれる様なお嫁さんが、早く見つかるといいな。


「ほら、鼻水が僕の服につく前に離れてよ」


トンっと肩を押されて、後ろからディアンに腕を引かれる。

もう一度涙を拭いて、二人にお辞儀をした。


「ではアリサはもらって行く。」


「…ディアン、それは悪役の台詞ですけど」


「そうか」


「わっはっは!愉快な旦那だな!よし、二人とも気を付けて行けよ」


「…じゃあね」


「本当に、ありがとうございました」


馬に乗った私達を、コランダムさんが手を大きく振って、ジャスパーがどこか寂しげな顔をして、見送ってくれる。

後ろ髪を引かれっぱなしな私を気遣うように、スフェーンがゆっくりと門を抜ける。


二人の姿が見えなくなった時、手にしていたハンカチに、何やら文字が刺繍されている事に気づいた。

そこには、アイオラ語でアリサと書かれている。


ジャスパーは、最初からこのハンカチを私にくれるつもりだったんだな。

しかも、アリーではなくアリサ、と。


一緒に夕食をとった帰りに、私が言った本当の名前を、覚えていてくれたんだ。

いつも、あんた、とかババアとしか呼んでくれない癖に、こんな贈り物は格好良すぎるよ。


「若い方の男…」


「ん?ジャスパーの事?」


「あの人間から、アリサに対してとても深い愛情を感じた」


「…ほんと?」


「ああ。行かせたくない、離れたくないと」


「ふふっ、そんな事、一言も言わないのにね?でも、そう思ってくれてるって、私にも伝わったよ」


「これが不倫という事柄か」


「あのねぇ…ジャスパーも私も、友情しか無いから。友情の中の愛情でしょう?ディアンの焼きもちも中々わかりづらいね」


「……アリサは…………だ」


その時、大きな風が私達の進行方向へと流れていった。

それにディアンの声がかき消され、何を呟いたのか分からなかったが、まぁいいか。




「スフェーン、追い風だし走ろうか!」


私の言葉に嬉しそうに天高く声をあげたスフェーンが、一気に風を切って走り出す。

手綱をぎゅっと握りしめて、真っ青な空を春の風と共に仰ぎ見る。


この空より遥か向こう、宇宙のどこかに、地球があるのかもしれない。

遠すぎて、今の私に帰る術はないけれど。


それでも、向こうでも時間が進んでいくように、ここでも私の時間は止まることはない。

一日一日と、必ず朝は来て夜が来る。


限りある中で、こうやって大切なものが増えていくんだ。

この旅が終わる頃には、もっともっと増えているといいな。



「ねぇ、ディアン!今日はどこまで行けるかな?」


スフェーンの全開に近いスピードにも負けず劣らずの馬に乗ったディアンが、私の真横まで近づいてくる。

そして穏やかに微笑みながら、どこまでも、と返してくれる。


やっぱり、いまいち話が噛み合わないな、と苦笑いをしながら、日が傾く前には宿のある街まで行こうと、頭の中の大まかな地図に目星をつけた。

でもまぁ旅は長いし、急いでいる訳でもないし。


この世界を見ていこう。

私の命が続く限り、ゆっくりと。












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