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41. 見えない心の奥にあるものは

「それは承諾出来ない。」


「なんで!」


「危険すぎる。」


「じゃあ姿は見せずに側にいてくれる?それならいい?」


「…。」


久しぶりに家族が集まって夕食を共にし、ルチルにも下がってもらった夜の入り。

動きやすいようにと裾の広がらないワンピースと、緑の外套を身に付けた私は、早速ディアンを呼んだ。


短剣に声をかけてすぐに現れたディアンに、私達の声を消すようにお願いし、ユークレース様のいる牢へ連れて行って欲しいと頼んだ。

が、その願いはすぐに却下されてしまう。


「こんな事頼めるのは、ディアンしかいないんだよ…たかが人間が、こんなに頼み事ばっかりして申し訳ないと思っているけど…。」


「では対価を。」


「たいか?ああ、何か差し出せばいい?」


「ああ。」


「もちろん!私に出来ること、持っている物でよければ何でもいいよ。お金は…旅の資金を少し残してくれたらありがたいけど…。」


「金などいらない。」


「あ、服代と宿代はきちんと返すからね。それで、何をあげればいい?」


ソファの前に立っていた私の目の前にやってきたディアンは、深い黒曜石の瞳を揺らした。

そして、流れる様な動作で私をソファに押し倒した。


「ディアン…これはどういう…」


至近距離で目が合い、顔に熱が一気に集中する。

黒目の大きな瞳から目が離せない。


「我が花嫁として、フローライトへ来い。」


「ははは花嫁!?」


「アリサの命続く限り、私と共に。」


「いいいいや、あなた神様でしょう!?」


「私と婚姻を結ぶんだろう?」


ニヤリ、と人の悪い笑みを浮かべ、私の頬を片手で優しく撫でる。

その手が首筋から鎖骨、肩を撫でて腰に向かおうとしているのに気づき、必死で抜け出そうともがく。


待て待て待て、そんな事言った覚えは……

ある!!


「ジャスパーに吐いた嘘を聞いてたの!?」


「姿は見せなくとも、側にいた。」


リアルストーカーがここにいた。

危害はないけど、このプライバシーの侵害に何の躊躇も無い神経はどうかと思うぞ。


随分、人間に対して理解があるように見えてたけど、こういう事を言う辺り、さすが神様だ。

陛下に続いて二度目の求婚…になるのか知らないが、なぜ私には普通の人との縁が無いんだ。


だんだん顔の熱が引いてきて、今度は頭痛がしてきた。

抵抗を諦め、両手で顔を覆って、ため息をつく。


「…分かった。ディアンと一緒になる。」


「何不自由させない。この姿ならば、子をなす事も可能だ。」


「そんな事は考えなくて結構です。」


「アリサは私の事を嫌ってはいないだろう?」


「…人、として好きではあるけど 、愛ではないよ?」


「それで構わない。」


あんたは構わないかもしれないが、私は構うんですけど。

でも、今はユークレース様に会いに行く事が最優先だ。


既に散々頼み事をしておいて、あらありがとうって訳にはいかないよね。

陛下になんて言ったらいいのか困るけど、一緒になるつもりはなかったし、これでいいのかもしれない。


このまま一生独りで生きていくのも悲しいし。

ジャスパーにも、貰ってもらえって言われたもんね。


「じゃ、私を連れて行ってくれる?」


「夜が明けるまでには戻る。姿は消すが、側にいる。」


「うん、それでいいよ。」


どこか安心したようなディアンに、そっと抱き起こされる。

スカートの裾を整えて、ディアンの手をとった。


「目を開けたら牢だ。」


はい、と小さく返事をして、目を閉じた。



一瞬目眩を起こしたような感覚になり、ゆっくりと瞼を開く。

そこは漆黒の闇に支配され、明かり一つ無い。


目が馴れたら何か見えるかもと思ったが、両手が宙をさまよう。

おかしいな、牢へって言ったけど、通路までこんなに暗いの?


この国の牢は、全体が石なのかな。

なら、ユークレース様と話がしたくても、石の扉の前から声が届くか微妙だよね。


その時、スカートの中から淡い光が溢れてくる。

慌てて太ももまで捲り上げると、短剣が光を放っていた。


それをランタン代わりに目の前にかざせば、そこは狭い部屋の中だと言うことに気づく。

まさか、ここって…


「アリー?」


ビクッと肩を震わせ、声のした方へ慌てて短剣を向けると、そこには暗闇の中で片膝を立てて座っているユークレース様がいた。

ディアン、まさか牢の中に連れてきたの!?


確かに牢へ行きたいって言ったけど、ユークレース様がいる牢の前に出るんだとばかり思っていた。

看守に見つからないようにしなきゃ~とか考えてた私がアホみたいじゃない!


目の前で、ユークレース様に会えるなんて思ってもいなかったから、妙に戸惑う。

短剣を少し下にかざして、よーく目を凝らした。


「ユークレース様…?」


「…今どこから現れました?影は一切近付けない様になっているはずですが。貴女にその様な術は使えませんよね?」


「はい…それは聞かないで下さい。あの、少しお話をしませんか?」


「…する必要はありませんよ。今すぐにここを出ていきなさい。」


薄暗い中でも、ユークレース様が怖い顔をしているのが分かる。

声が外に漏れたら厄介だと思って、少しだけ近付く。


一人分くらいまで近づけば、ユークレース様の両手と両足に、太い鎖が嵌められていた。

目を凝らせば、薄いグレーのシャツに、紺色のパンツ姿で靴を履いていない。


肌が出ている部分から、血の滲んだ掠り傷がたくさんあった。

思わず手を伸ばしてしまうが、届かない事に気づいて引っ込める。


短剣を両手に持ち、私もその場に腰をおろす。

布越しでもわかる、ひんやりと冷たい床に、ここが牢屋なんだと思い知らされる。


「あの…いくつか質問がありまして。」


「一体どうやって入り込んだんです?それに、その短剣は始末したはずなんですが。光を放っているのも理解出来ませんね。」


首を傾けたユークレース様の、その長い綺麗な水色の髪が、さらさらと落ちる。

どうやら、顔にはそんなに傷がないようだ。


「……ユークレース様、なんで謀反なんて起こそうとしたんですか?カナリーさんは、あなたが捕まる事を考えて無かったんでしょうか。」


「…質問を許した覚えはありませんよ。本当に貴女は鳥頭ですね。」


「鳥でもなんでも、この際結構です。いいから、答えてください。どうして、あんなに大事に思っていた陛下を、殺そうと思ったんですか。」


「殺すつもりも、殺させるつもりもありませんでしたよ。」


「じゃあなんでっ…!」


「へリオを愛しているからです。」


あ、愛している…?

それは、どういう意味か…。


「彼は優しすぎる。たった一人の弟に、これ以上国を背負わす訳にはいかないんですよ。」


「あ、ああ、同じ乳母に育てられたって聞きました。愛しているって、家族としてって意味ですか?」


「それ以外に何があるんですか。質問をしておいて…理解力がないのなら、聞かないで戴きたいですね。」


「…すみません。」


焦った、この流れからいきなりボーイズラブになるのかと思った…。

この国にそういう文化や嗜好があるのかは知らないけど。


そっち方向の趣味はないが、陛下を押し倒すユークレース様…似合う!!

綺麗な顔の二人だからこそ、違和感があまり無い!


なんだか恥ずかしくなってしまい、短剣を床に置いて、両手の汗をスカートで拭う。

ごほん、と咳払いをして気を取り直し、もう一度ユークレース様を見つめた。


「だったら、カナリーさんと組んで戦なんかをしなくても、もっと違うやり方があったんじゃないですか?」


「カナリーの思惑は、偶然なんですよ。数年前から王妃の様子が変わり、次第に反乱分子が増えてきた所で、私に相談を持ちかけられましてね。都合よくこの国から採れる宝石に目をつけていた様なので、それを煽り、アイオライトへ侵攻させれば良いと。そうすれば、戦いの最中にへリオが死んだ事になっても、おかしくはないでしょう?」


「陛下の身代わりに誰かを立てて、本人をどこかへ逃がすつもりだったんですか?」


「その通りです。」


「そうしたいがために、パルマ様も操ったんですか。」


「あれはまた、別の件ですね。娘を王妃にしたくて仕方が無かった様なので。しかし、へリオはここ一年で、貴女に心を奪われた。このままだと何を仕出かすか解らなかったので、私が王位に就いた後、始末する予定でしたよ。」


「始末って…!あなたの叔母と従姉妹なんでしょ!?それを簡単に…」


「へリオに害を成そうとするものは、誰であろうと許しません。逃がした後にも危険が及ばぬ様に、全て処理をしなければなりませんし。」


「ユークレース様、正気ですか…?」


一人の人間を、始末とか処理だとか…。

いくら陛下の為を思っての事でも、考え方が歪んでいる。


「私は至って真面目に答えているつもりですが。ああ、ちなみに彼女達は既に神の元へ還ったでしょう。計画が狂いましたので、先手を打っておいて正解でした。今頃、拘束されている部屋では騒ぎになっているでしょうね?」


まさかっ…今すぐディアンに確かめたいけれど、ここで呼ぶのはまずい。

真っ直ぐに牢へ来てしまったから、外で何があったのか、わからなかった。


「嘘ですよね?だって、そんな時間どこに…」


「私が手を下したとは言っていませんよ。」


予想以上の冷酷な言葉に、声が出ない。

当の本人は、うっすら笑みまで浮かべている。


「戦で人を殺すのと、何が違いますか?今は戦時中ですよ。人が死ぬのは当たり前の事です。」


「当たり前なんかじゃないっ…ユークレース様が陛下を大切に思うように、パルマ様とヴェローナ様の事も大切に思う人がいるはずでしょう!?」


「だから。戦とは、そういうものだと教えて差し上げたんですがね?他人にも自身にも甘い貴女には、解らないでしょうが。」


そう言われて、ぐっと唇を噛む。

めちゃくちゃ悔しい…けれど間違っていない。


私はこの世界でも、元の世界でも、甘い。

戦だろうがなんだろうが、人が傷つくのが怖い。


周りの誰かが傷つけば、自分が悲しくなるから。

何か出来たんじゃないか、もっと違う選択肢があったんじゃないかって、後悔をするから。


それを人の為と言えば聞こえはいいが、私の場合は、綺麗事を並べて、後悔をしたくなくて。

全て、自分の心が傷つくのが嫌なだけなんだ。


カチャリ、と鎖の音がして、ユークレース様が距離を縮めてくる。

短剣をそっと持ち上げて、私に柄の方を向けた。


「紐をほどけば今ここで、貴女は私を刺すことが出来ます。」


白く光を放つ短剣を持つ。

ルチルが巻いてくれた麻紐を、ユークレース様がそっとなぞる。


「昼間、へリオがその機会を与えたのにも関わらず、なぜ私を庇ったのですか。あの時へリオに首を跳ねられれば…これ以上の幸せはありませんでしたよ。」


ただでさえはっきりしない視界が、涙で滲む。

人が死ぬことにも、自分が死ぬことにも一切の迷いがないユークレース様の、心が見えない。


「国内の危険因子は全て取り除きました。残るは、私だけです。」


鞘に収まっている剣先を、ユークレース様の胸に押し付けられる。

短剣を持つ手が震えた。


「十日で全て済むと言ったのを覚えていますか。七日目の今日はもう終わりです。明日も私への尋問が行われ、明後日にはジンカイトからマラカイトへと休戦協定が結ばれるでしょう。」


「十日目には、何が…」


「私の刑が執行されます。それで、全てが終わりですよ。」


しっかりと私と視線を合わせたユークレース様は、その言葉を言い放ったとは思えないくらい、穏やかに微笑んだ。










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