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40. それぞれの守り方

「アリー!無事で良かったわぁ!!」


ラリマーさんの本邸へ戻った私は、リビングでベリルさんに抱き締められた。

既に泣いていた様で、目が真っ赤になっている。


「ベリルさん、心配かけてしまって、ごめんなさい…。」


「いいの、いいの。貴女が生きていてくれただけでっ…。」


私を胸に抱きながら、泣き始めてしまう。

ユークレース様の石牢から出て、すぐに皆の元へ戻らなかった事を、ここで初めて後悔した。


また誰かがユークレース様に何かされるのが怖くて、会わない方がいいと思っていたけど…。

一言でも、無事な事を伝えていれば良かった。


「ラリマーさん、ルチルも。本当に、本当にごめんなさい…。」


ラリマーさんが、そっとベリルさんを抱えて、ソファに座らせる。

ラリマーさんとネリー君が座ったのを見てから、私も腰を下ろした。



「さて、アリー。私の寿命は何年縮んだだろうねぇ…。まさか宰相を庇うとはね。」


「すみません…。」


「君が彼を頼るなんて、考えられないからねぇ。しかし監禁されたとは、本当かい。」


「はい、脅しをかけられたので…。」


「ラリマー様、宰相閣下は私を人質に、アリー様を連れ去ったんです。私が甘かった為です、申し訳ありませんでした…。」


「アリー、ルチル、君達は何も悪くない。謝る事はないよ。それで、なぜ彼を庇ったんだい?」


「なんとなく、その方がいいような気がしたんです。でも…その為に、ラリマーさんに多大なご迷惑をかけてしまいましたよね。それも、なんとお詫びしたらいいのか…」


「いや、それは構わないよ。せいぜい減給程度だろう。それと、あれは一種の演出だからねぇ。陛下もアリーが庇っている事に、気づいていただろう。けれど、君が逃げ出したなんて事にしてしまって、悪かったね。」


「いいえ!あれは演出なんだって、私にもわかりました。でもあの時、宰相様に監禁された事を認めてしまったら…」


「姉さんが、宰相の首を切る事も出来たね。」


横に座っていたネリー君が、とんでもなく恐ろしい事をさらりと言い放つ。

首を切るって…宰相をおろすって意味のクビじゃなくて、頭と体が分裂する方デスカ。


「えええ、ま、まさか。」


「この国では、殺人、強姦、その次に重いのが監禁なんだ。精神を破壊する様な罪はとても重い罰が与えられる。本来、法の番人達が裁くけれど…陛下は、姉さんの証言をもって、目の前で首を跳ねたかもね。」


「…そんな事…。」


「余程頭にきているんじゃないかな。」


「…陛下は、我を忘れてしまっているのかな?それとも、戦の中だから気持ちが昂っているだけ…?」


「アリー、陛下は元々、罪を犯した人間に容赦はないよ。十年程前になるかな…王都から少し離れた街に、大規模な盗賊が出た。それを討伐する軍に志願して、ほとんどの盗賊達を、たった一人で皆殺しにしたと聞く。十七でそれが出来る事に末恐ろしく思ったものだけれど、その功績が大きく評価されて、三年後に父上から王位を受け継いだんだよ。」


「皆殺し…。」


「民を傷つける人間は、たとえそれが自分の国の人間だったとしても、慈悲は無い。罪人だと誰の目からも明らかになれば、陛下の裁きは早いんだよ。そういう一面も、この国の人々から見たら信頼に値するからねぇ。」


「私の知っている陛下じゃないみたいでした…。」


体調を気遣ってくれ、食事を共にし、全身で好きだと言ってくれた。

そんな人間味に溢れた陛下しか、私は見たことが無い。


たまにコランダムさんと剣を合わせている所を見たことがあるけど、あんな目はしていなかったはずだ。

まるで知らない人みたいに、思ってしまう。


「僕が留学へ行く前は、あんな感じだったよね?父さん。それが、建国祭の日に表情がコロコロ変わる陛下を見て、随分感情が出るようになったんだと思ったよ。」


「うん。ここ一年程で、人形の様だった陛下に心が宿ったようだねぇ。それがアリー、君のせいだと知っているだろう?」


知りませんとは言えずに、やや気まずくなって視線を泳がせた。

後ろにいるルチルが、小さく笑ったのが分かった。


「それにしても、首が飛ぶ所を見なくて良かったねぇ。アリーには耐えられなかっただろう?」


「はい…。想像するだけで、恐ろし過ぎます。」


「陛下にとっても、まだ罪が全て明らかになっていないまま宰相を断罪してしまえば、どこかで綻びが出るかもしれない。頭に血が登っている今は、何を言っても聞きはしなかっただろうけどねぇ。」


そうか、コランダムさんが慌てて陛下に耳打ちしていたのは、こうなる事を予想したからなのか。

冷たい目をしていたけれど、心の中は烈火の如く荒れ狂っていたのかもしれない。


その引き金が私だなんて、誰に申し訳なく思ったらいいのか…。

一気に体が重くなり、膝に顔を埋めて深いため息をついてしまう。


「アリー様、閉じ込められている間、どんなに辛かったでしょうか…。本当に、私のせいで…っうっ…。」


後ろでルチルが、静かに泣き出してしまった。

慌てて振り返るが、それよりも早く、ネリー君がルチルを抱き締めた。


ん?ネリー君とルチルって、こんなに距離が近かったっけ?

そもそも、接点なんて無かったよね?


「あの、ルチル、私が閉じ込められたのは確かに牢だったけど、食べるものも、着替えも、湯あみも何不自由なく用意されてたんだ。本もあったから、むしろゆっくり満喫してしまったと言うか…」


「君は本当に肝が座っているねぇ…。」


「うっ…いや、寝台も机も椅子も、全てが新しく清潔でしたし。入れられる前は、どんな苦痛が待っているのかと思いましたが、あれは監禁ではなく、保護だったように感じました。ただ、やり方が拉致だったのはどうかと思いますが。」


「…そうか。」


ラリマーさんが腕を組んだまま何か考え始め、隣のベリルさんが、それに寄り添う。

私の後ろでは、ネリー君がルチルを必死に慰めている。


リア充共め。

独り者の私に対する、神からの試練か。


「さてアリー、疲れているだろう?部屋を用意してあるから、ゆっくりと休みなさい。ルチル、頼んだよ。」


ネリー君の腕を優しくおろして、はい、とニッコリ微笑んだルチルに苦笑いを返し、客間へ案内される。

色々と聞きたいことがあるけど、とりあえず湯あみを済ませて、遅い昼食を二人でとった。



「アリー様、本当にどこも怪我などはしていませんか?」


「うん、宰相様の石牢は快適だったんだ。心配して眠れなかったって聞いたよ。ルチル、ごめんね。」


「私など…アリー様がご無事で、良かったです…。けれど、牢からはどうやって抜け出したんですか?」


食後の紅茶をブッと吹き出してしまう。

そうだそうだ!その言い訳を考えてなかった!


ディアンの事は絶対に言えないし、私に力なんかないし。

毎度の事だけど、ここは奥義しらばっくれを…


「いいえ、アリー様はこの世界の人間ではないんですよね。何か、特別な力で出られたんでしょうね。」


「そうだ、ルチルはいつから知っていたの?」


「アリー様の侍女になる時からです。ラリマー様には知らないふりをしていろと言われていましたので。黙っていてすみません…。」


「最初からじゃん…でも私もいっぱい嘘をついちゃったね。ごめん。」


二人でごめんなさい大会が始まり、ついには笑いが込み上げてきた。

もうやめよう、と私から切り出して、改めて紅茶を口に含んだ。


「牢から出れたのは、何て言うか…私の力ではないんだけど、ある意味私だからと言うか。説明出来ないから、まあ無事だったって事で。結果オーライだよ。」


「アリー様の不思議な物言いは、いつも可笑しくて。誰に対しても平等で物怖じしない所を見ていると、とても平和な国で過ごされたんだと思いました。」


「うん、私の国は戦をしないって法律で決まっていたから。他の国では戦をしていたけど、遠い国の話くらいにしか、思ってなかった。だから…」


ディアンとジンカイトの軍の側へ行った時。

武装した集団と言うものを初めて見て、これが戦をする人達なんだって怖くなった。


戦なんて便利な言葉があるけれど、私の中では殺し合いとしか思えない。

それを仕掛ける神経も、精神も、理解できなかった。


「これ程大きな戦は、近年無かったんですよ。けれど、他人事にはなりません。永久中立国のフローライトですら、もし火種が来たときの為に、遠い海へ民が避難出来るよう巨大な船を持っています。だからこそアリー様には、覚悟が無ければ剣など持って欲しくはありませんでした。」


私が人は切れないって怖じ気づいた時、ルチルは覚悟が無いなら剣を渡せ、と言っていた。

ルチルの、優しさだったんだよね。


「アリー様は、自分が傷つく事よりも、人を傷つけてしまう事の方に悲しむでしょう?」


「…自分が痛いのも嫌だけどね。それでも、同じ人間を傷つける事は、私には無理だ。」


「覚悟は出来そうにありませんか?」


「うん。」


湯あみ後に再び腿につけた短剣を、スカートの中から取り出した。

それを、ルチルに向かって差し出す。


これが無いと、ディアンを呼ぶことが出来なくなるけど…。

剣を持つ覚悟が必要な事は、私にも分かる。


私から短剣を受け取ったルチルは、すっと立ち上がって、侍女の控えの間へと消えていった。

程なく戻ってくると、麻のような紐で鞘と本体をぐるぐる巻きにした短剣を、私の目の前に跪いて掲げた。


「御守りとして、お持ち下さい。」


「ルチル…。」


「これを使うことはありません。」


「…。」


「私が、全力でアリー様をお守り致します。もう二度と、目の前で連れ去られる様な事には致しません。」


うっすらと、瞳に涙が浮かんでいる。

その瞳の中には、後悔や、謝罪や、安堵や、色んなものが混じっているように見えた。


「あんな目にあったのに、また私と一緒に居てくれるの?」


「私は生涯、アリー様と共にいると決めたんです。」


「…男前過ぎるよ、ルチルっ…」


ルチルの心からの優しい言葉に、思わず泣き出してしまう。

いつの間にか、二人で手を取っておいおいと涙を流していたら、やや控え目なノックと共に、ネリー君が入室をしてきた。



「…取り込み中にごめんね。ちょっといいかな?」


「失礼致しました、すぐに。」


「ああルチル、何もしなくて構わないから。」


「いえ、紅茶のご用意をして参ります。アリー様、少しお側を離れます。スピネル様が一緒ならば、何も心配はありません。」


「あ、うん。」


では、と頭を下げて、部屋から出ていってしまった。

まるで騎士のような事を言って去ったけど…だからどんだけ男前だ!


「…ルチルは姉さんに心酔している様だね。」


「あはは…。あ、何か動きがあったの?」


「うん、パルマ殿と娘のヴェローナ殿が、拘束された。その他に、宰相閣下に加担していた数人も。けれど、トレイド家当主であるバルナス様が二人の罪を被ると言い出し、自分の首で許して欲しいと。どうやら、バルナス様は加担していなかったみたいだね。」


「バルナス様って、宰相閣下のお父さん?前の宰相様だっけ。」


「そう。親子で知らなかったとは言い切れないし、バルナス様にも罪があるんだけれど…さすがの陛下も、前宰相閣下に言われたら突っぱねる訳にはいかないから、一時保留にしたみたいだよ。」


「最初にルチルからこの話を聞いた時には、トレイド家の人間がみんな共犯だって言ってたと思うんだけど、ほんの一部だったの?」


「戦の準備はしろと伝えていた様だけれど、まさか陛下を狙っているなんて、ほとんどの人達は知らされていなかったんじゃないかな。宰相閣下、パルマ殿、ヴェローナ殿、主に三人で企てたんだね。」


ルチルが戻ってきて、私達に暖かい紅茶を淹れてくれる。

一緒に座ろうという私の言い分は聞き入れて貰えず、さっさと控えの間に下がっていった。


「…ねえ、ネリー君とルチルって、何かあった?」


「何かって?」


「いや…さっきは距離が近いように思ったんだけど…今のルチルは前と変わらないし。私の勘違いかな?」


「姉さん、前に一度、影の気配が分かる侍女を僕にくれないかと聞いた事があるよね?実際会ってみると侍女としてではなく、全て欲しくなっちゃったんだ。」


「まさか、私が居ない間に、ルチルを口説いたの!?」


「うん。けれど、姉さんが居ない間は弱っていたのもあって、随分僕に心を開いてくれていたんだけれど…。姉さんが戻ったら、ルチルも元に戻っちゃったんだよ。」


「弱っている所につけ入る様な事したの…でも、ルチルを支えてくれてたの、かな。」


「ルチルの姉さんに対する忠誠心には、さすがの僕も完敗だね。」


「ネリー君、やっぱりモテるの?」


「女の子は可愛いからね。愛でたくなるのは男の性だと思うよ?」


「…ルチルを弄ぶ気?」


「そんな事するわけない。僕は一人の女性に真摯に向き合うよ。姉さんには負けないからね。」


そう言って、天使の微笑みをかましたネリー君は、獲物を狙う肉食獣そのものに見えた。

これは、とんでもないのに目をつけられたな、ルチルよ。


私としては、ルチルが誰とどうなろうと、本人が幸せならば文句はない。

ネリー君が相手だって、顔も財力もあるし、ルチルを本当に愛してくれるんなら、応援する。


が、ルチルにその気がないなら話は別だ。

無理強いなんて、誰だって嫌だろう。


「私に勝つ負けるの前に、ルチルの気持ちを大事にしてあげてね?なんだってこの国の男の人は、自分の心のままに動くのよ…結果幸せになればいいけど、そうはいかない場合もあるでしょうに。」


所謂、肉食系男子ばっかり見ている気がする。

おっと…親友のジャスパー君は、それに含まれないか。


「姉さんのいた世界は、争いもなく病にも然程怯えないで過ごせたんじゃない?けれど、ここは違う。流行り病なんかが広まれば、一気に人が死んでいく。こうして戦が始まれば、戦火に巻き込まれるかもしれない。この世界の人間達にとって、死は遠い未来の話じゃないんだ。僕は、後悔はしたくない。ただそれだけだよ。」


予防接種も、救急車も無い、最新鋭の医療施設だってあるわけがない。

それが当たり前にあった世界から来た私は、人の命が儚い事を忘れていた。


科学や技術で生かされているだけであって、人間本来の生活をしていれば、病や争いに倒れる事が、すぐに死に繋がるんだ。

ユークレース様に連れて行かれた私を、ルチルはどんな思いで待っていたんだろう。


「分かった。本気なら、頑張って。」


「うん。必ず僕のものにする。ルチル、聞こえているんだろう?出ておいで。」


ネリー君が、ルチルのいる部屋の扉へ向かって声をかけた。

少しの間があってから、ゆっくりと中から顔を出した。


「…お呼びですか。」


「ブッ…ルチル、変な顔っ…アハハ!」


そこには、顔を真っ赤にしたルチルが立っている。

視線が定まらないようで、キョロキョロと目を泳がせている。


ルチルも、とことん恋愛事に縁が無かったんだろうな。

あんな際どい小説を読んでいるのに、今とのギャップが可笑しすぎる。


「アリー様、笑いすぎです…」


「だって!」


「ルチル…もしかして、僕が本気で君の事を欲しがっているのを気づいて無かった?」


「本気などと思いません!身分も違いますし、歳も離れておりますし…ただの遊びだろうと…」


「遊びなんかで、あんな事はしないけれどね?」


「スピネル様っ…!」


あんな事…?

あんなこーとこんなこーと…いっぱいあるのっ!?


「まあ、今は姉さんの事で頭が一杯だろうし。落ち着くまで待つから、覚悟しておいてね。」


「ネネネネリー君、ルルルルチルに何を…」


「アリー様!今はそんな話をしている場合ではありません!さ、お話を元に戻して下さい!!」


真っ赤になっているルチルと、それを満足そうな顔で見つめているネリー君。

二人を見ていたら、一刻も早く戦が終わればいいと思った。


それぞれ皆、自分以外の誰かを守ろうとする。

支え合って、喜びや悲しみを分け合って。


ユークレース様は、人一倍弱い私を、彼なりのやり方で守ってくれたのかもしれない。

やっぱり、このまま二度と会えないままさよならなんて出来ないよ。


ディアンと繋がっている短剣を握り締めて、強くそう思う。

そして、心の中で呟く。


今夜、私をユークレース様の所へ運んで欲しいと。








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