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38. 終わりへ向かう

ようやく…遅れすぎてすみませんでした!

王都の端から、中心にある王宮へ着く頃には、もう随分日が高くなっていた。

途中、馬車が動き出しているのに気づいたけれど、同時にお金を持っていない事にも気づいてしまい。


仕方なく、持てる力の全てを使い果たす勢いで走り、ようやく王宮の裏門へとたどり着いた。

ゼェゼェと肩で大きく息をしている私を、門番のおじさんが怪しげにこちらを見ているが、構うものか。


近くまで行き、髪と目の色が分かるように、外套のフードを取る。

すぐにアリーさんですか!?と慌てて抱えられ、中へ入れてもらった。



「しばらく顔を見ていなかったもので…戦の前に、国を出たんだと思っていましたよ。」


王宮の敷地内から出入りする時には、必ずこの裏門を通っていた為、このおじさんとは顔見知りになっていた。

背の高い帽子姿が良く似合っている、壮年の優しげな方だ。


「あ、は、はぁ、はぁ、す、すみま…せんが…み、み、水を…」


「一体どうしたんですか…少しお待ちください!」


そう言って、紅茶のポットに水を入れて来てくれた。

それをカップを無視して、ポットに口をつけ、ごくごくと飲み干す。


あー!生き返った…!

こんなに長い距離を走り続けたのは何年…いや、何十年振りだろうか。


高校生の時のマラソン大会以来な気がする。

長距離は得意な方だったけれど、ブーツにスカートで全力失踪はキツイ…。


後半はスカートを膝まで捲り上げて来てしまったが、どうか知り合いに見られていませんように。

この世界で女が膝を出して歩くなんて、あり得ないもんね。


「ふぅ、ありがとうございます。助かりました…。」


「いいえ、大丈夫ですか?」


「はい、なんとか…。」


ようやく呼吸が落ち着いた私の所へ、バタバタと足音を鳴らして誰かが近づいて来る。

顔を上げて見れば、よく見知った美青年だった。



「ジャスパー!!」


「…本物なの。」


「え?」


「スフェーンだけが戻って来たから、もしかしたらと思って。」


「良かった!スフェーン、休ませてあげて。きっとすごく疲れているし、お腹も空いてると思…」


「どこで何をやってたんだよっ!!」


私が言い終わらない内に、ジャスパーに怒鳴られた。

美形の怒っている顔は迫力がある。


「ラリマー様や皆、血眼になって探していたんだ!陛下だって、どれ程心配していたか、分かってるのかよ!!」


「ごめん!とりあえず私は無事だから!で、陛下が出陣したって、本当?」


「何だよそれ…。」


「心配かけてごめんね。でも、陛下に何があったの?アンダルサイトは?戦況はどうなってるの!?」


私の剣幕に、ぎょっとしたジャスパーだったけど、仕方ないと言うように片手で頭を押さえてから、私を立ち上がらせてくれた。

膝が…膝が笑っている…。


「今朝、陛下がアンダルサイトの軍へ向けて出発した。これで、この戦の総指揮官が、コランダム総団長から陛下に代わる。こんな戦は、数百年と無かったんだ。」


「ああ、まだ生きてるんだね…。」


「まだ…?まだって、どういう事。」


ハッとして口を押さえた私を睨み付けたジャスパーに、腕をとられて騎士団の本部へと連れて行かれる。

まずい…ユークレース様が陛下の命を狙っている事は、まだ皆知らないんだ。


人気の無い騎士団の門の前に着き、再びジャスパーに睨み付けられる。

知っている事を吐け、という無言の圧力は感じるけれど…話す事は出来ない。


「いや、一国の王様が戦に出たって言われたらさ…死なないでくれって思うじゃない?」


「…。」


「だ、だってさ!陛下には奥さんも子供もいないんだし、今何かあったら皆困るでしょ?」


「あんたの陛下に対する心は、その程度だったの。」


「…え?」


「国の王とか、皆困るとか…あんた自身が陛下を少なからず想っている様に見えていたから、もっと動揺すると思っていたけれど。」


「動揺、してるじゃない。」


「どこが?あくまでも、この国の人間として心配しているだけだよね。」


「ちょっと待ってよ、陛下の事は…」


その時、騎士団の中から一人の団員が馬に乗って駆けてきた。

私達を見つけ、ビックリした様な顔をしながらも、動きがあったと切り出した。


「今、本部に連絡が来たぞ。トレイド家の人間全てに拘束命令が下った。」


「拘束命令…?何があったんだ。」


「詳しくは分からないが…陛下の命令だ。」


では失礼する、と再び馬を駆けていった団員の後ろ姿を見つめながら、聞いた言葉を頭の中で繰り返す。

トレイド家に、拘束命令…


「どういう事なんだよ…トレイド家って…宰相閣下もか?」


「あ、時は満ちたって…」


「何?」


裏町ですれ違った人が呟いた言葉。

すれ違う程近くを通ったはずなのに、なぜか気配が薄くてぼんやりしていた。


その不思議な感覚は、建国祭の日にウィスタリア家の人達を見た時によく似ている。

あれがウィスタリアの影の人だったんなら…。


ユークレース様とパルマ様が、謀反を起こそうとしている事の証拠が集まったんだ。

それで「時は満ちた」って事なのかな。


でも、何で私にそれを伝えたんだろう?

そもそも、なぜ私の居場所が分かったのかな。


偶然にしては、タイミングが良すぎる。

良い報せのはずなのに、なぜだろう…心の中がモヤモヤする。


「ちょっとあんた、立ったまま寝てるわけ?」


「寝てない!ねえジャスパー、拘束命令って何?トレイド家の人達が捕らえられるの?」


「恐らく。分家に至るまで全てだと思うよ。」


「えっ?今はアンダルサイトと交戦中だよね?トレイド家の分家まで捕らえる程の人員がいないんじゃ…」


「さっきの団員は、公安部へ伝達に行ったんだ。王都の警備だけに最小限の人員を残せば、明日中には拘束出来るとは思うけど…戦場にもトレイド家の人間達はたくさんいるんだよ。他国と交戦中に、そんな命令を下すなんて…どういう事なのか、僕にも分からないよ…。」


「…もしかしてアンダルサイトが引いた…?もしくは、引くって確信があっての命令?」


「何それ、これ以上混乱させないでよ。」


「ジャスパー、ラリマーさんはどこにいるか知ってる?」


「外交部には、自宅待機の指示が出ているけれど…」


「ありがとう、ラリマーさんの本邸へ行ってみる!ジャスパーも厩舎で待機?」


「とりあえずは。負傷兵や馬の世話があるから。」


「そっか、戦には行かないんだね。良かった。じゃあ!」


そう言ってジャスパーに手を振って、騎士団を後にしようとした時だった。

グンッとフードを掴まれて、思わずたたらを踏む。


「何すんの!」


「本当に人の話を聞かないババアだね!待てよ!あんたは何を知ってるの。」


「全部終わったら話すから!お願いだから、今は行かせて。」


私のフードをがっちりと握りしめて、こちらを睨み付けたままだ。

どうやら離してはくれない様だな。


ならば仕方ないと、一番上のボタンを外して頭を下げる。

そのまま外套の袖から腕を抜いて、貴族街へと向かって走り出そうと踏み出したが…。


今度は腕を思いっきり引っ張られ、あいている方の手で頭を押さえつけてくる。

十も年下の子だとしても、男の力で頭を掴まれたら身動きが取れない。


「いっっ痛い痛い痛いっっ!!やめてよジャスパー!!」


「あ、ん、た、はっ!!王都の中とは言え、戦の最中に女が一人で出歩く事がどれほど危険か…!公安部に命令が伝わったら、貴族街だって安全じゃなくなる!馬車もすぐに停止になるし、検問も敷かれる、これから街中が兵士達で溢れ返るんだよ。貴族の娘だけでなく、剣を持たない女子供は家から出てなんかいない!いい加減にしろよ!」


視点が合うギリギリの所まで顔を近づけ、その可愛い顔立ちを、般若の様にして怒鳴ったジャスパーは、今にも青筋が切れそうだ。

ものすごい早口だったけど、ちゃんと聞き取れた。


「滑舌、いいね。」


「はぁ!?」


「うっ…ごめん…。」


頭を掴まれたまま肩を落とした私は、そのまま地面にへたれこんでしまった。

行くぞって全身に力を込めたのに、それを急に止められると、体の中で爆発したみたいにどっと疲れが襲ってくる。


「そうだよね、危ないよね…。」


ここは、日本じゃない。

日本語に聞こえてくる言葉も、本当は全く違う言語なんだ。


しかも今は戦の真っ最中だ。

もしかしたら、王宮へ着くまでの道のりは、ディアンが影ながら見守っていてくれたのかもしれない。


「はぁ…もういいよ。動揺して無いなんて言って悪かったよ。今のあんたは、いつも以上に冷静さに欠けている。ま、普段も滅茶苦茶だと思うけれど。」


「普段も滅茶苦茶ってどういう意味よ…。でも、止めてくれてありがとう。今日はここに居ていいかな?」


座り込んだまま上を見上げれば、キャラメル色の髪が陽に反射して、キラキラと光っている。

ああ、これが天然の髪色なんて…美味しそうだな。


と、そう思った瞬間ぐぅーっと、たるんだ腹が盛大に音を鳴らした。

顔がどんどん火照っていくのがわかる。


「すっごい音だね。でも笑ってなんかやらないから。ほら、食堂へ向かうよ。」


「……。」


ジャスパーに両腕を引っ張られて、再び立ち上がる。

外套を拾って肩に掛け直して、そのまま食堂へ向かった。



食堂へ着いた私達は、ひとまず食事を摂ることにした。

その間、どちらも言葉を発せず、黙々と胃に流し込んでいったのだが。


さっきから、ジャスパーの視線が痛い。

私が知っている事を話さないのが、相当ご立腹のようだな。


「ごちそうさまでした。」


「…。」


「皆、大丈夫かな…コランダムさんは陛下と一緒だよね。ラリマーさん達は本邸にいるのかな?ルチルは…」


きっと今も、私の心配をしてくれているんだろうな。

会いたいなぁ…。


「本当に、あんたは何をどこまで知っているんだよ。そんなに内緒にしなくちゃならない事?だとしたら、なんであんたごときが知っているわけ?」


「私ごときですいませんでしたね…。でも、なぜだろう、ジャスパーのキツさが嬉しい。いつもの居場所に戻った気がする。」


「…話せないんだったら、もういいけれど。あんたを探すのは、これで二度目だからね。三度目は探してやらないから。」


「ジャスパー、心配してくれてたんだ…。」


「僕の話を聞いていた?陛下とラリマー殿に頼まれて、探していただけだから。心配したなんて、一言も言っていないよ。」


本当に、ツンなデレだなぁ。

いや、今のところツンしかないか。


でも、横を向いた耳が、微かに赤くなっているのを、おばちゃんは見逃してないぞ。

あ、あんたなんか心配してないんだから!とか言いながら、顔を真っ赤にしているツインテール美少女に見えてくる。


「それでも、ありがと。この通りピンピンしてるからさ。」


だから心配してないって言ってるだろ!と、ついには顔まで赤くしたジャスパーを見て、思わず吹き出してしまう。

また怒鳴られるかと思ったけど、予想に反して、真剣な目をしてこちらを向いた。


「スフェーンを無断で持ち出した罪は、少し重いから覚悟するといいよ。」


「えっ!?正式な処理はされてないの!?」


「あんたが勝手に、連れて行った事になっているけれど。」


嘘でしょ…ユークレース様め…。

本当に、一体何を考えているんですかね。


「…分かった、罰は受けるよ。ちなみにどの様な?」


「多分…半年くらい牢へ入るか、免職か。ただ、貴族なのを考慮されるから、もう少し軽くなるんじゃない。」


「は、半年…。」


「騎士団で管理している馬の所有者は、陛下だよ。これがどういう意味か分からない程、馬鹿じゃないよね。」


「はい…。」


「ま、何か理由があるみたいだから、戦が落ち着いてから、話をしてみたら。」


「そうする、全力で。」


ぐっと片手に力をこめて、頷く。

だって脅されて、拉致されて、監禁された挙げ句に半年間の牢屋なんて、理不尽にも程がある!


私はどれだけ牢屋に縁があるんだろうか。

そんなものいらないから、結婚に繋がる縁が来てくれよ!


ブツブツ文句を言い出した私を無視して、さっさと食後の紅茶を飲み干したジャスパーは、ここで待ってて、と食堂から出て行ってしまった。

人気の無い食堂に残されて、仕方なく一人で紅茶をすすった。



しばらくボーッとしていた私の所へ、再びジャスパーがやってきた。

いつの間にか、外から入る日の光が、赤くなっている。


「おかえり、ジャスパー。遅かったね?どこ行ってたの?」


「本部で情報を、それと厩舎で残っていた仕事を。今は王宮、騎士団、他の全ての施設は立ち入りが制限されているんだよ。仮にも罪人のあんたを連れて歩ける訳がないでしょ。」


「ああ…そうですね…。」


「……。」


するとジャスパーが、じっとこちらを見つめてくる。

な、なによ、まさかこれから牢へ行けとか言わないよね!?


「アンダルサイトが、王都まで約半日という所で進軍を止めた。東のマラカイトが、国境を脅かされたとして、アンダルサイトへ軍を向けたからだろうね。更には、南のジンカイトまでが兵を引いて、沈黙を守っている。」


「…。」


「そして、宰相閣下が謀反の疑いで拘束された。明日にでも、王都へ護送される。ねぇ、あんたはどこまで知っていたの。これは一体どういう事なんだよ…。」


南が兵を引き、東が軍を動かしてくれた。

そして西が足を止め、ユークレース様が捕まった。


あとは、王妃軍が他国に進軍、あるいはこの国の王を狙っていた罪が明らかなれば、アンダルサイトの王弟とカナリーさんが、動き出すだろう。

もうすぐ、戦が終わる。


けれど…。

ユークレース様は、どうなる?


馬を持ち出した私の罪とは、比べ物にならないはずだよね。

陛下は今、何を思っているんだろう…。


「僕はこれから、明日に戻ってくる馬達を迎え入れる準備がある。仕方がないから、あんたは僕の部屋にいなよ。」


ほら、と席を立つよう促され、フラフラな足を動かし、ジャスパーの後を着いて行く。

一言も発しなくなった私に戸惑っていた様だけど、部屋に案内してくれた。


一応罪人な上に、今から外に出る事は危険だからと、ジャスパーとは思えない優しい言葉をかけてくれた。

今夜は厩舎に泊まり込みになるらしく、どうやら一晩部屋を貸してくれるみたいだ。


「僕は鍵を持って行くから、誰かが来ても開けないでよ。ハァ…こんなババアを連れ込んだなんて周りに知れたら、僕はいい笑い者だよ。」


「…お手数かけます。部屋を貸してくれてありがとう。仕事、頑張ってね。」


にっこり笑って、頭を下げる。

が、何も答えが返ってこない事に首をかしげて見上げると、これまた真っ赤な顔をしていた。


「絶対に、声を出したり暴れたりしないでくれよ!じゃあね!」


ふんっと鼻息荒く鍵を閉めて、行ってしまう。

誰よりも声が大きかったのはジャスパーなんだけど。


部屋の中を見渡せば、六畳程の部屋に、机、ベッド、衣装棚、本棚が置いてあるだけだった。

カーテンやシーツが、第三騎士団の隊服と同じグレーで統一されていて、男の子の部屋とは思えないほどに、綺麗に整頓されていた。


きっと、厩舎に泊まり込みは嘘で、私に部屋を貸してくれたんだろうな。

ジャスパーの優しさに、胸が一杯になる。


思わず目尻に浮かんだ涙をぬぐって、ブーツを脱ごうとベットに腰かける。

足を丁寧に揉みほぐしていると、いつの間にか夕日が沈んでいた。


ラリマーさん、ベリルさん、ネリー君、ルチル、コランダムさん、陛下、そしてユークレース様。

明日には、皆に会えるだろうか。


不安と期待が入り交じって、中々寝付けなかったが、肉体の疲労が限界を越えていた様で、気づけば夢の中にいた。

王都で開催されるマラソン大会で優勝する夢で、足を休めるつもりが、夢の中でもくたくたになっしまい、次の日になぜか朝から疲れているという醜態を晒した私に、ジャスパーがあの黒いドレスを手にやってきた。


聞けば、騎士団の門の前で知らない男に渡されたらしい。

私の持ち物だから、届けて欲しいと。


わざわざディアンが届けに来るなんて…。

もう二度と着る機会は無さそうなのにと、不思議に思っていたが、この服の意味が分かるまで、長い時間はかからなかった。





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