34. 監禁か、保護か
「……はい?」
「ここを開けなさい。」
ノックをしてきた割には随分と横柄な言い方をしてきたな。
カチンポイントが一気に上昇するけど…怒って開けないと言う選択肢はバッドエンドだよね。
仕方がないから、素直に扉を開ける。
するとそこに、ユークレース様と私兵だと思われる兵士が三人一緒にいた。
夜中に女の部屋を訪ねて来るだけにしては物騒過ぎるメンツだな。
まさかこちらの皆様とミッドナイトティーでも、な訳があるかい!
「…何の用ですか?」
「アリー・セレスト、今すぐ私と一緒に来て頂きますよ。」
「何でですか。」
「それを貴女に言う必要は有りませんね。」
「…嫌ですって言ったら?」
そう言うと思いました、と後ろの兵士の一人に目配せをしたユークレース様は、扉の前から一歩横にずれた。
暗闇の中から兵士に連れて来られたのは、私のたった一人の侍女、ルチルだった。
「っルチル!!」
「あ、り、さま…。」
「まだ薬が抜けていない様ですね。しかし、話をする時間はありませんので丁度良い。アリー、一緒に来てもらえますね?」
「薬!?ルチルに一体何を飲ませたの!」
「軽い痺れが起きる物ですから、心配ありませんよ。数時間で抜けるはずです。」
「そういう問題じゃ無くてっ…私が一緒に行けば、ルチルは解放してくれますよね?」
「ええ、但し…今夜の事を口外しないと誓うならば。もしセレスト家当主を始め誰かに話せば…」
私を見ていたユークレース様が、ゆっくりとルチルを見た。
その熱の一切こもらない表情にうすら寒いものを感じる。
「アリーの命は無いと思いなさい。」
涙をポロポロと溢したルチルは、唇を噛みながら首を縦に振った。
状況についていけない私は、それを呆然と眺めながら、どこか冷めた頭のままだった。
「宰相様、ルチルや私の家族、友人達には手を出さないで下さい。それを約束してくれるんなら、どこへでも行きますから。」
「賢い貴女で安心しました。いいでしょう、侍女を解放しなさい。」
ルチルの腕を掴んでいた兵士が、手を離してユークレース様の後ろに引く。
これで絶対に安全だとは思わないけど…。
「あ、あり、さま…もうし、わけ…」
「ルチル、喋らなくていい。私のせいだ…ごめんっ…!薬が切れるまで、部屋で休んで。ラリマーさんには急遽フローライトへ向かうことにしたって、上手く伝えてくれる?絶対に、宰相様の事は言わないでね。」
いやいやと首を横に振って、私の方へ近付いてくる。
ルチルの体を支えて、ぎゅっと抱き締める。
「私は大丈夫。本当に、本当にごめんね…。ルチルは何も悪くないから。」
それでも嗚咽を漏らしながら泣きじゃくるルチルの背を撫でて、耳元に唇を近づけた。
左手で、スカートの上から太股に手を当てた。
「本当に、大丈夫。オブシディアンがルチルを守ってくれるよ。」
ディアンが姿を消してから、どこにいるのかが分からないから、ルチル以外には聞こえないよう小声で剣に語りかける。
お願いディアン、私の大切な人達を守って。
ルチルを支えながら、ベッドに寝かせる。
心配いらないからね、と何度も言い聞かせて部屋の扉を閉めた。
「では行きましょうか。」
「…クソッタレ。」
踵を返して廊下を進むユークレース様の背中に向かって、毒を吐く。
聞きたい事も言いたい事もあるけど、薬を使ってルチルを人質に取るなんて。
何かしら理由があったとしても、ちょっとやりすぎなんじゃないの。
それとも…これはほんの序の口なのか。
「汚い言葉は嫌いですよ。以後、口を慎むように。」
「…ついて行くとは言ったけど、それ以外を制限される筋合い無いんですけど。」
言い終わるのと同時に、パァン、と小気味いい音が暗い廊下に響く。
私の左右を固めていた兵士の一人に、両腕を背中に捻られて頬をひっ叩かれた。
「お前ごときが口を聞ける立場に無いんだぞ。黙って歩け。」
いっったぁ…。
女を簡単にひっ叩かくか普通。
「最低。あんた絶対にモテないでしょ。」
叩かれたからって怯むような精神状態じゃないんだこっちは。
理不尽を押し付けられて、地味に腹が立っている。
「っ!この女っ…!!」
「止めなさい。この方に手を出す事は許しませんよ。」
「しっ失礼致しました…。」
モテないのが図星だったんだろう兵士その一が、再び手を上げた瞬間、ユークレース様が止めに入った。
手を出す事は許さないって、既に叩かれましたけど。
「アリー、少しの間顔を隠します。もう一度言いますが…黙ってついて来るように。」
そう言い、叩いてない方の兵士その二に目配せをした。
その二が私の頭から薄い布袋を被せる。
恐らく、これから行く場所を特定されたく無いのと、万が一誰かに見られた時に、黒髪黒目は目立ち過ぎるんだろう。
気づけば外の風が吹いてきて、夜の匂いがする。
どうやら馬車で移動するようで、微かに馬の鼻息が聞こえる。
腕を革紐の様な物で縛られて、背中を押され馬車に乗り込んだ。
兵士三人とユークレース様、私が乗って中々の密着度合いが気持ち悪い…。
男四人と密室のこのむさい感じが、普段馬車では酔った事が無い私だけど、色んな意味で吐きそうだ。
ため息をつきながら、窓に頭を預ける。
息苦しさと寝不足が相まって、私はそのまま眠りの世界へと旅立った。
「アリー、アリー!起きなさい。着きましたよ。」
着いた…?ああ、ユークレース様に拉致られたんだった。
布袋越しにも外の明るさが感じられて、夜が明ける程度移動した事に気づく。
「…そうですか。」
「この状況で眠る事が出来る貴女の神経なら、ここでの生活は問題無いでしょう。」
兵士達にここで待てと告げたユークレース様に引かれて、建物らしき中へと入る。
床を少し進んだ所で、頭に被せられていた布を取り外された。
しばらく視界を遮られていたため、目がぼやける。
両手は縛られたままだったから、瞬きをして何とか目を凝らした先に見えたものは…。
地下へと続くであろう、石の扉だった。
まさか…いや、これは…。
「行きますよ。」
「っ!離して下さい!っっ離せ!」
捕まれている両腕を力一杯自分の方へ引いて、そこから距離を取ろうと身をよじる。
が、あっという間に捕まって、石の扉が開かれる。
「宰相様!冗談ですよね?私が何をしたって言うんですか!ここって……」
「前に話したでしょう、石牢があると。人はつけられませんが、衣食住困らない様にしてありますよ。」
「そうじゃなくて…私を牢屋へ入れる理由が分かりません!!」
どんなにもがいて暴れても、腕を捕られて地下へと
引きずられていく。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だっっ!!
私の渾身の抵抗も虚しく、あっという間に石牢の中へ連れ込まれた。
そして、牢の最奥と思われる六畳くらいの部屋に着いて、私は目を疑った。
そこにはベッド、小さなキッチン、テーブルと椅子が一つずつ置かれている。
しかも、全て白を基調とした新品のようでとても牢屋にある物には見えなかった。
さすがに窓は無かったが、高い天井から朝日が降り注いでいて部屋の中も明るい。
私の後に入ってきたユークレース様が扉を閉めて、腕を縛っていた紐をほどいてくれる。
「こちらは全て好きに使って構いません。右奥の小さい扉の中が食料の貯蔵庫になっています。左の扉が浴室と洗面所になりますよ。こちらも、天然の湯がいつでも使えるようになっているのでご自由に。」
「…ちょ、ちょっと待って下さい。これは一体どういう…」
「食料は今の時期なら十日間はもつでしょう。…無くなる頃には、全て終わらせるつもりです。」
「何をですか。十日で何があるんですか!?宰相様、落ち着いて下さい。どうか私に説明をしてくれませんか!」
「落ち着くのは貴女でしょう…。」
扉に背を預けていたユークレース様が、深くため息をつく。
けど、こんな意味の分からない状況で落ち着いていられるか!
「戦になる事はご存知でしょう。国を出ろと前々から忠告していたにも関わらず、のんびりと此処に居るからですよ。」
「戦が終わるまで、ここに居ろって事ですか。」
「そういう事です。では私はこれで。」
「は!?だから、戦になるなら私は皆と一緒にいたい!こんな所に閉じ込められる理由が無い!」
「先程から理由、理由と…相変わらず煩い鳥ですね、貴女は。」
毒を吐きながらも、フフッと口元を押さえながら笑ったユークレース様だけど…。
いつもの眉間の皺はどうした。
コテンパンに打ちのめされるのが常だったのに、今日はなんだか穏やかだ。
これから戦が始まるっていうのに、随分と落ち着いている。
「宰相様、何を考えてるんですか?」
「何を、とは。」
「…暗く、狭い牢屋に入れられると思えば、こんなに綺麗な所だし。尋問でもされるのかと思いきや、何もせず去って行こうとするし…正直、何を考えているのか分からなくて、気持ち悪いです。」
「ではあちらの一番狭い牢に変えましょうか。」
「いっっいやいやいや、それは勘弁です!そういう事じゃなくてですね!」
「全てが片付けば、この世界中何処へでも行けるよう、手配します。それまで、貴女は此処に居ればいい。ただそれだけですよ。」
どうやら理由は教えてくれるつもりは無いようだ。
ここは一先ず大人しく従った方がいいのかな。
宰相様がいなくなったら、早速だけどディアンにヘルプを出そう。
ルチルがどうなったのかも気になるし。
「それと…こちらの短剣は、私が預かりますよ。」
と、見覚えのある皮袋を目の前にぶら下げられて、一気に青くなる。
それがなきゃ、ディアンに連絡が取れないじゃない!!
「ちょ、ちょ、待って下さい!それは大事な人からの預かり物なんです…と言うか!私、それを太ももに着けていたはずなんですけどっ!まさか…」
「私が取り上げた訳ではありませんよ。貴女がモテない、と罵った彼が見つけたんです。モテないかどうかは知りませんが、やや顔を赤くして持ってきましたね。」
オーマイガッ!!
スカートを捲りあげられたのか、手を突っ込まれたのか…どっちにしろ何故起きなかったんだ私!!
あいつめ…!
こうなったら、責任取って嫁に貰って頂かねばなるまい!
「返しては…くれませんよね。」
「勿論です。…頬が、少し腫れましたね。貯蔵庫の奥に氷があるかと。それで冷やしなさい。さて、もう時間ですね。」
さっと私の頬を撫でて、やや申し訳無さそうに苦笑いをされる。
そして踵を返して扉を開けた。
「あの!宰相様っ、陛下はお元気ですか?」
「…ええ、変わりなく。」
「そうですか…。しばらく会っていないんで…また会えますか?」
「貴女が軽々しく会える相手ではありませんよ。いい加減、身の程を知りなさい。」
そう言って、一気に不機嫌になった宰相様はさっさと出て行ってしまう。
外側から、ガチャンと鍵を掛ける音がした。
どうしよう…何一つ教えて貰えなかった。
短剣も取り上げられちゃったし、石の扉を壊す気にもなれない。
途方に暮れるって、こういう時の事を言うんだな。
仕方なく部屋の中を物色していると、部屋の隅に置いてあった衣装箱の中に、真っ黒なパフスリーブのドレスを見つけた。
この世界で黒を着るのは死者だけなんだよね。
このドレス以外にも、赤や黄色のワンピースも入っているけど…。
何故この中に黒いものがあるんだろう。
まさか、私の死装束って事か…!?
「だだだ、だっ誰かーっっ!助けてください!!」
天井の小窓に向かって大声で叫んでみるが、外にまで聞こえている気がしない。
浴室の中を探しても、換気用のパイプの様なものしか無く、本当に出入口はあの石の扉しか無いみたいだ。
どうしよう…ディアンが探し当ててくれるだろうか。
それしか、ここから出られる方法がない。
何で、戦が終わるまで私を閉じ込めなきゃいけないの。
私は特別な力も、知識も、度胸も、何にも持ち合わせていない。
でも…ユークレース様が、私を守ってくれる為なんだろう事だけは、分かった。
それが何故なのかが、最大の疑問だけど。
ルチルにあんな事をしたんだから、ラリマーさんに頼まれた訳でもないし、ユークレース様の反応を見ても、陛下も絡んでいなそうだ。
この石牢は、ユークレース様の家にあると言っていたよね。
四大貴族の一つなんだから、家が一個とも限らない。
トレイド家の中のどこかかな。
そういえば、お風呂は天然の湯が出ると言っていた。
この国の北の山近くには、温泉が湧いていると言う話を聞いたことがある。
王都から夜中に馬車で出発して、明け方に着く程度の距離で、北の方…。
ダメだ、地理をもっと勉強しておくんだった。
それでも、もしここから出られたとしても、歩いて戻れそうには無い。
ルチルが言うには、十日でアンダルサイトの兵が来ると言っていたけど、ユークレース様は十日で全てを片付けると言っていた。
もしかしたら、既に近い所まで兵が来ているのかもしれない。
こんな所で、全てが終わるまで一人で待つなんて…悔しいけど、どうにも動けない。
完全に八方塞がりになってしまった私は、その場でしばらく呆然と立ち尽くしていた。
トイレはお風呂場の近くにあると言うことで。
彼に便所とは言わせられませんでした…




