30. お引っ越し
やっつけ回のようになってしまいました。もしかしたら、また中身をいじるかもしれません。
秋の一の月になってすぐ、私は別邸の荷物をまとめていた。
別邸を出たいとラリマーさんに打ち明け、外交部の部屋だけに住むことになったのだ。
ネリー君は本邸で暮らすから、別邸はアリーの物にしていいと言われたのだが、それは筋が違うと断固として譲らなかったら、しぶしぶ納得してくれた。
私の為に、新たに家を作ると言われた時には意識が飛びそうだったけど…。
それも全力でお断りした。
どうやら、成人を迎えた子供達それぞれに家を建てる習慣があるみたいで、次男のアトラくんの家も既にあるらしい。
さすが四大貴族なだけあるとは思ったけど、日本でもお金持ちの友達は親に車を買ってもらったりしていたもんね。
でも、それとは金額が違うかな…金持ちの感覚は、未だによくわからない。
ベリルさんから貰ったドレスや、身の回りの物を鞄に詰めていく。
一年以上住んでいたけど、大きめな旅行鞄三つほどで収まってくれた。
後は今日の夜に使うものなんかを、小さな鞄にしまった。
外交部の部屋の方がメインだったから、こんなもんかな。
「アリー、鞄は足りたかい?」
開け放していた扉から、手伝いに来てくれていたラリマーさんが顔を出す。
はい、と返事をして三つの鞄を一ヶ所にまとめた。
「それだけかい?ああ、あの帽子やドレスは?その横の宝石も。」
「それが…陛下から頂いた物なんですけど、一部は持ったんですが、いかんせん量が多すぎて。売る訳にも返す訳にもいきませんよね…。」
ベッドの横にある衣装箱からはみ出しているたくさんのドレスと、箱に入ったままの宝石達を、ため息をついて眺める。
一時期、陛下から大量にプレゼントが届く事があり、どうしたものかと困っていた。
「捨てる事も難しいねぇ。」
「ですよね。申し訳ないんですけど、しばらく別邸に置かせてもらっても構いませんか?」
「ああ、それは勿論。孤児院に寄付をするという手もあるが…物が高価すぎるねぇ。」
「あ!じゃあ、シトリンさんとヤグさんの奥様に差し上げます。今までの恩返しの意味も込めて。」
「構わないが…アリーはそれでいいのかい?」
「はい。私は使いませんし、お金にならない以上、持っていても仕方ありませんよ。」
「……陛下に何か聞かれたら、別邸の衣装部屋に大事に保管していると伝えるよ。」
「あはは…すみません、お願いします。」
ちなみに鞄に詰めた一部の宝石も、この先何かあったら売ろうと思い、高価過ぎないものだけを選んだ。
箱に入ったままの宝石の中には、日本だったら国宝級になるんじゃないかってくらい豪華な物もある。
そんなものが喜ぶと思われたんだか何だか知らないけど、正直言ってちょっと困る。
やっぱり、金がある人間は理解不能だな…。
「旦那様、お嬢様、失礼してもよろしいでしょうか。」
開けてある扉をノックして、シトリンさんが紅茶を持ってやって来てくれた。
あれからまた、お嬢様と呼んでくれるようになって、密かに嬉しかったりする。
「ああ。アリー、休憩をしようか。何か話したいことがあると言っていただろう。」
テーブルの上に紅茶を並べてくれたシトリンさんが、そのまま頭を下げて出ていく。
一緒にいてくれても良かったんだけどな…。
ゆっくりと椅子に腰掛けて、何から話をしようかと考える。
とりあえず、フローライトへ旅に出たい事からかな。
陛下の話は、後回しにしよっと。
別に王妃になるとか言う話じゃないしね。
「それで、話とはなんだい?」
「しばらく、外交部のお仕事をお休みさせて頂けませんか?もし休むことが無理なら、辞めさせて頂いても。」
「それは…どういうことかな。」
「フローライトへ行きたいんです。出来れば、期間は決めないで行きたくて…。立場をわきまえず、勝手な事を言っているのは、重々分かっています。」
ラリマーさんは、ふむ、と顎に手を当てて、窓の外を眺めている。
心臓が、早鐘を打ち始めた。
「ラリマーさんには保護してもらい、養子にまでしてもらったのに、恩を仇で返すような事をしてしまって、本当にすみません…。」
「いや、それは私がしたくてした事なんだから、気にする必要は無いよ。ただ…」
ただ、の先が出てこないのを不思議に思っていると、いいや、何でもないよと言葉を濁されてしまった。
何だろう…怒ってるのかな…やっぱり、勝手な事を言い過ぎてるよね。
「フローライトへ行くにしても、アリーは一人で行くつもりなのかい?」
「はい。でも、女の一人旅が危ないことは知ってますので、街で護衛を雇おうかなって。」
「街で…それはダメだ。行くとしたら、誰か腕の立つ者を私が選ぼう。」
「じゃあ、お願いします。資金はお支払いしますね。」
「そんなものはいい。娘の為なんだから、遠慮はいらないよ。」
「…では、行っても構いませんか?」
「私がダメだと行ったら、こっそり抜け出して行ってしまうだろう?」
さすが一年ちょっと私の保護者をやってくれているだけあるな。
絶対にダメだと言われたら、ディアンに頼んで出ていこうと思っていた。
もちろん、それはやりたくない手段だし、出来れば皆の見送りがあっての旅立ちにしたかった。
約一名、不安なのがいるけど。
「本当に、我が儘を言ってごめんなさい。」
「いつまでも縛り付けてはおけないと思っていたんだよ。外交で他国に行くと、いつも何かを探す素振りを見せていただろう?自分の足で、アリーのいた世界に帰る方法を探したいんだね。」
「…はい。」
「と言うことは、どこかで帰ることが出来るようになったら、もうアイオライトには戻らないかもしれないんだね。」
「そうですね。でも、一度は帰ってこようと思いますよ。一刻を争うんで無ければ。」
「いつ、出るつもりなんだい?」
「出来たら、冬が来る前には出たいですね。」
「ではあと一月か。春になってからでも遅くはないんじゃないかい?」
「いえ…これ以上ここにいたら、決心が鈍りそうで。」
「ベリルに泣かれるだろうねぇ。はぁ…。」
うっ、それを言われると…。
娘が出来たと、それはそれは嬉しそうだったもんね。
でもこの先ネリー君が結婚するだろうし、孫だって生まれるよね。
ベリルさんがお祖母ちゃんとか、想像出来ないけど。
「陛下は許さないと思うんだけどねぇ。どうしたものか。」
「あのう、その事もお話がありまして…。」
「求婚でもされたかい?」
「…はい。違う世界から来たことを打ち明けたら、王妃にというのは踏み止まってくれましたけど、私自身を諦めるつもりは無さそうで…。」
「そうか、話したんだね。しかし、アリーは陛下と添い遂げるつもりは無いんだろう?」
「勿論です。とても優しいし、好きになってくれた事はありがたいんですけど、男として見ることが出来なさそうというか…。」
「あの陛下を男として見ることが出来ないとはねぇ。アリーらしいね。」
あれから、陛下の事もきちんと考えた。
王妃になったとしたら、陛下が王じゃなくなったら。
どう考えても、私の中で答えは出ていた。
「ラリマーさん、陛下はやっぱり昔から何でも手に入っていたんですよね?だから私の事も、諦めるつもりがないんでしょうか。」
「逆だよ。」
「逆?」
ラリマーさんが紅茶をすすりながら、再び窓の外を見る。
遠い目をしながら、私に話し出した。
「陛下は、生まれた瞬間から次の王だったんだ。幼い頃から王になるための教育を叩き込まれ、武術はコランダムが付きっきりで鍛練し、馬術、言語、教養、ありとあらゆる事を誰よりも励んでいたんだよ。」
「…それは、幸せな事でもありますよね?」
「幸せだと思うかい。同じ歳の子供達が自由に遊び回り、将来の夢を語る中で、陛下は全ての道が決められていた。それが当たり前だと思っていた時期は良かったが、次第に人形のように淡々とこなすようになってね。七年前、二十歳で王位を継いでからは、笑わないし声を荒げることもない、氷のような王になっていたよ。」
氷のような?
今の陛下からは、想像がつかない。
私の知っている陛下は、声がでかくてすぐ感情的になって。
激情型のイメージだ。
でも、私が外交部に入ってすぐの頃は、陛下と言えば悪い噂もなければ、特別良い噂も聞かなかった。
あの美形だから女の人達からは人気が高かったと思うけど、率先して国を豊かにしようというような人では無かったかな?
「陛下は全てを与えられたかもしれない。けれど自身が望んだものは、何一つ手に入れることは出来なかったんじゃないかねぇ。」
「そうなんですか…。」
「だがアリーと出会ってからは、感情を出すようになったんだよ。幼い頃から見てきたが、あんなに熱い人だったとはねぇ。」
「自惚れるわけじゃないんでけど、生まれて初めて欲しいと言ったものが、私なんですか?」
「そうなるのかもね。陛下の父君、ジェイド様は昔から体が丈夫ではなくてね。何かあった時の為に、早々に陛下へ王位を渡そうと必死だったんだ。」
「先王陛下はお元気そうに見えましたけど…。だからあんなに若くして王になったんですか。おかしいなって思っていたんです。他国では先代が亡くなってから王位を継ぎますもんね。」
「元気そうに見えても、一年で外に出られる日はあまり無いと聞いたよ。そんな父を見ていたからこそ、陛下も文句を言わずに王になることだけを考えたんだろうけれどねぇ。」
「なんだか、旅に出ることが難しいような気がしてきました。」
「今までの陛下とは違うから、私も反応が予想出来ないけれど、簡単にはいかないだろうねぇ…。」
「さすがに黙って出ていくのは心が痛むので、なんとか説得をしてみます。」
「うん。まずはアイドクレーズ様の茶会に行ってきなさい。ベリルが、アリーと一緒にと招待状を貰ったらしい。」
ああ、すっかり忘れていたけど、王太后殿下から誘われたんだった。
ただの社交辞令だと思っていたけど、本気だったのか。
「分かりました。その日はお休みを下さい。」
「アイドクレーズ様はとても気さくな方だから、さほど心配はいらないと思うけど、たまにとんでもない事を言い出すから、それだけは気を付けたらいいよ。」
「やっぱり、そんな感じの方なんですね。」
「ああ、悪気はないんだけどねぇ。」
謁見の時にもいきなりぶっこんで来たし、ベリルさんと私以外に居ないといいんだけど。
お茶会というからには、他の貴族の人達も来るんだろうな。
お茶会なんて出たことがないから、緊張する。
でも、陛下の事をちゃんと話して、出来れば王太后殿下からも説得をしてもらいたい。
「じゃあ、この大きな物だけは外交部の方へ運んでおくからね。」
「はい。こちらに住まわせてもらって、本当にありがとうございました。」
じゃあとりあえず私はこれで帰るね、とラリマーさんが部屋を後にする。
もうそろそろお昼ご飯の時間なのか、いい匂いが漂ってきた。
ヤグさんの美味しいご飯を食べられるのも、今日で最後になるかもしれない。
明日の朝から、ルチルの待つ外交部の部屋が私の家だ。
でも!ルチルと二人きりの生活とか楽しすぎる!
元々、友達が多くなかった私にとって、ルチル程仲良くなれた人はいない。
兄弟がいなかったのもあって、女同士でキャッキャするのが、何とも心踊る。
それもあと一月になるけど。
私が旅に出るって言ったら、ルチルも寂しがってくれるかな…。
お世話になった分、何かプレゼントをしよう。
そんな事を考えていたら、シトリンさんがお昼を告げにやってくる。
今日で最後かもしれないと、食堂でお昼ご飯と夕御飯をたらふく食べた私は、ヤグさんと奥さん、シトリンさんと四人で思い出を語った後、眠りについた。
そしてその夜。
ヨダレを垂らし、イビキをかいて、大の字で寝ている私の真上に、真っ黒な能面を見つけた。
「ギャっむぐっうっ!!」
「私だ。」
そうなんだろうね!!!
でも!何やら気配がして起きて能面見つけたら叫ぶだろうよっ!
口と鼻を塞ぐんじゃない!
息がっっ!息が出来ません!!
「話を。」
わかったから、その手を離してくれ…。
ディアンの手を力一杯つねって、ようやく開放された。
一瞬の内に父母とおはぎとしらす、この世界の皆が走馬灯のように流れたのは、言うまでもない。




