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2. 朝の恒例行事

 どんっどんどんっどんっ


 私に与えられた部屋の扉を、朝からものすごい勢いで叩かれる。

 こんなことをして許される、というかこんな叩き方しか出来ない脳筋は一人しかいない。


「アリー!アリー!いるか!?」


 あぁ、やっぱり。

 かれこれ半年ほど続いている毎朝の恒例行事。


 迷惑過ぎる上にうるさすぎる。

 主に声が。


 どうやったらあんなデカイ声が出るのだろうか。

 腹式呼吸がしっかり出来てるんだか肺活量の問題なのか。


「はい。こちらにいますが。何かご用ですか、陛下」


 だからといって返事をしないわけにはいかないから、仕方なく答えてやる。

 へいかの、へ、くらいで扉が開かれた。


 まだ着替えていたり、もしくは寝間着のままだったりしたらどうすんだ。

 無駄に暑苦しい顔をさらに暑苦しく真っ赤にして、侍女に八つ当たりをするだろう。


 この国のトップは学習能力がないらしい。

 そのまま私の体から十センチほどの距離までつめてくる。


 陛下より三十センチは小さいであろう私の目の前に、白い詰襟の学生服の様な出で立ちの男が立ちはだかる。

 近い、近すぎる。


 自動的に私の目の前は胸より少し下の金ボタンがある。

 学生服っぽいと言っても型だけで、肩には金色の紐の塊みたいな肩当て?や、この国の王を示すエンブレム、胸ポケットの上部と詰襟の縁、さらには袖や裾には小ぶりながらも宝石があしらわれている。



 胸元にはでーっかい青い宝石がキラキラ輝いているし、生地も素人目にでも上質なんだろうと思わせるものだ。

 こんなに染み一つない真っ白な服を見たことがない。


 自身には宝石類は着けていないようだけれど、何より目を引くのがその顔。

 ほぼ左右対称なんじゃないかってくらいに整っている。


 見事な金髪に、ちょうど良い太さの眉と濃い青の瞳、もちろんくっきり二重でまつげバッサバサ。

 すらっと通った鼻と薄目の唇、今年二七歳とは思えないキメの細かい肌感。


 ちょうど良い太さの眉ってどのくらいだよってツッコミは無しでお願いします。

 こてこての日本人フェイスな私からしたら完璧な異人さんですわ。


 というか同じ人間とすら思えない。

 高校生の時に付き合った彼氏が私を選んだ理由が、中の上だったレベルの顔だから決して不細工ではないであろうにしろ。


 ただし、中身はいただけない。

これだけは王だということを考慮したとしてもアカン。


「アリー、昨夜は一時間ほど早く寝たと聞いた。どこか体調が悪いのか?」


 出たよストーカー。

 聞いたて誰にやねん。


 私の専属侍女は優秀で秘密保護をきっちりやってくれているはずだから、除外するとして。

 夜間の見回りの兵達は、昨夜私が寝たあとにこの部屋の前を通るはず。


 まさか陛下自ら一人で夜間に出歩けるはずもない。

 と、すれば私が寝た時間を知ることが出来るのは影の皆さんのみ。


 彼らは私に与えられた人員でもないし、忠誠は体の隅々まで陛下だろう。

 そりゃ筒抜けなわけだよね。


「アリー?」


「いえ、陛下。昨夜は温かいブランデーを頂いたもので、いつもより早く眠気が来ただけです」


「では体の具合が悪いわけではないのだな?」


「はい。特になんとも」


「そうか!安心したぞ!ではまた夕食の時間、私の部屋で待っている!」


 だが断る!

 とは言う立場も権力も持ち合わせていない、ノーと言えない典型的な日本人の私の答えは一つだ。


「はい。陛下」


 死んだ魚のような目をして目の前の金ボタンに向かって返事をする。

 別に陛下の目を見てはいけないとかそんな理由があるわけではなく、ただただ身長差がありすぎるだけだ。


 決して朝も早よから鬱陶しい奴の顔を見たくないわけではない。

 決して…


 だがしかし目は嘘をつかないとはどちらさんの名言であったか。

 私の両目は朝日が当たっているにも関わらず、光を失っていくのがわかる。


 そうして魂までどこか遠くへ旅立とうと身支度を整え始めた時には、陛下はさっさと出ていってしまった。

 私の返事に満足そうな「あぁ」を残して。


 宰相が入口で待っていた所を見ると、今日もみっちり仕事があるみたいだな。

 どうか夕食うんぬんが流れますように…



「アリー様、目が死んでますよ」


 後ろから、侍女のルチルにつっこまれる。

 私の一番の仲良しで、この世界に来てからずっとお世話になっている頼れる美人なお姉さんだ。


 と、言っても歳は私の一個下だけれど。

 下級貴族の長女で稼ぎ頭である彼女は、仕事は出来るし早いし空気から私の心の中まで読むことが出来る。


ゆえに、私の中では完全な姉御になっている。

超能力でもないのに、考えている事を先読みする彼女は優秀通り越してオバケに近いだろう。


「はぁ。あの人毎回私と目を合わせないから気づかないんだよね。いつ気づくのやら」


「陛下はアリー様のお国言葉でヘタレ、と呼ばれるお方ですもの。まだしばらくはお気づきにはならないでしょうね」


「いい加減、お嫁さん迎えたらどうかね。無駄な恋なんかしてる暇ないでしょうに」


 そう、私の勘違いでなければ。

 いや、勘違いであってほしいが、どうやら陛下は私のことが好きらしい。


 そういうとものすごい自意識過剰の女みたいだけれど、こればっかりは城中が知っている事実で…

 半年前に城から脱走して二週間ほど行方をくらまして以来、毎朝私がいるかどうかの確認に来る。


 色んな理由をつけて。

 ていうか、影に聞いたらわかるんじゃ…


 影に見張らせていることを私には言ってこないが、バレていることもわかっていて、それでも影をつけるということは。

 余程、勝手に居なくなったことを根に持っているらしい。


 そしてその件で私への恋心を自覚したようで。

今まで色恋にかまける時間も甲斐性もなかったようだから、毛色の珍しい私に矛先が向かったのだろう。


 迷惑極まりないな。

 王様って中身も王様だったのね~。


「アリー様、本日は午後までお休みになります。お召し物はこのままになさいますか?それとも午後まではお部屋着に変えます?」


私のボヤキを華麗にスルーしながらさらっと今日の予定を教えてくれ、私が陛下と会う時に着る正装が苦手なこともわかってくれている。

ルチルほど出来た嫁はおるまい。


「んー、とりあえず楽なのに着替えようかな」


「畏まりました。こちらへ」


こうして、私の異世界での一日がまた始まる。

今日こそは帰る方法が見つかるといいな、と願いながら着替えに向かった。



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