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28. 祭りの終わりとある決意

その夜、ラリマーさん、ベリルさん、ネリー君と四人で夕食を共にした。

改めて家族として、これからもよろしくと言われ、つい泣きそうになってしまう。


父さん母さん、と呼んで欲しいと言われたが、さすがに気恥ずかしくて、お断りした…。

でも、そう言ってもらえた事がすごく嬉しくて、昼間まで私はこの世界で一人なんだってジメジメしていた癖に、一気に晴れやかな気持ちになれた。


そして、ネリー君の一つ年下の弟である、アトラ君の事も教えてもらった。

十八で学院を卒業した後すぐに、兄と同じ東のマラカイトへ留学したのだが、元々じっとしていられない性格らしく、すぐに別の国へ行ってしまったという。


年に三回ほど手紙が届くようだけど、一つの国にとどまっている事がなくて、今では完全な旅人になってしまっているようだ。

それでも、昔から大柄で体も丈夫な事もあり、皆あまり心配していないみたいだった。


次の春の二の月には戻る予定らしいが、本当に帰ってくるかも分からないようだ。

どこの世界でも、末っ子は自由なのは同じかも。



一晩本邸に泊まった次の日、私は別邸へ戻って来ていた。

建国祭の最終日、ラリマーさんは仕事へ行き、ベリルさんは奥様との茶会へ出掛け、ネリー君も友人と夜まで会うらしく、昨日までの忙しさが嘘のように、穏やかな昼下がりを満喫していた。


「ああ、なんか色々疲れたなぁ…。」


「お嬢様はとても頑張ってらしたと、父から聞きましたよ。お疲れ様でございました。」


食堂を出てすぐにあるテーブルで、庭の噴水を眺めながら、シトリンさんに淹れてもらった紅茶をすする。

こうして、ゆっくり茶を飲むのですら、久しぶりな気がしてならない。


「シトリンさん、心配してくれてましたよね。嬉しかったです。ありがとう。」


にっこり笑顔でお礼をする。

いいえ、と微笑み返してくれた顔が、心底ほっとしているように見えた。


「それで、ネリー君が戻ってきたじゃないですか。だから、私は外交部の部屋に住もうと思ってるんですよ。まだラリマーさんには話してないんですけど。」


「…そうですか。」


「元々ネリー君のお家だったんですもんね。早ければ秋の間には、出ていくつもりです。」


「…畏まりました。」


仕事が詰まると、中々こっちには帰れなかったりもしたけど、一年以上私のお世話をしてくれた皆と離れるのは、寂しい気持ちもある。

でも、これはラリマーさんに何を言われても、出ると決めたことだった。


「私、故郷が遠いって話したことがありましたよね。」


「はい。フローライトのご出身だと。」


「まだ記憶は戻らないんですけど、そこへしばらく行ってみようかな、って思ってて。」


「それはお仕事では無く、ですか。」


「そうですね。外交部での給金が貯まって、向こうでの滞在費用くらいなら何とかなりそうで。」


「その事は旦那様には…?」


「いえ、それもまだ。誰にも話してません。」


黄色いインコのような小鳥が、背の高い木に止まって鳴いている。

小鳥同士で、歌を歌っているみたいだ。


その内に、庭を出てどこかへ行ってしまう。

私もあんな風に、外の世界を飛び回ってみたくなった。


それが、建国祭が終わったら皆に話そう思っていた、私の決意だった。

未だに地球へ帰る手段が見つからない事に焦りも感じていて、だったら他の国へ行って少しでも何か手がかりがないか、自分の足で探してみようと。


私が五か国の言葉が話せることは貴族には知れ渡っているようだけど、古文書まで読めることは、ほんの一握りしかいない。

だったら、余計なことはせずに目立たなくしていれば、私なんか大した脅威にはならないだろうと思った。


ただ、一度国の古文書を読んでしまった私が、そう簡単に出ていけるはずがないから、きっと護衛と名のついた監視人がついてくるんだろうけど。

それでも今のまま、籠の中の鳥ではいられなかった。



「シトリンさん、私の事を見張れって、ラリマーさんから言われていたんですよね?」


「…ご存知だったんですか。」


「責めるつもりもないし、怒ってもいないんですよ。そりゃ当たり前だよなって思います。」


「大変申し訳ございませんでした、アリー様。」


「いえっ、謝らないで下さいよ!シトリンさんはお仕事だったんですし!」


「ですが、不愉快な思いをさせてしまったのは事実でございます…。」


「違います、不愉快だなんて思いません。私がラリマーさんの立場だったら、そうすると思います。でも…」


手に持ったままだったカップを、テーブルに置く。

今日は風があって、日陰にいれば十分涼しい。


「もう私、怪しいところは無くなりました?どこかの国の間者や、恨みを持ったような人間じゃないって事、わかりました?」


「っ、アリー様…。」


「すみません。これが十代の頃だったら、何もわからないまま、皆さんの優しさを純粋に喜んでいられたんだと思います。…もしかして監視されてるかもって気づいた時には、自分の年齢を恨みましたよ。」


なるべく笑顔のままで話すが、私の少し後ろに立っているシトリンさんは、険しい顔をしてうつむいたままだ。

本当に責めてるわけじゃなくて、ただ、悲しかった。


皆が与えてくれる優しさの裏には、私への疑いの心があるのかと。

誰が監視しているのか分からないのが、怖くもなった。


「でも、どこの誰だか分からない私を、保護して仕事をくれて、さらには家族にも迎え入れてくれたラリマーさんには、感謝しかしていないんです。あんなに情が深い方に拾ってもらって、私は幸せ者ですよね。」


ラリマーさんが養子にしたって言った時、ようやく私の疑惑は晴れたんだと思った。

だから、そろそろ違う場所に自分の意思で行ってみたいと、そう思ってしまった。


「シトリンさん、私が気づいていたことは、ここだけの秘密にしていて下さいね。」


「……畏まりました。罰は、それだけでしょうか。」


「あ、バレました?これでも、結構悲しかったんですよ。罰なんてつもりは無いんですが、少しだけ意地悪を許して下さい。」


子供みたいな仕草でへへっと笑って、シトリンさんにそう告げる。

秘密って、黙っているのは辛くなるんだよね。


私が監視されているのを気づいていた事をラリマーさんが知ったら、それはそれで話がややこしくなりそうだし。

その意味も込めて、内緒にして欲しかった。


「アリー様っ、」


「お嬢様、ってもう呼んで貰えませんか?」


「…え?」


「シトリンさんからお嬢様って呼ばれるの、生まれて初めてで、ちょっと嬉しかったんですよね。でも、もうここから出ていくし、そもそもお嬢様って柄でもないですしね…。」


「まさか!そのような事はございません!」


この別邸へ来てから、一度も聞いたことが無いほどに大きな声を上げて、シトリンさんが私の目の前に跪く。

ビックリして、座ったまま固まってしまった。


「私が旦那様から監視をするようにと言われたのは、この別邸に来ることが決まったその日からでした。けれど、一月たっても二月たっても、怪しい所など少しも見つからず、着飾ることも浪費する事もなく、懸命に毎日を過ごしておられました。」


跪いたままのシトリンさんをどうする事も出来ずに、ただ黙って話を聞く。

少しだけ、肩が震えているのに気づいた。


「半年程で、私の方から何も無いだろうと旦那様にご報告をさせて頂いて、それからは一切疑ってなどはおりません。それと、監視を命じられたのは私だけでございます。別邸の使用人も、外交部や騎士団の皆様も、監視などはしていないはずです。」


「えっ?そうだったんですか。みんな過保護だったから、陛下からもそういう命令が下っていると思ってたけど…ああ、あの人は宰相と組んで影をつけていたっけ…。」


「…過保護にもなります。」


「え?」


「アリー様は、私達の前では弱音や辛さを一切仰りませんでしたが、夜になると、一人お部屋で泣いておられました。」


「うっ、そんなのも見られてたんですか…年甲斐もなくお恥ずかしい限りです…。」


「お部屋の中まで覗いていた訳ではありません。見回りの際、聞こえてきましたので…。」


「いやでも、かなり恥ずかしいんですけどね。お見苦しい声を聞かせてしまって」


「そうではありません…!!」


バッと顔を上げたシトリンさんは、眉間に皺を寄せて何かを堪えているような表情をしている。

そんな顔をさせるつもりは、無かったんだけどな。


「そうやって、普段は気丈に過ごしていらっしゃるのに、たった一人で孤独に耐えていたアリー様が、間者では無いと分かった時、申し訳なさで押し潰されそうになりました。」


「…人前で泣くほど、可愛い性格はしていませんから。」


「それからは誠心誠意、アリー様にお仕えしておりました。夜に泣いていらっしゃった事は、旦那様には報告しておりません。ですが、監視していたのは事実です。そんな私が、アリー様をお嬢様などと気安く呼ぶことは…本当に、申し訳ありませんでした。」


芝生に跪いたまま、地面につくほどに頭を下げ、全身で謝ってくれているのがわかる。

そんなシトリンさんの肩を支えて、私も一緒に立ち上がった。


「シトリンさん、正直に言うと、八つ当たりしてしまいました。最近色々あって…私の中で、限界が来ていたんだと思います。」


膝についてしまった草を、軽く払ってあげた。

いつもの執事っぷりが無いまま、じっとそれを見下ろしている。


「でも。私も、一つだけ嘘をついています。」


「嘘…ですか?」


「はい。信じて貰えないと思いますが、私は、この世界の人間じゃないんです。泣いていたのは、記憶が戻らないからでは無く、孤独に泣いていたのも、少し違います。ただ、元いた場所に戻りたかっただけなんです。」


黙っていてごめんなさい、と謝る。

どう返事をしたらいいのか分からない様で、シトリンさんは黙っているだけだった。


「ラリマーさんは知っているんですが、こんなこと、言っても信じてもらえないと思って、記憶喪失のフリをしていました。だから、おあいこです。」


ね?と笑いかければ、ようやく口許を緩めてくれた。

真面目なシトリンさんのことだ、きっと毎日罪の意識を持ちながら、私に接してくれていたんだろう。


そんな辛い思いをさせてしまった事に、今度は私の方が、申し訳なくなってくる。

私もどこかで、被害者ぶっていた所もあるし。


何もわからずこの世界に来たのに、ただの迷子なのに、なんで疑われなきゃならないのって。

でも今は、それも仕方がなかったと思えるようになっていた。


「アリー様の言葉を信じます。貴女様は、嘘をつくとすぐに分かりますので。」


「えっ!?やっぱり私は顔に出やすいんですね…。」


「夜中にこっそり、厨房からお酒をもってきておりましたね。ヤグが数が合わないとぼやいていましたよ。私を呼んで頂ければ、すぐにご用意致しましたのに、何故だろうと思っておりました。けれども、アリー様に問えば、しらを切られ…」


「あっ、そっ、それはですね!中々寝付けない時に、一本位なら分からないかな、と思って。その為に、わざわざシトリンさんを起こすこともないし。もちろん、飲んだお酒は買い直して戻していましたよ!?」


「はい。若干年代が違う物もありましたが。」


「あはは…一つだけ、どうしても見つからないワインがあったんですよね!」


ルチルと一緒に必死になって街中探したのだが、どうやら希少な年代だったらしく、その次の年のワインを戻すはめになった。

なるべく安っぽい物を選んでいたんだけど、旨い酒が飲みたいという本能ゆえか…。


「少し前から禁酒していますし、もう二度と勝手に盗んだりしません。ごめんなさい。」


「いいえ、この邸の主は貴女様です。何をしようと、咎める者はおりませんよ。」


「なら、お嬢様って、また呼んでくれますか?」


「はい。そうお呼びする事を許して頂けるのであれば。」


「許すも何もないです!意地悪な事を言って、すみませんでした。」


「私も、これまでの無礼、お許し下さい。」


二人で揃って頭を下げた。

ごっちんこ、とはならならず、同時に顔を上げて笑い合う。


そういえば、いつもは執事としての仮面を被っているシトリンさんだけど、こうして普通に笑っていると例に漏れずイケメンなんだな。

確か、息子さんがよく似ていたっけ。


「そうだ!今日の夕食は、邸の皆で一緒に食べませんか?今夜が建国祭の最後の夜ですよね!」


「いえ、しかし、主と一緒に食事など…」


「そうしましょうって!主ったって私なんですし。何も気を遣うことはないですよ!奥さんと息子さんも、連れてきて下さいね!じゃ、私はヤグさんに伝えてきますから!」


善は急げとばかりに、さっさと食堂へ戻って奥にある厨房へ向かう。

ヤグさんにそう伝えると、今夜はご馳走を用意すると張り切ってくれた。


そのまま、邸の中の皆に伝えに行けば、恐縮しながらも頷いてくれる。

末広がりなワンピース姿の私が、大股で邸の中を走り回る後ろを、シトリンさんが必死で着いてくるという周りから見たら意味不明な光景になっていたが、わだかまりが消えた私は、心が軽くなったのもあって、浮かれていた。


食堂に集まってくれた使用人全員を誕生日席から眺め、浮かれるついでに酒が飲みたくなったけれど、そこだけはシトリンさんの全力なストップがかかった。

どうやら、ルチルがここまで根回しをしていたらしい。


ちくしょう。

こんなに楽しい夜は、酒がいるだろうよ!


国を出たら、即酒を解禁してやる。

そう新たに決意を固め、夜が更けていく。


皆とたくさんの話をした後すぐに湯あみを済ませた私は、心地いい疲労感に包まれながら、ベッドに入った。

明日からまた日常が戻ってくる。


ジャスパーとヒスイちゃんの事も聞きに行きたいし、旅に出たいとラリマーさんに話もしなくちゃ。

もうしばらくはここ、アイオライト王国で、やることがある。

まだまだ頑張ろう、と思いながら眠りについた。




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