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27. 義弟との語らい

「姉さん、見てたよ!格好良かった!」


会場の帰り道、ネリー君が嬉しそうに肩を叩いてくる。

姉さんは今にでも倒れそうなんだけどね…。


「見てくれてたんだ。でも、いまだに心臓がバクバクしてるよ…。慣れないことはするもんじゃないね。」


「慣れない事?あれ、姉さんの素かと思ったけど?」


「あれが素なわけないから!やっぱり私には日陰が丁度いい…。」


「アリー、すまなかったね。けれど、よくやってくれたよ。」


「ええ!私、胸がスーッとしたわ!ありがとう、アリー。」


ラリマーさんとベリルさんも、笑顔がキラキラしている。

皆が喜んでくれて良かったよ…いや、本当に。


王宮の廊下を歩いている間、パルマ様の事を教えてもらう。

あの方は、トレイド家の本家に一番近い家で、ユークレース様の父方の叔母なんだそうな。


てことは、娘のあの子は従妹になるんだよね。

そういえば、ユークレース様と同じ様な水色の髪だったな。


昔から、ベリルさんの事を一方的に嫌っているらしく、会えば嫌味を言われているらしい。

理由はよくわからないみたいで、ベリルさんもなるべく会わないようにしていたみたいだ。


見事に嫌味を詰め込んだオバチャンだったもんね。

家同士が仲良くないそうだし、それも仕方がないのかな。


「あ、ウィスタリア家だ。相変わらず薄い…。」


ネリー君の見ている方に顔を向けると、廊下の先に

一組の家族が歩いていた。

でも、何でかな…五人いるような気がするけど、霞がかっているみたいに影が薄い。


みんな特徴がないと言うか、そこにいるはずなんだけど、ぼんやりしている。

私の目がおかしくなったのか。


「アリーは初めて見るのよね。ウィスタリア家は、独自の技みたいなもので、ああやって人の記憶に残らないようにしているのよ。」


「技?そんなことが出来るんですか…。」


もう一度ウィスタリア家をじーっと見つめてみるが、やはりハッキリ見えないような。

色とりどりの髪や瞳を持つこの世界の人間にしては、みんな特徴のない地味な一家だ。


「不思議だよ。まぁ、その技術で陛下の影を作り上げているんだけれど。あとは何をしているのかもいまいちわからないんだ。」


「へぇ。そういえば私の侍女のルチルは、影の気配がわかるみたいだったよ?効かない人間もいるの?」


「うん、中には。でもそんなの一握りじゃないかな。その侍女、僕にくれない?姉さん。」


天使のようなスマイルでおねだりされたけど。

あたしゃそんなものには引っ掛からぬわ!


「ダメ。私の親友なんだから。」


「君達は本当に仲が良いねぇ。あの子をアリーにと頼んだかいがあったよ。」


「残念。でも今度姉さんの所に遊びに行かせて。それ位ならいいでしょ?」


「…ちなみにルチルにもその微笑みは効かないからね?」


あらら、と言いながら肩をすくめたネリー君だけど

、まだ諦めてない気がするな。

よくよく考えてみたら、欲しい物は全力で手に入れるラリマーさんの血を引いてるんだった。


十歳だったベリルさんをたらしこんだんだもんね。

私のなかで、ラリマーさんのロリ疑惑はまだまだ晴れそうにないな。


そして、ウィスタリア家とはまだ話していないから丁度いい、とラリマーさんが近づいていく。

目の前に来てどうも、と声をかけてこちらを向いたが、5人共うつむき加減で、小さな声でこんにちは、と返してくるだけだった。


「リド、四年ぶりだねぇ。元気にしていたかい。」


「…ああ。」


「そうか。私の娘につけていた影は優秀だったと聞いたよ。」


「…そう。」


暗い!今にも文字通り影に消えていきそうなんだけど、大丈夫かこの人達…。

リドと呼ばれた人が、ウィスタリア家の当主かな?


目の下まで伸ばされた髪で、表情もよくわからない。

後ろの四人は皆バラバラな方向を向いてうつむいているし…。


「もう領地に帰るのかい?」


「…いや、今回はしばらく王都にいるよ。」


「では、久しぶりに飲みにいこうか。また使いをやるね。」


「…ああ。」


そう言って、そそくさと立ち去ってしまった。

挨拶も何も出来なかったんだけど、ラリマーさんは飲みに行くくらいには仲が良いのかな。


「人間嫌いなのは変わらないんだ。」


「嫌いではないと思うが、社交的ではないねぇ。」


「奥様とはお手紙のやりとりはしているわよ?直接お話はされないのだけれど…。」


なんだか、お化けにでも会ったような感覚だ。

はぐれメタル級のレアキャラに会えて良かった…のか。



馬車で本邸まで戻った私達は、各自昼食をとって夕食まで自由時間となった。

アンバーさんに武装解除してもらった私は、サンドイッチをかじっただけで、すぐにベットに潜り込んだ。


今日は朝からハードだったな…。

陛下との謁見も、なんとか無事に終わって良かったよ。


それにしても、ああやって王様をやっている陛下は女が一度は夢を見る、絵本の中の王子様みたいだった。

金髪碧眼で背が高くて、白い騎士服にマントが良く似合っていて。


神だというディアンに会ったり、王様から求婚されたり…。

典型的な現代っ子な私にとっては、つくづく、おとぎ話の世界に迷いこんでしまったんだと実感する。


けれど、今はまだこの世界が絵本の中のような感覚でいるけど…。

あと何十年もこのままだったら、これが当たり前になるんだろう。


王様がいて、貴族がいて、馬車があって。

パソコンも、電気も、車も、科学的な物は何もない。


この世界が私のいた現代の文明に追い付くのは、早くて二、三百年後ぐらいだろう。

その時に、私はもういない。


こちらへ来てから二ヶ月くらい、生理が来なかった。

それからは順調に毎月来ている事を考えると、私だけの時間が止まっている訳ではないから、確実に老いていく。


もちろん、子供だって産むことが出来るはずだ。

この先、ずっと地球に帰れないまま、独りぼっちで過ごしていくのは辛い。


けれど、この世界の誰かを好きになって、結婚して子供が出来たとして。

真っ先に思うのが、ある日突然消えてしまうことだ。


結婚がしたい、と思うほどに好きになった人は今までいなかったけど、もし大好きな人との子供が産まれたら…。

私は、毎日不安で押し潰されてしまう。


今日は一緒にいることが出来ても、明日一緒にいられる保証はどこにもない。

いっそのこと、地球に帰れるのかどうなのかだけハッキリすれば、少しはこの気持ちも晴れるのに。


どっちにしても、悲しいし寂しくなるとは思うけど…ディアンが今度来たら、まずはそれを聞いてみよう。

あの人が分からなければ、もう誰にも分からないんだろうな。



トントン、とノックの音がして、侍女さんがネリー君が来ている事を教えてくれる。

夕方まで眠ろうと横になったのに、結局ゴロゴロしていただけだったな。


「今着替えるんで、少し待っていてもらって下さい!」


布団から抜け出して、衣装箱からいつもの地味なワンピースに袖を通す。

簡単に化粧をして、扉までネリー君を迎えに行く。


「お待たせしました、どうぞ。」


「あれ?姉さん…?」


おお、そうか。

今朝までの私とは別人だよね。


「あはは、全然違うでしょ?これが普段の私だからさ。」


「びっくりした。部屋を間違えたのかと思った。」


「私以外にいる?あ、紅茶飲む?」


うん、頼んできた、と笑顔を見せてくれたネリー君と、部屋の真ん中にあるテーブルにつくと、侍女さんがお茶を用意してくれた。

そしてそのまま、頭を下げて部屋から出ていく。


「父さん達が驚いていた理由が、よくわかった。普段の姉さんは、歳より若く見えるんだ。」


「そう?この国の人は、顔立ちがハッキリしてるもんね。私は薄い顔だから。」


「僕とそんなに変わらないように見える。本当に十歳も上?」


「あはは、本当だよ。お肌の曲がり角に入りました。」


曲がり角?と首を傾げたネリー君は、少し話をしたいんだよね、と切り出した。

義理とはいえ、姉として何でも聞いてくだされ。


「…父さんから、姉さんの事を聞いたんだ。」


「…それは、どの辺まで?」


「違う世界から来たらしいって所まで。」


おう、全部やないかい。

ラリマーさん、よくこんな突拍子もない話をしたな。


「母さんは知らないみたいだけれど…僕が姉さんに直接聞いてみたくて。」


「そっか…。えっと、まずその話は信じられた?」


「うん、半分は。」


「そっか…。半分も信じてくれたのがありがたいよ。」


「姉さんの世界は、どんな所だった?こことは全く違う?」


「うん、人間がいて、動物がいて、草や木があってっていうのは変わらないけど、過ごし方がかなり違うかな。」


「それはどういう風に?」


「何て言うのかな…文明の発達が違う、のかな。ここでは移動に馬車を使うでしょう?私のいた世界では、車っていって、ある資源を使って自動で動く鉄の入れ物で、自由にどこへでも行けるんだ。」


「くるま…聞いた事もないし、鉄の入れ物で、どうやって移動出来るのかがわからないや。」


「うん、説明が難しいんだけど…この世界が今から発展していって、三百年以上先に進んだ世界かな?」


「三百年?そんなに?」


「いや、もっとかかるのかもしれないけど…。こことは大分違うと思う。」


「それなのに、いきなりこの世界に来たんだ?姉さんの世界では、そんな事も可能だった?」


「まさか!いくらなんでも、人間をどこか遠い世界へ一瞬で飛ばすなんて事は出来ないよ。本当に目眩がしてから、すぐにこちらに居たんだよね。それが未だに私にもよく分からなくて…。」


「成る程…。確かに分からない。他に、姉さんの居た世界はどんな感じだった?」


日本に居た頃の私の生活を、つたないながらも説明を交えて話していく。

食べ物は冷蔵庫があって、鮮度を保ちながら保存出来ること、電話っていう通信機器があること、どの話も、ネリー君は目を輝かせながら聞いてくれた。


「その、すかいぷ、で声や顔が一瞬で届くのなら、人だって行けるんじゃ?」


「それがね、光と同じ早さで進まないといけなくて。蝋燭の光は、一瞬で光ってるってわかるでしょう?その光にも伝わる速度があってさ。声や顔を映像として伝える事は出来ても、物体をまるごと光の早さで送る事は、私の時代では不可能だったかな。」


「姉さんの時代では、ってどういう事?」


「あーっと、理論上?は可能ってことで。実際にはそこまでは文明が発達していなかったから。」


「…僕からみたら、物凄く進んでいるけれど。本当に、姉さんはこの世界の人では無いんだ…。」


ネリー君はじっと私の顔を見つめて、何かを考えているようだった。

嘘はついていないけど、あり得ないような話をしたんだもんね。


「じゃあ、全ての国の言葉がわかるのは何故?それも姉さんの世界の技?」


「ううん、それは全く分からなくて。言葉に困らなかったのは、本当に助かったけど。すぐに保護してもらえたし、職にもつけたし。」


「フッ!そう言えば、牢屋に入れられてたって聞いた!そこから父さんが保護したって。」


うっ、それは中々の心の傷だ。

悪気は無かったとはいえ、牢屋に入れなくても良かったと思う。


怪しい人には間違いなかっただろうけどさ。

微妙な顔をしてアハハ、と愛想笑いをしていたら、侍女さんが夕食の準備が出来たと教えてくれる。


「…姉さん、この話は僕と父さんしか知らない?」


「あー、えっと、あと陛下だけが知ってるかな。」


「ふぅん?陛下からの寵愛を受けているのも事実?」


「ぐっ…いや、食事に誘われただけだよ。」


「僕の友人達が口を揃えて、アリーという人物が次の王妃だって。」


「いやいやいや!無い!断じてそれだけは無いから!お友達にも訂正しておいてね…。」


「今日はもう時間が無いから、またゆっくり話を聞かせて。今度は陛下との話。何かあったんじゃない?」


鋭い…さすがラリマーさんの息子さん…。

でも誰かに相談したかったのも事実だし、ネリー君とラリマーさんに聞いてもらった方がいいかもしれない。


「うん、是非とも話を聞いて貰おうかな。それにしても、私の世界の話をしている時のネリー君、すっごく楽しそうだったね。」


紅茶を飲み干し席を立って、食堂へ向かう準備をする。

準備ったって特に無いんだけど。


「うん、本当にそんな世界があるのなら、行ってみたい。まるで夢のような所だから。」


「夢かぁ。いつか、この世界の未来でも車が走ってるかもよ?…私も、帰りたいな…。」


つい独り言のように口から出てしまい、慌てて口を塞ぐ。

それを見たネリー君が、その手をそっと握ってくれる。


「それが本音だ。でも、当たり前か。僕も留学中に何度も国に帰りたいと思った。けれど、帰ろうと思えば帰る事が出来るから、向こうでも頑張れたんだ。」


握ってくれた手の温もりが、いつかベリルさんにされた時と同じようで、安心する。

まるで、大丈夫って言っているみたいに、両手を優しく包んでくれる。


「根拠も何もないけれど、いつか帰る事が出来るって、僕は信じている。それまでは、僕達がアリー姉さんの家族になるから。ここにいる間は、何も心配いらない。外交部での仕事が始まったら、何か手がかりがないか探してみる。」


「…ネリー君、ありがとう。でも、その言葉はプロポーズみたいだよ?」


「ぷろぽーず?」


「あー、求婚の言葉みたい。」


「そう?僕はそれでも構わないけれど。姉さんとは血が繋がっていないんだから、可能だよ?」


「いやいや、形式上は姉弟だから。」


「姉さんが分家の養子になったらいいんじゃない?」


「へっ!?私は十歳も歳上のオバサンだからさ!ネリー君には相応しいご令嬢がたくさんいるでしょ!」


「僕は年上でも大丈夫。でも、姉さんは十歳も上に見えないから。」


「見えなくても三十なのは変わらないって!それにほら、私はいつか自分の世界に帰っちゃうかもしれないし!」


「じゃあ、僕も一緒に行こうかな?くるま、に乗ってみたい。」


握られたままの手を見つめながら、ネリー君が車を運転している所を想像する。

もちろん、某有名高級外車のセダンだ。


にっ似合う…!!

この容姿でグレーのピンストライプのスーツを着こなして、煙草をふかしながら車に寄りかかって、会社帰りに待っていてくれたら…。


私は次の日から、職場でシンデレラだ。

売れ残りの汚名返上間違いない。


「…何か想像してる?」


「う!?ううん!とにかく!私は誰ともそういうことにはならないから!誰かを好きになるとか、もう忘れちゃったし…」


「プッ!あははは!面白い、姉さんは!」


からかわれた…。

十歳も下の男の子に弄ばれた…。


両手を離して恨みがましく見つめると、再び声をあげて笑い出してしまった。

あーあ、妄想の中では本当に素敵だったのに。


恥ずかしくなってきたのを隠すために、足早に扉へ向かう。

廊下へ出ると、すでにいい匂いが漂っていた。


「ごめん、姉さん、つい。フフっ!」


「…もういいよ…。ああ、お腹減った。」


「うん、早く食堂へ行こうか。僕もさっきからお腹が鳴ってる。」


イケメンもお腹が鳴るんだね、という呟きに、食堂へ着くまでネリー君にイケメンとは何かを説明するハメになった。

僕もこれからはイケメンを使うよ!と張り切っていたけど…。


いきなり、僕イケメンとか言うんじゃないかと不安になった。

あれは、本当にイケメンが言ってしまったら笑いも何もあったもんじゃない。


空腹が勝ってそうしたら~と適当に返してしまったが、それから貴族の子女の間でイケメンという言葉が流行るとは、この時の私には知る由もなかった。




ベ○ツか、ア○ディか、B○Wか…お好きな車で変換してください。

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