26. 建国の日
謁見が行われるこの場所は、正面に三段程の階段があり、その上に豪華な椅子が三脚並んでいる。
両脇には王家の紋章が入った垂れ幕がかかっており、高い天井には見事なシャンデリアが光っていて、思わず見上げて呆けてしまう。
床に並んでいるテーブルには、真っ白なテーブルクロスが敷かれていて、飲み物をこぼしたら一貫の終わりだ。
中央に置かれている花は、テーブル毎に色や形が違っていて、まるでこの世界の人々を表しているみたい。
ワインの入ったグラスを持った給仕の人達もいなくなり、皆正面に向かって頭を下げている。
慌てて私も頭を垂れて、陛下達の入室を待った。
奥の扉が開く音がして、静かな足音が響く。
三人が椅子の前に着いた所で、顔を上げるよう、陛下自ら指示が下される。
「皆の者、アデュレリアに五つの国が、創世神オブシディアンより生み出された今日この日、共に祝う事が出来、嬉しく思う。国に平和を、王家に繁栄を、民に幸福を。」
国に平和を、王家に繁栄を、民に幸福を、と一斉に復唱される。
ここから、貴族の地位が高い順に、陛下へ挨拶へ向かうんだそうだ。
遠目から見えた陛下は、真っ白な騎士服で、長いマントを肩にかけている。
後ろに座っている陛下の両親は、ジェイド先王陛下が濃い青の騎士服、アイドクレーズ王太后殿下は金色のロングドレス姿だ。
今からあそこへ行って、きちんと挨拶をしなくちゃいけない。
エメリー様にほぐしてもらったのに、また体が強ばっていくのがわかった。
「アリー、今日は多くを話す必要はないからね。何か質問されても、基本的には私が答えるから安心するといい。」
「ううっ、はい…。」
「姉さん、家はフロスティ家の後だから、三番目だ。」
「大丈夫。あなた何度か陛下と夕食を共にしているでしょう?」
「ベリルさん、それとこれとは大分違いますよ。陛下だって、今日は正に王様っぽくて…。別人に見えます。」
「アリーは陛下を誰だと思っていたんだい。肝が座っているんだかいないんだか、分からないねぇ。」
アハハと笑ったラリマーさんの後について、陛下の側のテーブルにて待機する。
すぐそこにいる陛下を見ることが出来なくて、腕を組んでいるネリー君の服ををぐっと握りしめてしまう。
それを見たネリー君が、そっと手を握ってくれた。
顔を上げると、僕も陛下に会うのは慣れていないんだよね、と呟いた。
そうだよね、一国の王に会って話をするなんて、緊張するよね!
確かにいつもの夕食は何だって話になるけど、あれはほら、ヘタレだしゴールデンレトリバーにしか見えないし。
こんなに大勢の前で堂々としている陛下を、私は見たことがない。
まず、執務をしている所だって知らないし、よくよく考えてみたら、普段の陛下も全く分からない。
知ろうともしてなかったんだから、当たり前なんだけど。
改めて遠い存在なんだと感じて、今まで普通に食事をしていたことが、嘘の様に思える。
顔を上げて前を見ると、ユークレース宰相様の一家、トレイド家が陛下達と言葉を交わし始めていた。
あの一件以来、一度も会うことがなくてホッとしていたけれど、今日はこの場にいるんだよな。
向こうも私を見ることは無いし、私もあの人がいることをすっかり忘れていたけど。
相変わらずの仏頂面で、淡々と挨拶だけを済ませているみたいだ。
母親は亡くしているって聞いたから、横にいるのは父親だけだよね。
横顔しか見えないけれど、ユークレース様とはあまり似ていないかな。
前宰相だけど、頭の切れるような風体ではなく、どちらかというと武人ぽい感じがする。
何だか今日は沢山の親子が見れて、面白い。
そうして、頭の中でぐるぐると考えている間に、私達に順番が回ってくる。
前にいたコランダムさん達が、陛下に頭を下げて、脇に引いていく。
去り際にコランダムさんが手を挙げて笑いかけてくれたけれど、うっすら口元を動かすことしか出来なかった。
ああ、私はこういう厳かな雰囲気とか、お偉いさんに挨拶とか、大の苦手なんだよな…。
こうなったら、ひたすら薄ら笑いをしながら遠い目をしてやり過ごそう。
よし、陛下の後ろの後ろにある垂れ幕を見るんだ。
先王とか王太后もスルーしたいが、三人の目の前に跪くと、つむじにビシビシと視線を感じた。
こ、これは気まずい…。
「陛下、並びに先王陛下、王太后殿下、建国の日を共に祝うことが出来、大変光栄でございます。」
「陛下、お会い出来て光栄ですわ。夫がお世話になっております。先王陛下、王太后殿下もお元気なご様子、何よりでございますわ。」
「ああ、ラリマー、ベリル、私も今日という日を共に祝うことが出来、嬉しく思う。堅苦しい挨拶はいらないから、楽にしてくれ。」
ありがとうございます、とラリマーさん達顔を上げて立ち上がるのと同時に、ネリー君も陛下の方を向いて立つ。
私も後に続いて、陛下の後ろに目を向けた。
ジェイド先王陛下は、青い髪に薄いグレーの瞳の、ナイスミドルだ。
顎髭がよく似合っていて、この世界に来て以来初めて、男の人にときめいてしまった。
アイドクレーズ王太后殿下は、明るい金色の巻髪で陛下と同じ青い瞳をしている。
顔立ちが陛下とそっくりで、まるで西洋のお人形さんみたい。
この子にしてこの親ありだな。
そりゃ蛙の子は蛙だよ…蛙から白鳥が出てきたら、世の中がひっくり返るわ。
それにしても、先王陛下が素敵過ぎる…。
陛下とは違い三白眼で、大人の男の色気みたいなものを、すごく感じる。
さすが先の王だけあって、オーラも貫禄もあるし。
横にいる陛下のお母様も、ロリータを地でいけるような、とっても可愛らしい方だ。
二人が並んでいる姿だけで、なんだか神々しい。
創世神のディアンよりも、この二人の方がよっぽど神っぽい気がする。
「この度、嫡男のスピネルが東から戻りまして、今後は息子に外交部を背負って行って貰えたらと。」
「あら~!こんなに大きくなったのね?前回お会いした時は…まだ子供の頃だったかしら~?」
「クレーズ、四年前だろう。立派になったな。父の後を継ぐのか。」
「お会い出来て光栄です、陛下、先王陛下、王太后殿下。これからは外交部にて、精進致します。」
「それは心強いな、ラリマー。」
ええ、とにこやかに先王と談笑している一家を丸無視して、微動だにせず私を見ている奴が一人いた。
陛下、お願いだから、余計な事は一切口に出してくれるなよ…。
「それで~?こちらの色っぽいお嬢様が、アリーちゃんね?ヘリオから聞いていた通り、本当に髪も瞳も黒なのね!」
「紹介が遅れて申し訳ございません。この度、私の養子となりました、アリーです。語学に大変優れておりますので、是非とも我が家へと頼み込んだ次第でございます。」
「五か国語がわかるんでしょう?すごいわねぇ~!息子がとーってもお世話になっているみたいだし、今度私のお茶会にいらっしゃいな?」
「初めまして、アリーと申します。…私などがお邪魔させて頂いてもよろしければ…。」
まぁ!声も色っぽいわぁ~!と笑っている王太后殿下は、隣の先王陛下の腕をつかんでキャッキャし出した。
それを咎めるわけでもなく、そうしなさい、と笑顔で返してくれるが、これは…。
「母上、その位にして下さい。アリーはこうした場に慣れていないのです。先程から固まっているのが見えませんか?」
「あらぁ、ごめんなさいね!つい、嬉しくなってしまって~!だってアリーちゃんは、ヘリオの…」
「クレーズ、そろそろ時間だよ。まだまだ挨拶を交わしたい者が沢山いるんだ。」
「そうね~?残念だわぁ。まだまだお話がしたかったのに…。」
「茶会に呼ぶのだろう。その時にゆっくりと、話せばいい。」
楽しみねぇ!とルンルンな王太后殿下だが、危なかった…。
何を言おうとしたのか知らないが、こんなに人がいる場所で、勘弁してくれ!
陛下が私を気にかけている事は皆知っているんだろうけど、それを陛下の母である王太后が言っちゃだめでしょ。
反対していないのは本当みたいだけど、自身の影響力を考えてほしい。
先王陛下がすぐに気づいて、止めてくれて良かった。
この方はド天然なんだろうか…。
「陛下、先王陛下、王太后殿下、お会い出来て光栄でした。これからも外交部の仕事に全力を尽くし、影ながら王家の繁栄を祈っております。」
私の気持ちをオブラートに包みまくって、遠回しに伝えてみる。
これで分からない人達ではないだろう。
「…ああ。」
「あら~まぁ~。」
「ふむ。ヘリオ、お前もこれ迄以上に国のために励みなさい。それがアリーさんの為にもなるだろう。」
ぐっと苦虫を噛み潰したような表情をした陛下は、そうですね、と小さく呟いて私達に向き直った。
お二人は、とても面白そうな顔をして陛下を見てますけど…。
これで、私が王妃になる気が無い事が分かってもらえただろうし、聞き耳を立てているであろう他の貴族にも伝わっただろう。
陛下は私を王妃にするつもりは無いみたいだけど、周りがどう思うかはわからないし。
ああ、陛下の耳がすっかり垂れてしまっている。
皆の前でごめん!
「それでは陛下、これにて失礼致します。」
「あ、ああ。これからも国の為、宜しく頼む。」
ラリマーさんにならって頭を下げて、御前を後にした。
ふぅ、終わった終わった…。
「アリー、お疲れ様。緊張していた割にはしっかりと出来ていたねぇ。」
「そうですか?あー気が抜けたら、一気に疲れが…。」
「はい、姉さん。禁酒してるって聞いたから、紅茶をどうぞ。」
ネリー君が、暖かい紅茶を差し出してくれる。
ああ、この温もりが落ち着く…。
「ありがとう、ネリー君。」
「あなた、私は少し皆様とお話がしたいわ。アリーを紹介したい方達がたくさんいるのよ。」
「ああ、では回ろうか。」
「じゃあ、僕は少し離れてもいい?懐かしい顔を見つけたんだ。」
では後で、とネリー君と別れ、ラリマーさんとベリルさんと一緒に、挨拶回りに繰り出した。
さすが貴族の奥様方達は、優雅で品があって、つくづく私は場違いな所へ来てしまったと思い知る。
内心どう思っているかはわからないが、なんとか無難に挨拶をこなしていく。
と、そこへ、一人の少女とベリルさん位の女性が近づいてきた。
「お久しぶり、ベリル。お元気そうね?」
声をかけてきたのは、真っ青な髪の女性で、横には水色の髪の、十八歳くらいの美少女が立っていた。
女性の方は母親かな?あまり似ていないような気もするけど。
「あら、パルマ様。ご無沙汰しておりますわ。」
一瞬、ベリルさんが嫌そうな顔をしたけれど、すぐにいつもの笑顔になっている。
これは、あんまり好意的な方達では無さそうだな。
「ラリマー殿も。外交は順調なようね?」
「…お陰さまで。そちらのご令嬢は、娘様ですかねぇ?」
「ええ、ヴェローナ、ご挨拶なさい」
はい、お母様と幼さの残る声で返事をした少女は、何故か私の顔をじっと見ながら口を開いた。
なんだ、私の顔に何かついてますかね…。
『初めまして、ヴェローナ・ティル・トレイドですわ。』
この子…アイオラ語じゃない。
さっき母親に返事をした時は、確かにアイオラ語だったはず。
てことは、私を試しているんだよね。
家名の前に分家の名前が入っているけど、トレイド家だから、好意的な訳がない。
さて、どこの国かな。
この子が話している言葉…と意識をして、私も返事をする。
『初めまして、ヴェローナ様。お会い出来て光栄です。私はアリー・セレストです。』
ラリマーさんがホッとしているのが、横目に見えた。
対するパルマと呼ばれた女性は、若干眉間に皺が寄っていた。
「五か国語が堪能と聞いたものですから。私の娘は、ジンカイトに留学中ですのよ。アリーさんは、あちらに住んでいた事があって?随分流暢にお話なさるのね?」
「パルマ様、娘の紹介がまだでしたわね。この度、私達の養子となりました、アリーですわ。申し訳ないのですが、この子は一年ほど前からの記憶しかありませんわ。フローライト出身なのは間違いないのですけれど。」
「まぁ…。そんな娘を養子になさるなんて…。陛下迄をもたらしこんでいるとか…?ラリマー殿は聡明な方だと存じ上げておりましたのに、ねぇ。」
よよよ、と口許を押さえたパルマ様は、娘と二人でひそひそと何かを話し始めた。
いつの間にか、私達の周りに遠巻きながら人が集まって来ている。
まずい…こんな事もあろうかと予想はしていたけれど、どこまで私が口を出していいものか迷う。
ここで何か言い返せば、ラリマーさんとベリルさんの顔を潰しかねない。
「アリーは語学が堪能なだけでなく、外交の腕も優れておりましてね。有能な彼女が何の後ろ楯も無いままだと、この国では生きていけないだろうと、思った次第ですよ。そうじゃありませんか?パルマ殿。」
パルマ様は、くっと歯を鳴らして、ラリマーさんを睨み付けた。
ラリマーさんのこの言い方は…前に言っていた国の事情とやらに、トレイド家が絡んでいるのかな。
けれど、さすがラリマーさん。
顔色一つ変えずにニコニコしたままだ。
「それでは、皆様に挨拶も済みましたし、私達はこれで失礼させて頂きますわ。アリー、せっかくだからお二人に、様々な国の言葉でお別れの挨拶をして差し上げなさい。」
笑顔なのに怖いっ…!
ベリルさんの顔が般若の様になっている…。
これは物凄く腹が立っているんだな。
旦那と、義理とはいえ娘の私をバカにされたんだから、そりゃそうか…。
よし、いっちょ私の本気を見せてやるか!
これだけ人が集まっているんだから、いいパフォーマンスにもなるだろう。
『ヴェローナ様、新参者ですがこれからも宜しくお願い致します。』
まずはジンカ語を意識する。
これからも宜しくなどしたくはないけどね。
『パルマ様、このめでたき日にお会い出来て光栄でした。』
次に東のマラカ語を意識して話す。
マラカイト出身のベリルさんが、ニッコリと微笑んでいる。
そして最後に、西のアンダルサ語を意識する。
同時に、集まっている人達にも聞こえるようにと、息を吸い込んだ。
『言葉が分かること以外は、何の取り柄もない私ですが、微力ながらアイオライト王国の為に、尽くしたいと思っております。どうぞ見守って頂ければ幸いです。』
深々とお辞儀をして、ゆっくり微笑みを作る。
今日の私は六本木、いや銀座のナンバーワンだ!
ホステスの頂点たる者、ここで逃げるわけにはいかないわ!
けれども、今すぐ口から心臓が飛び出してきそうですわよ!
心の中で鼻息を荒くしていると、周りから拍手が起こった。
ラリマーさんも満面の笑みで肩を抱いてくれる。
パルマ様はとても悔しそうな顔をして、周りを睨み付けているけど。
ヴェローナ様は、表情の読めない顔でこちらこそ、と返事をしてくれた。
では行こうか、と言ってくれたラリマーさんに続いて、会場の出口に向かう。
すれ違い様に私の言葉を褒めてくれる人もいたけれど、笑顔を保つ事で精一杯だった。
ああ、やっぱり酒が飲みたいっっ…!
今すぐビールのプールへ飛び込みたい衝動を堪えて、途中でネリー君と合流し、会場を後にした。




