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25. ある日王宮で熊さんに出会った

またまた長くなりました。しばらく長くなりそうです。

「アリー!まあまあ、なんて素敵なのっ!やっぱりアンバーを向かわせて正解だったわ!」


「いや、本当にアリーかい?私の娘はこんなにも美しい女性だったとはねぇ。」


玄関のホールで囲まれて、私の武装を褒めてくれる。

ここまで仕上げたのはアンバーさんだけどね。


「アンバーさんには、とても素敵にしてもらっちゃって…なんだか自分じゃないみたいです。」


「アリーは素材がいいから、磨けば光るって思っていたのよ。普段からこうやって着飾ればいいのに。」


「いえいえ!絶対に無理ですよ。馴れない高さが腰にきてますし。」


「謁見が終わったら脱いで構わないけれど…。もったいないわね。」


「是非ともそうさせてもらいます…。」


三人で談笑していた時、後ろでにこにこしていたスピネル君と目が合う。

少し離れて眺めていたけど、側に来てくれる。


「父さん、母さん、そろそろ僕にも紹介してくれる?」


「あらやだ、すっかり忘れていたわ。」


「そうだ、すまないねネリー。アリー、私の嫡男のスピネルだ。」


「アリー姉様、初めまして。スピネルです。僕の事はネリーと呼んで下さい。」


ベリルさんと同じ笑顔のスピネル君は、私の頭一つ高い位置から、そう言ってくれた。

本当に、ベリルさんを男の人にしたような、中性的な美青年だ。


瞳は薄い茶色でとても優しげだけど、跡取りらしく凛々しさもある。

しかし、この世界に来てから美形に耐性がついたようで、こうやって冷静に分析出来るようになったのが微妙だな。


「初めまして、スピネル様。アリーと申します。この度は、セレスト家の養子にさせて頂きありがたいのですが、十も歳上の私がいきなり姉になってしまった事、大変申し訳なく思っており…」


「やめてくださいよ!姉様、いいえ、姉さん、僕は義理とはいえ弟になったんです。そんな堅苦しい挨拶はいりません。」


「ですが、ある日突然、わけのわからない女が留守中の家に入り込んでいるなんて…私はあくまでも、ラリマーさんの部下としての立場を崩しませんし、極力ご迷惑もかけないよう、気を付けますので!」


「待ってください。父さん、姉さんていつもこんな感じ?」


「いいや、色々と思う所があったんだろうねぇ。アリー、君が気にすることは何もないよ。ネリーも納得の上だからね。それに、私が無理矢理養子にしてしまったんだから。」


いや、でも…と眉間に皺を寄せたまま、二人をじっと見てしまう。

私がスピネル君の立場だったら、物凄く複雑な気持ちになるんだけど…。


普通の二十歳の男の子だったら、ちょっと微妙じゃない?

親父に色目つかったんじゃないかとかさ。


「姉さん、僕は父さんと母さんから、事情も聞いています。弟だって納得していますし、何も遠慮はいりません。本当の姉弟…とはいかなくても、友人のように仲良くして下さい。」


これまたふんわりと、優しい笑顔を見せてくれたスピネル君は、嘘をついているようには見えなかった。

私が迷子なのも知っているみたいだし、同情してくれたのかも。


「そう言ってもらえると、私もありがたいです。」


「二人共もっとくだけた口調でいいんだよ?私達は家族になったんだからねぇ。」


「そうね。まだ堅いのは仕方ないとしても、今日は皆様にアリーを紹介する日にもなるでしょうし、ネリーも久しぶりの級友との再会でしょう?もっと肩の力を抜きなさい。」


余裕があるように見えたスピネル君も、緊張していたのかフウ、と息を吐いて改めてお互いに笑顔を交わす。

私も短めに深呼吸をすると、少し体の力が抜けた気がした。


「じゃあアリー姉さん、今日からよろしく。」


「うん。ネリー君、私の方こそ、よろしくね。」


ようやく距離を縮めた私達は、ネリー君に腰を支えられて馬車へ乗り込んだ。

今日はネリー君が私のエスコートをしてくれるみたいだけど、こんな美人さんと腕を組むとか緊張するな。


ネリー君はまだ独身だし、この顔だし、一緒に歩きたい女の子は山ほどいそうだ。

それなのに私が隣を歩くなんて、いくら形式上姉弟だったとしても、申し訳ない。


それよりも考えなくちゃいけないことがあるのはわかるけど、こうした会に出席したことがないから、緊張するなと言う方が無理だ。

ガチガチに固まっている私に、ラリマーさんが何度も心配いらないと声をかけてくれたのだが、王宮に着いた後も、手の震えは収まりそうになかった。



「さあ、着いたよ。二人共、今日は祝いの日だ。陛下にもきちんとご挨拶するようにね。」


「はい、父さん。僕は早くフロスティ家と話がしたい。」


キラキラ目を輝かせたネリー君の横顔を見ながら、私もはい、と返事をして王宮の入口で身分のチェックを行い、晩餐会場へ向かう。

廊下にまで集まった貴族達で溢れていて、普段の厳かな雰囲気と違い、人々が祝いの言葉を交わしていた。


会場の中に入っても、やはり珍しいものを見るような目で見られたけれど、みんな口を開けたまま私を見ているだけだった。

これは思った以上にアンバーさんの装備が効いてるな。


「では私達は少し離れるけれど、陛下との謁見の前には戻るからね。」


そう言って、ラリマーさんとベリルさんは、会場の中心へ行ってしまった。

私を紹介するのは、謁見が終わった後になるみたいだ。


「姉さん、今日は僕が常に隣にいるから、決して一人にならないって約束して欲しい。」


「う、うん。わかった。でも…ネリー君も友達と話がしたいんじゃない?私がいたら、邪魔じゃないかな。」


「そんな事はないよ。これからはいつでも会えるから。今日は挨拶程度でいいんだ。それに…姉さんは、騎士団総団長と仲がいいんでしょ?」


「え?うん、仲がいいっていうより、娘みたいに接してもらってるかな。いい人だよね、コランダムさん。熊さんみたいで可愛いし。」


熊…?と呟いて目を見開いたネリー君は、信じられないような物を見る顔をした。

やっぱり総団長を熊とか無かったか?でも見た目はまるっきり熊なんだよな。


「姉さん、あの人を熊さんとか…命知らずな事を言うね…。」


「いや、まさか本人には言ってないよ!でも熊にそっくりじゃない?つぶらな瞳で大柄で。子煩悩な所もまた可愛いよね。」


「…姉さん、総団長が剣を持っている所を見たことがある?」


「稽古している時なら何度かは…。」


「あの人が得意とするのは、普段使っている剣じゃなく、あれを更に大きく太くした大剣なんだ。コランダム総団長くらいある、ね。」


「コランダムさんくらいの大剣!?そんなに大きな剣を使っている所なんか、見たこと無かったよ。すごいね。」


「僕は、本当は騎士団に入りたかったんだ。子供の時に、あの大剣を軽々と振り回すのを見て、なんて格好いいんだって。まあ、結局剣の腕は並で終わってしまったし、外交の方が向いていたから、父さんの後を継ぐことになったけれど。」


「そうなんだ。だからさっき、フロスティ家と話がしたいって言ってたんだね。」


「うん。腕は無くても、憧れは消えない。僕が一番尊敬している人だから。」


「…ラリマーさんじゃなくて?」


「フフッ、父さんには内緒。」


そう言って、人差し指を口に当てたネリー君は、ニヤリと笑った。

そのしぐさがラリマーさんにそっくりで、思わず吹き出してしまう。


「姉さん、眉間の皺が取れた。笑っていた方が可愛いよ?」


いたずらが成功したような笑顔で、ネリー君の左腕を掴んでいた私の手を、反対側の手でポンポン、と叩いてくれた。

思わず眉間を指でなぞって、ジト目を返せば、総団長と話す機会を作ってね、とお願いされる。


私がいなくても、セレスト家の名前があるだけで話なんかいくらでも出来るだろう。

なのに、私にも役目をくれる優しさに、心が暖かくなる。


ネリー君は、やっぱりラリマーさんとベリルさんの息子だ。

二人の思いやりの精神が、きちんと受け継がれている。


親子っていいなぁと、しみじみ感じてしまう。

もう一人の弟さんにも、いつか会えるといいな。


「わかった。ネリー君も、私がコランダムさんのことを熊さん扱いしてる事は内緒だからね?」


「あははっ、言えるわけがないでしょ!確かに言われて見ると熊に見えなくもないけれど…。」



「誰が熊だって?」


その時、私達の後ろから、ドスのきいた重低音が響いてきた。

慌てて後ろを振り返ると、そこには総団長だけが着ることの許される、深紅の騎士服姿のコランダムさんが、ニヤニヤしながら立っていた。


「コランダムさん!赤い騎士服、格好いいですね!あ、本日はこのめでたき日にお会い出来て光栄です。建国の喜びを、共に祝いましょう。…合ってますか?」


「ちょーっと違ったかな?建国の日にお会い出来て光栄です、このめでたき日を共に祝いましょう、だったか。まあ、アリーちゃんの言葉でいいんじゃねぇか?おい、スピネル。久々だな!」


バジバシとネリー君の肩を叩いて、コランダムさんがガハハッと笑う。

当の本人は若干顔を青くしながら、苦笑いをしてお久しぶりですと、挨拶をしている。


「コランダムさんが大剣を使うって、ネリー君から聞きました。今まで何度も騎士団にお邪魔しているくせに、一度も見たことが無いんですけど。」


「ありゃあ、王都の外に行かなきゃ振り回せねぇんだ。稽古場で使ったら、建物がぶっ壊れちまう。」


「総団長の剣から出される風圧で、まわりの人間まで吹っ飛ばされますからね。」


「吹っ飛ばされるくらいならいいが、太刀筋に入った奴ぁ真っ二つになるな!」


再びガハハと笑っているが、私は全く笑えない。

リアル天下無双がここにいた。


そりゃあ騎士団の頂点に立つ人だし、剣の腕は凄いんだろうと思っていたけれど、あの広い稽古場で使えないほどって。

見てみたいような、怖いような。


「総団長、このめでたき日にお会い出来て光栄です。スピネル・セレスト、留学を終えましたので、これからは外交部にて全力で勤めます。また近い内にご挨拶に伺うかと。」


「…良い顔になったな。数年前の青くせぇのが抜けてやがる。ああ、わかったぞ?女か。そうだろう、スピネル!どこのお嬢さんだ言ってみろ!」


がしっと熊手に肩を捕まれたネリー君は、うぐっと苦しそうな声を出して、必死で違いますよ!と、もがいている。

うん、でもなんだか嬉しそうだな。


ラリマーさんは、父として、セレスト家当主として一歩引いた所にいるみたいだけど、コランダムさんは、ゼロ距離で可愛がっているように見える。

二人とも、スピネル君の事は愛情を持って接しているんだろうけど、コランダムさんの裏表ない行動は、素直に嬉しくなるよね。


コランダムさんは、騎士団総団長という肩書きに全くこだわって無さそうだけど、実力もあって団員達からの信頼も厚いんだろうな。

貴族に見えないけど、今日は流石に髭もじゃは綺麗に剃られていて、爽やかなおじさまに大変身している。


「にしても、アリーちゃん、今日は子供には見えねぇな。こんな感じのいい女を、どっかの飲み屋で見たような…」


「あら、あなた。どこの女かしら?」


コランダムさんの後ろから、綺麗な銀色の髪の美人が顔を出す。

横には二人の娘さんもいる。


「おっおお、昔だ昔!若ぇ頃の話だよ!」


「アリーさんね?初めまして、コランダムの妻のエメリーです。貴女の事は、この人から聞いていましたわ。素敵なお嬢様ね。」


「初めまして。アリー・セレストです。コランダム総団長にはいつもお世話になっております。」


「こっちは娘のアルミナとサイアだ。」


初めまして、と奥様そっくりな娘さん達とも挨拶を交わす。

スピネル君もお会い出来て光栄です、と三人にそれぞれ笑顔を返すと、娘さん達が、頬をポッと赤く染めた。


「やめろスピネル!うちの娘達をたぶらかすんじゃねぇ!」


バッと娘さん達を自分の後ろに囲ったコランダムさんは、怖い顔をして威嚇し始めた。

髭はないが、やはり熊だな。


「総団長、あなたの娘様に手を出すような猛者はいませんって…。僕はただ挨拶をしただけですよ。」


「そうよ、あなた。セレスト家のご嫡男として、立派な青年ではありませんか。私はスピネルさんなら、娘を嫁がせても何の問題はありませんわ。」


「やめろやめろっ!娘にはまだ早い!」


嫌だ嫌だと頭を振っているが、その後ろから、娘さん達が顔を出して目をハートにしながら、ネリー君を見ている。

そりゃそうだ、背が高くて中性的なイケメンにニッコリされたら、若い子から歳上のお姉さん達にまでモテるだろう。


立場上、婚約者くらいはいそうだけどね。

ちょっと困った顔もまたキュンですな。


「コランダム様、エメリー様、セレスト家の一員に加わりまして、これからお世話になることもあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願いします。」


とりあえず話をそらそうと、二人に頭を下げる。

貴族の子女みたいにスカートつまむのは恥ずかしすぎて無理だったけど。


「アルミナ様、サイア様、歳が上過ぎる新参者ですが、色々とご指導お願いしますね。」


まだ十代であろう娘さん達にも笑顔で挨拶をする。

と、皆が目を丸くして私を凝視し始めた。


なんだなんだ。

もしかして、失礼なこと言っちゃったかな…?


「あ、あのう?」


「ああ、いや、アリーちゃんもこうやってしっかりと話せるんだなぁ、と…。」


「…姉さん、僕から離れたら、今夜家には帰れないと思っていて。」


「え!?どういうこと!?」


「おおぅ、いつものアリーちゃんだな!誰か別の女が乗り移ったかと思ったぜ!」


「いや、私だって若くないんですから、挨拶くらい出来ますよ。」


そうじゃねぇんだよな…と呟いたコランダムさんをクスクスと笑ったエメリー様が、私の前にやってくる。

銀髪がなんとも美しくって、正に美女と野獣だ。


「アリーさん、あなたが会場に入って来てから、男性達の落ち着きのないこと。お気づきになりません?男性だけではないわ。女性達からの嫉妬と羨望の眼差しも。」


ふと周りを見ると、こちらをチラチラと見ている人達がたくさんいる。

でも、私じゃなくて私の周りのような気もするんだけどな?


「まさか…?私ではないんじゃ…。」


「いいえ!アリーお姉様はとっても素敵です!漆黒のお髪も、瞳も…。まるで女神様のよう…!」


「ええ、姉様、私もこんなに妖艶な女性を見たのは初めてです!私のお友達は皆、同じようなんですもの。」


二人の娘さんが口々に褒めてくれる。

私の娘でもおかしくはない歳の子達に、こんなに持ち上げられたら、なんだか恥ずかしくなってきた。


「うっいや、これは、ものすごく腕のいい侍女さんにやってもらっただけなんで!髪も瞳も黒いなんて、浮いてますし…。」


「アリーちゃんは、確かにいつもは野暮ってぇが、今日は違うぞ。もっと自分に自信を持て。」


「コランダムさんまで…。」


「アリーさんは謙虚なのね。けれど、あなたは素敵よ。貴族の世界は決して甘くはないけれど、人と違う見た目を武器になさい。」


エメリー様が、ニッコリ笑って私の両手を握ってくれる。

ずっと緊張して震えていた手が、温もりに包まれた。


初めて会った私の不安を、見抜いて背中を押してくれる。

この世界の人達は、なんでこんなにも優しいんだろう。


コランダムさんがやれやれ、といった風に一つ息を吐き、私の頭を優しくポンポンしてくれた。

娘さん達が、父様私も!と両腕にくっついている。


「エメリー様、コランダムさん、ありがとうございます。皆さんに迷惑をかけないように、頑張ります!」


「姉さん、もう充分頑張ってるって聞いてるよ?今日は胸を張って、堂々としていたらいいよ。ほら、もうすぐ陛下がやってくる時間だ。」


「うん。わかった。」


娘さん達と今度遊ぶ約束をして、じゃあまたな、とコランダムさん一家が去っていく。

入れ替わりに、ラリマーさん達がやってきた。


「あら、アリー。緊張は解れたみたいね?」


「エメリー様、見た目だけじゃなく、素敵な方でした…。」


「フフッ、エメリーは、先王の婚約者だったのよ。」


ぎゃっ!?婚約者!?

そんな素晴らしい人が、熊さんの奥さんかい…。


でもコランダムさんの包容力って、惹かれるよね。

若い頃から、きっとモテてたんだろう…主に飲み屋の姉ちゃんに。


その時、場内に私にも馴染み深いファンファーレが鳴り響いて、騎士の一人が陛下と先王、王太后の入室を告げる。

出走か!出走なのか!?


いやいや、陛下がやってくるんだ落ち着け私。

それにしても、これだけ人が集まっていたら、きっと私なんか見えないよね。


少しだけ寂しい気持ちに蓋をして、背筋を伸ばした。



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