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24. 武装して向かう先

「お嬢様、お食事は済みましたでしょうか?」


私の部屋の扉をノックして、シトリンさんが声をかけてくれる。

朝御飯を部屋で頂いた私は、建国祭に着るようにとベリルさんにもらったドレスを並べていた。


「はい、もう終わってますのでどうぞ。」


サッとお辞儀をして、食後の紅茶を持って入室してくる。

ありがとうございます、と挨拶をして椅子に座ると、暖かい紅茶のいい香りが部屋を満たした。


「本日は本邸から迎えが来ていますので、支度が整い次第、馬車へお願い致します。」


「えっ?もう来てくれてるんですか?じゃあすぐに準備しますね。」


「いえ、ゆっくりでよろしいですよ。迎えに来ているのは私の父ですので。」


シトリンさんのお父さん?

てことは、本邸の執事さんか。


「それと支度のお手伝いをと、侍女が一人来ております。」


「助かります。ドレスを用意したのはいいんですが、装飾が何がいいのか分からなくて。あと、化粧も…。」


では侍女をお呼び致します、とシトリンさんが部屋を後にする。

こんなかしこまったドレスを着るのは、陛下と夕食を食べた時以来だ。


明るい紫のロングドレスで、胸元がV字に開いている。

こんなセクシーなドレス、私に着こなせるのか不安しかない。



「失礼致しますわ、お嬢様。」


ノックと共に、一人の綺麗な女性が入ってきた。

多分ラリマーさんと同じくらいかな?


「アリーお嬢様、本邸の侍女頭を勤めております、アンバーでございます。本日はお支度のお世話にと、奥様から仰せつかっておりますわ。」


「始めまして、アンバーさん。お嬢様って呼ばれる歳ではありませんが…アリーです。今日はよろしくお願いします。」


「婚姻を結んでいない女性は、皆お嬢様ですわ。それに噂通り、三十歳には見えませんわね!」


「あー、背が低いですし、顔も薄いので、そう見えるみたいですね。」


「お化粧映えされるお顔立ちですわ。腕が鳴りますわね!」


腕まくりをして、いそいそとドレスと装飾品の準備を始めたアンバーさんは、手に持っていた化粧箱の中身を、化粧台に並べ始める。

さほど大きくはない化粧台の上に、ずらっと並んだ道具達を見た私は、これから手術をされる患者の気分になった。


あれ、全部使うのかな…。

日本にいた頃ですら、せいぜい五、六個しか使わなかったけど。


「それではまず、お召し物をどうぞ。」


はい、と背筋を伸ばして鏡の前に行く。

前回、ルチルにひっぺがされた時と同じように、コルセットのような、胸からお尻まである物を身に付ける。


服屋さんが来たときに採寸をしてもらって、私の体に合うサイズの物を作ってもらったのを、持ってきてくれたらしい。

この歳になって大きく体型が変わるわけじゃないけど、必死で贅肉たちを詰め込んだ。


「お嬢様、お胸を少し…失礼致しますわ。」


そう言って、アンバーさんが私の両胸を鷲掴みをし、下から上に持ち上げた。

そんなに引っ張った所で、量は増えぬ。


「華奢でございますわね…。ですが、腰も細く、お尻も小振りで、庇護欲をかられるお体ですわ!」


要は、胸は小せーし尻はねーし、子供みたいな体って事だよね…。

わかっちゃいたけど、朝からヘコむ…貧相な体ですんません…。


「こんなに胸元が開いた物は、私には似合わないですよね。せっかくベリルさんに頂いたんですが、やっぱり違う物に…」


「いいえ!絶対にお似合いになりますわ!お嬢様の肌のお色は少し黄色見がかっておりますので、この薄い紫がよく映えますわ。」


私の頭からドレスをかぶせ、背中にあるボタンを留めていく。

そして、背中をそっと押して、化粧台の前の椅子に案内してくれた。


「いいですか、お嬢様。本日は、名のある貴族の方々が多数いらっしゃいます。」


「確か…四大貴族の皆さんが来るんですよね?」


「はい。それも、ご家族の皆様おそろいですわ。」


アイオライト王国の重鎮として、上級貴族の中でも特に要職に就いている貴族が、四つある。


騎士団総団長、コランダムさんのフロスティ家。

父親も宰相だったらしい、ユークレース様のトレイド家。


私の家でもある、ラリマーさんを当主とするセレスト家。

そして最後が、少し謎の多い、ウィスタリア家。


ウィスタリア家は裏家業を生業としていて、王家の影を輩出し、育成もしているらしい。

一応四大貴族として席を置いてはいるが、滅多に人前には出てこないし、王都から離れた所に領地を持っているようで、アイオライト王国で建国祭が開かれる年にしか会わない貴族のほうが、多いそうだ。


四年に一度しか現れないって…どっかの長寿漫画のキャラか。

これは相当レアな人達に会えるんだな。


「本日の陛下との謁見は、お嬢様を皆様に認めてもらう良い機会ですわ。」


「認めてもらう?」


「侍女の立場をわきまえず、失礼を承知で申し上げますが…お嬢様がセレスト家当主の養子になった事は、四大貴族の中でも様々な憶測が交わされたようですわ。」


てきぱきと化粧を施しながら、アンバーさんが話し出した。

掌が温かくて気持ちがいい。


「旦那様の愛人だった、隠し子だったと、悪い噂ほどよく伝わるものですわ。さらにお嬢様は、珍しい髪と瞳の色をお持ちでいらっしゃいますし、それが陛下の目にとまって寵愛を受けていると。」


「へぇ。髪と瞳の色以外は全部間違っている噂ですね。」


ラリマーさんの妻溺愛っぷりを、もっと皆に見せたらいいんじゃないかな。

陛下は…髪と瞳の色はあまり関係ないかも?


「そのため、お嬢様の事をよく思っていない貴族もたくさんいらっしゃいますわ。」


「一応、コランダムさんとは仲良くさせてもらっていますよ?」


「はい、セレスト家も旦那様と奥様のお力で、異を唱える者も減りましたわ。」


「あ、でも宰相様には見事に嫌われているし、ウィスタリア家とは関わったことが無い…ん?」


そう言えば、前にルチルが陛下の影を締め上げたって言ってたし、私もつけていた影を無くせってキレたな。

これで力を持っている四大貴族の内、半分から嫌われていそうだ。


「ですが、本日は四大貴族以外の上級貴族もたくさんいらっしゃいますわ。謁見の際には、王宮内の晩餐会場に集まるようですので、そこで嫌でも皆様と会うことになるかと。」


「うわぁ…それはちょっと緊張するな…。」


ただでさえ貴族になって間もない私は、そういった集まりに出た事がない。

特別な作法は無いみたいだけど 、相手の顔を見てもどこの誰だかわからない分、絶対に粗相は出来ない。


「ですから、お嬢様がとても知性に溢れた素晴らしい女性だと、まわりに思い知らすのですわ!そのために、私が奥様から遣わされたんですもの。」


「ベリルさんが?私が知性に溢れてるって、何か盛大な勘違いをしているんじゃ…。」


「いいえ!旦那様と奥様からお話は伺っておりましたが、常に謙虚で自身の能力を過信することなく、真面目で慎ましくていらっしゃると。記憶を失っておりますことも悲観せずに、陛下からの寵愛も身分を気にされ、一歩どころか遥かに引いておられると!」


過大評価も、ここまでくると唖然としてしまう。

この国のマダムは皆おしゃべりなんだな…マシンガントークにも関わらず、化粧が着々と進んでいるのが凄い。


「本日、初めてお嬢様とお話することが叶いましたけれど、やはり奥様のお話通りの素敵な娘様ですわね!」


「いや、まだ大して話してませんけど…。」


「これでもセレスト家の侍女頭を長年勤めさせて頂いているんですわよ?人を見る目には自信がありますわ!」


勘、てことか?

でも、私に対してとても好意的に思ってくれているみたいだから、それはありがたいな。


これから行く謁見の儀がどうなるかわからないから、この人の明るさは、心に力をもらえる。

今日起こり得る、マイナスな面もちゃんと教えてくれているから、覚悟も出来た。


ベリルさんは従姉妹の美人なお姉さんで、アンバーさんは肝っ玉母さんみたい。

見た目と口調は品があるのに、なんでかな、懐の大きさを感じる。


でも、こんなに誉めちぎられているのをルチルが見ていたら、絶対に吹き出している。

アリー様が慎ましいとかっブハッあり得ないですよね~ってゲラゲラ笑うだろう。


まあその通りだけどね。

目立ちたくないから大人しく生きていただけだし、陛下の事は身分の前に、関わるとめんどくさそうだから引いていた。


かなり打算が含まれているんだけど、ベリルさんからの評価は、思った以上に高いらしい。

ありがたいけど、そんなに良く出来た人間はいない。


「でも今日は、好意的な人のほうが少ない場所に行くんですよね。ラリマーさん達に迷惑がかからないようにしないと。」


「その為の武装ですわ。女の武器を全力で打ち出して参りましょう!」


いつの間にか髪もセットが終わっていた。

鏡を見ると、そこには年相応な、どこか妖艶な雰囲気を出している私がいた。


「えっ?これ私ですよね?自分で言うのもアレですけど、なんか色っぽいんですけど…。」


「お嬢様の年齢に合わせ、大人の魅力を存分に引き出してみましたわ。これなら、見た目で文句をつける人間もいないはず。」


胸元には、ダイヤモンドのような宝石で作られている長いネックレスが、ささやかな胸の谷間の中まで伸びている。両耳にも同じ宝石のイヤリングが一粒ついていて、シンプルなんだけど、それがなんとも艶かしい。


髪は綺麗に頭の後ろでまとめられていて、前髪を横に緩く流されているのだが、香油を塗り込んだのか、黒髪が艶々と輝いている。

首からデコルテ、腕に至るまで細かいラメのような物が朝日に照らされてキラキラと光っている。


「まるで銀座の高級クラブのママみたい…。」


「え?高級、なんでございますか?」


「あ、いえ、独り言です。」


「お体に塗り込ませて頂いたものは、首飾りと同じ宝石を細かく砕いたものですわ。今、貴族の間で流行っているんですって。」


「は!?これ宝石なんですか!?勿体ない!」


この世界での宝石の価値は、日本での価値とさほど変わらず、高級品だ。

それを砕いて体に付けるって…どんだけ贅沢なんだ。


「勿論、お体を傷付けないように加工がされておりますので、ご安心くださいませ。」


「体の心配より、値段の心配のほうが勝ってますよ…私の貯金でなんとかなるといいんですが…。」


「全て奥様からの贈り物ですから、心配ございませんわ。奥様もお嬢様が可愛くて仕方がないご様子で。」


クスクスと笑っているアンバーさんに苦笑いを返して、ヒールの高い靴を履かせてもらう。

改めて全身を鏡で見てみると、普段の私からは想像もつかないような姿になっていた。


化粧も濃いわけではないのに、目尻の先まで伸びたアイライナーが、猫目みたいで可愛い。

ルチルが私を五歳若返らせてくれたのとは逆に、アンバーさんは大人の女を演出してくれたようだ。


ま、どんなに姿が変わろうと、中身が全く変わらないのがなんとも残念けど。

女の武装とは、正にこれだ。


「それでは、玄関へ参りましょう。」


あの大量の化粧道具をしまい、装飾品の片付けをしてくれたアンバーさんと一緒に、自室を出た。

馴れないヒールに骨盤が変な音を鳴らしたけど、今日一日これを履き続けなくちゃいけない。


まさか貴族が集まっている目の前で、ずっこける訳にはいかない。

って、これがフラグになりませんように。


黒髪黒目の神に、どうか頼むと心の中で祈る。

伝わるわけがないだろうけど、ディアンの笑顔を思い浮かべて、玄関へ向かった。



「おお!アリーお嬢様!随分と見違えましたな!」


私を待っていてくれたのは、本邸の執事のコーラルさんだった。

シトリンさんのお父さんで、ややメタボで笑い皺が可愛いおじさんだ。


本邸に行く時には必ず出迎えてくれていて、ラリマーさんよりも少し歳上のようだが、私の事は孫みたいに接してくれる。

ザ・執事なシトリンさんとは真逆の、フレンドリーな方だ。


「父上、お嬢様は普段もお綺麗ですよ。」


「私だって普段が綺麗じゃないとは言っていないだろう!」


「私にはそう聞こえましたが?お嬢様、お支度が整いましたね。お嬢様の良いところが全面に出ており、大変よろしいかと。お気を付けて行ってらっしゃいませ。」


「うぬぅ…」


「あっ、はい、ありがとうございます、シトリンさん。行ってきます。コーラルさん、本邸までよろしくお願いしますね。」


下唇を尖らせて、シトリンさんを睨んだコーラルさんは、全くぅ、とぼやいて私に向き直る。

相変わらず、お茶目なおっちゃんだな。


「アリーお嬢様、旦那様から無事に送り届けるようにと仰せ遣っておりますぞ。なあに、私はこれでも昔は剣の腕を買われて、騎士団への誘いもありましてな!」


「剣を降りすぎて腰を悪くした所を、旦那様に拾われただけじゃないですか。」


「シトリン!それは誰にも知られてはいけない事だぞ!」


「本邸、別邸の使用人全てが知っていますよ。」


「なんだって!?」


目の前で親子漫才を繰り広げられて、ただただ見ている事しか出来ない。

見た目は似ている所もあるのに、性格が正反対の親子っているんだ。


「ほらほら二人とも、アリーお嬢様が呆れておりますわよ。コーラル殿、もう行かなければなりませんわ。」


「そうだ!アリーお嬢様、お見苦しい所をお見せして申し訳ありませんな!さ、馬車へご案内致しましょう。」


「ああ、はい。シトリンさん、今夜は本邸へ泊まりますが、明日はまたこちらへ戻りますのでよろしくお願いします。」


「畏まりました。お嬢様、影ながら応援しております。お気を付けて行ってらっしゃいませ。」


ありがとうございます、とにっこり微笑んで、邸を後にする。

二人の漫才で少し和んだ私は、左手をコーラルさんに支えられて、馬車に乗り込んだ。


本邸までの短い道中、コーラルさんとアンバーさんが、どこの貴族が昨夜飲みすぎて欠席するかもしれないとか、息子の嫁探しに来るとか、中身があるんだか無いんだかわからない話を続けていた。

完全な井戸端会議だと気づくまで、今日のヒントをくれているんだと真剣に聞いていた私が恥ずかしい。


そして、コーラルさんの剣の腕を見ることなく着いた私は、二人に付き添われて、本邸の門を叩く。

すっかり頭から抜けてしまっていたが、ラリマーさんの上の息子さんと初めて会うんだった。


名前はスピネル君だったよね。

とにかく、姉貴面をするわけじゃない事、なるべく迷惑をかけない事を話せたらいいな。


門を抜けて本邸の入口の前で、ラリマーさんが出迎えてくれた。

扉を開けて中へ通してくれると、そこに、ワインレッドのドレス姿の美しいベリルさんと、クリーム色のスーツを着こなす、緑の髪の男の人が立っていた。



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