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23. 夢が覚める

「ひっ…っく、っ…。」


一度溢れだした涙は、なかなか止まらない。

なんでお前が泣いてんだって思うけど。


「この世界の動物の心はわかる。人間の心は、強い感情があるほど、良くわかる。」


「ひっ…、う、うん?」


「だが、お前の心や感情は、私には伝わってこない。人が死ぬ話で泣いているのか?」


そうか、ディアンには、今私がなんで泣いているのか分からないんだ。

泣いている私も、いまいちよく分かっていないけど。


でも、一人の人間から貰った服を、何年も何年も大事に使っているディアンを想像すると、ただ泣けてくる。

場違いな格好してんな、と思っていた私に腹が立った。


「ご、ごめん。そういうんじゃ、ない、けど…。歳かな。三十を越え、たら…っく、涙もろく、なったんだよね。」


ある友人は、朝起きたら涙が出てくるとか言っていた。

そりゃさすがに無いでしょって笑い飛ばしたけど、私もそろそろ怪しいな。


年齢を重ねる度に、ちょっとの事で涙腺が崩壊してしまうことが増えた。

感動ストーリーの映画なんか、レンタルでしか見れない自信がある。


映画館で見ようもんなら、私の国にいた三百歳を越えた閣下よろしく、目の回りが真っ黒だ。

ウォータープルーフだって、限度がある。


「ディアンが、その服を洗濯したり、お直ししたり、そういうのを想像すると…。」


…この、能面フェイスで洗濯?

針と糸でチクチク繕うの?


「…プッ!!アハハハハッ!!!」


ダメだ!おかしすぎる!

こんなにも家事が似合わないなんてっ!


そもそも神様なのに家事すんの!?

シュールすぎる!


「なんだ、笑っているのか。」


呆れているかと思いきや、キョトン、とこちらを見ている。

その顔も、もう全てがおかしくて堪らない。


「アーッハッハッ!ごめ、ごめん!でも…フッフフッ。」


「人間は、泣きながら笑えるな。」


「いや、本当にごめん。今は真逆の涙が止まんなくて!」


「器用だ。」


今度は真顔で感心し始めたディアンが、指でスッと私の目許をぬぐってくれる。

寝間着で来てしまったため、ハンカチを持っていない私は、カーディガンの袖がべちょべちょだ。


「はぁ、すぐに止めるから、ちょっと待って…」



と、次の瞬間、ディアンの顔が近づいてきたと思ったら、優しく、唇にキスをされた。

何が起こったのかわからず、笑いも涙も、どこかへ吹っ飛んでしまった。


ものすごく自然に…今キスされたよね?

あれ?私の妄想か?


いやいや、現実だ。

でも相手は人じゃないような…ん?今は人なのか?


突然の事過ぎて、頭が全く働かない。

あれか、スフェーンが私を舐めてくれるのと同じかな。


って、この世界でのファーストキス!

おい!なんてこった!


「い、今のは…?」


「泣いている人間には、口づけをすると泣き止むと。」


「それ、誰に聞いたの。」


「昔、酒場の主人が言っていた。止まったな。」


「止まったけどさ…色々間違った事を吹き込まれていると思う。」


「だが、止まる。」


「そうだけど、違うんだって!」


「違うのか。」


すっかり光を取り戻した月が、私達を照らしている。

夜で良かったけど、私の顔は真っ赤だ。


当の本人は、涼しい顔をしたまま、私を見つめている。

どうやら、私の言いたい事が全く分からないようだ。


「あ、もしかしてこういう事、男女関係無くするの?」


さっきディアンは、泣いている人間、と言った。

酒場の親父がどう言ったのか知らないが、嫌な予感がする。


「性別で分けてはいない。泣き止まない場合にする。それで、皆止まった。」


わーお。

まぁ泣くのなんて、小さな子供か女が多いだろうから、くたびれたオッサンと…なんて事は無かったと信じたい。


「よし、ディアン。今からその考えを改めようか。人間ってね、泣くことで気持ちを整理したり、心が落ち着いたりするわけよ。それを無理矢理止めてしまう行為は、良くない。」


「成る程。」


「だから金輪際、むやみやたらに口づけはしないこと。泣きたい時は、思いっきり泣いたらいいんだよ。」


「分かった。そうしよう。」


あーやれやれ、分かってもらえて良かった。

この顔で、泣いてる女に片っ端からキスをしていたら、色々な意味で涙を流すことになってしまうだろう。


いっそのこと、不細工な顔の人間に化けて、ひっぱ叩かれてしまえばいい。

ただしイケメンに限るは、この世界でも有効だろう。


「お前は夫がいるのか?」


「は?いや、いないけど。」


「では、婚姻を約束している男は。」


「それも無いけど…何で?」


「口づけをする相手は、婚姻を結んでいたり、結ぶ予定がある人間にしてはいけないと。」


「…そりゃ、そうだろうね。相手が男だったら別に…って、それも基本的には無しだわ。」


私がこの一年間、誰とも結婚してなくて良かったよ。

この人、今までキスをする度に、結婚しているのか聞いてからしてたのかな。


ああ、神様というものが、私には分からない。

長く生きているはずなのに、世間知らずの坊っちゃんみたいだ。


「名は?」


「私の?名前も知らない女に口づけとか、よく出来たね…。」


顔の熱がすっかり引いて、より一層疲れを感じる。

目頭を押さえてから、ディアンに向き直った。


「私は有紗。この世界では、アリーって呼ばれてる。私を保護してくれている人が、アリーのほうが違和感が無いからって。」


「そうか。ではアリサ、話が出来て良かった。」


お、そっちで呼びますか。

有紗、ってちゃんと呼ばれたのは、久しぶりだな。


「いいえ。私も、あなたが怪しい人間じゃないことが分かって安心した。でも、それを心配してくれた人に伝えられないけど。」


「人間の友だ、と言えばいい。化ける時は黒は隠している。」


「でも、そのう、言いにくいんだけど…服の色が、真っ黒だからなぁ。」


「では、黒以外の服を用意しよう。」


「えっ?ダメだよ、大好きな王からもらった服なんでしょう?いいよ。もう会うこともないんだし。出来れば皆が心配するから、私には近付かないでもらえると助かる。」


「何故。」


ん?何が?

だって神様でしょ、あんた。


「何故、もう会わない。」


「だから私も、お世話になっている身で皆に心配かけたくないしさぁ?空の上から見守ってくれたら、それでいいかな。あ、神様に向かって偉そうな事言ってる?」


「私にも、感情がある。私の心がまた話がしたいと言っている。」


知らんがな!

神様だからって、誰もが膝をつくとは限らない。


私が欲望の塊みたいな心を持っていたらどーすんだ。

利用されてポイだぞ。


「話をするのは構わないけど、人前には出てこないで。今だって、こんなに長い時間部屋にいないのがバレたら、大変なんだから。」


「時間ならさほど過ぎていない。」


「どういうこと?」


「この庭一体の、時間の進み方を変えている。今から部屋へ戻ったとしても、ほんの数分だ。」


ちょっと待て、周りの時間は数分しか経っていないのに、私達がいる庭の時間だけが、普通に過ぎていると言うことは…。

元に戻ったら、私とスフェーンだけ、数時間は歳をとっているってことに…。


「ありがたいけど、ダメだ!」


「何だ。」


「この神業を使われる度に、私だけ人より早く老けちゃうんじゃない!わかった。次に会う時は、誰もいない事を確認してから、私の部屋に来て。」


「わかった。」


「仕事がある日は、外交部の棟の部屋にいるんだけど…場所分かる?」


「何処でも。」


「よし、じゃあそう言うことで。スフェーンにお休み言ってくる。あ、スフェーン、ちゃんと厩舎まで送り届けてね?」


「勿論だ。」


両手をベンチについて、立ち上がる。

ずっと座っていたから、軽く屈伸をして、スフェーンの元へ向かう。


「スフェーン、付き合わせちゃってごめんね。」


ぎゅっと首に抱きつけば、いいよ、会えて嬉しいよ、って鳴いてくれる。

やっぱりスフェーンだけは、何となく思っている事がわかるな。


「スフェーンは、あの人が神様だって分かってたんだね。だから、何にも警戒しなかったんだ。」


ただでさえ、馬は警戒心が強い生き物だ。

それがスフェーンになれば、変な奴だったらすぐに気づくに決まってる。


「あの人をここへ連れてきてくれて、ありがとう。まだ夜が明けないみたいだから、ゆっくり休んでね。」


スフェーンの大好きな、鼻の頭を撫でる。

嬉しそうに目をつぶって、猫みたいにぐるぐると喉を鳴らしてくれた。


「じゃあ、色々聞きたいことは残ってるけど、今日はこれで。」


私達のすぐ側まで来ていたディアンに向き直る。

数時間前は全く眠く無かったのに、今はベットに入って三秒で夢の中へ行ける自信がある。


両手であくびを押さえながら、少し下を向く。

と、視線のすぐ目の前に、黒い騎士服が見えた。


顔を上げると頭を掴まれて、ディアンの胸元に押し付けられた。

そして、大きな手で頭を撫でられる。


「アリサに効くかは分からないが…良い夢を。」


私の頭の後ろから項まで、ゆっくりと指でなぞられる。

二、三度繰り返した後、腕の中から解放してくれる。


私を離した後も、視線だけは外さないで、どこか名残惜しそうに見つめられる。

口許が少し上がっていて、もう能面とは思えない程に、優しい顔をしていた。


これが、この世界の神様なんだ。

私はとんでもない経験をしているんだと、改めて思う。


「お呪いみたいなもの?」


「そうだ。」


「ありがとう。 スフェーンの事、よろしくね。」


もう一度、深々と頭を下げてから、お礼をする。

分かった、と笑みを深くしたディアンは、月明かりをバックに、キラキラと光って見えた。


「お休みなさい。」


スフェーンとディアンに手を振り、食堂に繋がっている扉を開けて、中に入る。

振り返って窓の外を見ても、そこにはもう白い馬も、黒い人もいなくて、夢を見ていたんじゃないかと思ってしまう。


けれど、私のカーディガンの袖はじっとりと濡れたままで。

それが 、夢なんかじゃないことを、教えてくれた。



「お嬢様?眠れないのですか?」


ぼんやり庭を見ていた私に、食堂の出入口の方から、シトリンさんが声をかけきてくれた。

どうやら見回りの最中らしく、手には蝋燭が入った、ランタンの様な物を持っている。


「あ、すみませんシトリンさん。飲み物のおかわりを貰おうかな、なんて…。」


「呼んで下されば、いつでもご用意致しますよ。お部屋にお持ち致しましょう。」


「いえ!あーっ、ここまで少し歩いたら、急に眠くなったみたいなんで、もう寝ますね!」


「左様ですか?すぐにご用意出来るかと思いますが…。」


「大丈夫です。じゃ、おやすみなさい!」


お部屋までお送り致します、と言ってくれるシトリンさんに、平気ですから~と手を振って、走って二階の自室まで戻った。

ふぅ 、と一息ついて、すぐにベットへもぐり込む。


心地のいい疲労感で満たされた私は、本当に、ベットに入ってすぐに寝てしまった。

そしてその夜、懐かしい夢を見た。



日本の私の実家で、父さんと母さんが、二人でソファに座ってテレビを見ながら、ゆっくりとお茶を飲んでいる。


私はまだ子供のようで、テーブルに色鉛筆を広げて、両親の似顔絵を必死になって書いていた。

父さんはまだ髪の毛がたくさんあって、母さんも若々しい。


出来上がった絵を二人に見せると、父さんが上手だ、将来は画家だと親バカ全開で褒めてくれる。

母さんは、嬉しいわと頭を撫でてくれる。


何でもない、過去の日常だ。

こんな幸せな毎日が、いつまでも続くんだと、信じて疑いもしなかった頃。


あれから二十年くらい。

今ここで、こんなにも遠い所で一人で生きているなんて、誰が想像出来ただろうか。


気がつけば、テーブルの向かい側に、アデュレリアでの格好をした三十歳の私が座っていた。

私が書く絵を見ながら、涙を流している。


心まで子供に戻ってしまったのか、とっさに泣かないで、と声をかけた。

しかし、私が目に入らないのか、ゆっくりと立ち上がって部屋を出ていってしまう。


その後をついていくと、玄関のドアが開いていた。

向こう側には、見慣れたカーポートではなく、広い草原と、遠くにアイオライトの王宮が見えた。


私が足を踏み出せないでいると、大人の私はどんどん進んでいく。

行かないで、戻ってきて!と叫んでも、振り返ること無く草原に消えてしまった。

パタン、とドアが閉まる音を聞いた所で、夢が終わったのか、目の前が真っ暗になる。


あれは、私だ。

戻ることが出来ない場所に別れを告げて、今居る世界を選んだ。


なんて、残酷で悲しい夢だろう。

ディアンのお呪いは、私には効かなかったみたいだ。


意識が浮上していくのを感じて、私は目を覚ました。

涙を流していたのか、目の回りがピリピリする。


朝日を確認して、顔を洗おうと起き上がった。

今日も、私はアデュレリアに居る。


変わることのない現実を目の当たりにして、張り裂けそうな心に無理矢理鍵をかけ、寝台を降りた。




キラキラ光っていたのはホコリ。

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