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21. 黒の意味

長くなりました…。

カナリーさんが三日間滞在する客室に着き、専属の侍女さんが紅茶を用意してくれた。

他国の方達が泊まる客室は、王宮の一角にある。


アンダルサイト王国からは、王妃様と王女様、その護衛十数人と、カナリーさん、通訳さんが滞在している。

王妃様達は最上階にある特別室で、カナリーさんと通訳さんは二階の客室だ。


それでも上品な調度品ばかりで、広めの1LDKのようになっている。

ただ、バルコニーもなく、窓も高めな位置にしかないのを見ると、暗殺などを警戒しての造りなのかも。


一先ず紅茶をいただいていると、ラリマーさんとルチルがやってきた。

ラリマーさん、既に怖い顔をしてるな…。


「アリー!無事で良かった。怖かっただろう。」


そう言って、私をぎゅーっと抱き締めてくれる。

ラリマーさんの養子になってから、こうして本当の子供のように接してくれることが増えた。


実の両親にこうされたのは小さな子供の頃しかないけど、まるで昔からそうしていたみたいに、自然に抱き締められるのが嬉しい。

恥ずかしい気持ちもあるが、つい顔がほころんでしまい、私からラリマーさんを安心させるように腕を回した。


「ラリマーさん、忙しいのにすみません。」


「娘が変な男につけられたなんて話を聞いたら、仕事など手につくはずがないだろう。何事も無かったのかい?」


「はい。私は確認していませんが、ただ見られていただけのようです。だから、あまり怖かったとか思ってなくて。心配をかけてしまい、本当にごめんなさい。」


それなら良かった、と顔を合わせてニッコリ笑ったラリマーさんは、私の頭を優しく撫でてくれる。

義理の娘である私ですらこんなに可愛がってもらえるんなら、実の娘がいたとして同じ目にあっていたら、ラリマーさんは発狂するんじゃなかろうか。


「…アリー、こんなに過保護な親がいるなんて、あなた一生結婚出来ないわよ。」


「そんなことはない。アリーに相応しい男がいるなら、喜んで受け渡すよ。いる、ならねぇ。」


ニヤリと笑ったラリマーさんが、ソファに座らせてくれた。

私の横に腰掛けたのを見て、カナリーさんも対面のソファに座り、私達の後ろでルチルが控える。



「ルチルから話は聞いたが、黒い騎士服姿の男だったって?」


「ええ、お昼を済ませたあと、広場へ向かったのよ。私が気づいたのはその時ね。」


「ルチル、君は?」


「はい、やはり広場での催しを観賞中に、こちらをじっと見ている者がいることに気づきました。初めはカナリー様を狙っているのかと思いましたが…。」


「私もそう思ったのよ。横に素晴らしい美人がいるのに、こんな地味な子に興味を持つなんておかしいでしょう?だから、二人から少し距離を取ってみたのよ。でも、真っ直ぐにアリーを見ていたわね。」


地味で悪かったな地味で。

私だって、好きで目立たない格好をしているわけではない。


年齢とか、見た目とか…大人の事情ゆえだ。

日本にいた頃から、目立つのは苦手だったし、パステルカラーなど一度も身につけたことはなかったがな。


素晴らしい美人とか、本当に素晴らしい美人が言うと嫌味にもならない。

確かにね、と私自身頷いてしまう。


「それからも、私達が歩いている後ろから、一定の距離を保ったままついてきたんです。アリー様はともかく、私とカナリー様が気づいているのを分かっていながら、堂々と見つめていました。」


「いや、ちょっと。なんでその時に教えてくれなかったの。そんなに分かりやすい不審者に気づかない私って…。」


「あなた物凄くはしゃいでいたでしょう。全てを初めて見る、子供の様だったわよ。」


うっ…そうでした。

祭りに心が踊りすぎて、警戒心がどこかへいってしまっていた。


ラリマーさんに、ポンポン、と慰めるように背中を叩かれる。

日本で言うならば、ドンマイ、だ。


「それが、黒い騎士服を着ていた男だった、と。」


「そうよ。それが一番気味が悪いわ。」


「そうですね…。」


「何?騎士服って何かおかしいの?」


三人から一斉に視線を向けられる。

ラリマーさんはハッとしたような、ルチルは首をかしげて、カナリーさんに至っては、眉間に皺が寄っている。


「ああ、アリーはその事も記憶に無いんだったね。騎士服がおかしいんじゃないんだよ。」


「やぁだアリー、それでよく今までやってこれたわね。ラリマーはもっと常識を教え込んだほうが良いと思うわ。」


「お恥ずかしい限りです…じゃあ何が…?」


「黒い服を着ていた、というのが変なんだ。」


「黒い服?」


「アリーがこの国に来てから、黒い服を着た人間に会ったことはあるかい?女性でも男性でも、濃紺や濃茶の服はあっても、真っ黒という服を着ている者はいなかったはずだよ。」


そう言われてみると、日本ではよく見かけていた黒の服を着ている人は見ていない。

私自身も持っている物は、下着やジャケット、パンツやスカートに至るまで黒は多かった。


でも、この国に来てから地味な色と言えば、主に濃紺だ。

与えられるままを着ていたし、あえて黒い服を探していたわけではないから、多分だけど。


「この国だけじゃないわ。大陸の四つの国でも、黒い服を着る人間は、まずいないわよ。」


「あの、本当に分からないんで、ハッキリと説明してもらえると助かるんですけど…。」


「アリー、この世界で黒を纏うのを許されるのは、死者だけなんだ。その家族も、喪に服している間は黒以外の暗い色の服を身に付けるんだよ。」


ラリマーさんが、私にもわかるように、ゆっくりと説明してくれる。

今までお葬式に出るような事が無かったから、全く知らなかった。


「死者は皆、神の元へ帰ると言われていてね。創世神オブシディアンの色を身につけて、旅立つんだ。」


「なるほど…すみません、もっと早くに学んでいれば良かったです。」


「アリー様は大変勤勉でいらっしゃいましたよ。このような話は、身内に何かないと、分からないままですもんね。」


ルチルのフォローが心に響くよ…。

私も聞いてちょっとショックを受けた。


死者だけが着る色の服を着た男って…まさかお化けじゃないだろうな…。

いやいやまさか、カナリーさんとルチルも見ているし、私はそういうの全く見えたことないし。


惑星を越えたことで、第六感が働いたのかな…やめてくれよ!私はホラーは大の苦手なんだから!

段々青ざめていく私を見て、溜め息をついたカナリーさんが、そういえば、と話を切り出した。


「フローライトにある神殿では、神官長だけが黒い神官服を着ていると聞いたことがあるわね。会ったことがないから、本当かどうかはわからないけれど。」


「それでも、騎士服などは着ないだろう?あの国には騎士団も軍隊も無い。永久中立国として、不可侵が義務付けられているしねぇ。」


「では、アリー様をつけてきた男は、一体何者なんでしょうか?」


「アリーをよく思っていない分家の者達は、私が信頼を置ける者に監視を命じているんだよ。だが、特にこれといった動きはない。益々わからないね。」


大人三人がウンウンと考え込んでしまい、部屋の中が、重苦しい雰囲気になる。

と、私はある事を思い出した。


スフェーンと一緒に見た、黒い服を着た男のことだ。

あの時も、確か騎士のような格好だった。


「もしかすると、その人を前に見たことがあるかもしれないです。背が高くて、騎士のような服で…全身真っ黒でしたね。」


「その男をどこで見たんだい?」


「厩舎ですよ。スフェーンと一緒にいた時に、遠くからこちらを見ていて。」


「髪の色や瞳は?どんな色だったか覚えているかい?」


「多分、青い髪だったとは思いますが、瞳までは遠くて見えませんでした。」


「私達が見た男も、濃い青の髪に、同じような濃紺の瞳の男よ。何から何まで黒に近いから、気味が悪いったらなかったわ。」


「厩舎にいたなんて…アリー様、スフェーンは何も反応しなかったんですか?」


「うん。それが、あの子が全く警戒してなくて。だから私も、特に気にもしないでいたんだけど…。言わなくてごめんね。」


黒にそんな意味があったことがわかったら、最大級に変な人だとわかる。

あの時は、黒い騎士服なんてあるんだね~程度で、すぐに忘れてしまった。


死者が身に付ける色を、建国祭のおめでたい日に、人が沢山集まっている場所で堂々と着ているなんて。

だからあんたは警戒心が無いって言っただろ!と、キレるジャスパーを想像してしまう。


「厩舎で見かけたってことは、スフェーンは馬なの?」


「あ、はい。私が外交に行くときには必ず乗っている馬で、とても頭がいいんですよ。危ない人間なら、必ず威嚇なりするとは思うんですが、その時は、スフェーンもただじっと見ているだけでした。」


「動物の警戒心だけで、判断をするのは怖いけれど。厩舎が王宮の敷地内にあるのなら、内部の人間かしらね。」


内部か…と呟いたラリマーさんは、再び考え込んでしまう。

少しして、人払いをしていた部屋に、扉を叩く音がした。


「お話の最中、申し訳ございません。そろそろ前夜祭の支度をお願い致します。」


侍女さんが扉の向こう側からそう告げて、もうすぐ王宮での前夜祭が始まることを教えてくれる。

気づけば外が茜色に染まり始めていた。


「時間だわ。とりあえず、アリーに危害を加えられなくて良かったと思いましょう。」


「そうだね。カナリー、色々とすまなかったね。残りの二日間、楽しんでくれたら幸いだ。」


「今日もとっても楽しかったわよ?アリーは見ていて飽きないんだもの。周りの人間が構いたくなるのも、分かる気がするわ。」


「カナリーさん、ご迷惑をかけてしまって、本当にすみません。でも、私もとても楽しかったです。お昼ご飯、ごちそうさまでした。」


カナリーさんが楽しかった理由はもう一つありそうだけど…。

ルチルと二人で頭を深く下げて、お詫びとお礼をする。


「いいのよ。……私達の仲でしょう?」


後半のセリフは、対面からカナリーさんに腕を引かれ、耳元に囁かれた。

どんな仲でもないんですけどね。


「カナリー、私の娘にちょっかいを出すのはやめなさい。」


ラリマーさんに腕をペっと払われたカナリーさんは、何か思い付いた顔をした。

そして、意味ありげな視線を私に向けてくる。


「やだアリーったら、私達の間にあった、とっても素敵な夜の事を、ラリマーに話していないの?」


「カナリーさん!!…後日、お詫びのお詫びをしますんで、これ以上はご勘弁を…。」


「アリー、どういうことだい。」


「アリー様?何が、何があったんですか!?」


ラリマーさんは一気に機嫌が急降下し、ルチルはものすごく楽しそうだ。

カナリーさん、絶対に面白がってますね?


「いえ、ジャスパーと三人でお酒を飲んだ、というだけで…。確かに美味しいお酒を飲めて、素敵な夜でしたね。少し飲みすぎてしまい、みっともない姿を見せてしまいましたが…。」


「それだけかい?」


ラリマーさん、笑っているはずなのに何故か怖いよ!

本当に何も、何も無かったんだから、言っていることに嘘はない!


三十路らしく、冷静に笑顔を返すが、後ろにいるルチルが若干鼻息が荒くなっているような…。

何を想像しているのか知らないが、ここには可憐な君はいない!


「まぁ、そうねぇ。機会があれば、またゆーっくり、飲みたいものだわ。」


「いえ、私は禁酒を誓いましたので、またお食事でも。お見送りには行けませんが、アンダルサイトにも遊びに行きますね。」


「ふふっ、ええ。待っているわ。怪しい奴にはくれぐれも気を付けてね。」


深く頭を下げてお礼をし、別れの挨拶をして扉へ向かう。

この後、ルチルとラリマーさんからの追及が怖いけど、もう時間だ。


「あの変な男が何者か分かったら、知らせてちょうだい。」


「ああ、私の方で全力で探してみるよ。またね。」


ええまた、とニッコリ笑って、私達を見送ってくれる。

私達と入れ違いに、侍女さんが頭を下げて部屋へ入っていった。


パタン、と扉が閉まった瞬間、ルチルがああっ!と珍しく慌て出した。

化粧師の仕事があったことをすっかり忘れていたらしい。


「すみません、ラリマー様、アリー様。予約の入っているご婦人の元へ行かなければなりません。お側にいられず、申し訳ありません…。」


「いいよ!怪しいってだけで、特に命の危険を感じるようなことじゃないし。でも、とりあえず建国祭が終わるまでは、じっとしているね。」


「ルチル、私がいるから安心しなさい。貴族のお嬢さん方を待たせるとうるさいだろうねぇ。さ、行きなさい。」


「はい。アリー様、明日の夜は実家におりますので、何かあったら呼んでくださいね。」


「久し振りの家族との時間なんだから!ゆっくりしてきて。ありがと、ルチル。」


アリー様も、と笑ったルチルは、そのまま早足でかけていった。

そして、一度外交部へ戻るラリマーさんについて、王宮を後にした。



外交部も、明日の本祭は休みになり、後夜祭の次の日、各国の要人の見送りをする。

その見送りも、ラリマー部長と数人だけで出るらしく、ほとんどの皆が今夜から家族や恋人と過ごすようで、浮き足だっている。


「ラリマーさん、私も先に別邸へ戻りますね。明日の朝、本邸へ行きます。」


「待ちなさい、あんなことがあって、一人で帰すわけには行かない。シトリンを呼んだんだ。だが、やはり心配だねぇ。今夜から本邸へ来ないかい?」


「いえ!皆心配し過ぎですって。息子さん、もう帰ってきているんですよね?親子でゆっくりと過ごして下さいよ。あ、シトリンさん!」


「ラリマー様、お嬢様、お迎えに上がりました。」


今日も完璧な執事姿であらわれたシトリンさんと、外交部の皆に挨拶をして、部屋を出る。

ラリマーさんはもう少しかかるらしく、眉尻を下げて、心底心配そうな顔をしている。


「アリー、明日の朝は迎えをやるからね。今夜はシトリンもヤグもいるだろうから、もし、何かあったらすぐに呼びなさい。」


「わかりました。ラリマーさん、ありがとうございます。」


うん、と眉尻を下げたまま私の頭を撫でて、気を付けるんだよ、と見送ってくれた。

どうにも、小さな子供の様な扱われ方だけど、これ以上心配をかけるわけにいかないから、今夜は大人しくしていよう。


って、特に用事もないしね。

シトリンさんに、参りましょう、と付き添われて、別邸へ向かった。


別邸に着いた私は、ヤグさんと奥さんに迎え入れられ、湯あみを済ませて夕食を頂いた。

そして、シトリンさんが紅茶を持って、私の部屋まで送ってくれる。


「あ、紅茶はそこに置いていって下さい。飲んだらすぐに寝ますんで、シトリンさんも、奥様とお子さんと、ゆっくりしてくださいね。」


「お心遣いありがとうございます。ですが、本当に良かったんですか?今夜は本邸へお泊まりにならなくて。」


「はい。だって、今夜からお祭りなんでしょう?家族と過ごす。明日は行くんで、今日は遠慮させてもらいました。」


「しかし…。」


「あ!変な人につけられたって聞きました?大丈夫ですよ~。ラリマーさんが、本邸から警備の人を回してくれたんですよね?戻ってからは特に何にもないですし。平気ですって!」


「それもありますが…アリー様も、ラリマー様の家族でいらっしゃいます。」


ああ、その気遣いか!

でも私は、建国祭には家族と過ごすっていう習慣も、思い入れも、まだない。


お祭りに行った日の、夜。

ただそれだけで、いつも通りの夜だ。


「あー、私はそういう習慣も記憶にないんですよね。だから、一人でもなんとも思わないんです。邸の中に皆さんが居てくれるだけで、安心出来ますし。」


「…そうですか。私は今夜見回りの番ですので、一晩中起きております。何かございましたらすぐに、お呼びください。」


「そっか…大変ですね。わかりました。シトリンさん、ありがとうございます。」


いいえ、では失礼致します、と四十五度の完璧な会釈をして、部屋を出ていった。

シトリンさんも、優しいなぁ。


さて飲むか、とバルコニー側の窓の側にあるテーブルへと向かう。

一人で椅子に座って、暖かい紅茶を頂く。


これが熱燗だったら最高なんだけどな~と思いながら、飲み干した私は、ベッドへもぐりこんだ。

そしてその夜、私はある人と出会った。




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