20. 祭りの始まり
「すごい!こんなに人を見たのは久し振りかも!」
「あら、昨年東で開催された建国祭には行かなかったの?」
「はい、ちょうど保護されて間もない時でしたから。」
「そう。この国で開催される年は、他の国の時よりも人が多いわね。皆、自国の暑さで参っているから。」
「私も四年ぶりです。やはり、すごい人出になってますね。」
建国祭一日目、私とルチルはカナリーさんと合流して、街まで出てきていた。
今朝早くに、開催を知らせる大砲の音が鳴ったのを合図に、一気にお祭りムードになった。
お昼の時間に合わせて出てきたのだが、街は人で溢れ返っている。
白い石造りの店の前には、冷えた果実を中心に、色とりどりの食べ物が並んでいた。
この国では、夏でも雪や氷が溶けない冬山があって、そこから氷を運び出しているらしい。
他の国では冷たい飲み物はあまりないが、アイオライトは一年中冷えた物が口に出来る。
ただ、氷が入った飲み物を飲む習慣がないようで、冷えてはいるが中身は原液のままだ。
果物なんかは半分ほど凍っているため、シャーベットになっていてうまい。
飲み物は持ち歩けないけど、冷やしパインのような果物を片手に、人混みをかき分けながら進んでいく。
これだけ人が多いと、さすがの北国も暑いな…。
「アリー様、あちらのお店、建国祭価格での販売みたいですよ!」
「宝石屋さん?あのブレスレット可愛い!安くなってるんだ。」
「そうみたいですね。見てみましょう!」
うんっ、と店に向かおうとしたら、カナリーさんに腕を捕まれた。
なんだいなんだい。
「やだ、太い腕。アリーに合うサイズはあるかしらね。」
「失礼な!いいから行きましょうよ、ルチルも!」
二人の手を取って、どうぞ覗いていって!と声を張り上げている、宝石屋のおじさんの前に陣取る。
普段はちょっと高級な感じなんだろうけど、今日は出店を構えていて、リーズナブルな物を並べているようだ。
「あっ、この薄い青のブレスレット可愛い!」
「お嬢さん方、三日間限定の早い者勝ちだよ。」
「限定ですって、アリー様!これなんか綺麗な桃色ですよ!」
限定と聞いて、黙ってスルー出来る女はおるまい。
女子二人でキャアキャア言っていたら、人混みでも分かるくらいに大きなため息が聞こえた。
「そもそも、なぜ侍女まで着いてきたのよ。私はアリーと二人だけで街を見るつもりだったのよ?」
今日もバッチリ女装しているカナリーさんは、晴れの日に相応しい、明るいオレンジのロングワンピース姿だ。
くるくると巻かれた金髪をサイドに流していて、まるで太陽の女神みたい。
美形は何を着ても様になるのが、悔しいやらうらやましいやら…。
これが男だとは、誰も思わないだろうな。
そういう私は、ベリルさんからもらった服のなかの一つ、七分袖の青いワンピースにショートブーツで、いつもに比べるとだいぶ冒険している。
ルチルも侍女服ではなく、白い襟つきの黄色のワンピース姿だ。
こうしてみると、ルチルも美人だし足は長いし、どこかのモデルさんみたい。
同じワンピース姿でも、出ている脚の長さが違うのが悲しい。
「カナリー様、アリー様は貴族になられたんですよ?貴族の子女が一人で街に出るなどあり得ません。出来れば護衛も欲しかったんですが…。」
「だって、ルチルがいれば護衛なんていらないでしょ?」
陛下の影にも引けをとらないんだから、ルチルだけで十分だ。
ジャスパーも誘ったけど、今日は馬番が忙しいらしく、断られてしまった。
「なぁに?この侍女ちゃん腕っぷしがいいの?」
「趣味で武術を少し…カナリー様はお一人で良かったんですか?」
「私は大丈夫よ。私を害そうなどと思う輩はいないわ。」
うふっと女神スマイルをかましたカナリーさんだけど…言い切る所が逆に怖い。
苦笑いを返して、改めてアクセサリーに向き直る。
そこで、私とルチルで、色違いのブレスレットを選んだ。
ボールチェーンのような銀色の鎖に、真ん中に宝石がついている。
シンプルだけど、華奢な感じが女性がつけるにはピッタリだ。
私は水色で、ルチルはピンクを選ぶ。
「可愛いいね。これなら普段着けてても邪魔にならないし、何より安いし!」
「はい!アリー様とお揃いなのがとても嬉しいです。」
可愛いこと言ってくれちゃって~!
でも私も、子供の時以来のオソロに受かれてしまう。
『大きめなのがあって良かったわね。』
「ちょっとカナリーさん!」
「?…カナリー様は、今なんと?」
「ふふっ、独り言よ。」
カナリーさんは、実はアイオラ語がペラペラらしく、片言だが他国の言葉も話せるみたいだ。
外交部長だし、この国に留学していたんだもんね。
私の翻訳機能は、相手の母国語に変換されるようだから、今日は意識して、カナリーさんにもアイオラ語を話すようにしている。
この一年で分かったことだが、聞こえてくる音は日本語だけど、口の動きは喋っている国の言葉のようで、国によって唇の動き方が少し違う。
それだけで、どこの国の言葉を話しているかまではわからないけれど、アイオラ語だけはなんとなくわかるようになった。
文字はそのままの形で見えるから上達したけど、言葉に関しては自動翻訳に頼りっぱなしだな。
だから、いつかボロが出そうで怖い。
これからも、地味に生きていきたいものだ。
「さ、そろそろお昼ご飯といきましょうか。何かおすすめはある?」
「それでしたら、少し戻った所にあるお店が、貴族にも人気ですよ。」
「空いてるかな~?とりあえず行ってみよっか。」
アクセサリーの代金を支払って、そのお店に向かう。
ルチルの案内で、大通りから一本裏道に入った所にある、古い一軒家に着いた。
看板などもなく、ちょっと大きめな普通のお家だ。
でも、美味しそうな匂いが漂っていて、間違いなくご飯屋さんらしい。
「すみません、三人なんですけど空いてますか?」
店の扉を開けると、やはり人でいっぱいだったが、いらっしゃいませ、と声をかけてくれた女性に聞いてみる。
カナリーさんの顔を見て、一瞬目を丸くしたその人は、こちらへ、と奥の席へ案内してくれた。
そのまま、個室のようになっている四人掛けのテーブルへ通される。
なんだろう、VIP席っぽいけど…。
「座れて良かったわね。」
「カナリーさん、このお店知ってたんですか?」
「なぜ?」
「…なんとなく。」
「留学中に来たことがあったかしら。」
「ここは貴族のほうが多いですし、昔からの老舗ですが…さっきの女の人、カナリー様を見てびっくりしておりましたね。」
そう、そうなんだよ。
絶対にいかがわしいにおいがする。
「んふっ、色々とお世話になったのよ。」
やっぱり…四十代くらいの人だけど、美人だったし、カナリーさんが留学中に「色々と」あったんだろうな。
あー気になる!
首をかしげているルチルに、黙ってようと目配せをしていたら、さっきの女の人がメニューと飲み物を持ってあらわれた。
随分、高そうな瓶を持ってらっしゃいますな。
「カナリー様、お久しぶりでございます。もう私のことはお忘れでしょうか…。」
「いいえ、久しぶりね。昔と変わらず綺麗だわ。」
まぁ、と頬を染めて熱っぽい視線を交わす二人に、ゴホン、と咳払いをして甘い空気を壊す。
こっちは腹減ってんだ。
「お客様、失礼致しました。こちらのワインはお代はいりませんので、よろしければ皆様でどうぞ。」
そう言って、年代物であろうワインとグラスを置いて、カナリーさんの腕を撫でて行ってしまった。
どんな関係だったのか、ますます気になるが、聞くのが怖いような気もする。
「料理は昔と変わらないのね。私は料理長のお任せでいいわ。」
私とルチルも同じものに決め、先程とは違う女性に注文を伝える。
私は禁酒中なため、果実を絞った飲み物を頂いたが、優雅にワインを口にするカナリーさんに、意を決して聞いてみることにした。
「あのう…さっきの女性は、カナリーさんが付き合っていた人…なんですか?」
「いいえ、違うわ。けれど私が若い頃、深い関係だったのは事実ね。」
なるほど。
さすが女好きの女装家だな、って意味わからん。
「カナリー様はいつから女性の格好を好んでらっしゃったんですか?とても男性には見えないので、本当は女性なんじゃないかって思ってしまいます。」
「あら侍女ちゃん。今夜、確かめに来てもらっても構わないけれど。」
「こらこらこら、カナリーさん、私の侍女にやめてくださいよ!」
「フフッ、でも侍女ちゃんは顔色一つ変えないわねぇ?」
「えっ、やはりとても綺麗な女性にしか見えないもので…。」
それは嬉しいわね、と微笑んだカナリーさんは、アリーの侍女らしいわ、とクスクス笑い出した。
まぁ、確かにこの姿で口説かれても、同姓にしか見えないからなぁ。
「私が女装を始めたのは、物心がつくくらいだったかしら。姉が二人いてね、毎日お人形のようにドレスを着せ替えられていたのよ。それが当たり前だったし、ほら、似合うじゃない?私自身、違和感が無かったのよね。」
「でも、学院の制服とかは男子用ですよね?」
「ええ。でも特別な日以外は女子の制服で通っていたわ。しゃべり方もこんな感じだし、体つきも男にしては華奢だったから。今までの人生で、この格好を否定されることが、あまり無かったのよ。」
「カナリーさんは、色んな意味で女の人が大好きなんですね。」
「アリー、よくわかってるじゃない。」
よくわかっているハズが無かろう。
でも、要は女の格好も女も好きだから、これでいいってことね。
「他国の外交部長様に、こんなこと聞いていいのかわからないんですが…」
「特に聞かれて困ることもないから、何でもどうぞ、侍女ちゃん。」
「では、女性とそうなった時も、そのままの格好なんですか?」
ブッ!!!柑橘系のジュースを勢いよく吹いてしまった…。
いきなり何を言い出すんだルチル…。
今日はやけにグイグイ行くな。
私の視線なんかまるで気にもせず、いつものポーカーフェイスでカナリーさんを見ている。
「いいえ、この髪は着け毛だし、化粧が取れてしまったら汚いでしょう?だから最初から全てを取るわね。」
「口調は、そのままですか?」
「まぁ、時と場合によるかしら。」
そうなんですか、と何かを考え出したルチルは、眉間に皺を寄せて黙ってしまった。
ルチルらしくない行動に首をかしげていたら、頼んだ料理を、元カノ?さんが持ってきてくれた。
美味しそうな匂いに、とりあえず話はまたあとで、ってことで、皆で食べ始めた。
老舗の名に恥じない、上品な味に舌鼓を打ち、食後のデザートまで頂く。
これも頼んではいないが、お店からサービスでくれたみたい。
元カノ?さんは、この店のオーナーの奥さんか何かかな。
いや、それだったら昔の色々が、複雑な話になってくるし。
私も聞きたいことがあるけど、私よりもルチルの方が、聞く気満々でいる。
「ああ、美味しかったわ。私は少しお話をしてきても構わないかしら?」
「あ、はい!ルチルとまだ食べてますんで…。」
じゃあちょっと待っててね、と妖艶な笑みを残して、カナリーさんが元カノ?さんと店の奥へと消えていった。
それを見送って、シフォンケーキのようなデザートへと向き直る。
「ちょっとルチル、珍しいね?あんなに誰かに興味を持つの。」
ルチルは私に対してはあれやこれやと、口を出してくるけど、基本的には冷静沈着で、あまり誰かに関心を示したりしない。
彼氏や好きな人がいるようなこともないみたいだし、何より大好きなものはお金だ。
実家への仕送りをぬいても、充分な給金は、ほとんど老後のための貯蓄に回しているらしい。
歳をとったら、街の外れに一軒家を買い、そこで家庭菜園をしてゆっくり過ごすんだそうだ。
美人で頭もいい、二十九の女が考えるには、寂しい未来な気もするけど。
本人は至って真面目に考えている。
そんなルチルが、なかなか際どい話をつっこんでいた。
まさか、カナリーさんのことを…。
「アリー様、誰にも言わないって、約束していただけましたら、私が今考えていることをお話します。」
や、やっぱり…!
ルチルがカナリーさんの餌食になってしまう!
「ル、ルチル、悪いことは言わないから、あの人はやめておいたほうが…」
「アリー様、今貴族の子女の間で流行っている本があるのをご存知ですか?」
「え?さぁ、知らないけど…。」
「その小説の主人公は、とある戦の最中、慰みものとして男なのに女と同じような奉仕を強いられ、自身も女の格好をさせられて、生きて来たんです。そこである日、同じ孤児である少女と出会い、お互いに惹かれ合うんです。」
「お、おぅ…なかなか重い話だね…貴族のお嬢様達は、そんなのも読むの。」
「その小説の一番の魅力が、夜の話なのです。」
「は?」
「夜、偽りのない姿をさらけ出す主人公に、少女と読み手の私達は骨抜きなんです。」
「ああ、普段女みたいなのに、いざ全てを脱いだら男にしか見えなくて、口調も男に変わるから、そのギャップ萌えってことね。」
「ぎゃっぷもえ、とはわかりませんが、大方その通りです。この話は他言無用にお願いしますね、アリー様。」
「って!まさか、その主人公をカナリーさんで変換してたわけ!?」
確かに、リアルタイムで読んでいた小説の主人公と、同じような人がいたら、気にはなると思うけど…。
だから、カナリーさんと街を回るって話した瞬間から、絶対に一緒に行きますからって強気だったんだ。
ちくしょう、そんなに私を心配してくれてるのかと思っていたのに、なんだか悲しくなってきたぜ。
そもそも貴族女子の間では、過激なもの流行ってるのね。
「すみません、つい、可憐な君を想像してしまいました…。」
可憐な君って。
やってることは、可憐でもなんでもないだろう。
「まぁ、ルチルがカナリーさんに恋をしたわけじゃなくて良かったよ。」
「まさか侍女の分際で、カナリー様を好きになるなど…。私は、一生独りで生きていくのです。」
「縁談とか…そういうのないの?」
「特にありませんし、私自身、誰かに嫁ぐつもりもないです。アリー様に支えさせて頂ける間は、どうぞよろしくお願いいたしますね。」
もったいないな~とぼやいた私を見て、アリー様に言われたくありません、と返されたら何も言えなくなる。
胸キュンは、小説からもらっているからいいんだそうだ。
そして、ケーキを食べ終わる頃、カナリーさんが戻ってきた。
さっきまでとは違う香りを纏って。
「お待たせ。そろそろ出ましょうか?まだ見ていないお店もあるでしょ?」
「「…はい。」」
「支払いは済ませてきたから、行きましょう。」
そう言って、今日一番の笑顔を見た私達は、それが無言の口止めだと悟って、店を後にした。
あの姿で何をしてきたのか考えたくない私と、きっと色んな妄想を膨らましているであろうルチルが、真逆の顔をしていたのは言うまでもない。
私も一生独身かな、と呟けば、ルチルから例の可憐な君の小説を貸すと鼻息荒くすすめられたが、丁寧に断った。
オカマ萌えは無いんだ私は。
その後、広場で大道芸や踊り子さん達の催しを観賞し、王宮への帰路についた。
ルチルのおかげで、カナリーさんにも楽しんでもらえたみたいで良かったな。
と、王宮への道すがら、カナリーさんとルチルが、足を止めた。
乗り合い馬車の待合所まであと少しなんだけど、何か買い忘れたのかと、二人を伺う。
「カナリー様、気づきましたか?」
「ええ、広場からずっと後をつけられていたわね。何か心当たりは?」
「貴族でも無さそうですし…何よりバレバレな尾行でしたので素人だとは思いますが、アリー様をつけてきたのは間違いないです。」
「え?尾行?私ってなんで!養子になったのをよく思ってない人かな…。」
「わかりませんが、暗殺者の類いとは少し違う気がします。不審者には変わりありませんが…。」
暗殺者とは違うとか、なんでルチルがわかるのかは置いといて…。
そんな怪しい人につけられてたなんて、全く気づかなかった。
「アイオライトでは、新しく騎士団を作ったの?黒い騎士服なんて…。どういうことかしら。」
「わかりません。我が国でもそんな騎士団は無いはずです。」
「他国の間者かしら…それにしては、つかず離れず、アリーのことをじっと見ているだけだわ。」
「とりあえず馬車に乗りましょう。御者に話をつけてきます。」
たっと走って行ったルチルは、馬の手綱を握っている人と何やら話をして、私達を手招きした。
行くわよ、とカナリーさんに肩を抱かれて、小走りで馬車に乗り込む。
そこには、すでに数人の貴族であろう人達が座っていたけれど、私達が乗り込んだ後には誰も乗ってこないまま、馬車が走り出した。
途中、貴族街で私達以外の人達が降りたあと、速度を上げて王宮の側にある待合所で下ろしてもらった。
「ここまではついて来ていないわね。」
「あの、何がなんだかわからないんですけど…。」
「アリー、侍女ちゃんも、私の部屋まで来てちょうだい。ラリマーを呼ぶわ。」
「かしこまりました。私が呼びに行きますので、カナリー様はアリー様と先に。」
さっきまでの浮かれたお祭り気分が、すっかり消えてしまい、何やら不穏な空気になっている。
私はその人を見ていないけど、黒い騎士服姿の男…
心に引っ掛かるものを感じて、カナリーさんの泊まっている客室へ向かった。




