16. 晴れない心
外交部へ入り、部のみんなに挨拶をする。
すでに仕事が始まっていておーとかおはよーとか、顔を上げずに返事をしてくれる。
今はそれがありがたかった。
マスカラとかを塗っているわけではないからひどい顔にはなっていないのだろうが、顔を見れば泣いたのは一目瞭然だろう。
「しばらくアリーと話をするから、私の執務室には入らないように。」
そう言って、ラリマーさんが先に執務室へ入っていった。
そのあとを追いながら、皆に挨拶をしていく。
ぐすぐす鼻をすすりながら、失礼しますと頭を下げてラリマーさんの執務室に入った。
パタンと扉を閉めて、ラリマーさんが座っている向かいの椅子に腰掛ける。
「朝の紅茶が冷めてしまったかな。新しいのをもらおうか。」
「いいえ!むしろ冷たいものが頂きたかったのでそれで構いません。私がやりますね。」
ラリマーさんの分と二人分の紅茶をカップに注いでいく。
もちろん湯気は出ないがそこまで冷たくもなさそうだ。
ゆっくりと口にした紅茶が体に染みていく。
カップの中身をを一気に飲み干したあと、ようやく一息ついた。
「さてアリー、先程は宰相に何を言われたんだい。」
「それが…今すぐにこの国を出ろと。出て行かないのなら、自分の家にある牢へ閉じ込めると…。」
「馬鹿なことを!牢だって?何て事を考えるんだろうね。」
カナリーさんとの朝チュン話はがっつり省かせてもらったが、嘘はついていない。
しかしどこかで胸が痛い。
「あの、宰相様は何故あんなにも私が嫌いなんですかね?ここまで嫌われるほど顔も合わせていないと思うんですけど。」
「嫌い、ではないと思うけどね…。」
「では貴族ではない、平民の私が気にくわないんでしょうか。でも公安部にも外交部にも平民出身の方はいらっしゃいますよね?」
「ああ、そうなんだが…平民が気に入らないわけでもないと思うよ。」
「なら何故私にだけはあんなにつっかかってくるんですか。ラリマーさん、何か知っているんですか?」
うん、そうだねぇと言いながら紅茶をすすり始めたラリマーさんは、言いにくそうに口をもごもごしている。
なんだなんだ、何でもハッキリ言う国民性はどこへいった。
「アリー、彼は陛下と幼馴染みだということは知っているだろう?幼いときに母親を亡くしていて陛下と同じ乳母に育てられたんだ。」
「そうなんですか…。」
「だから陛下は可愛い弟のような存在でいて、昔から陛下を一番に考えるよう教育をされていてね。だから国よりも自分よりも陛下という存在が第一なんだよ。」
「それで陛下に近づく女には容赦がないんですか。私の場合は近づいたわけではないですけどね。」
「それでも陛下の心がアリーに向いているのが面白くないんだろう。それと…まぁ、これは推測でしかないんだけれどね…。」
そう言ってまたモゴモゴし始めてしまったラリマーさんをじっと見つめる。
だからハッキリ言って欲しい。
「彼なりにアリーを守りたかったのかもね。」
ボソッと独り言のように言われたけれど、聞き捨てならない。
追い出したり閉じ込めたりする事が、どうして守ることになる。
「ラリマーさん、言っていることがサッパリわからないんですけど。」
「ああ、ごめんね。もうこの話はやめにしようか。彼には近づかない、それが全てだよ。」
なんだかスッキリしないな~!
ますます頭が混乱してきた。
まぁでも、あいつに関わりたくないのは賛成だから金輪際会いませんように。
宰相レーダーとか誰か開発してくれないかな。
とりあえずこの先しばらくはルチルと一緒に行動しよう。
一人にはならないほうがいいのかも知れない。
「じゃあ次は、アンダルサイトで何か違和感はあったかい?」
「あ、はい。それがですね…違和感と言うほどの事は何もなくて。前回訪れた時と変わらず、工業の発展している国だなぁという感想しか…。」
「そうか。何も無かったのならそれでいいんだよ。」
あとはやっぱりひまわり亭の燻製肉は美味しかったとか、あっちの外交部の天井が素敵だったとか。
そんな事くらいしか思い付かないな。
「ああ、そういえば宿の二階から窓を開けたときに甘い匂いがただよってきまして。」
「甘い匂い?」
「はい。女将さんに聞いたら、アンダルサイトの王妃様がお菓子が大好物らしくって王様が専用のお菓子工場を作ったんだとか。平民どころか貴族も一部の人達しか食べられないみたいなんですよ。」
「なるほど。それで甘い匂いか…。それにしてもお菓子工場とはあの街にしてみたら不似合いだねぇ。」
「ですよね。鉄の匂いというか、煙の匂いにまじってかなり甘い香りがしたんでさぞ美味しいお菓子なんだろうとちょっと期待したんですけど。王妃様専用と聞いてびっくりしました。さすが王様はやることが違いますよね!」
「うん。愛する妻の為の願いを叶えるということは、夫の本望だからね。すごくよく分かるよ!」
………うん、そうだろうね。
この人が妻ラブなのをすっかり忘れていた。
世の夫婦というものは、皆こうなんだろうか。
私の両親や既婚者の友人を見ていても、旦那さんは様々だったような気がするな。
なかにはろくに口も聞かないって子もいたし。
うちの両親も、ここまで愛だなんだって感じじゃなかったな。
だがしかし仲良きことは素晴らしきことかな。
ラリマーさんとベリルさんは、素直に羨ましい夫婦だと思う。
はてさて私の未来の旦那様は一体どんな人なんでしょうね。
結婚出来るのかどうかも怪しいんだけどさ。
二人を見ていると、たまに想像してしまう。
あなた~お帰りなさい、みたいな!
今日のスープは特に美味しく出来たの。
あなたの大好物もいーっぱい作ったから、たくさん食べてね!
えっ?デザート?それはもちろん、わ、た、し!
やだもーえっちー!
って痛い!!
自分で妄想しておいて吐きそう…。
三十路女の妄想ってこんなにも痛々しかったっけな。
十代の頃にはこんなの序の口でもっと凄いことガツンガツン考えていたのに。
歳を取るということはなんとも恐ろしいことよ。
時の流れと共に、大切な何かも垂れ流してしまっていた気がする。
世の中の女性が百人いたら百人とも格好いいと言うであろうイケメンと一夜を過ごして何も無かった女だもんな。
これでも地味にへこんでいるんだ私は。
何かあったほうが良かった訳ではないが、ハッキリと女として見ることが出来ないと言われたら軽く傷つくよね。
ましてや女好きで有名な人なら尚更だ。
そういえば前にそういうことしたのっていつだったっけ。
元彼と別れたのが最後だったから…。
うん。
傷口に塩を塗り込むことはやめよう。
いいんだ私は。
これからは万が一のための貯蓄と、地球への帰還方法を調べることを生き甲斐に頑張るんだ。
旅にも出てみたいし、第一に節約を心がけよう。
ってこれ以上どこを削ったらいいねん。
「アリー、報告をありがとう。あんなことがあって疲れているだろう。建国祭まではまだ時間があるし、とりあえず今日はこれで帰りなさい。」
「いいんですか?他の皆に皺寄せがいったりしませんか?」
「大丈夫。明日からまた頑張ってくれるだろう?」
「はい!もちろんです。」
「なら問題ない。養子の話は、またゆっくりベリルも交えて話をしよう。アリーはこれまで通りにしていてくれて構わないから。」
「わかりました。なるべく早くベリルさんにもご挨拶に伺います。」
「うん。で、代わりと言ってはなんなんだが…一つ頼みを聞いてくれないかな?」
おや?何故か嫌な予感がする。
この手の勘は外れたことがない。
日本の気象台の数倍の力があると言っても過言ではない。
その勘が聞いてはならないと警告を発している。
「ラリマーさん、まさかなんですけど…。」
「やはりアリーは賢いね!その通りだよ。今夜陛下から夕食に誘われているんだ。」
「それはラリマーさんだけが、ですよね?」
「いいやアリーだけが、だよ?」
やっぱりかっ!!
そろそろ危ないと思った矢先に来たな。
さっきユークレース様と養子の話をしている時に、陛下自ら受理をしたと言っていた。
きっと、それと交換条件で私との夕食を出したんだろう。
それに悪意は感じられないし、むしろナイスタイミングで私を養子にしてくれたんだろうとは思うけれども。
なぜ私だけなんだ!
しばらく会わないでいたんだから、そのまま忘れてくれていたら良かったのに。
陛下もなかなかしぶといな。
あぁ、ライフポイントがゼロに近づいていく。
誰かポーションください、ハイポーションを三つほど…。
「今回は、アリーの好きな酒を用意すると言っていたよ?」
また酒か!
私がアンダルサイトで酔い潰れたことだけはラリマーさんも知っているだろうに!
「い、いや私は禁酒を誓いましてですね。ルチルにも言質を取られたので、今後もう二度と酒は口にしませんよ。」
「そうだったのかね。何か余程嫌な目にあったようだね?」
鋭い、だがあの話だけは死んでも言うもんか!
言ったら最後、養子縁組みを白紙にされかねない。
そのくらい私の人生の中でも黒歴史だ。
黒歴史というものは、決して表に出してはならない。
なぜなら双方のダメージがでかすぎて相討ちになること間違いないからだ。
ラリマーさんの為を思っての事だと理解してもらおう。
「いえ。酒は飲んでも飲まれるな、という教訓が私の世界にはありまして。それに従えない者は、酒を飲むべきではないと思ったまでのことです。」
「うまいことを言うね。」
「先人の教えとはよく言ったもんですよね。」
「で?何があったんだい。」
クソッかわされてくれなかった。
あーもー仕方がない。
「今夜、ルチルと一緒に陛下の所へ向かいます。執務が終わり次第なら、誰か呼びに来ていただけると助かりますが。」
「陛下の護衛を迎えにやると言っていたよ。いつでも出られるよう準備をして待っているといい。」
「はい、わかりました。」
「陛下は小躍りして待っている事だろうねぇ。」
私はついにマジックポイントまで底をついた。
ゲームオーバーの文字が目の前に広がった気がする。
「あの、ちなみにお聞きしますけど陛下は私が飲み過ぎた事を知っているんですか?」
「ああ、もちろん。」
「その上で私に酒をすすめてくるんですか。」
「男というものは、常に女性から頼りにされたいもんなんだよ。普段弱いところを見せない相手なら余計に見てみたくなるんだろう。」
どいつもこいつも下心ばっかりだな!
陛下もまだまだ恋でしかない。
愛に変わる日はいつになるやら。
って愛になんか変わったら困るわ!
この際だから、キッパリスッパリお断りをしたほうがいいかもしれない。
別に告白されわたけではないけども。
よし、決戦は今夜だ。
一国の王様をふるとか何様だと思われてもかまうもんか。
そんな決意もむなしく、私の陛下に対する考えが甘かったことを後で思い知ることになる。
鼻息荒く乗り込んだ先で返り討ちに合うだなんて、誰が予想出来ただろうか。
内容は変わりませんが大きく改稿した場合やつぶやき等は全て活動報告に載せています。
大したことは書いていませんが興味のある方はそちらをのぞいてみて下さい。




