14. 大失態と帰国と
やっちまった。
三十路にして酔い潰れて他国のお偉いさんと一夜を共にしてしまうなんて…。
愚の骨頂とはこのことよ。
只今私は、ベッドの下にて絶賛正座中である。
カナリーさんはベッドに座って足を組んでいるのだが、顔を上げたら色々おしまいな気がして二日酔いも重なり頭を垂れている。
後悔ってまさかこのことか?早かったな。
『まず、何から話したらいいのかわからないけれど。ただ寝ただけなのはわかるわね』
まるっきり男の人にしか見えないカナリーさんが、低い声で話だした。
昨日はあんなに美人な女の人だったのに、スッピンで髪が短いだけでこんなにも変わるのか。
『昨夜はここへ泊まっていると聞いてね。今日は帰国するみたいだったから、一緒に食事でもと思って来てみたら。ねえ…』
『す、すみません』
『女と一緒に寝て何もなかったなんて、初めてだわ』
そうですか、としか言えずに小さくなる。
この姿ならモテるのは間違いないだろうな。
『おまけに、離れようとしても腕と足で抑え込まれて身動き取れないし。アイオライト流の誘い方だったのかしら?』
『いえ、私の悪い癖です…』
怒っているというより、呆れているような口調で淡々と昨夜の失態を説明される。
それがなんとも居心地が悪い。
こういう時はいっそのこと、けちょんけちょんに言ってくれた方がマシだ。
若い頃なら怒られなくてラッキーってなもんだけど、いい年こいてこれは情けない。
あぁ、今すぐ時空が歪んで地球へ帰れないかな~。
ぐにゃーんと空間が曲がり始めてこう、目を開けたら…。
『まさか寝てるの?』
物凄く怖い顔をしたカナリーさんが目の前に顔を近づけてきた。
よく見るとうっすら髭も生えているのだが、美人はどんな顔でも美人なんだな、なんて思って首を振っていたら、ため息を吐かれる。
『貴女の回りには、顔が整っている人間が多いからかしらね。男のナリでここまで近づいて無表情って…。あら、もしかしてあなた…』
『違いますから!私は男が好きです!』
そう言い切った瞬間、全ての音が消えた。
目の前の美形も口をぽかーんと開けたままこちらを見ている。
よく知りもしない男と一夜を過ごす以上の過ちはないと思っていたのだが、軽く越えた。
男が好きって間違っちゃないけどもう嫁にいけぬ…。
青いたぬきー!
21世紀からやってこーい!
心のなかでは元祖眼鏡男子が叫んでいる。
今のこの時ほど彼が羨ましいと思うことはない。
『いや、あのう、本当に申し訳ございませんでした。お詫びの言葉も見つからないほどにすみません…』
『はぁ、もういいわ。私もあなたを女として見ることは出来なそうよ』
そりゃあそうだろう。
これで口説かれなんかしたら、いよいよこの人の人間性を疑う。
『私はもう帰るわ。国への道中、気をつけてね。あの可愛らしい護衛くんにもよろしく』
『はい、本当にすみませんでした。建国祭にいらっしゃった時には何かお詫びを致します』
『…お酒以外にしてちょうだいね』
うっ…こりゃしばらくは禁酒だな。
私自身もこんな過ちを犯したことで、飲む度に自己嫌悪に陥りそうだ。
『でも…この国に来てっていう話は変えないわよ。覚えておいて』
『はぁ、アイオライトを離れるつもりはありませんが…お気遣いありがとうございます』
じゃあね、と前髪をかきあげて、颯爽と部屋を出て行ってしまった。
途端に、頭痛と吐き気に襲われる。
トイレとしばらく仲良くしていたら、部屋の扉を叩く音がしてジャスパーが入ってきた。
おぉ、今度こそ本物じゃ…。
「さっきカナリーさんが帰って行ったけど。やっぱり、噂通りの人だったんだね」
「いやジャスパー!待ちなさい、信じてもらえるのかわからないけど、本当に何もなかったから!」
どっちかっていうと、私が締めあげて寝てしまうという最低な行為をしてしまった。
カナリーさんは少しも悪くない。
むしろ酔い潰れた私を部屋まで運んでくれて、胸元のボタンを緩めてくれて…。
ん?ボタンを緩める?
「あんたが酔っぱらってフラフラなのを、とても嬉しそうに運んでいったけれどね。一応止めてはみたんだけど、下心が無いはずないだろう」
そうだよね!
よくよく記憶をほじくってみれば、お尻とか肩とか撫でられた気がするぞ!
「警戒心を持てって言った矢先にこれって…あんた本当に三十?」
「あぁ、はい、そこは紛れもなく。でも心はいつまでも永遠の二十一って、いたたた!ごめんなひゃいぃぃっ!」
ジャスパーに頬ををぐいぐいつねられる。
ほうれい線がこれ以上深くなったらどうしてくれる!
「あ、ん、た、は!!もう二度と護衛に呼ばないでくれよ!こんなに情けない大人は他にいない!」
あー耳元で怒鳴らないで~大人の代名詞、二日酔いなんだからさぁ…。
だがしかし面目ない。
未来ある若者の夢を壊してしまったようで申し訳ないが、大人だから綺麗に酒が飲めるかっていったらそれは話が別だ。
飲んで酔っぱらってしまいたい時だってあるんだからな。
まぁ、今回のことは調子に乗ってしまった私が悪い。
これからどうやってジャスパーの信頼を回復したらいいものか…。
もう伸びないぞって所まで頬を伸ばされたあと、下で待ってると一言残して行ってしまった。
リバースするだけしたからなんとか動くことができ、湯あみを済ませて帰り支度をする。
そして朝食が用意されている食堂で、女将さんと話が出来た。
どうやら私はなかなかの量の酒をあおっていたらしい。
『お嬢ちゃん、なかなか強い方なんだろうけど、ああいう飲み方はしちゃいけないよ。まぁ次の日後悔しない酒なんてないもんだがね。今日はこれから馬に乗るんだろう?平気なのかい』
『はい。すみません、頑張ります。あの、昨夜の代金をまだお支払いしておりませんで…』
『ああ、あの金髪の綺麗な顔した兄ちゃんが全部支払ってってくれたんだよ。聞けばこの国の外交部長さんだってんじゃないか。あんたらの飲んだ酒代だけじゃなく、昨夜いた奴等の分まで置いてってくれてねぇ。さすが貴族のお偉いさんは太っ腹だね!』
うわっ…。
完全に巨大な借りを作ってしまった…。
女として見れないって言われた手前、体以外でこの借りを返せる気がしない。
いや、まさかそんな事はしないけど。
はぁ、ラリマーさんになんて言おう。
酔っぱらって締め上げて朝チュンしました、なんて口が避けても言えない。
とりあえず女将さんに頭を下げて、暖かい朝食を少しだけ頂いた。
横では爽やかな朝に相応しく、ジャスパーと娘さんの若いカップルが、もじもじしながら、お互いカタコトながらも身ぶり手振りで話している。
ケッ、眩しいね!
おばちゃん目が開けらんないよ!
『あ、女将さん、そういえばこの国ではお菓子か何か名物なんですか?初日に甘い香りが漂ってきたんで、お土産に買えればと思って…』
『あぁ、あれはこの国の、王妃様専用の菓子工場の匂いだよ』
『王妃様専用?』
どうやら、この国の王妃様はかなりの偏食らしくて甘いお菓子ばかりを好んで食べているのだとか。
段々その都度買うよりも、自分の好きなお菓子を好きなだけ食べたいと言う王妃様の願いで、王様が専用の工場を作ったらしい。
すげーな王様。
お菓子食べたぁーい、じゃお菓子工場作っちゃうね!て、普通は不可能だ。
ていうかそんな王様と王妃様で、この国は大丈夫なのだろうか。
まぁ、ちょっと間違えて不味いお菓子を作って文字通り首を切られる訳でもないなら、雇用が増えていいのかな。
『じゃあ、一般人は購入出来ないんですか』
『まず無理だろうね。一部の王妃様と仲の良い貴族はおすそわけを貰っているらしいけどね。土産なら、うちにもあるこの酒も有名だよ!』
『いや、しばらくお酒は見たくもありません…』
『あははは!そうだろうね!ならこの通りの先にある菓子屋もなかなか旨いもんが揃ってるから、帰りに覗いてったらいいよ。気をつけて帰んな。またアンダルサイトに来るときはよろしく頼むよ!』
はい、本当にありがとうございますとお礼を言って身支度を整えた。
名残惜しそうに見つめあっているジャスパーを小突いて、出口に向かった。
「じゃあ僕は馬達を連れてくるから、ここで待ってて」
はいよ、と背伸びをして体を動かしていたら私の癒しのお姫様、スフェーンがやってきた。
ああ、朝日に真っ白い体が光っておる…。
「スフェーン!二日ぶりだね。ご飯ちゃんと食べてた?」
と、何故かスフェーンが私の顔をじっと見つめたあと全身に鼻を近づけて匂いを嗅ぎ始めた。
なんだなんだ…湯あみはしたけれどまだ酒臭いかな。
「あ、あの?スフェーンさん?もしかして臭います?」
ブルッと一言鳴いてプイッと顔を背けられてしまった。
えぇ!?臭いの!?スフェーンだけは慰めてくれると信じていたのに…。
「あんた、自分が思っている以上に酒臭いから。それが無くなるまで、息をしない方がいいんじゃない」
息しなきゃ死んじゃうだろうが!
え?まさかそういうこと!?
「スフェーン、ごめんね。多分丸一日は酒臭いと思うんだ…。でもちょっと我慢して乗っけてくれるかな?帰ったらスフェーンの大好きな干しブドウをたくさん用意するから!」
仕方ないなぁ、というように背中を向けてくれる。
馬のスフェーンからも呆れているような感情が伝わってきて、ますます落ち込む。
アリー三十歳、今ここに誓います。
もう酒は飲みません!
一年、いや一ヶ月は。
ここまで飲んで酔い潰れるなんて、会社入ってすぐの新入社員歓迎会以来だよ。
あの時も上司に新人は飲んで強くなるもんだ!ってひたすら飲まされて、気づいたら朝五時の居酒屋の畳の上だった。
土日を挟んで、月曜日の職場での居心地の悪さといったらなかったな。
酒豪だとか女じゃないとか…。
猛者の帰還のような歓迎を受けたけれど、それ以来飲み会には極力参加しないようにしていたのに、酒好きが集まる会には強制参加だったし。
そりゃ婚期も逃すよね…。
ある意味男女問わず可愛がってもらえたけどさ。
そんなこんなで女将さんにすすめられたお菓子屋さんで、ルチルとベリルさんにお土産を買い、帰路についた。
なるべくゆっくり帰りたいとの私の意見は無視されて、途中の街で一泊を挟んだあとは、スフェーンの鬼のように早いスピードで帰ることになってしまった。
揺れはあまりないにしても、一足が大きい分、着地の時の衝撃の度に、吐きそうになるのを堪えるはめになった。
自業自得とはいえ、この仕打ちは堪えるな…。
本来三日程度かかる道を二日でアイオライトに到着する頃には、馬上にてゾンビのようになっていたのは言うまでもない。
着いてすぐに干しブドウを差し入れたのだが、一週間はスフェーンの機嫌が直ることはなかった。
挙げ句、ジャスパーからも娘さんからの手紙の翻訳以外では呼ばれる事も無くなり、この旅が私のなかで大きな失敗をしてしまったことを思い知った。
もうなんか、本当に色々すいませんでした…。
「アリー様、死臭がただよっておりますが。棺桶の中にアリー様のお好きな酒を入れておきますね。」
「ルチル、あんただけは分かってくれると思ったのに!わかったよ!もう二度と酒は飲まん!!」
ニッコリ笑って言いましたね、と呟いたルチルを睨んで今日の支度を始めた。
言質を取られた私は、より一層落ち込みながら仕事に向かった。
またラリマーさんにからかわれるんだろうな。
どうか、今日こそは地球に帰ることが出来ますように。
そう思いながら歩いていた私に、近付いてくる人がいた。
二度と関わるなと言った一人、ユークレース宰相だった。




