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13. 西の国アンダルサイト 二日目

王宮の側で乗り合い馬車を降りて、歩いて裏門へ向かう。

この国も王宮と同じ敷地内に各部があり、使用人達の出入口は裏門にある。


門番さんに自国の証明書と王の印が押してある封書を見せて、中に入れてもらう。

打ち合わせには間に合うよう余裕をもって来たから、まだ時間があるかな。


そのまま門番さんの一人に、外交部のある棟へ案内してもらった。

棟っていうより、レンガ造りの可愛いお家に来たみたい。


その時、後ろからジャスパーが走ってやってきた。

いつものサラサラヘアーが、寝癖で所々跳ねている。


「あれ?ジャスパー、宿にいてくれても良かったんだけど」


「なんでだよ!僕も一応アイオライト王国からの使者なんだからいるべきだよね!」


「何よ~寝坊したくせに。しかも他国の敷地内でうるさいんですけど」


シーっと指を口にあてて周りを見れば、外交部の扉が開いて背の高い女の人が出てきた。

さっと姿勢を正して二人で頭を下げる。


『おはようございます、アイオライト王国外交部アリーと申します。こちらは私の護衛、騎士のジャスパーです』


「護衛騎士、ジャスパーです」


頭を上げて女の人を見つめて自己紹介をする。

確か、アンダルサイト外交部長のカナリーさんだっけな。


『あら、早かったのね。予定の時間まではまだ少しあるけれど…招待状を受けとるわ。中へどうぞ』


キリッとした宝塚風の金髪美人さんで、ハスキーボイスながらも、首から踝まで体の線が出るピタッとしたワンピースが、色気を放っている。

二メートル近い長身にピンヒールを履いていて、それがまたモデルさんのようで素敵だ。


『失礼します』


二人で頭を下げ、中へ入った。

お洒落な図書館のような雰囲気で、吹き抜けの天井がステンドグラスになっている。


女神?のような人と月か何かが描かれている。

つい、ほ~と見入ってしまった。


前回訪れた時はひまわり亭で全て終わったから、ここへ来たのは初めてだ。

そして、螺旋階段の後ろにある扉の中へと案内された。




カナリーさんが一人椅子に腰かけて、両サイドにある長椅子をすすめてくれたが、ジャスパーは私の後ろに立って待機している。

早速テーブルの上に渡す書類を並べて、改めてカナリーさんと向き合った。


『初めましてかしら。アンダルサイト外交部長、カナリーよ。あなたがアリーさんね、ラリマーから色々聞いてるわ』


うっ変な話じゃないだろうな。

はぁ、と軽く脂汗を流してカナリーさんを見ると、その迫力のある美人な顔でニッコリと笑いかけられる。


『全ての国の言葉が話せる記憶喪失のお嬢様』


ん?最後の部分だけは脚色されてるな。

だがしかし、何度も言うがお嬢様呼ばわりは嫌いじゃない。


『あ、いえ、お嬢様でも何でもないただの一般人ですよ。言葉はそうですね。なぜかわかりますね』


『若く見えるけれど…五か国語が話せる人なんて滅多にいないわよ。それもこんなに流暢に。本当にどこで学んだのか記憶にないの?』


『すみません、私の記憶はここ一年ほどで、その前の事は一切無くてですね。きっと商人の娘か何かだったと思うんですが…』


『それにしても珍しい瞳の色ね。髪の色と同じだなんて、本当にいるのね。失礼な言い方だったらごめんなさい。ただ、黒い髪は見たことがあっても瞳は…』


そう呟いて、一人椅子から腰を上げて私の座っている長椅子の隣にピッタリと座りまじまじと目を見つめてきた。

同性同士だとはいえ、ほっぺにちゅーなんて言う挨拶などない日本人の私は、他人とこの距離に近づくことに馴れていない。


幸いアイオライト王国の挨拶は握手と軽くハグ程度だったから我慢できていたが。

ちっ近い…鼻先が触れる距離で顔に手をそえられてじっと観察される。


「うう″ん!アリーさん、お髪が乱れておりますよ!少し失礼します」


後ろに立っていたジャスパーが咳払いをして、いきなり私の髪をほどいて縛り直し始めた。

ボサボサ頭で来てしまったのはおまえだろ、ジャスパー。


しかし手際よく髪をすきながら、紐で私のセミロングをまとめていく様は素晴らしい。

これは馴れていないと出来ない技よねぇ…?


あとでジャスパーに突っ込もう!と思いながら、表面上では冷静にありがとう、とお礼を言う。

そのままカナリーさんの顔と手が離れて、元の椅子に戻っていった。


あー美人のドアップって彫刻を見てるみたいなんだな~。

毛穴とか全く見つからなかった…ていうかいくつなんだこの人。


部長をしているくらいだから、私よりも歳上なんだろうけど。

完全に年齢不詳だな。


いるよねー若作りなのか老け顔なのかっていう人。

でもこの人は顔が整いすぎててわかんないという、私には一生縁のないパターンだ。


『じゃあ、陛下への招待状から確認させていただこうかしら』


はい、と返事をしてうちの陛下から、こちらの陛下への招待状を渡していく。

その他必要な書類も、言われた通りに出していった。


そして時間や護衛等の確認や、諸々の連絡を済ませた頃には、日が真上に登る頃になっていた。

どうやら、二時間近く喋っていたみたいだ。


『これでいいわ。あとはうちの方で最終確認をして、夏の一の月迄には返事が出来ると思う。開催国は大変だと思うけれど、頑張りなさいね』


『はい、ありがとうございます。頑張ります』


ニッコリ笑ってそう返事をしたら、カナリーさんのオレンジ色の瞳が細められて、また隣に座られた。

なんだ、別れの挨拶か?


左腕を腰に回されて、右手で私の膝の腕にあった両手をきゅっと握られる。

あのな、人間にはパーソナルスペースっていうものがあってだな。


『アリー、貴女さえ良かったらうちに来てもらっても構わないんだけれど。アンダルサイトの文字も多少は出来るようだし。気候だって北に比べたら穏やかで過ごしやすいわ。給料は物価に少し差があるんだけど…悪くない額が提示されるんじゃないかしら。ね、どう?考えてくれない?』


両手をがっちり握られたまま、またまた至近距離で見つめられるが、顔がひきつるのがわかる。

だから、いくら同性だったとしても、初対面で二時間喋っただけの相手にされて、我満できる距離じゃない。


『すみません、お気持ちはありがたいんですが、私はアイオライト王国を離れる事は考えておりませんので。…手を離して頂けますか』


口許には笑顔を貼りつけたまま、目で拒絶を訴えた。

そもそも一人っ子だった私には、苦痛でならない。


しかし私の反応にめげずに、腰に回していた手が背中を優しく登っていく。

幼い子供にするみたいに、上下にさするように動かされ、ついには鳥肌がたち始めた。


『あなたはラリマーの遠戚なんですってね。あなた自身は貴族ではないようだけど、この国に来れば貴族としての地位も与えられるわよ』


そう、耳元に口を近づけて囁かれた。

毛穴という毛穴全てが開いた私は、思わずバッと立ち上がってカナリーさんから距離を取った。


長椅子の端に立ち、両腕をさすりたいのを我慢しながら、座ったままこちらをじっと見つめている彼女を見た。

拳を握って、深呼吸をする。


『本日はお時間を頂きましてありがとうございました。夏の二の月の建国祭では、陛下ならびに皆様にも楽しんでいただけるよう準備を進めて参りますので、ぜひお待ちしております。では、私はこれで失礼致します』


ラリマーさんに教えてもらったテンプレを棒読みし、ペコリと頭を下げて扉の前まで後ろを振り返らず歩いていく。

ジャスパーが失礼します、とアイオラ語で挨拶をしてついて来た。


ドアノブに手を掛けた時、後ろからねぇ、と声をかけられた。

心臓がバクバク言っていたが、ゆっくりと体をひねって何か、と返事をする。


『あなたはこの国に来た方がいいわ。遠くない未来に、今日の選択を後悔することになる。必ずね』


『…どういう意味かわかりませんが、私はあなたが思っている以上に歳を重ねてますので。この先どう生きていくかの判断は自分で出来ますよ。お気持ちだけ、いただいて帰ります』


『…そう、残念だわ。でも気持ちが変わったら、いつでも私の所へ来てちょうだい』


失礼します、ともう一度頭を下げて、ジャスパーと二人で外へ向かう。

天井のステンドグラスを見上げることもなく、真っ直ぐに出口へ向かった。


『私も見た目と中身が違うんだけれど…あの子全く気付いていなかったわね』


そんなことをカナリーさんが呟いているとは知らず、一刻も早く宿に戻りたくて、門番さんへの挨拶もそこそこに速足で王宮を後にした。

馬車を待つのすら嫌で、ひたすら街に向かって無言で歩いていく。



「おい!待てってば!聞いてるの!?」


「…」


「ババア!何とか言ったらどう!」


「ババアじゃないってんだ!!!」


「あぁ、いつものあんただ。どうしたの、そんなに緊張した?まあまあ綺麗な人だったけど」


「あれをまあまあって、これだから美形は…。あーあー気持ち悪い」


「えっ!?吐くの!?」


「いや、違う…カナリーさん。なんなのあの人、距離近すぎるしスキンシップが過剰過ぎて、受け付けないわ…」


別に香水の匂いがキツかったとかでもないし、逆に臭かったわけでもない。

ただ、何となくあの話はマトモな話には聞こえなかったのだ。


「僕は言葉がわからないけれど、髪を直した時はあんたの警戒心の無さに呆れたよ」


「はっ?警戒心って何が?」


「えっ?相手が誰だか知らない訳じゃないよね」


アンダルサイト外交部のカナリーさんでしょ。もちろん知ってるわい。

なかなか凄腕だって聞いたぜ!と自信満々でジャスパーに答えると、意外な返しが来た。


「性別、知ってるよね?」


「あぁ?女の人以外、何に見えんのよ。あんな美人でスタイル抜群な女は中々いない…ってなんで頭抱えるわけ?」


「だからあの警戒心の無さか…。あのさ、あんたは知らなかったのかもしれないけれど、あの人はれっきとした男だよ。女の格好は似合うからっていう理由で趣味みたいなもんらしいけれど。女好きで有名だから」


まじかよ…!!

あの美貌が男…!?


うちの陛下といいカナリーさんといい、この世界の男は美形が多いな。

そういや横にいるこいつも可愛い顔してんだよな。


不公平だなーオイ!

私もこっちの神に、顔を作り替えてもらえませんかね?


「なるほど、だからあの距離感。いや、納得はしてないけどね…男だとわかったら尚更気持ち悪いなぁ」


「二度目に近づかれた時は、僕が凄い目で睨まれたからね。まさか剣を抜くわけにはいかなかったけれど、ああいう顔が好きだったのかと思ったよ」


「まさか!私は始終青い顔をして鳥肌立たせてたんですけど」


「だから、最初口付けされそうだったよね?無抵抗だったから止めなくて良かったのかと思ったんだよ」


「あれは!ただ目の色を見られてただけでしょ?ほら、私の黒い目ってあんまりいないみたいだし!」


「だからって相手は外交部長なんだから、この広い世界を回ってれば、一人や二人は黒い瞳の人間に会った事ぐらいあると思うよ。珍しいのは黒髪に黒い瞳がってだけであって、あんなにまじまじと見つめる必要は無かったはずだからね」


完璧に騙された…。

あれが全て下心だったとたら、更に余計に気持ち悪い。


ていうかラリマーさん、先に教えてよ!

名前だって女性っぽいし、あの子って呼んでたから完全に女の人だとばっかり思ってたわ。


「ジャスパー、ありがとう。助かった…」


「いや、別に仕事だからいいけどね。あんたは一見すると大人しそうに見えるから、気を付けた方がいいよ」


「それは実際は、撃退出来るから大丈夫って意味かね」


「出来るでしょ。言葉で通じる相手ならね。出来ないヤツは仕方がないから僕が助けてあげてもいいよ」


「…はぁ、私も剣を習おうかな~」


「なんだよ!僕じゃ不満かっ!あんたが護衛にって言うから仕方なく付いてきてやったのに」


「ううん、違くて。今回さー初めて私一人で外交を任されて、ちょっと浮かれてたのかも」


今までは、他の外交部の人と一緒じゃなきゃ他国に行けなかったのが、今回は通訳としてではなく一人の使者として仕事を任された。

ようやく少し認められたのかな、と思って嬉しかったらこれだ。


変なオカマにちょっかい出されたなんて、情けなくて誰にも言えない。

ジャスパーの言う通り、警戒心が足りなかったんだな。


「ま、女として見てもらえて良かったんじゃないの」


「それって微妙に褒めてないし逆にけなしてるって分かってる?」


お腹がぐるっと鳴った所で、トボトボ歩きながら話していたが、小走りで無言になり街へ急いだ。

街へ入って一目散に、ひまわり亭へ向かう。


ダメだ、あの燻製肉を食べて酒を煽らないとやってらんない!

鼻息荒く、ジャスパーを引っ張ってひまわり亭に帰ってきた。




そのまま、眠いと目を擦り出したジャスパーに絡みまくって宿の女将と娘さんにジャスパーの生い立ちから恥ずかし話まで暴露したあと、気づいたら部屋のベッドの上にいた。

襟元が苦しいな、と思っていたら誰かがボタンを外してくれる。


「あれ?じゃすぱぁ?お部屋はこっちじゃないですよ~あ~まだ母が恋しいんだね。よいよ!お母ちゃんが一緒に寝てあげる~」


そのままジャスパーと思われる物体をホールドして、布団を掛けて寝てしまった。

そのまま朝まで抱き枕よろしくくっついていた私は目の前に見知らぬ男の顔を見つけて固まった。


二日酔いって幻覚まで見えたっけ~なんて思いながら、もう一度瞼を開けてみた。

そこには高い鼻と金色の睫毛が伏せられて、すうすうと寝息が聞こえる。


オーケイ、まずは現場確認だ!

パンツよーし、ブラもどきよーし、キャミよーし、昨日のままのワンピよーし。


うん、誰だこいつ?

そう思った瞬間、朝食を知らせるあのバカでかい音の鐘が鳴った。


そして、目の前にいる男の瞼がゆっくりと開けられる。

私は息が止まるかと思った。


そこには、短髪で化粧をしていないカナリーさんがいた。

酒はどんなに理不尽なことがあっても二度と深くは飲むまいと心に誓って、とりあえずお約束で叫んでみることにした。


「すぅーっっ、キャアァァァ!」


『おはよう、アリー。今すぐ黙ってそこへ正座して』


『はい、すんません』


権力という暴力には逆らえずにベッドの上で正座をする。

おかしい、どうしてこうなった…。



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