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12. 西の国アンダルサイト一日目

ベリルさんとの昼食から数日後、私は西にあるアンダルサイトへ来ていた。

護衛としてついて来てくれたのはもちろん馬番のジャスパーだ。


「着いた!久しぶりのアンダルサイト!」


スフェーンと共に国境を越えた私とジャスパーは、巨大な城塞に囲まれている王都ナギットに入った。

今回で二度目になるが、やはり高い壁に圧倒される。


「あー着いた着いた。さっさと要件済ませて帰るよ。僕は暇じゃないんだから」


「馬達を世話してるのはジャスパーだけじゃないでしょ?一人くらい居なくても大丈夫じゃない?」


「僕が!必要な時もあるんだよ!」


怒りん坊ジャスパー怖いね~とスフェーンに声をかければ、ブルルッと頷いてくれる。

それを見たジャスパーがスフェーンに食って掛かるけどさすが我がお姫様、シカトだ。


人間無視されるのが一番堪えるよね。

そろそろ今日の宿を決めないと、明日朝イチでアンダルサイトの担当と面会が控えている。


まだ日が真上だけど、確認したい書類もある。

幸いそこまで街が混んでないから今なら選び放題だ。


「じゃあ、前にも泊まったひまわり亭に行ってみよっか。空いてるといいんだけど」


「さっさと行くよ。スフェーンも僕の馬も早く休ませたいし」


はいはい、と道も言葉もわからないのに偉そうなジャスパーを連れてラリマーさんにもらった地図を見ながら路地を進んでいく。

この国は工業が盛んで、街の至るところから煙が立ち上っていた。


基本的にレンガ造りの建物が多くて、全体的に赤っぽい街だ。

アイオライトは白ベースの石のお家だが、レンガのお家も暖かみがあっていい。


同じ石でも加工するだけでこんなに印象が変わるのが面白いな。

強度もレンガのほうが高いよね。


そして物作りにも秀でていて、職人さん達も多くいる。

鉄を叩く音だろうカーンカーンという音は、聞いていて気持ちがいい。


人々もアイオライトに比べてかしこまった人が少なくて、もう少し庶民的だった。

貴族という位もあるようだけれど、それより実力主義みたいで腕が良い者が富を得ているらしい。


戦争は無いとはいえ、この国にも騎士団なるものがあるんだからまだまだ武器の需要もあるみたい。

それとは反して一級品の調理器具や、鉄を使った建築物なんかも作っているようで他国からの受注にも答えているそうだ。



「ここだ、ひまわり亭」


大通りに面した赤いレンガの宿でこの街では大きい方だ。

おっきいひまわりの花を型どったエンブレムがついている。


「僕はこんな壁が薄そうな宿は嫌だよ」


出たよ坊っちゃん。

下級ったって貴族は貴族だから平民よりも金持ちだよね。


「へぇ、ジャスパー。私に聞こえたらまずいことでもすんの?」


「なっ!するわけないだろう!」


「主に夜」


「ふざけるな!女が下品な事を言うなよ!!」


「夜に自作の歌でも歌うのかなって思っただけだけど。何が下品なのかな」


「歌なんか歌わないよ!!」


そのまま真っ赤になって目をそらしたジャスパーを無視して、スフェーン達にここで待つように言い宿へ入った。

受付で二部屋を取り、馬が二頭いることを告げて代金を払い鍵を貰う。


昔ながらの旅宿らしく、一階が飲食が出来るようになっていて夜は酒場になる。

二階、三階が宿になっていてL字型に三十部屋ほどあるみたいだ。


自家製の燻製されたお肉が、美味なお宿である。

今夜の食事が楽しみだ。


「はい、鍵。夕食は鐘で教えてくれるから、それが鳴ったら下に集合ね」


「ふんっ」


鍵をぶんどって、バタン!と勢いよく隣の部屋に入っていった。

ジャスパーは、カルシウムと心の成長が足りないな。


私も鍵をあけて中へ入る。

荷物をベッドの上に置き、横へ腰をおろした。


「ふぅ…なかなか疲れたな」


途中に宿を取って休憩も挟んでいたけれど、スフェーンが走れる内はずっと馬上だったため、思った以上に腰や足が痛む。

普段のデスクワークが響いてんな。


今回は使者としての仕事とは別に、ラリマーさんに個人的に頼まれた事があった。

それが、゛この国の違和感があれば報告すること゛


違和感、と言われても前に一回訪れただけだしもっと何度もアンダルサイトに来たことがある人のほうが、経験からわかると思ったんだけど…。

私なりの違和感で構わない、と言われて渋々頷いた。


そう言われてもな~。

なんだが人の国の粗探しをするようでな~。


外の景色でも見るかと思い、窓側へ近づく。

何でもない街並みが広がっており、下を見ると宿客専用の厩舎があって、スフェーンが水を飲んでいるのが見えた。


そのまま窓枠を持って、上に上げた。

ざぁっと風が入るが、その時何か甘い匂いがした。


クッキー?かな。

工場の匂いがするこの国にはちょっと珍しい。


建国祭も近いし、お祭りの準備かな。

一般の人たちは自国でお祝いするみたいだから、何か祝うお菓子があるのかも。


後で宿屋のおばちゃんに聞いてみよ。

ベリルさんとルチルヘのいいお土産になる!


明日の朝、アンダルサイトの外交部の部長さんに渡す書類のチェックをしたあと、少しの仮眠を取った。

宿内に響き渡るベルの音が思いの外大きくて、ベッドから転げ落ちそうになったのは、つくづく女として終わっているような気がした。


「ジャスパー、少しは休めた?」


「…まぁね」


お?これは爆睡したんだな。

ジャスパーはわかりやすいのう。


笑いそうになるのをこらえて、空いている席へつく。

メニューを見ながら選んでいく。


「ここね、お肉がすごく美味しいんだよ。適当に注文していいかな?」


「まかせるよ」


すみませーんとウェイトレスのお姉さんを呼ぶ。

前回美味しかった燻製の鶏肉と二人分の簡単なコースを注文した。


『ご注文は以上ですか?』


『はい。お願いします』


お待ちください、とお姉さんが去ってからジャスパーに向き直る。

と、ジャスパーの顔が真っ赤になって、お姉さんの後ろ姿を目で追っていた。


「ジャスパー、ああいう地味な子が好きなんだ?」


「地味っ!?いや、別に僕は!」


輪をかけて地味で歳くってる私が言うのもなんだが、さっきの女の子も栗色の髪に紺の瞳の真面目そうな感じだった。

特に秀でているようには見えない、いたって普通の子だったような。


「でも、顔真っ赤だよ」


「っ!これは!さっき湯あみをしたからだよ!」


へぇ~そう~とニヤニヤしながら見ていると、さっきの女の子が飲み物だけ先に持ってきてくれた。

心なしか、ジャスパーに飲み物を置くときに緊張しているようにも見える。


『ねぇ、歳いくつ?もう婚姻してるの?』


完全なナンパである。

三十路女が若い女に言うセリフではない。


『えっ?あ、私はまだ十五になったばかりですので…。まだ…』


『そうなんだ!ここの宿の娘さん?』


『あ、はい。少し前から家業を手伝うようになりました』


『若いのに偉いねぇ。夜は酒も入るから危なくない?大丈夫?』


『今のところは…。見た目が幼いらしくて、皆さん小さい子供のように接して下さってて』


確かに少し幼く見えるかも。

それにしても、この世界の子供達は働き者だなぁ。


『じゃあ、彼氏募集中なんだね!こんなのどうかな?私の弟、みたいな感じ』


えっ!と声を上げてジャスパーのほうを向いた女の子が、顔を真っ赤にしておろおろし始めた。

やだお節介楽しい~!


「ちょっとオバサン。今余計な事を言ったよね!やめてくれよ!」


「オバサンじゃないわ!いや、あんたからしたらオバサンかもしんないけど、いい加減名前くらい覚えたらどう!?」


「明らかに困ってるだろ!余計なことを言うなよ!」


言い合いを始めた隙に、女の子は頭を下げてピューっとカウンターへ引っ込んでしまった。

あーあ、仲人失敗か…。


「言葉がわからないからって、勝手な事をしないでくれる?」


「はーい。気を付けまーす」


「…気を付ける気ないよね、それ」


全くもう、とため息を吐いたジャスパーと私の前にさっきとは違い、おばちゃんが料理を持ってきてくれた。

温かい料理の匂いに一気に空腹を感じる。


『お嬢ちゃん、うちの娘を口説いただろう?ダメだよあの子は。男なんかうちの父ちゃんくらいしか知らないんだからさ』


『まだ初々しかったですもんね』


『こんな貴族の騎士様に貰ってもらえるような娘じゃないよ。私があと二十若かったら考えたんだけどねぇ!』


あはは!と笑ってごゆっくり、と去っていく。

よくジャスパーを騎士だってわかったなぁ。


見た感じ金はありそうな小綺麗な格好してるけど、騎士には見えない。

旅宿の女将の成せる技か。


そして燻製の肉に舌鼓を打ち、明日に備えて早めの解散となった。

明日の夜はぜひお酒も頂こう。


食事を終えて部屋に戻った私は、隣の部屋が再び開く音に気づいた。

ジャスパーが何処かへ行くのかな?夜に行くところって一つしかないじゃん!


やだわ~ジャスパーも立派な男の子だったのね~なんて思いながら、さっと湯あみを済ませてベッドに潜り込んだ。

そのまま睡魔には勝てずに、朝までぐっすり眠ることが出来た。




次の日、朝食の席にジャスパーが現れなくて首をかしげていたら、宿屋のおばちゃんに声をかけられる。

そこで私の、ジャスパーに対する子供扱いが間違っていたことを知った。


『昨夜、あんたの護衛だって可愛い顔の騎士様が来てくれてねぇ。先程は娘さんに失礼しましたってさ』


『え?言葉が通じました?』


『あんたらアイオライトから来たんだろう?あたしが少しだけ言葉がわかるんだよ。娘はすでに上がっちゃっていなかったんだけど、あんたが言ったことは気にしないでくれって伝えて欲しいってさ』


なんと!分からないと思っていた会話がバレてる!

そして夜の蝶にうつつを抜かすなどと思った私、心底バカ!


『建国祭の件で来たから、もし良かったら親子で遊びに来てくれって個人的な招待状まで頂いちまったよ!娘に言うんじゃなくてあたしに言うあたりが可愛いじゃないか。今時、筋の一本通った息子だね』


いや、多分直接誘う勇気が無かっただけじゃ…。

だがしかし、やるじゃんジャスパー。


何だかんだ母親丸め込んで自国へ招待なんて、よく思い付いたな。

そもそも個人的な招待状なんて、なぜ持っていた。


『そうですか。ではぜひ夏の二の月にお待ちしてます。貴族だけの晩餐会もありますが、一般市民に解放する所もたくさんあるみたいですし。ジャスパーもそのつもりだと』


『そうかい?なら新しく服を買わなくたって一番綺麗なのを来て行こうかね!娘には新調してやって、店も少しの間父ちゃんにまかせちまうよ』


ご主人、ご愁傷さまです。

でもおばちゃん、すっごく嬉しそう。


他国とはいえ、騎士から招待されるなんて夢みたいな話だもんね。

娘さんもきっと恐縮しながらも、来てくれるだろう。


ジャスパーって今まで馬一筋!て感じだったから、初めての春かな。

結果的にはお節介大成功です、ちゃっちゃらー。


で、なぜ起きてこないのかは後で聞くことにして。

大方、娘さんから断られるかもしれない事にビビってんだろうとは思うが、ジャスパーの男前評価を大幅に上方修正したあと朝食を済ませて準備を始めた。


うちの陛下からアンダルサイトの陛下宛の招待状、ラリマーさんからこの国の外交部長への書類などなど。

私は本当に渡すだけのおつかいなのだが、面接に行くような緊張感がある。


いくら言葉が理解出来ていても、きちんとした会話が出来なければ自国の恥となる。

いつもの適当な口調を頭の中で封印し、事務で培った他社との電話の受け答えバージョンを装備した。


いざ!関ヶ原へ!

と、結局通常運転のまま乗り合い馬車で王城へ向かった。



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