10. 味のわからない昼食
「あ~お腹減った…」
騎士団本部の入口にある門でラリマーさんと合流した私は、仕事をしている人達専用の食堂へ来ていた。
ここは国で運営されているので、一切お金がかからない。
そのため、普段は街に出て食事をしている人も、給金の支給日前になるとここを利用するみたいだ。
今日は支給日までまだ日にちがあるからか、お昼時でも人はまばらだ。
「私は鶏肉にしよう。アリーは決めたかい?」
「私は魚でお願いします。」
Aランチの唐揚げとBランチの白身魚のフライ、みたいな感じかな。
国営になるのに味もおいしくて、自分の部屋に戻る時以外は私もたまに利用している。
魚のフライとパン、サラダ、スープをトレイに乗せて貰いラリマーさんとテーブルにつく。
いただきます、と手を合わせて食事を始めた。
「そういえば、陛下と宰相に説教したんだってね?さすがアリーだねぇ。」
ブッフォッッ。
フライが口からフライアウェイした。
「ラッラリマーさん!それをどこで…」
「さっき騎士団で噂されているのを聞いてね。その時にいた陛下の護衛騎士に話を聞いたら…あははっ!思い出すだけでおかいしね!」
食事の途中にも関わらず目の前でゲラゲラ笑い出したラリマーさんは、終いにはひーひー言ってお腹を抱え出した。
…笑うのはいいけど、それは何に対してのウケなんでしょーね?
「いや、説教をしたわけでは無くてですね、ただ人の部屋で好き勝手に言い合いを始められたので。頭に血が登ってしまったというか、我慢の限界が来たというか…」
「ああ、おかしいね!ぜひともその場に呼んで欲しかったよ」
いやいやあの場のカオスっぷりを見たら、そんなことを言えるハズがない。
いつも飄々としているルチルでさえ表情を強ばらせて固まっていた。
「だから最近陛下が目に見えて落ち込んでいたんだなぁ。建国祭の打ち合わせに行っても、いつもの覇気がなくてどこか上の空でね」
あのヘタレに覇気なんかあったんた。
並の精神力では立っていられないと言う…ん?覇気違いか。
「今年はうちが開催国だろう、そろそろ本腰を入れてもらわないと困るんだよ。アリー、もう許してやったらどうだい」
「許すもなにもないですって!私の言葉なんて真に受けなくてもいい地位にいるじゃないですか。」
「陛下にとって致命的な言葉を言ったんだろう?」
はて、どれだったかな…。
あの時は腹が立ちすぎて、何を言ったのかよく覚えていない。
とにかく正論と思われる主張をぶちまけたような。
陛下が私に、許しを請うような言葉を言ったつもりはないんだけど。
「致命的、ですか?色々言ってしまったんですけと、結論としては二度と私に関わらないで欲しい、というような事を言いましたね」
仕事や、陛下が民の前へ出て演説をする時には会ってしまうのは仕方がないにしても。
わざわざあっちから会いに来ない限りは、本来なら簡単に口も聞けない程の立場の差がある。
陛下が私に一切関わって来なければ、二度と話をすることはない。
私が望んだのはそれ一つだった。
「それだよアリー。陛下が君を好いているのは気づいているだろう?あの人は、今まで自分から誰かを想ったことがなかったんだよ。初めて自ら好いた女性にそんなことを言われたら、誰だって落ち込むだろう」
「そ、そんなことを言われても…」
「まぁ、アリーにその気がないのはわかっているから、陛下の恋心が実ることはないだろうけどねぇ…」
「そもそも私は平民ですよ?実るも何もないでしょう。前にも言いましたが、毛色が違う私が気になるだけだと思いますよ。少し距離をおけば、目が覚めると思いますけど」
毛色が違う女がいる、その女はまわりの媚びを売ってくる女とは違いそっけない、国王である自分になびかない、とくれば多少興味を持っても致し方ない。
しかしそれは、お話の中だけのシンデレラストーリーだ。
残念ながら私には、玉の輿願望があるわけでもないし、いつか元の世界に帰る気満々だ。
白馬に乗った王子様は、妄想のなかで充分なのである。
「若い時はそれでも次がある。しかし、ある程度歳を重ねてからの恋と言うのは少々やっかいだろう。陛下は今年二十七になる。いい加減に正妃を望む声も出ていることだし、どうせ迎えるならば好いた女性をと望むのは当然じゃないかい?」
重い…重いよラリマーさん。
私も二十五歳になる頃には、まわりが結婚を意識しだしてその波に乗らねばと焦った記憶がある。
二十歳前後の若くて綺麗な時にはより取りみどりだったのが、三十に近づくにつれてより良い物件から売れて行ってしまった。
そのビックウェーブから落ちた者は、諦めずに物件探しに精を出すか、仕方がないと開き直るかの選択を迫られる。
もちろんわたしは後者だった。
焦って結婚して実はとんでもない性癖を持ってましたとか、姑が絵に書いたような鬼姑だったり、はたまた借金暴力男だったなんてことになったら、目も当てられない。
だったらいつかご縁があるだろうくらいに思っていたのだが、その結果がこれだ。
私の場合は特殊中の特殊だけれど、あのまま日本にいた所で、結婚なんて出来そうにもなかった。
「けれどラリマーさん、何度も言いますが、私と陛下では身分が違いすぎます。例え身分があったとしても、私は陛下の望む答えを持っていないんですよ」
「そうだねぇ。では、アリーは誰か好いている人がいるのかい?」
「いいえ、いません。でもそれがこの話に関係ありますか?」
「頑なに陛下を拒否するもんだから、他に理由があるのかと思ってね。ほら、陛下は女性が好む顔をしているだろう?性格だって優しいと思うし、地位も財力もある。正妃になりたい女性はごまんといるだろうね」
「そんなものに興味がない女だっているんですよ。婚姻を結ぶのに優しさと財力は必要かもしれませんけど、顔はどうでもいいです。正妃という地位にも魅力は感じませんよ、私は」
「あの顔をどうでもいい!あははは!やっぱりアリーはおかしいね!」
ラリマーさんはまた腹を抱えて笑い出してしまった。
陛下の顔がどうでもいいって言ったんじゃなくて、結婚するのに顔は関係ないって事を伝えたかったんだけどな。
実際、陛下の顔は整っているとは思うけれどだからどうした、てなもんだ。
ハッキリ言って、タイプじゃない。
綺麗な顔が好きな人もいれば愛嬌のある顔が好きな人がいるように、要は個人の好みの問題だろう。
そこへきて陛下は、性格も男としてみることが出来なかった。
半年前から遠回しにアピールをされてきたのだが、まさか本気だとは思っていなかったし、私の勘違いだと知らないふりを続けていた。
しかしそんなことが一ヶ月も続けば陛下に女の影が出来たことに、まわりも気づくだろう。
私が全くなびいていないのも広まっていたから、表立って害を成そうとしてくる動きも少なかったけど、どこぞの貴族のお嬢さんから脅迫めいた手紙をもらったことは、一度や二度ではない。
ラリマーさんという後ろ楯が無かったら、今頃どうなっていたか。
そんな理由もあって、今後一切関わりを持ちたくなかった。
まさかタイプじゃないとか上から目線な事は口に出さないけれど。
「アリーはこんなにハッキリ言う子だったんだねぇ。今まではもっと大人しかったような気がするよ。心なしか、少し前とは表情が違うしねぇ…何かあったのかい?」
目尻にたまった涙を拭きながらじっと私の目を見ている。
ラリマーさんはいつもポヤン、としているのだが、たまに核心をついた質問をしてくる。
こうなったら正直に話すまで解放してくれないので 、仕方なくこの間ルチルに言われた事を話した。
言うときは言わないと、誰もわかってくれないんだと。
「なるほどねぇ。アリーは忍耐強い子なんだろうね」
「いえ、私が勝手に我慢していただけですから。でも、それはもうやめたんです。自分が疲れてしまうし、相手にも失礼だったなぁと」
「そうだね。もっと我が儘を言ってくれても構わないんだよ。君はこの世界で暮らしてまだ一年だろう。何もかも分からなかったんだから、この世界ではまだ赤ん坊のようなものだ」
「ずっと聞きたかったんですけど…ラリマーさんは、私がここではないどこか違う世界から来たと言うことを、信じてくれているんですか?」
もし逆の立場であったなら、私だったら真っ先にお巡りさんを呼ぶ。
あ、私もなんだかんだこの世界の警察に引き取られてたな。
「そうだね…完全に信じきれていないのが正直な所かな」
「やっぱり、頭がおかしくなってしまったって思ってます?」
「おかしくなったとは思ってなんかいないよ。けれど、多分記憶を失っていて頭の中で色んな事がぐちゃぐちゃになってしまっているのか、とは思ってるけどねぇ」
やっぱりそうだよね。
前例がない分、信じろという方が無理だ。
「しかし、嘘をついているようには見えないし、私はアリー自身を信じている。娘でもおかしくない君を、これでも可愛く思っているんだよ」
ずきゅん!
ラリマーさん、男らしすぎるやろー!
ハッ!まずいよ…。
ラリマーさんはロリだった事を忘れてた…。
そっそりゃ私はこの世界では背が低いほうだし、三十という年齢を考えてもラリマーさんよりだいぶ年下だ。
多少幼く見える私をそういう目でみていてもおかしくはない!
ダメだ、ベリルさんに申し訳が立たない!
私は人のものに興味をしめす趣向は持ってないんだから!
「アリー、考えていることは大体わかるが、それは全て間違いだよ。私は年下が好きなわけではないからね、ベリルが特別だったんだ。今でもベリルだけを愛している」
「そ!そうですよねっ!やだなぁ~ラリマーさん、まさかそんな事を考えるわけないじゃないでしゅかっ!」
噛んだ…。
盛大に噛んだ。
「アリーは考えていることが顔に出やすいからね。可愛いというのは、私の子供みたいに、という意味だよ」
「そういえば…宰相様もそんなような事を言ってました」
「ん?可愛いってかい?」
「違います!宰相様は、人の表情を読むのが得意だと。でも、私もわかりやすいんでしょうね」
「そうかい…」
そう言ったラリマーさんは、さっきまでの笑顔を消して何かをじっと考え込んでしまった。
そしてポツリと、私にはよくわからないことを言い出した。
「アリー、この先好きになった相手が貴族だったとしよう。もし身分の差が気になるようだったら、正式に私の養女として迎えてもいい」
「え?いや、私は…」
「陛下と一緒になりたいと言ったら、王妃としての教育も与えよう」
それはない。
絶対にない。
「しかし、現宰相だけはダメだ。彼と一緒になることだけは賛成出来ない」
「ラリマーさん?」
「アリー、宰相には今後一切関わりを持たないと、私に今ここで誓ってくれないかね」
ラリマーさんがこんなに真剣な顔で私に話すなんて、この一年一度もなかった。
いつもニコニコしていて、私の意思を尊重してくれていたはずだ。
そんなラリマーさんが誓ってくれだなんて…。
なんなのかサッパリわからないけれど、それが何か聞いちゃいけない気がする。
たとえ尋ねたとしても、きっと答えてはもらえない。
私が知らない何か、私には教えられない何かがあるんだろう。
「わかりました。私は一切宰相様には関わりません、誓います。でも誓うまでもなく、むこうだって近付いてはこないと思いますけど…」
「だといいんだけどね。だが、アリーの言葉を聞いて少し安心したよ。なんだったら私の息子のどちらかと婚姻してくれてもいいんだからね。ベリルが大喜びするだろう」
すっかりいつも通りのラリマーさんに戻っているが、息子さんとの婚姻うんぬんは華麗にスルーさせていただく。
そして、残っていた物を胃に流し込んでいった。
「さて、そろそろ仕事に戻ろうか」
「あ、はい」
そう言って、立ち上がったままご馳走さまをして前を歩き出したラリマーさんの後を追う。
なんか、ご飯の味がよく分からなかったな。
「そうだ。ここのところ休みなく働いていただろう。明日一日休みをあげるから、ベリルの所へ顔を出してもらえないかな?」
「休みに会いに行くって約束してましたもんね。お昼に本邸へ行きますって、ベリルさんに伝えてください」
「うん。アリーに渡したいとドレスが毎日増えていたから、楽しみにしているといいよ」
そうなんだ~楽しみだ~わーい。
明日は夕方からでもいいかな…。
さっきの話で、少し不安な気持ちも残ったけど。
きっと私を想ってのことだったんだろう。
こうなったら意地でもあの二人に会わないようにしなきゃ。
そう心に決めて、仕事へと戻った。




