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第8話 学院生活 5

 突き出された拳を手の甲で弾き、お返しとばかりに反対の拳を突き出す。しかし胸元に向けて放ったそれはいとも簡単に避けられ、逆に手首を掴まれる。

 しまったと思ったときにはもう遅く、俺のパンチの勢いを利用したまま手首を引かれ、ふわりと宙に投げられる。


「そこまで!」


 ダァン、と背中から地面に叩きつけられる音が響くと同時に、紫藤先輩の声がかかった。


「総司君、大丈夫?」


 痛む背中を擦りながら立ち上がると、投げ飛ばした張本人である楓が声をかけてきた。何だか前にもこんな遣り取りがあったような気がする。


「大丈夫。やっぱりリミッターがないと違うな」


 かなり勢いよく叩きつけられたはずだが、返事をしているうちにもう痛みがひいてきた。何の制限もなく魔力の循環している状態のマギは、回復力においても優秀らしい。





 水曜日。訓練を始めてから三日目。


 毎日放課後夜遅くまで訓練しているのだが、その内容はひたすら組み手だった。訓練中リミッターは解除されているが、紫藤先輩によって魔法の使用は一切許可されていない。

 ただ純粋な体術のみによる組み手。そうなるとつい先日まで帰宅部の俺と、中学の頃からマギ専門の教育機関に通い、一通りの体術も修めている他の三人との差が如実に表れてしまう。毎日毎日床に叩きつけられ、悶絶させられる日々だ。


「千頭君、相手が女子だからと手を抜いていませんか?」


 休憩がてらハンナと白木さんの組み手を眺めていると、紫藤先輩が声をかけてきた。そのまま横に並び、一緒に二人の組み手を観戦する。


「確かに楓ちゃん達と千頭君ではキャリアに差があります。でも初日に言ったとおり、魔力値から考えると単純な身体能力なら総司君の方が上のはずなんですよ? 今日で三日目。そろそろ慣れてきているはずなんですが」


 マギは一般人よりも遥かに高い身体能力を有している。それは体内を廻る魔力の影響だ。魔力さえ高ければほとんど運動をしたことがなくても、オリンピック選手を遥かに凌駕する身体能力を誇る。そこに性別や体格の差は関係ない。


 だがここで一つ問題が浮上してくる。今までバングルによって体内を巡る魔力の流れにリミッターをかけられていた俺達は、その解放と共に身体能力が急激に上昇している。授業時のように少し緩めるくらいならば問題はないが、エキシビジョンマッチ本番では全開放されるそうだ。そうするとそのあまりにも大きな変化のせいで、その高すぎる身体能力に振り回されてしまう生徒が毎年何人か出るらしい。

 今こうして紫藤先輩という監督者の下、リミッターを全開放しながらも魔法を禁止し、組み手のみの訓練を行っているのもその状態に慣れるためだ。


「すみません、確かに慣れてはきたんですが……」


 そう、慣れてはきている。技術差を身体能力だけで強引に押し返せるくらいにまで。


 けれども逆にその高くなりすぎた身体能力が問題だった。

 拳を突き出したとき、胸倉を掴んだとき、このまま全力を出してしまえば相手がどうなるかという不安が頭をよぎり、つい力を緩めてしまうのだ。特に相手は女子なので、余計に力を出しにくい。


「総司君の気持ちも分かりますが、相手も同じマギです。普通の女の子だと思っていたら、今みたいに一方的にやられるだけですよ。っと、そこまで!」


 視線を前に戻すと白木さんが倒れていた。


「それに本番はお互い魔法も使うので、学院側も何らかの安全策を用意します。今のうちに女子と戦うということにも慣れておいてくださいね。それに……」


 そこまで言うと紫藤先輩は俺の方に振り向き、ニコリと笑った。


「大勢の前で男の子が女の子に負けちゃったら、格好悪いですよ?」


 ……頑張ろう。





 翌日、木曜日。


 今日の放課後の訓練は紫藤先輩の指定で、第二グラウンドで行うことになった。

 この第二グラウンドは特に舗装もされておらず、茶色い土がむき出しになっている状態の地面が特徴だ。話によると当日の会場もこんな状態の地面らしいので、それに慣れるためだろう。


 そこで相変わらず何度目になるか分からない組み手を繰り返していると、紫藤先輩がパンパンと両手を叩いた。


「はい、注目。もう皆大分体の調子には慣れましたね。本番まで後二日、そろそろ魔法を使った訓練に入ります」


「待ってました!」


 その声にハンナがガッツポーズをし、楓と白木さんもホッとしたような様子を見せる。

 周りの連中がずっと魔法を使った訓練をしていたので、俺も含めて皆焦りと鬱憤が溜まっていたところだ。


 それでも俺達が文句の一つも言わず今までずっと組み手ばかり繰り返していたのは、この紫藤先輩が楓が中学時代からお世話になっていた先輩だというだけではなく、かつてこのクラス対抗エキシビジョンマッチで優勝した経験を持つからだ。

 その話を聞いたときは「団体戦の方で、一緒に戦ったチームメイトが強かったおかげですよ」と謙遜していたが、十分凄いことだと思う。


(いや、待てよ?)


 リーゼとの約束を守るなら、俺も紫藤先輩と同じことをしないといけないのか。それも圧倒的大差をつけて。


「魔法というのはとても強力な力です。毎年本番ではちゃんと安全策が取られているのですが、残念ながら訓練中にそんなものはありません。かと言ってお互いに魔法を撃ち合って本番前に怪我をしても困りますので、魔法の訓練に関しては皆さん別々に練習してもらいます」


 宙に向けて魔法を放っていればいいのだろうかと俺が考えていると、先輩はその考えを見透かしたかのように笑みを浮かべた。


「とは言ってもただ宙に向かって魔法を撃っていても訓練にはなりませんからね。皆さんにはこれの相手をしてもらいます」


 そう言うと先輩の体が黄色く輝く。そのまま手を一振りすると、グラウンドの地面が盛り上がり、四本の土の柱が生まれた。


 息を呑む俺たちの前で、土の柱がボロボロと崩れていく。


(いや、崩れてるわけじゃない。中に何かいる?)


 柱の中にいる何か。よく見るとその表層が剥がれているだけだ。

 程なく余分な土がほとんど落ち、柱の中にいた何かの姿が明らかになる。その姿はどう見ても――。


「……泥人形?」


「違います! ゴーレムです!」


 思わず声に出してしまった。しかしこれをゴーレムと言われても。


 先輩の魔法によって生み出されたそれは申し訳程度に人の形をとっているだけで、目や口はおろか指もない。子供が公園の砂場で泥を固めて作った、まさに泥人形のような造詣をしている。

 俺のイメージするゴーレムはもっとごつくて、格好いいものなんだが。


「今回は訓練なので、全力じゃないだけです! 本気を出せば凄いんですから!」


 先輩が怒った顔で文句を言うのと同時に、そのゴーレム達がファイティングポーズらしきものをとる。


「まずは桜間さんから行きますよ。動きは鈍重ですが、パワーは強いです。気をつけてくださいね」


 ゴーレム達が駆け出してくると同時に、楓は慌てたように構えを取った。




   ◆




「リーゼ。それは貴方、フラれてしまったのではなくて?」


「違います。総司はただ、ちょっと周囲に優しすぎるだけです……」


「『総司』、ねえ。随分と親しくなったようね」


 薄暗い部屋の中。

 バングルから投射されるモニターに映る相手に向かって、話をするリーゼロッテ。


 しかし彼女にいつものような勢いはない。まるで相手に怯えているかのように、慎重に言葉を選びながら話しているかのような様子だ。


(情けないっ……!)


 昔からだ。体に刻み込まれた恐怖はいつまでも消えてくれない。面と向かうと改めて分かる。この人には絶対に逆らえないと、心の芯の部分が服従してしまっている。


「ねえ、リーゼ」


 細められていた目を元に戻すと、モニターの相手は殊更優しげな声を出した。


「貴方がそこで相応しいパートナーを見つけられると言うのなら、私はそれで構わないのよ? でもわざわざ私が貴方をそこに送り込んだのはパートナー探しのためじゃないということは、分かっているでしょう?」


「……はい」


 俯きながら答える。


「何度も言っているわよね? ギースベルト家が今の地位を維持できているのは、代々優秀なマギを輩出しているからなの。おかげで国内で我が一族に歯向かう愚か者は、あの忌まわしい組織を除いてもうほとんどいないでしょう。でもこれだけではまだまだ足りない。世界にはまだ多くのマギがいる。それら全ての上に立ち、『全て』を手に入れることこそが我らギースベルト家の悲願、そして初代の意思なの」


(世界征服でもするつもりか。馬鹿げている)


 耳にたこが出来るほど聞かされた話に、リーゼロッテはいつものように内心で毒づく。


 他人が聞けば誇大妄想みたいな目的だがモニターに映る相手を始め、ギースベルト一族はこの夢が叶うものだと信じて疑っていないのだ。


「貴方はその学院の頂点に立ちなさい。それが貴方を送り込んだ理由。卒業後世界中に散る生徒たちの胸に貴方の力を、ギースベルトの名を刻み込むです。そうそう、有望な者は取り込んでも構いません。その『総司』も含めてね」


 モニターの向こうからクスクスと笑う声が響く。その笑い声は総司のことを馬鹿にしているような気がして、リーゼロッテを不快にさせた。


「それにしても貴方が選んだパートナーねえ。資料は見ましたけれど、目を引くのは魔力値のみ。兵隊として使ったほうが有用なのではなくて?」


「総司は、ただ魔力値が高いだけの男ではありません!」


「へぇ?」


 反射的に言い返してしまいリーゼロッテは慌てて相手の顔を確認したが、相手は自分以上に驚いているようだった。


「まぁそれが本当かどうかは今週末に見るとしましょうか。私の選んだ他のパートナー候補よりも優秀なのかどうか。フフフ、とても楽しみ。それじゃあリーゼ、またね」


 先ほどまでとは違う、本当に楽しそうな声を残して通信が切れる。


 同時に緊張から開放され、ドサリとベッドに突っ伏し、リーゼロッテはため息をついた。


 思い浮かべるのは先ほどまでの話題の中心、千頭総司。

 初めて出会ったとき、彼は一般人にも関わらず、身を挺して自分を庇ってくれた。そして自分に絶体絶命の危機が迫ると、マギに覚醒し一緒に敵を打ち破ってくれた。


 まるで物語の中のような出来事。小さい頃に聞かされた、恋人を守るために覚醒したという【始まりのマギ】のようだった。


「総司……」


 彼の腕に抱えられたまま、共に魔法を放ったあの瞬間。今思い返しても胸が高まる。


 自分のパートナーに相応しい。否、なるべきなのは彼しかいない。姉のことは尊敬しているし、命令されれば何でも言うことは聞くが、これに関してだけは譲る気はなかった。

 用意された有象無象のパートナー候補など、見る気にもならない。


「総司……!」


 やはり当日は計画通りの展開に持っていくしかないようだ。

 調べたところ、今総司達の監督者として訓練を見ている女はそこそこ優秀らしい。訓練内容も悪くはないようだ。


 何も問題はない。計画通りに行けば姉の狙い通りに私の実力を見せ付けることが出来ると同時に、総司が私のパートナーとして相応しい男だと証明することも出来る。何も問題はない。唯一懸念があるとすれば。


「最終的に総司と勝負することになるが、怪我はさせないようにしなければな」




   ◆




 通信を切りモニターが消えると、その女性はテーブルの上に置かれた鈴を鳴らした。


 リーゼロッテと同じ青みのかった髪を肩口で切り揃え、深く青く、そして優しげな瞳を持つ女性。

 リーゼロッテの姉にして現ギースベルト家当主、フリーデリンデ=ギースベルト。


 リーゼロッテと違い、ほとんどメディアに露出する事のない彼女の素顔はあまり知られていない。しかし彼女こそが紛れもなくロシアを代表する名門ギースベルト家の当主であり、その影響力は表裏を問わず絶大だった。


「お呼びでしょうか」


 鈴の音が鳴り響くと同時に、フリーデリンデの背後に一人の男が立つ。


 老執事。彼の外見を一言で表すとすれば、まさにこの言葉が適切だろう。オールバックに撫で付けられた白髪、深い皺の刻み込まれた顔にモノクルをかけ、一切の無駄がないスマートな体躯に燕尾服を着込んでいる。


 音もなく背後に現れた老執事に対して、フリーデリンデは特に驚くこともなく口を開いた。


「ええ呼んだわよ、セバスチャ――」


「お嬢様」


 仕えるべき主の言葉を遮る老執事。

 リーゼロッテも含め、彼女のことを知る者が見れば顔を真っ青にしそうな光景だが、フリーデリンデにそれを咎める様子はなかった。


「何度も申しておりますが、私の名前はセバスチャンではありません。それにこのモノクルも、私の目はまだ衰えておりませんので正直邪魔なのですが」


「駄目よ」


 困った顔をする老執事に、フリーデリンデは楽しそうに笑いかけた。


「執事と言ったらセバスチャン。そしてモノクルよ。これは譲れないわ」


 頑として譲る様子のない主に、諦めたようにため息をつく老執事。


「……して、こんな夜更けに何用ですか?」


「週末にリーゼの所に顔を出すのは知っているわね。それまでにあれを使えるようにしておきなさい。それと先日の事件の詳細な報告書を。少し確かめたいことが出来たわ」


「畏まりました」


 それだけでフリーデリンデの言いたいことを察したのだろう。老執事は深々とお辞儀をすると、現れたときと同様音もなく姿を消した。


「千頭総司。リーゼがあそこまでご執心になるとわね。少し興味が出てきたわ」

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