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第7話 学院生活 4

 実技の授業の興奮が冷めず、その後の授業は俺も含めて皆、完全に上の空のだった。


 熱に浮かされたような状態のまま時間は過ぎ、気がつけば最後のホームルームの時間。

 いつもなら帰る支度をしたり、この後の予定を友人と話し合ったりと騒がしい教室内だが、今日は違う。ついさっきまでの興奮も鳴りを潜め、全員が大人しく席に着き、期待の篭った目で教壇を見つめている。


 それもそのはず。今日この時間に、週末行われるエキシビジョンマッチに出場する選手が発表されるらしいのだ。


 クラス委員である楓は確定として、あと三人。

 リーゼの話によれば入学時に測定された魔力値と、昼間の授業の様子を基に選出されるみたいだ。


 職員室に戻っていた佐久間先生が扉を開け、教壇に上がる。その一挙手一投足すら見逃すまいとするかのように、全員の視線が無言でその姿を追いかけていた。


 言っちゃ悪いが、そこまで期待するようなことなんだろうか? リーゼもただの見世物と言っていた。俺も目的がなければ面倒くさそう、の一言で済ますんだが。


「それではホームルームを始めます。とは言っても今日は大事な発表が一つあるだけなのですが。皆さんの様子を見ると、それが何なのかは知っているみたいですね」


 教壇の上からクラスの様子を見た佐久間先生が苦笑を漏らす。それを聞いて何人かが待ちきれないとばかりに身じろぎした。


「コホン。皆さんの予想通り、今から今週末に行われるエキシビジョンマッチに出場する選手を発表します。まずはクラス代表、桜間楓さん」


「はい!」


 呼ばれた楓が元気よく立ち上がる。それに合わせて巻き起こる拍手。


 そう言えば俺は楓の魔法を知らない。

 もしトーナメント制なら勝ち進めば必ずリーゼと戦うことになると思うんだが、大丈夫だろうか。できれば怪我はしてほしくない。


「桜間さんには個人戦に出てもらいます。勿論相手もクラス代表です。気をつけてくださいね?」


 俺と同じことを考えたのか、中には同情的な視線を向けるクラスメイトもいた。


「大丈夫です。何とかなりますよ!」


 何か秘策でもあるのか。それとも自分の魔法に余程自信があるのか。楓は笑顔でそう答えると、立ったときと同じように勢いよく椅子に座る。


「はい、では次にクラス対抗の団体戦に出るメンバーを発表します。一人目は千頭総司君」


「はい」


 リーゼにも言われていたから覚悟はしていたが、まさかいきなり呼ばれるとは。

 特待生だから、魔力値が高いから、という理由もあるだろうが、授業で見せたリーゼとの一幕。あれが決定打だったに違いない。そう考えるとリーゼにも感謝しなくちゃな。


 楓に倣って返事をして立ち上がると拍手と同時に、「やっぱりそうだよね!」「大丈夫、あと二枠ある」「ここで選ばれたら距離も詰めれるし、一石二鳥ね」と言った声が聞こえた。

 皆がよっぽど出たがっているのは分かったが、最後のは何だ?


「二人目はハンナ=マーフィーさん」


「ハイ!」


 続いて立ち上がったのは、綺麗な金髪を無造作に頭の左右でとめた女子だ。とめた先からボサボサと飛び出ている髪の束は、重力に逆らうように跳ねている。

 よく楓と一緒にいた子だ。そんな名前だったのか。楓と同様とても整った容姿に加えて胸も大きい。類は友を呼ぶという言葉があるが、あれは体型をも指していたんだろうか。


 我ながら馬鹿なことを考えつつじっと見ていると、マーフィーさんも俺の方に視線を向け、パチリとウインクを送られた。


 楓達クラス委員と違って、俺たちが出るのは団体戦。連携とかもしなくちゃいけないだろうし、コミュニケーションってのは大切だ。今後とも仲良くしていきたいし、ここはフレンドリーに返しておくべきだな。

 そう思って渾身のスマイルを浮かべたのだが、何故か引きつったような顔をされた。今の反応は何だろう? 照れ顔ってやつだろうか。


「最後の三人目は白木乃々さんです」


「え? あ……は、はい!」


 最後に選ばれたのは、目が隠れるほど前髪を伸ばした小柄な女子だ。

 顔は知っているが、一度も話したことはない。いつも何かの本を抱えていて、孤立しているわけではないが決して輪の中心にはならない大人しい子、という印象だ。


 本人は自分が選ばれたことが信じられないのか、本を抱えたままオロオロと落ち着かなく周囲を見渡している。どうやらそれは他の皆も同じだったようで、驚いたように白木さんを見つめていた。


「選ばれた四人には放課後の訓練施設の優先使用権と、監督者同伴時におけるバングルのリミッターの全解除が許可されます。頑張ってくださいね。っと、ではこれでホームルームを終わります。皆さん、さようなら」


 笑みを浮かべ、ホームルームを締めくくる佐久間先生。


「カエデン、負けるなー」「くそー、選ばれなかった」「ハンナ頑張れー」「総司君ファイト」「次を目指して自主練だ!」「白木さん自信持って!」


 先生が壇上から降りるのと同時に広がる喧騒。


 激励の言葉と悔しそうな声が混じる中を、他の選ばれた三人がこっちに向かって歩いてくる。恐らく早速訓練をするためだろう。

 俺も授業だけでは全然足りないと思っていたところだ。知識面でもまだまだだし、一緒に練習してくれるというのなら願ってもない。


「ヤ、よろしく千頭君! 総司でいいよね? アタシもハンナでいいよ! それとさっきのはちょっと怖かったぞ!」


 隣に立つなりバンバンと背中を叩いてくるマーフィーさん。痛いからやめてくれ。


「あ、あの。白木です。よろしくお願いします」


 白木さんがそんな俺たちから少し離れたところで足を止め、ペコリと頭を下げる。


「皆よろしくね。大体想像してた通りの人選になったかな。特に用事がなければ早速訓練をしたいんだけど、どうかな?」


「ああ、問題ないぞ」


 やる気満々といった様子を見せる楓に頷き返すと、ハンナと白木さんも同意するように首を振った。


「オッケー。じゃあ私は監督者申請出してくるから、先に行ってて。何かあったらバングルに連絡ちょうだい」


 全員の意思を確認すると、楓は勢いよく教室を飛び出していく。周囲で見ていた皆が慌てて道を開けていたが、元気だなあ。


「……ところでハンナ、訓練ってどこでやるんだ?」


 楓が出て行ってしまってから気付いたのだが、俺は未だにこの学校の構造をほとんど把握していない。当然今まで一度も使った事のない訓練施設の場所なんて、全く分からないのだ。


 俺の質問にハンナはうーん、と数秒間考え込むと。


「アレ? そういえばカエデンどこに行くつもりだったんだろう?」


 と困り顔で呟く。


 おいおい。早速連絡しなきゃいけないのか。


「ま、魔法を使うのでしたら第二か第三訓練室。近いのは第三の方ですので、そっちではないでしょうか」


「オー、確かに!」


 オドオドと意見を述べる白木さんにハンナが同意する。

 よく分からないが、二人揃って同じ意見なのならきっとそうなんだろう。俺なんて訓練室が複数あることすら知らなかった。


 場所の目星もついたし、移動しようかと荷物を手に取る。と、そこで胸ポケットに入っていた携帯が震えた。


「お、早速訓練か。頑張れよ、千頭。……どうした?」


 鞄を手にした凪が背中を叩いてきたが、俺にはそれに返事を返す余裕がなかった。


 携帯の画面。そこには相変わらず件名なしの、リーゼからのメールが表示されていたからだ。


『先週の約束どおり一緒に訓練するぞ。第三訓練室で待っているからな』


 やばい、忘れてた……。




 体操服に着替え、第三訓練室に集まった俺たち。

 ここは校内にいくつか存在する訓練施設のうち、主に小規模な魔法行使の訓練を目的とした部屋らしい。小規模と言っても例のごとくこの学校の基準は常識とはかけ離れているので、普通の学校の体育館の三倍くらいの広さを擁する巨大な部屋だ。


 中に入ると奥の方では同じくエキシビジョンマッチに選ばれた選手なのか、それともリミッターがある程度解除されている上級生が自主練をしているのか、何人かの生徒が体を輝かせながら飛んだり跳ねたりしていた。


「ウッシ、準備できたね。ここであってるなら、カエデンももうすぐ来るっしょ」


 オイッチニー、と準備運動をしながらハンナが話しかけてくる。


 そうだ。楓が来てからでもいいが、その前にここにいる皆に了承を取っておいた方がいいかもしれない。


「あー、その前に二人ともいいかな? 特待生にギースベルトっているだろ? 実はあいつと一緒に訓練する約束をしててさ。一緒でもいいかな?」


 もし断られたらどうしよう。俺が忘れていただけで、約束したのはリーゼの方が先だ。そうなったら楓たちには悪いが、今日はリーゼと訓練するべきだろうし。


「ン、アタシは別に構わないよ。ギースベルトさんって、確か一組のクラス委員でしょ? 一緒に訓練したほうが、カエデンも対策立てやすいだろうし。それにしても、ふーん?」


 俺の不安をよそにハンナはあっさりと了承してくれた。白木さんも別にいい、と首を縦に振ってくれたんだが。


「約束ねぇ。そう言えば先週末も二人でどっか行っちゃたし、今日の授業でも仲よさげだったし、あっやしいなあ~」


 何故かニヤニヤと笑みを浮かべたハンナが、ジリジリとにじり寄って来る。何か妙にイラッとする顔だが、それよりもその下から覗きこんでくるような姿勢をやめてくれ。

 この学院の体操服は目に毒だ。各部に無骨なプロテクターが装着されているとはいえ、ハンナのように胸の大きな女の子にこんな風に近づかれると目のやり場に困る。いや、ちょっとは嬉しいけれども。


「多分ハンナが想像しているような関係じゃないよ。俺達は言うなれば戦友ってやつだ」


 俺がリーゼの推薦でこの学院に入ったということは、内緒にしておいたほうがいいかもしれない。楓はここに入るのに凄い苦労をしたって話だし、それを聞いて関係ない奴が因縁でもつけてきたらたまらない。ただでさえその件でリーゼの実家に恨まれているみたいだしな。


 「戦友?」と不思議そうに首を傾げるハンナから後ろ足で距離を取っていると、訓練室の扉が勢いよく開いた。

 楓が来たのか? と、全員の視線がそっちに向いたが、そこに立っていたのは青い髪の女子。


「待たせたな総司! ……そいつらは誰だ?」


 この広い空間でもよく通る声を響かせ、リーゼがこっちに向かってくる。


「ごめんリーゼ。まだ一人来ていないんだけど、クラスの皆で訓練することになって」


 普段からきつい目つきを更に鋭くさせ、早足に近づいてくるリーゼ。明らかに怒っている。ハンナ達を見て約束を破ると勘違いしたのだろうか? 確かに忘れてたけど……。


「俺はクラス委員じゃないから団体戦だろ? やっぱり一緒に戦うチームメイトとも訓練したほうがいいと思うんだ。というわけでうちのクラスの皆も一緒でいいか?」


「……団体戦と言っても今回は先鋒、中堅、大将による勝ち抜き戦。求められるのは個々の戦闘能力だ。連携など必要ない。そいつらはそいつらで勝手に訓練していればいいだろう」


 あれ、そうなの? と今初めて聞いた情報に驚いていると、突然リーゼが俺の手を掴んできた。


「分かったら行くぞ」


「チョ、ちょっとちょっと!」


 そのまま強引に俺の手を引こうとするリーゼの手を、ハンナが掴み返す。


「何勝手言ってるのよ。確かに約束してたのはそっちが先なのかもしれないけど、アタシ達と一緒じゃ駄目なの? ッテ言ウカ、総司はアタシ達三組の選手なんだから、チームメイトと一緒に訓練するのが筋ってもんでしょ」


 それを煩わしそうに振り払い、リーゼはハンナを睨みつけた。


「はぁ……。いいか、今回のエキシビジョンマッチは私と総司の独壇場になる予定だ。お前達はその引き立て役にすぎん。精々私達の邪魔にならんように、隅で訓練していろ」


 流石に今の言い方は頭にきたのだろう、ハンナの目が吊りあがる。後ろに立っていた白木さんは、オロオロと二人の間に視線を彷徨わせていた。


「リーゼ、その言い方は……」


「どうしたんですか?」


 流石に今の言い方はよくない。俺がリーゼを諌めようと口を出した瞬間、横から聞き覚えのない声がかけられた。

 思わず振り向いた先に立っていたのは、黒髪のショートカットの女子。女子にしてはかなりの長身で、俺と同じくらいの身長がある。初めて見る顔だが、誰だ?


 誰かの知り合いかと思って振り返ると、ハンナ達も初対面らしく戸惑ったように首を振る。


「先輩、ちょっと待ってくださいよー」


 突然現れた女子に事情を説明すべきか悩んでいると、その後ろからプロテクターの位置を調整しながら楓が小走りで近づいて来た。


 先輩? この人は楓の知り合いなんだろうか。


「遅くなってごめん。この人は私の知り合いで、三年の紫藤愛莉先輩。リミッターを外す為に監督者をやってもらおうと思ってお願いしたの……って、どうかした?」


 紫藤先輩の横に立って紹介を始めた楓だが、そこで場の空気がおかしいことに気がついたのか、俺達とリーゼを見比べる。


「桜間さん、実はね……」


 楓の知り合いなら問題ないだろう。この場で一番冷静そうな白木さんが、二人に事のあらましを説明する。

 全てを聞き終えると楓は困ったような表情を浮かべ、紫藤先輩はふむ、と頷いた。


「私の勘ですと、その約束の本当の目的についてギースベルト君と千頭君に致命的な齟齬があるような気がするのですが……。ここは千頭君の提案どおり、皆で訓練するというのでどうでしょうか? 今回連携が必要ないというのも事実ですが、お互いの実力をより詳しく知ることでチーム内で作戦を立てやすくなるのもまた事実です。ギースベルトさんも千頭君と一緒に訓練をするという目的については達成されますし、それに貴方の実力なら皆さんに訓練内容を見られても問題はないかと」


 紫藤先輩の提案に楓と白木さんは即座に同意し、ハンナもまだリーゼに何か言いたげであったが渋々と頷いた。俺は初めからそのつもりだったので、勿論異論はない。


「ギースベルトさん?」


 返事のないリーゼを促す紫藤先輩だったが、リーゼはそれに体を反転させることで返した。


「結構だ。私は一人で訓練することにする。……総司、本番では私の言ったことを忘れるなよ!」


 そう怒鳴ると俺が声をかける間もなく、足早に訓練室を出て行ってしまった。皆で訓練するのがそんなに嫌なのか?


「……仕方ありませんね。とりあえず、始めましょうか?」


 呆然とする俺達を再起動させたのは紫藤先輩の言葉だった。

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