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第5話 学院生活 2

「――ですので十八歳になるまで、または学生の間はバングルによるリミッターが最大レベルに設定されており……」


 机上のタッチパネルに指を走らせ、ノートを取る。


 この学院での授業において、教科書や資料は全てこの机にインストールされており、生徒が持ち歩くのは小型の記憶デバイスのみだ。

 今まで紙のノートとシャーペンしか使ってこなかった身としては、授業の内容よりもこっちの操作に慣れるほうが大変だ。


 とは言え板書も含み授業で使われた資料は全て配布されるので、先生が口にした言葉で重要そうなものをメモしたり、表示されている資料のページを捲ったりする程度のことなんだが。


「前回の授業でも話しましたが、在学中の皆さんのリミッターの制御権は学院が所持しています。リミッターのレベルは皆さんの成長に合わせて徐々に緩和されていく予定ですが、卒業後に皆さんが就く職種や各々の能力によっては、引き続き国によってリミッターが課せられる場合があります。その基準は国によって異なり――」


 今日の授業はバングルについているリミッターについてのおさらいだ。

 十八歳未満のマギ、特に学生のうちはこれで魔力にリミッターがかけられているのだが、一応卒業後には自分で自由に調節できるようだ。というか、きちんと自分の魔力を制御出来るようになって、制御権を渡しても大丈夫だと認められないと卒業できないらしい。


 きりの良い所まで話すとうちのクラスの担任、佐久間彩香は言葉を切った。

 若干色の抜けた、灰色に近い黒髪。身だしなみには気を使わないタイプなのか、首元まで伸ばされたそれは、所々がはねている。

 だけどそれより目を引くのは、やっぱりその身長だ。二十台後半らしいが、いいとこ中学生くらいにしか見えない。それに加えてかなりの童顔なので、年下に教わっているような奇妙な感じがする。


 小野寺教官? あの人、実はうちのクラスの担任じゃなくて、体育担当の先生だったんだぜ。俺が自己紹介していた時、佐久間先生は教室の隅にいたらしいんだ。小さくて気がつかなかったけど。


「ここまでで何か質問はありますか?」


 誰も手を挙げようとしないのを佐久間先生が確認するのと同時に、教室のスピーカーから授業終了を告げるチャイムが鳴った。


 一コマ九十分という大学のような時間割の授業。今日はまだ三時限目で終わりだが、来週からは一日四時限になるらしい。


「では本日の授業はここまでです。明日からの休日を挟み、来週からは実技を含めた本格的な授業内容に移ります。また来週末にはクラス対抗のエキシビジョンマッチがありますので皆さん、特に桜間さん。体調は万全に整えておいてくださいね」


「はい」


 名指しをされた楓が元気に答えているが、エキシビジョンマッチって何だ? 聞いてないぞ。


「――結果によっては私のボーナス査定に影響があるんですから、頼みますよ、本当」


 スッと視線を横にずらした佐久間先生が何か小声で呟いたような気がしたが、俺を含め誰もそれを聞き取れた者はいなかった。


「それでは皆さん、さようなら~」


 解散の合図とともに帰り支度を始めるクラスメイト達。

 俺もそれに習い、さっさと寮に帰ろうと鞄を持ち上げると楓ともう一人、金髪頭の女子の二人組に囲まれてしまった。


「やっほー、総司君。明日暇? よければ私たちと遊ばない?」


 つまりデートのお誘いってことだぜー、と笑みを浮かべながら脇腹をグリグリしてくる楓に苦笑いを返す。


 女子からのお誘い!


 男なら当然喜ぶべき状況だし、俺も普段なら間違いなく即答で了承していたんだが、今は違う。

 とりあえず今日はもう休むとして、明日は授業の復習をしたい。


 元々マギに関する知識の浅かった俺にとって、ここの授業は非常に高難易度だ。この調子ではとてもじゃないが、友達作りをしている場合ではない。

 それにマギに覚醒してからというもの、最初に入院していた時を除いてほぼ休みなしの毎日だったんだ。偶には一人でゆっくりしたい。


「あー、ごめん。悪いけど明日はちょっと……」


 俺が申し訳なさそうにやんわりとお断りの返事をしようとした瞬間、パァンと教室の扉が勢いよく開いた。

 突然のことに教室中の視線がそこに向かう。当然俺も発言を中断し、そっちに注目した。

 扉の外に見覚えのある姿が立っている。


 リーゼロッテ=ギースベルト。青い髪をたなびかせながら自分のクラスではない教室に堂々と入り教壇の上に立った彼女は、誰かを探すようにグルリと周囲を見回していたが、俺の方を向くとピタリと動きを止めた。


 嫌な予感がする……。


「あ、あの。ギースベルトさん?」


 佐久間先生が困惑したような声をかけるが一顧だにせず、そのままこっちに向かって歩き始める。静寂の中、目の前で歩みを止めた彼女は、唐突に俺の腕を掴んできた。


「総司、話がある。一緒に来て欲しい」


 口では来て欲しいなんて言ってるが、腕に込められた力から察するに強制だ。

 ぐいぐいと引っ張られながら教室を出る間際、楓たちに片手で謝るジェスチャーをする。


「ごめん、また今度誘ってくれ」





「で、いきなり何の用だよ? そろそろ腕も離してくれるとありがたいんだけど」


 一体どこまで連れて行くつもりなのか。

 さっさと帰りたかったので、人気のない廊下まで引っ張られたところで質問すると、リーゼロッテはあっさりと俺の腕を離した。

 キョロキョロとそのまま周囲を確認し、改めて俺の方に向き直る。


「いきなりではない。体育の授業中に会いに行っただろう? 出来れば昼休みに話したかったのだがな」


「……え?」


 もしかして午前中に、ずっと俺のことを睨んでいた時のことを言っているのだろうか。ただ単に授業をサボっているだけだと思っていたら、まさか俺に用があったのだとは。

 だとしたら申し訳ない。あの時の俺は凪に愚痴をこぼしたくて、足早に更衣室に向かってしまっていた。


「まあ別にいい。それより、来週行われるエキシビジョンマッチについては知っているな?」


 何とも思っていないのか、あっさりと話題を変えるリーゼロッテ。どうやら本題の方が大切なようだ。けれどもエキシビジョンマッチと言われても。


「いいや、俺もさっき初めて聞いたんだ」


 そんなこいつ正気か? みたいな視線を向けてくるな。こっちはまだ転入して数日だぞ。マギの常識すら危ういのに、この学院の行事なんて知っているわけがない。


「……簡単に言えば対外向けに行われる見世物の模擬戦だ。今年度入学してきたマギの実力をアピールする為のな。クラス毎に三人の代表を出して戦う団体戦。当然魔法の使用込みでだ。だがこっちはあくまで前座。メインはクラス委員同士の一対一の戦いだ」


 そう言えばうちのクラス委員は楓だったな。それで佐久間先生に名指しされていたのか。


「私もクラス委員なんだが、マギと言っても所詮新入生同士のイベントだ。はっきり言ってこの催し自体の注目度はそれほど高くはない。生徒たちの大半もお祭り気分だろう。だが我々特待生は違う。周囲に歴然とした力の差を思い知らせてやらねばならんのだ」


 何その考え。こわい。

 特待生が恐れられるのは、こんなことを考えている人ばかりだからなんじゃないだろうか。


「総司、今更クラス委員にはなれないだろうが、特待生のお前は間違いなく代表の一人に選ばれる。勝て。全ての敵を圧倒しろ。私もそうする。本来ならばありえないだろうが、上手くいけば突出した実力を持つ二人の戦いを見たい、という流れに持っていけるかもしれん」


 何? リーゼロッテはそんなに俺と戦いたいの? 戦闘狂かよ。


「このイベントは姉上もご覧になるだろう。お前の実力を直に見せてやりたいのだ。そうすればきっと姉上もお前を認めてくれる」


「お姉さん? 認められると何かいいことがあるのか?」


 話の流れが唐突に変わった。何でここでリーゼロッテのお姉さんが出てくるんだ? そもそもお姉さんがいるというのが初耳だ。


「当然だ。ギースベルト家は実力主義。家長である姉上が認めれば、他の者もとやかく言うまい」


 何だそりゃ。俺はこいつの実家の連中に恨まれでもしてるのか? もしかして俺を強引に転入させるのに、めちゃくちゃ苦労したとか? だとしなくても、世界的に有名らしい一族に嫌われているなんて、心臓に悪いぞ。


「……分かった。とにかくそのリーゼロッテのお姉さんに認められればいいんだな? そうすれば誰も俺にちょっかい出したりはしてこないってわけだ」


 急に降って湧いたような話だが、これは今後の俺の人生に関わりかねない内容だ。


 折角マギになれたんだ。出来れば将来は魔法を活かせるようなマギ関連の仕事に就職したいと思う。そしてその場合、ギースベルト家からの好感度というのは非常に重要になりそうな気がする。

 一般の企業に就職する場合でも、希望する職種の大手に名指しで嫌われていたら色々と問題だろう。


「その通りだ。エキシビジョンマッチは来週末。恐らく来週の頭にはバングルのリミッターも緩和されるはずだ。放課後は私と一緒に特訓しよう」


 俺の返答にリーゼロッテは満足そうに頷くと、そんな提案をしてきた。


「ああ、よろしく頼む。俺もまだ魔法の扱いには慣れていないしな。色々と教えてくれると助かる」


「ああ、任せろ。それと今後私のことはリーゼと呼べ。そ、その、親しい者にのみ許した呼び方だ。お前も私をパートナーと認めてくれたようだしな……」


 何故か怒ったように顔を赤らめるリーゼロッテ。いや、リーゼか。


 確かに特訓のパートナーとしては申し分ない。能力がズバ抜けて強いらしい特待生のうちの一人だし、あの蜘蛛との戦いで実際に強いというのは分かっている。

 それに何より一緒にあの戦いを切り抜けたんだ。これはもう友人、いや戦友と言っても過言ではない間柄のはずだ。


「あれ? そう言えば特待生ってもう一人いるんじゃなかったか?」


 今年の特待生は三人いるって聞いたような気がする。一人は俺で、もう一人はリーゼだ。残りの一人は一体誰なんだ?


「安心しろ。あいつは出ない。恐らく当日も見学にすら来ないだろうさ」

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